236話 サタン
防人は殲滅した悪魔たちのコアを回収して、口元をにやけさせながらステータスボードを確認していた。
「おぉ……こいつら、皆カンストしていたのか? 『逆境成長』によってステータスポイントが4750ポイントも入っているな」
「悪魔将たちもステータスはカンストしていましたか。少しは差があると思っていたのですが」
悪魔将のコアを拾いながら、雫が意外そうな表情で言う。サタンたちは横並びのステータスだったわけか?
「そうだね。恐らくは持っているスキルが力の差を分けていたんだと思うよ。悪魔と言ってもお伽噺のように、万能性があるわけではないから」
王笏やハルバード、上級悪魔たちの持っていた武具をセリカが集めて、ふんふんと鼻歌を歌ってご機嫌な笑みを浮かべている。悪魔たちの持っていた武具は強力なのだろう。ちっともその力を発揮することなく戦いは終わったが。
「6人パーティーならば、この軍勢でも勝てるんですね、さすがは防人社長です」
感心というか、尊敬の視線を向けてくる聖の言葉に眉根を寄せる。やっぱりそうだよな。
「6人だよな、俺、雫、セリカ、雪花、聖」
「幸」
指折り数えると、たしかに6人だ。数え間違えていたか。ツッコんでも良いか? どこからか、少女の声が聞こえてきたように感じたぞ。
「仲間のいる場所に建物を介して、さっちゃんは移動できます。『家事』のスキルの一つ、『お手伝い』ですね。ちなみに敵に視認されないように、姿を現すことは滅多にありません」
雫が人差し指をフリフリと振りながら、あっさりと教えてくれる。この娘たち、最初から一緒にいるとわかっていたな。俺にも教えてくれよな。
「俺もそろそろ『家事』を覚えようと思うんだ。一人暮らしは大変だしな」
家事って、万能すぎじゃね? 建物を支配するんだろ? なるほど、雫たちが以前最強パーティーだった理由の一つが理解できたぜ。
「一切の攻撃スキルが手に入らなくなるぞ、主様よ」
「防人さんのお嫁さんは攻撃スキル必須だと私は理解しています」
「はいはい。役割分担はしっかりとしておかないといけないんだろ。とりあえずはさっさとステータスを割り振ろう」
ろくなことになる前に、ステータスを割り振ることにする。
ということで、こんな感じ。
天野防人
マナ1500→3000
体力450→500
筋力450→500
器用600→1000
魔力2250→5000
天野雫
マナ600→1000
体力900→2000
筋力900→2000
器用2250→4000
魔力600→1000
天野雪花
マナ750→2000
体力1200→2250
筋力1200→2250
器用1350→2500
魔力750→1000
神代セリカ
マナ3000
体力500
筋力500
器用3000
魔力3000
結城聖
マナ2000
体力1000
筋力4000
器用1000
魔力2000
天野幸
マナ2000
体力300
筋力300
器用400
魔力7000
俺、雫、雪花は3人共に今までと同じステータスの割り振りだ。他の仲間のステータスは初めて確認した。ゲームのパーティーらしく見事に雪花以外はステータスが偏っているな。少しおかしく思ってしまうじゃんね。
職業を当てはめれば、俺は魔法使い。雫は剣士、雪花は格闘家、セリカは銃士、聖は神官、幸は……。
「メイドですね。紅茶葉を持っていると魔法の回数をキャンプ中に回復できるんです。あと、仲間も戦闘中に自動回復してくれる強ジョブです」
メイドは魔法使いや神官から転職すると強力ですと、得意げに平坦なる胸を張る雫さん。職業メイドねぇ……。
「よくわからないが、まぁ良いか。で、話を変えるが、サタンとの戦闘は楽勝だと思うか? これまでの経験から、ダンジョンのランクの一つ上のランクのボスが出現するよな?」
「Sランクのボスですか……。Aランクのダンジョンはサタンで変わらないとは思いますが……そう言われると不安になってきますね」
「ん? Aランクからは同じランクのボスだったのか?」
今までは必ずランクが上の敵だったよな? 違うのか?
「Sランクはステータスがかけ離れていますからね。Aランクの総合ステータスはカンスト1万、Sランクはカンスト25000ですから。しかもレベル7のスキルを使いこなすので、とてもとてもとてもとても強くなります。人類が戦いを諦めないようにとの仕様ですね」
「敵が強すぎると諦めちまうもんな。ダンジョンは相変わらず希望を見せるのが得意なことで」
肩をすくめて呆れながら、マナポーションを飲んでおく。先程の戦闘で空になったからな。
と、マナが回復していくのを感じているとクラリと目眩がしてふらつく。
なぜか体調が悪い。なぜだと思いながら、自分の状態を確認して理解した。風邪にでもかかったかのように身体が倒れそうなほどに熱くなっている。この熱はあれだ、スキルレベルが上がる前兆だ。
悪魔たちを駆逐した結果、マナをかなり吸収したということか。だが、これだけ早くレベルアップするのはおかしい。人間が一度に吸収できるマナは限界があるはずなのだが……。
「どうかした、防人?」
「いや、なんでもない」
様子がおかしい俺に、セリカが尋ねてくるが、かぶりを振って否定しておく。ん〜、俺のマナ吸収力が上がっている? 人間の限界を超えている?
「レベルアップしそうだな。なぜここまで早いのかは」
「ダークモードを手に入れたことで、人間を超えた存在になっているのでは?」
最後まで言い終える前に、雫が口を挟むので苦笑してしまう。たしかにあのモードは人間とは存在自体が違うもんなぁ。
「あっさりと言うな。まぁ、今さらか」
あまり俺自身は変わらないし、別に良いか、考えるのは後でにしよう。とりあえず、等価交換ストアに回収したコアを仕舞っておく。レアAが3000個……信じられない戦果だ。スペシャルも4個もある。
「後で、交換が楽しみだが、とりあえずはサタンを倒しに行くことにするかね」
ミケに乗って、俺は階下への階段を降りることにする。なんとなく嫌な予感はするが。
階段を降りると、金属製の大扉があった。大勢の人々の苦悶を描くレリーフが大扉には彫られている。扉自体も触ったら呪われそうな瘴気を放ってもいるので、趣味が良すぎて涙がでてきてしまうぜ。
『家帝平穏』
『鏡迷宮人形』
先頭の雫が大扉に手をかけようとすると、どこからか支援魔法が飛んでくる。キラキラと白銀の粒子が俺たちを包み込み、全能力が向上し、敵の攻撃を一度だけ防ぐ鏡の障壁が護ってくれた。
柱の陰をトテチタと走る金髪の少女がいた感じもするが見なかったことにしておくか。唐突に魔法をかけるのはやめてほしいが、ステータスが上がるのだから、文句は言わないことにしておこう。
「では開けます。私がクロス雫チョップで先制しますね」
「薔薇を用意しておくよ」
なにやら意味不明な事を雫とセリカが言いながら、雫が大扉に力を込める。ギギィと錆びた音をたてながら、大扉が開かれて、中の様子が目に入ってきた。
真っ赤な絨毯が敷かれて、天井にはシャンデリアが辺りを照らし、奥には宝石を散りばめた金の玉座、壁際にはトゲトゲの全身鎧を着ている悪魔たちが佇んでいる。随分と豪華な謁見の間がそこにはあった。
「ようこそ、人間たち。驚いちまったぜ、こんなことをしてくれるなんてな。契約成立のサービスってやつか?」
玉座に座っているいかにも悪魔王といった、漆黒の魔法の鎧に、マントをつけている男が軽薄そうな口調で拍手をしてくる。
「ん? 誰ですか?」
だが、雫がコテンと首を傾げて不思議そうにするので、その言葉を聞いて、眉を顰めてしまう。なんで不思議そうにしているんだ? 戦ったことあるんじゃないのか? 嫌な予感がするんだが。
「サタンじゃないのか、こいつ?」
「サタンはいかにもな姿格好なんですよ、防人さん。角を生やし、皮膚はむらさき色、蝙蝠の翼を生やしているはずです」
「あぁ〜、俺と戦ったことがある戦士か。なるほど、それは当たっている。こんな姿だったろ?」
玉座に座る男が軽薄そうにケラケラと嗤う。その嗤いと共に姿が雫の言うとおりに変化した。
「なんだ、わざわざ変装をしていたって……わけじゃなさそうだな」
俺が警戒しながら尋ねると、サタンはニヤニヤと嗤うのをやめずに、肩をすくめて戯けてみせる。
「もちろん違う。ちょっとした手品さ。ポップしたサタンと融合しただけ。滅多に産まれない特別なサタンとな」
スペシャル? と、俺は疑問に思ったが、雫は理解したようで、顔を険しくさせてサタンを問い詰める。
「もしかして、ポップしたノーマルボスサタンとスペシャルサタンとが融合したんですか!」
その険しさを感じさせる雫の問いにニヤニヤと嗤いを崩さずにサタンは口を開く。
「頭の巡りが早いな。そのとおり、俺は足りない俺と融合したわけだ。そして、真のサタンへと最終進化した」
「はぁ? いっぺんにここにスペシャルとノーマル両方のボスが湧いたのか? しかもそれと融合した?」
ピンときた。というか、それしか思いつかない。本来のボスを吸収しやがったのか。しかも1000分の1しか湧く確率のないスペシャルボスも湧いたのか?
この場合、どうなるんだ? 雑魚がレアだから、必然的に元々ここにいるボスはスペシャルだったはず。それを上回るボスのランクはいくつだ?
いや、そうじゃない! こいつどんだけ強いボスになっているんだ? やばいぞ、これは。
「わかっているじゃないか。それじゃ出し惜しみは無しだ」
むんと、サタンは力を込める。と、着込んだ鎧が砕け散り、その後に竜の鱗を持つ肌が見えてくる。ミシミシと身体が膨れ上がり、3メートル程度の巨漢になり、その頭は3つに分かれて竜となった。
そうして、サタンの身体から魂を凍らすような漆黒の瘴気が吹き出てくる。瘴気は波紋のように空間を振動させて広がっていき、その空気に当てられただけで、力が抜けるような恐怖を感じさせてきた。
バサリと悪魔の翼を広げて、サタンはこちらを睥睨する。
「これが、余の最終進化体。本来は絶対に無理なはずの進化体だ。驚いたろう?」
そこには3本の長い首に、輝くような牙を持つ竜の頭と、漆黒の竜鱗が肌を覆う筋骨隆々の体躯、そして立派な蝙蝠の翼を生やす存在がいた。手足の爪は水晶のように輝き、マナの光を宿している。
身体から噴き出す漆黒の瘴気は、触れる者の魂を凍らせて、精神を震え上がらせて、戦うことすら難しくするだろう。見ただけで、人は理解するだろう。この者こそが、邪悪なる存在だと。
邪悪なる悪魔王サタン。その名前に相応しき化け物が目の前に現れた。その身体に内包するマナは膨大だ。もしかして、Sランクカンスト25000じゃないかね? 嫌な予感が当たっちまったぜ。
「さあ、そなたらの命を賭してかかってくるが良い!」
いかにもなセリフを吐くサタンに嘆息してしまう。マジか、これは俺も出し惜しみしている場合じゃないな。
『ダークモード』
俺も漆黒の粒子を生み出して、身体に巡らせていく。ステータスが上がり、スキルレベルが上昇する。人々の意思が集まりカオスと化した漆黒の粒子はサタンの漆黒のオーラを押し返して、謁見の間の床を漂う。
「な、なに? お前、余より邪悪そうだ! 何者だ?」
「善良なる一般市民だ。失礼だな」
なぜか俺を見て、ギョッと驚き後退る失礼な悪魔王。こんなに善良な市民はいないと思うぜ。天津ヶ原コーポレーション本社近くの道行く人に聞いてみな? きっと声を揃えて、良い人だと答えてくれるに違いない。
さて、こちらが大幅に負けているようだから、勝利するための手段を考えるとしますかね。




