233話 後半戦
神代セリカは現在緑溢れる山林にいます。紅葉が美しく辺りを彩り、観光にはぴったりな場所に見える。銃声や、獣のような鳴き声がそこら中から聞こえてこなければ完璧だったのに。
木々が抱える木の葉は紅く色づき、枯れ葉が地面を覆っている。そこを僕はガサガサと音をたてながら移動している。いや、ガサガサとは音をたてていない。チュイーンと関節の駆動音が鳴り、ガションガションと金属の重々しい音が響く。
「それ、全部セリカ製なのか?」
草木をかき分けながら隣を歩く防人が、僕の着込む装甲服を見ながら物珍しい表情で聞いてくる。その様子をヘルメット内のモニターから僕は確認して笑みへと変える。
「ふふーん。そのとおり。これは僕専用強化装甲服『パラディン』さ。魔法とスキル、そして科学技術の賜物だね」
完全武装の強化装甲服。賢者の石を使ったオリハルコン製の装甲は物理、魔法など他全てに耐性を持つ上に、見かけよりも遥かに極めて軽い。魔法具の中で常時浮遊を持つ物を組み合わせているので、この装甲服を鉄で製作したら、1トンは超えるだろう重量になるのに、10kgしかない。羽のような軽さなのである。
分厚すぎる装甲の西洋鎧。機械仕掛けの西洋鎧はスキル結晶と魔法具をクラフトにて融合させており、関節部分は『怪力』『繊細』で強化。『堅固』で装甲を強化して、魔法剣『踊るダガー』を改造した思念操作の12本のダガーに、魔法障壁を発生させる6個の小型シールドビット、2個のガンビット。『浮遊』と『高速機動』を胴体にも付与。そして、敵の魔法、闘技の発動を妨害する『共鳴』を両肩に付けている。
そうして管理のために視線による操作と小手に搭載しているタッチパネルでの制御を可能にした強化装甲服が『パラディン』なのだ。補助アームを取り付けたランドセルパックには多数の武器が仕舞われている。もちろん装甲の各所にも多数の魔法具を埋め込んであった。
「量産できるのか?」
「賢者の石と大量のスキル結晶や魔法具があればできるよ」
「あんまり数は作れないってことか」
難しい表情になる防人に頷いてみせる。そうそう上手くはいかない。この世界の技術水準は極めて低い。元の世界の技術があれば、もう少しマシだったんだけどね。
「この装甲服、重大な欠点があって僕のように『人形術』を持ち、道具の性能を限界まで発揮して使用できるスキルがないと操れないんだ」
「操作ができないってことか。人形術はスキルを覚えさせれば良いが……道具の操作はセリカの固有スキルだもんなぁ」
「そこが今のところ限界さ。さて、パラディンの威力を見せるとするよ」
こんな複雑極まる機械仕掛けの装甲服を普通の人間が操作できるわけがない。脳波で操作できれば可能かもしれないが、その技術は開発されていない。ならばどうするかというと『人形術』スキルの出番だ。
人形を操作するスキル『人形術』。自らの思考を人形に見立てたパラディンに接続させる。カチンと歯車が噛み合うように、パラディンの隅々までが把握できて、その身体を自由に動かせるようにする。セリカの身体が内部に入っているので、道具の限界まで使える能力も使用できる。
「さあ、パラディン。名前のとおり聖騎士らしい力を見せてくれ」
ランドセルパックから、補助アームにてガトリング砲を取り出す。セリカはあらゆる闘技、魔法は全てのクラフトを可能にするスキルのデメリットのために直接は使用できない。が、それが何もできないかというと違う。道具を介して間接的にあらゆるスキルや魔法を使用できる。そして、マナは操作できるのだ。
「『魔法付与』発動」
小手に仕込まれた『魔法付与』が発動し、ガトリング砲が仄かにマナの灯りを宿す。
モニターに映し出されている木々の合間に、隠れている魔物たちが検知される。サブモニターでサーモグラフィにより熱感知、動体感知のソナーもかけており、ヘルメットに搭載された『警戒』スキルが敵の接近を感知してくれる。
いくつもの魔法具のスキルを同時に使えるのはセリカだけだ。普通の人ならば3つが限界だろう。この能力により、かつては最強チームの1人であったセリカは、その桜色の唇を微笑みに変えて、銃口を前方に向ける。
ガトリング砲の引き金を引くと、轟音をたてて木々の合間に潜む魔物へと着弾していく。重低音を響かせる銃撃の強烈な反動は、強化された装甲服のパワーが簡単に抑え込む。
「ガハ」
「ギャウン」
「ガウ」
木の幹を削り取り粉砕しながら、魔物たちへとその銃弾のシャワーを浴びせると、断末魔をあげて魔物たちは倒れていく。コボルトもオークもオーガも等しくガトリング砲の前には敵ではない。木々が鮮血で染まり、硝煙が辺りを漂う。
「お見事」
防人が褒めてくれるので、装甲服の胸を器用に反らしてみせる。
「ふふん、頭を撫でてくれても良いんだよ?」
「よしよし。さすがはセリカだ」
「後で希望するよ」
黒ずくめの防人はヘルメット越しに頭をガシガシと撫でてくるので、意地悪な人めと口を尖らせながら歩き始める。
魔物の群れが倒されたことにより、その後方から下級悪魔たちが姿を現し火球を放ってくる。高熱の炎がこちらに向かってくるが、僕は目を細めてパラディンを操作する。
『分解』
火球が僕のスキルにより解体されて消えていく。その様子に驚いた下級悪魔に『共鳴』を使う。魔法の音波が下級悪魔の障壁を打ち消して、もう一度放った銃弾により粉々にした。
下級悪魔の障壁。簡単に打ち消すことができたように見える。実際、簡単に打ち消したように見えるが、前の世界でも同様に障壁を打ち消す研究はしていた。
が、複雑な波長とダミーの波長が混じり合い、無効化するのは無理だったはずなのだが……防人はあっさりとその波長を見抜いた。
再び歩き始めながら、ちらりと隣を歩く防人を見て考える。おかしいと。
雪花は変態的なマナ操作能力だというが、人間の能力を超えている。スキルを持っていても、その能力は個人が持つ限界を振り切っている。過去に『解析』スキル持ちがいたが、それでも障壁の波長を見抜けなかったのだ。しかも、防人は解析系統のスキルを持ってすらいない。
魔法の操作能力がおかしいのだ。その能力の大元の推測はできるが、とすると防人は……。幽体で宙を進む雫へと視線を移動する。何も言わないが、きっと雫は理解している。そして、防人に言わないということは……。未だに諦めていない作戦を進めているということだ。
防人に秘密にしているのは明らかだが……。伝えても伝えなくても、きっと防人の取る行動は変わらない。雫はいつか話すだろうから、それまでは自分も黙っておくことにする。荒唐無稽な作戦だし、成功確率はゼロに近い。親友の諦めない気持ちを尊重して見守ろう。
アホっぽい言動が最近は多い親友だが、隠していることを毛ほども感じさせないのはさすがだと思う。基本、雫は目的は絶対に遂行するんだよなぁ。諦めない娘なのだ。
「さて、残りの敵も倒すことにするよ。ドローン展開」
首を振って気を取り直すと、ランドセルパックからドローンを発進させ、辺りをカメラで確認していく。順次見つけた魔物は搭載されている機銃で倒していった。
『むむ。いつ見ても格好いいですね。私もそれを使いたいです。私専用の強化装甲服を作ってくださいね』
ロマン大好きな親友は目を輝かせてお願いをしてくる。見慣れた光景だ。そして僕の答えも決まっている。
『やだ。前に半年かけて製作した強化装甲服。君は初戦で壊したし』
『あれは仕方なかったんです。装甲服を放り込めば、敵に隙ができると思ったんです。ペロリと食べられるのは予想外でした』
大型の魔物と戦った際に、その口にいきなり放り込んだのだ。敵が噛み砕いている間に、倒そうとする作戦だったと本人は言っているが、ゴクリと呑み込まれたのである。半年かけて作ったのに。呆然としてしまった記憶がある。
『その予想外が何回続いたことか。それに君はパワードスーツなしの方が強いよね? 宝箱を守る妖精みたいに、もうパワードスーツなしで良いと思うんだ』
『あれは、溶岩とか格闘以外の攻撃に弱いと思うんです。吹雪とか範囲魔法を使われたら、この世界だとやられると思うんです』
『君なら火口に落ちてもよじ登って魔王を倒しちゃうだろ。吹雪だって少し寒いですねですむだろうし』
生身で頑張ってと、冷たく答える。雫には壊れるのを前提にした消耗品を使用させれば良いと決めている。この決定を変えるつもりはないからね。
親友と言い合っていると、またぞろ魔物の群れが現れたのでガトリング砲の引き金を引く。再び轟音が響き魔物たちを粉砕していった。
「魔法付与が付与された攻撃さ。ガトリング砲の火力に合わさるとBランクだって、雑魚同然さ」
アハハと笑いながら倒していく。防人と初のパーティーだから良いところを見せないとね。
『弾が尽きたよ〜』
「僕は白米好きなアンドロイドじゃないから、しっかりと残弾は計算しているよ」
茶化す親友に、べーっと舌を出して言う。ヘルメット内だから見えないはずなのに、予想していたのか、ピーピーと口笛を吹き笑い返してきた。戦場でのこんなやり取りも久しぶりかもと思い少し楽しく思ってしまう。まったく雫は仕方ないなぁ。
「ゲイザーが来るのじゃ」
「任せてよ。『踊るダガー』」
雪花の警告どおり、空からゲイザーが飛んでくるので、『踊るダガー』を射出する。思念で操作する魔法のダガーだが、こんなものは僕なら簡単に操れる。
空を飛んでいき、矢のような速さでゲイザーにダガーは突き刺さる。すぐに縦に切り裂きダガーは離れて他のゲイザーを狙う。
12本のダガーは空中を舞い踊りながら、不気味なる瞳の怪物を倒していく。踊るダガーとはよく言ったもので、敵は不規則にひらひらと動くダガーを撃ち落とすことができない。
しばらくガトリング砲の銃撃音とダガーが飛び交う風斬り音が続き、攻めてきたゲイザーを駆逐した。
レーダーを見るが、周りに敵影はない。ふぅ、と息を吐いて肩の力を抜く。久しぶりの戦闘に緊張していたようだ。
『さすがはセリカちゃんです。セリカちゃんは雑魚戦では圧倒的な火力で敵を駆逐、ボス戦時は敵を阻害するスタイルを取ります』
「それならマナの消耗を抑えられて良いな」
親友が素直に褒めてくれて、防人が腕組みをして感心してくれる。かなり嬉しいんだけど、ヘルメットで照れている姿を見せることがなくて良かったよ。
「もっと褒めてくれて良いんだよ。僕がいないと高レベルのダンジョン攻略は無理だからね」
「なるほど。まぁ、まずはこの砦を破壊してからだな」
消耗を抑えるための薬品も多くあるので、僕はパーティーに必須だとアピールすると、防人が前方を指差す。
木々の合間には石造りの無骨な砦が見える。どうやら悪魔たちの居城らしい。久しぶりに悪魔退治に行きますかと、セリカは皆と砦へと歩いていくのであった。
 




