231話 混乱の戦場
日本軍は現れた悪魔たちに、恐怖の面持ちで対峙していた。兵士たちは恐怖を無理やり心に押し込めて、自動小銃の引き金を引きながら咆哮する。
「ウォォ! 倒れろ、こいつ倒れろ!」
頭がコウモリで猿の身体にコウモリの翼という典型的な伝説の、いや、ゲームの雑魚キャラのような悪魔だ。しかし兵士たちは悪魔と冠する敵の恐ろしさを実感していた。
いかなる魔物も、その銃弾の嵐の前には息絶えてきたのに、強力な威力のAP弾は悪魔の表皮を僅かに傷つけるのみであった。あまつさえ、敵はわざと銃弾を受けて、攻撃が無駄だとこちらの恐怖を誘い、負の感情が美味いのだとばかりに愉悦で口が裂けるほどにニタリと歪めていた。
「くそっ。くそっ、くそっ!」
こんな魔物は初めてであった。たしかにAP弾でも倒せない敵は存在する。が、それは大型の敵ばかりだ。目の前の敵のように人間と同じ程度の背丈を持ち、防御魔法も使わないのに、攻撃が効かない敵は初めてであった。
そろそろ殺すかと悪魔が銃弾を受けながら、いたぶるように近づくのを見て、兵士は背筋が凍りつく。殺されるのだと確信しながら、振りあげられた悪魔の腕を見つめる。
その瞬間、悪魔の頭は横殴りされたかのように吹き飛んで、その身体は地面に転がる。助かったとの思いと、驚きを混ぜ込みながら倒れた悪魔を見ると、こめかみに穴が空いていた。
「前進して、悪魔以外の敵を倒してくれ」
そうして眼前にふわりと軽やかな動きで巨大な漆黒の虎が黒ずくめの男を乗せて降り立つ。頭から足先まで黒ずくめのローブで身を包み、さらにフードをかぶり、マスクをしている男であった。目元だけが、そのマスクから覗いており、兵士へと顔を向けてくる。
向けられた瞳を見返して、背筋がゾクリと泡立つ。命を助けられた恩人に失礼な話ではあると理性は考えているが、感じたそれは恐怖であった。冷え冷えとして、その視線だけで凍りつきそうな、そんな人とも思えない目をしており、不吉な空気を醸し出しており……倒された悪魔よりも恐怖を覚えてしまっていた。
「? 聞こえなかったか? 悪魔は無視して、前進して通常の魔物を倒してくれ」
自分の声が届いていなかったと思ったのか、男は再度セリフを繰り返す。兵士は内心の恐怖を抑えながら、水飲み人形のように首を縦に振る。
「わ、わかった。あんたは?」
助かったとお礼を言うことも忘れて、兵士は聞き返すと、男は手のひらを上に向ける。
「あぁ、こいつらマナだけはあるからな。『魔法吸収』をしつつ殲滅することにする。弱い敵だしちょうどよい」
手のひらから、いくつもの漆黒の球体を生み出しながら、男は嗤う。自分の周囲にいくつもの漆黒の球体を浮かしながら。その姿は悪魔よりも悪魔らしかった。ゴクリとつばを飲み込むと、なにも考えずに兵士は自動小銃を握りしめて前線の味方に合流するため走り出す。敵へと向うのにもかかわらず、その姿は脱兎の如く、まるで逃げ出すかのような様子であった。
防人は兵士を助けたことに安堵しつつ、周囲に注意を向ける。およそ5百体の下級悪魔が暴れまわっており、兵士たちは苦戦を強いられているのが見える。
下級悪魔の一匹が俺に気づいて手のひらを翳し魔法をうってくる。
『火球』
『波紋闇砲矢』
対抗して、俺もすぐさま魔法を放つ。詠唱速度なら負けないぜ。
面白い技を覚えたので、魔法に付与する。波長を合わせて同じように障壁を作る攻防一体の矢だ。障壁を作り出すマナは放った魔法から供給されるので、多少威力は弱まるが問題はない。
敵の魔法と通常ならば相殺されるだろう弱い下級魔法だが、火球にぶつかる寸前で、『波紋闇砲矢』の先端は敵の魔法の波長に合わせて障壁を作りだし、命中すると生み出された障壁は火球をかき消してしまった。
その勢いは衰えることなく、下級悪魔の胴体を貫き撃破して、大穴を空けて打ち倒す。俺はその威力を見て、ニヤリと笑ってしまう。予想以上の威力だ。
「こいつら、かなり脆いな。障壁頼りだから、他の魔物よりも遥かに柔らかい」
ゆらゆらと手を振りながら、周囲の悪魔を睥睨する。俺の魔法により、続けざまにあっさりと仲間が倒されたことに気づき、下級悪魔たちが集まってきた。頭の良い奴らだ。連携もするようだし、たしかに今までの敵と一線を画すみたいだな。
「種明かしされた手品師だからの」
気の毒に思うわいと、雪花が改造和服の裾をなびかせながら追いつく。と、俺が脅威だと理解して集まってくる下級悪魔の前に立ちはだかり、半身となり拳を前に身構える。
『悪魔爪』
近寄る悪魔の爪が伸びて、雪花を切り裂こうと右腕を振るってくる。
「甘いのじゃ!」
雪花は薄く笑うと、繰り出されてきた下級悪魔の腕を右足を振り上げて弾く。すぐに左足を支点にくるりと回ると、攻撃を弾かれて体勢を揺らがす敵へと、再度右脚からの蹴りを放つ。
『波紋剛破集脚』
つま先に僅かにマナの波紋を作り出すと、雪花は下級悪魔の障壁を無効化して、その顎に食らわす。ゴキリと嫌な骨が折れる音がして、下級悪魔は後ろ向きに倒れ伏すのであった。
そのまま仲間が倒されたことに驚いている下級悪魔たちへと肉薄する。
『波紋乱撃』
川が流れるように、下級悪魔の合間をスイスイと縫うように移動しながら、雪花は拳を荒々しく叩き込んでいく。雫が静だとしたら雪花は動だなぁと、その様子を見て、俺は見惚れてしまう。もう敵の波長に合わせるコツを覚えたらしい。さすがは雪花である。
拳を叩き込まれて、下級悪魔たちは胴体を、あるいは頭を吹き飛ばされて屍を重ねていく。まるで猛獣のように荒々しく立ち塞がる敵を破壊していく雪花。見惚れてしまうが、それでも雫には敵うまいとも思ってしまう。
雫は静であり、静かなその動きは舞うようで、美しい。可憐な蝶のような戦いだが、その攻撃は的確で猛獣などよりも、遥かに狡猾で最後の最後まで敵を倒そうとする意思も持つ。
スキルレベルなどよりも、雫のその性格が、心の強さが雪花を圧倒する。以前は対等らしかったが、現在は埋めがたい差がついていると俺は考えている。
まぁ、努力の人なのが雪花だ。自分でもその差を俺以上に感じているだろう和服少女は、それでも差を詰めようと、戦いを繰り返すのだ。充分強いとは、慰めでも悪いが言えない。俺としては頑張ってくれと、他人事なので軽く言うだけだ。本人もその方が気楽だろうしな。
『闘気咆哮』
雪花は立ち止まると、深く息を吸い込み、咆哮をあげた。その声音に闘気を混ぜて、ノイズが空間に奔るように。
なにをしたのかはすぐに理解した。僅かなノイズで空間転移を阻んだ、この間の雫の真似をしたのだ。繊細な魔法の波長を乱すその咆哮は、悪魔たちの障壁を僅かに揺らがせた。
「貰ったのじゃ!」
その様子を見て、得意げに雪花は空へと跳び上がる。身体に闘気を巡らせて、和服をひらひらとなびかせて、拳を真下に打ち込む。
『剛王地走り』
巨大なマナが繰り出された拳から放たれて、地面へと激突する。闘気は刃となって地を奔ると、周囲に集まっていた下級悪魔たちを切り裂いていった。そうしてバラバラとなって、地に倒れる下級悪魔たちの中に、くるりと回転すると雪花は降り立つのであった。
「よくやった、褒めてやるぜ雪花」
俺はパチリと指を鳴らし、衝撃を受けて隙を見せた残りの下級悪魔たちを全てロックする。そうして、俺を中心に地面を暗闇が靄のように広がって辺りを包んでいく。
「本日は晴れ。ところにより棘が生えるでしょう」
『暗黒棘地帯』
一言呟くだけで充分だった。魔法を発動させると、瞬時に暗黒の力をこの地に展開を終えていた俺は範囲魔法を使用した。地面に広がっていた暗黒は俺の魔法に反応し、その形を槍のような棘へと変化させる。下級悪魔たちの足元に作られた暗黒の棘が突き出されて、回避することも許さずに、瞬時にその胴体を貫く。
風穴を胴体に空けられて、500体はいた下級悪魔たちは、防人のたった一発の魔法で全員殺されるのであった。
あっという間に、俺は串刺し公へと転職してしまったわけだ。相手は人間じゃないけどな。
「ミケ。全部の悪魔たちからコアを回収しておけ」
「みゃん」
ミケたちが指示に従い、回収のために走っていく。
その様子を見ながら、倒し終わった下級悪魔たちのうち、近くの一体に近づくと、モンスターコアを抜き出す。漆黒の水晶の中心に紅い輝きを宿している。いつものコアに見えるが……少し感触が違う。宿す力がノーマルの物ではない。
これレアだ。え? 悪魔のコアって、もしかして全部レア?
クールに俺は周りを見渡すと、ゴクリと喉を鳴らす。え? これ、全部レア? たしかBランクだったよな、この悪魔。
ゲイザーは? と墜落していたゲイザーに視線を向けると、サラサラと灰になり消えていって、コアは残していない。召喚獣はコアの対象外ってわけなのか。いや、それでもこんなに弱い敵がレア?
「あ〜、コホン。なぁ、そこの兵士君。俺が悪魔を倒したから、コアも全部俺の物だよな? そうだよな?」
希望を込めて、のしのしと歩き、命を助けた兵士に近づくと確認する。なぜか兵士たちは銃を構えることもせず、啞然と口を開けていたが、俺の言葉に慌てて直立不動となると敬礼を返してきた。
「も、もちろん、そのとおりであります! 貴方様が撃破した様子を皆は確認しておりますので! な? そうだよな?」
「そのとおりであります! 文句をつけてきた奴は私たちで対処しますので仰ってください!」
近くの兵士たちに同意を求めると、その兵士たちも声を揃えてもちろんですと敬礼してきた。僅かに声音に震えが混じるので、ちょっと俺の魔法は衝撃だったらしい。まぁ、レベル6となるとAランクに入るからな。範囲魔法もかなりのものだ、恐怖するのも無理はないか。
「ありがとう、君の名前を教えてくれないか? 後でお礼をしようと思う」
「部隊長の名前は佐々成政であります、閣下!」
なぜか自分の名前ではなく、部隊長の名前を答える兵士。その言葉に後方の兵士が驚き目を剥いているので、彼が部隊長なのだろう。俺の名前を言うんじゃねぇよと、佐々成政とやらは顔を顰めている。……まぁ、後で菓子折りでも贈っておくか。山吹色の菓子折りってやつを。気前が良い防人さんなのだ。兵士たちにそう伝われば良いと思います。
『それは………う〜ん、気前が良ければ、尻尾を振ってくれますかね?』
『金払いが良いと覚えてくれれば上等だ。それよりも悪魔だよ、雫。悪魔』
俺のイメージは怖いんだと思いますと言外で言いながら、雫が宙に浮きながらあぐらをかいて、迷う素振りを見せる。が、すぐに気を取り直して口を開く。
『悪魔はレアなんですね。私も滅多に遭いませんでしたし、コアを気にしたことってなかったですから、初めて知りました。下級悪魔でもレアだったとは驚きました』
『これは………ネームドに期待できるな。決めたぜ、俺は悪魔を中心に狩ることにする。皆も助かるだろうし』
俺は大量のレアが手に入りホクホク。皆は強すぎる魔物と戦わずにホクホクというわけだ。
『悪魔のダンジョンは危険ですので、注意してください。まずはワニの悪魔と戦うとしましょう。スニーカーの紐を解いたらだめですよ?』
『雑魚を日本軍が片付けたら、悪魔のダンジョンに案内してくれ。あと、ワニの悪魔って強いのか? きっとスペシャルだぜ。ワクワクするよな』
歳に似合わず、俺は新たなる魔物、悪魔と戦えることに興奮気味になってしまう。なにしろ、全てレア。と、するとボスは全部スペシャルなのだから。強敵なのは間違いないだろうが、俺たちもパワーアップしているし、勝ちにいくぜ。
なぜか気まずそうに目を逸らす雫さんだが、きっとそれだけ悪魔が強いんだろうな。スニーカーの紐はしっかりと結んでおかないといけないのか。気をつけるようにしておこう。




