230話 中盤戦
防人は天津ヶ原軍の誇る10式重戦車の屋根に黒ずくめの格好で座って、土煙が舞い、爆発が起こり、銃声が響く前方の戦闘をのんびりと眺めていた。
「あのモグラを倒したら敵の攻勢は弱まったか?」
「浸透戦術とはまた古臭い戦術をとったもんだな。敵の数はこちらよりも遥かに多い。穴を空けたら包囲殲滅をするつもりだったんだろう」
俺の問いかけに、政宗が対戦車ライフルを構えながら答えてくれる。浸透戦術って、なんだ?
『浸透戦術とは、分隊単位で敵の拠点を無視して通過することだけを考える戦術です。後方からの野砲による支援と、突撃できる訓練された兵士により、敵の防衛網に穴を空けて通過、後方に位置することで混乱を誘う第一次世界大戦のドイツがとった戦術のことです』
『さすがは雫。戦いとなると詳しいな。なるほどねぇ、そんなに強い戦術だったのか?』
きりりと真面目な表情で教えてくれる雫さん。久しぶりにパートナーの賢いところを見たぜと、俺は感心してしまう。最近、アホなところしか見てなかったから、まともな雫さんを見ると涙が溢れるぜ。
『一見したら強い戦術で当初は強力でしたが、戦略的には目標を設定していないことと、包囲殲滅できるほどの機動力も打撃力もないために廃れた戦術ですね。後の電撃戦の原点とも言えるでしょう。ちなみに電撃戦は幻想を無効化する不幸な男に敗れました』
『なるほどなぁ。今回はこちらの砲撃が厳しいために敵さんも苦肉の策って感じか』
まぁ、槍やら剣を持って戦車に突撃するのだ。誰もやりたがらないに決まってる。が、戦うしかないので、魔法攻撃を野砲に見立てて、モグラを強襲させたわけか。ところで、最後の内容は変じゃね?
「あのモグラが突撃要員だったんだろうが、数が少なすぎる。敵さんも自分のカードをどう使うか懸命に考えたんだろうがな。うははは」
「近代兵器の力を久しぶりに実感したな」
政宗と同じく相馬と南部の爺さんも、対戦車ライフルを持って、楽しそうに笑っている。先程のデカモグラを倒したきっかけの一撃を撃ち込んだ3人だ。
緑の戦闘服を着込み、肩には自動小銃、腰には短銃、ナイフ、ポーションやマナポーションを下げており完全装備である。
「完全武装の兵士たちを見ると安心感があるよなぁ」
俺も同意だ。やはり近代兵器ってのは恐ろしい。いくら強くなっても、人の身では殺されてしまうに違いない。
『大丈夫です、防人さん。黄金冒険者は原子炉に入ってもビクともしないんです。その代わり、コーディネーターは連れてきてはいけませんよ? でかいロボットを召喚するコーディネーターなら別に良いかもしれませんが』
『うん、まったく意味はわからないが、強くなれば近代兵器とも戦えるということなんだな? それなら、もっと強くなるように頑張りますかね』
私は黄金冒険者レイですと、ふんふん鼻息荒い美少女パートナーに肩をすくめつつ、後ろを振り返る。
「こちらは800人。戦車2両に、装甲車、トラック。自動小銃は150丁と。見劣りすると思うか?」
整列している日本軍の戦車隊に完全武装の兵士たち。頼りになりすぎる安心感を覚える軍隊だ。それに比べると、うちは自動小銃を持つ者は2割。あとは剣やら槍を手にして、遠距離武器といえば弓矢である。
「その代わりに使い魔500におまえたちがいるじゃねぇか。なぁ、野郎ども?」
不安を覚えないかと、後ろに控えていた馬に乗っている信玄へと問うと、豪快に笑って槍を突き上げて元気な武将マニアの爺さんは声を張り上げる。
「ウォォ! やってやる! ダンジョン攻略は俺たちに任せろ!」
「そうだ! 軍がなんぼのもんだ!」
「白銀の本多忠勝にお任せを!」
わぁわぁと叫ぶ冒険者たち。さり気なくダンジョン攻略以外は無理ですと言っているような気もするが……まぁ、そんなずる賢い奴らの方が安心できる。
「よし、そろそろ正面の敵は片付け終わる。それを持って、日本軍は俺たちにダンジョン攻略の支援を求めると……ん? なんだありゃ?」
これからが稼ぎ時だと皆に言おうとした時であった。目立つ日本軍のバカでかい指揮車の車体が斜めに切り落とされて、ガランガランと大きな騒音をたてて地面に落ちていった。車内の様子が丸見えになり、気まずそうに頬をかく司令官らしき男が見えた。
「たぶん内部から切り裂いたのじゃよ。どうやら敵に乗り込まれたようじゃな」
「敵に? あそこは後方に位置するんだぜ。テレポートでも使われたのか?」
雪花が真剣な表情で伝えてくるので、首を傾げてしまうが鋭い思念が頭に響く。
『防人さん。悪魔です! 目を凝らしてください。飛んできています』
『なぬ? 悪魔?』
真剣な声音の雫の指差す先に目を凝らすと、マナの塊が空を飛行してきていた。しかも何百体も。悪魔とは嫌な響きである。それが何百体も姿を隠して飛行してきているとなれば、かなり不味い展開になるのは予言者でなくても簡単に想像できてしまう。
『ゲイザーです! 身体は瞳とその周りに生える触手のみ。Aランクの魔物ですがその能力は支援に偏っています。支援魔法の一つ周囲の仲間を隠す『透明化』を使っているんです! ゲイザーがいるとなるとまずいですよ!』
『何がまずい?』
焦る雫という、珍しい姿を俺は見ながら確認すると、ぶんぶん手を振って説明をしてくれる。
『ゲイザーは召喚悪魔なんです! 即ちゲイザーを召喚できる悪魔がいるんですよ。恐らくは悪魔将! ギロチンが得意な悪魔将ではなく、魔界から来たと言われる本物の悪魔将です!』
『ということは……?』
『この戦場は楽しくなってきたということです。悪魔系統はコウモリの羽を生やしただけの下級悪魔であっても、ぎりぎりとはいえその力はBランク! 彼らは物理、魔法、状態異常の全てに耐性を持ち、高いステータスを誇ります。中級悪魔は完全にB、上級悪魔はAランク。ネームドの悪魔は多彩な魔法を使うので楽しみです。スペシャルな悪魔将だと推測します。なにせ、これだけの悪魔を率いていますからね!』
『それは楽しそうだな。しかも美味そうな敵だこと』
強敵と戦えるとぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ雫のセリフだが、驚くことはない。彼女は戦闘大好きな少女だ。強敵により発生するかもしれない周りの損害は気にしないところがあるからな。
まぁ、そんなところはパートナーの俺がフォローすれば良い。それよりもそれだけ強いとなればコアも期待できるし……。
「なにより日本軍に俺の力を見せることができるからな」
日本軍の活躍する演目は終わり、次は天野防人と頼りになる仲間たちの演目といこう。主演男優賞確実の俺の戦いを見せてやるぜ。
「ミケ」
「みゃん」
指を鳴らすと、可愛らしい子猫のような鳴き声をあげて、ミケが影から現れてくる。5メートルはある巨体の漆黒の虎は、うにゃんと俺の前でお座りする。
「震電」
「かぁ」
続けて闇鴉の震電たちを呼び出す。かぁ、と鳴きながら30羽近い鴉があとに続く。
「震電。空をコソコソと飛んでいる目玉を潰せ」
俺が命じると、空へと飛んでいき、震電たちは隠れているゲイザーへと一直線に向かう。翼を折りたたみ、ミサイルのように飛び、ゲイザーに接敵するやいなや、その目玉を貫通した。
『漆黒砲矢』
その身は漆黒のミサイルと化し、回避しようとするゲイザーを正確に貫いていく。そうして、ゲイザーが倒されて、『透明化』が解けた悪魔たちの姿が顕になる。
猿の胴体とコウモリの頭を持ち、コウモリの翼を背中に生やす敵だった。ギラギラと赤い目が光り、その姿はなぜか心に不安を抱かせる。これが悪魔かと俺は感心してしまう。かなり強そうじゃんね。
「下級悪魔だね! 得意技は『火球』、『魔法矢』だ。地味だが、マナも多く数が多いと油断できない敵だよ」
俺のそばで、先程から持ち込んだ巨大な西洋鎧を組み立てていたセリカが敵を確認して教えてくれる。姿を現した下級悪魔を見て、地上の兵士たちは騒然となりながらも、自動小銃を撃つ。
だが、響き渡る銃声と、下級悪魔に降り注ぐ銃弾の数の割に、敵は一体も墜落しなかった。僅かに青い血を流すだけで地上に降りていく。そうしてそばにいる兵士たちへと手のひらから火球を生み出して、撃ち込んできた。
炎が逆巻き、爆発が発生し、兵士たちは火だるまとなり悲鳴をあげる。AP弾を撃ち込んでいるだろうに、一体も下級悪魔は倒れることはない。
「自動小銃を前に、奴ら倒れねえぞ!」
「なんだありゃ?」
その光景を見て、信玄たちが目を剥いて驚きを見せる。同じく俺も下級悪魔のタフさに驚いていた。あいつら直に弾丸を受けているのに、ビクともしていないぞ?
「悪魔は物理、魔法に高い耐性を持つのじゃ! マナの籠もった魔法武器でないと、ろくにダメージは与えられん!」
「物理、魔法と2つを掛け合わせた攻撃には耐性はないと。でも、魔法が効かないのは困るな。どれぐらいか確かめてみるか」
警告の言葉を告げる雪花。魔法武器だと、耐性に引っかからないって、仕様の穴を突いている感じもするが、魔法が効かないのは困る。俺は魔法使いなんだぜ。というか、耐性って、物理、魔法、魔法が付与された物理って、3種類あるのか? 変な感じがするんだが。
『凝集火矢』
まずは敵の耐性を確認することにして、マナを5使用した炎の矢を食らわすことにする。溶岩のように輝き、空気をその高温で歪ませて、前方に勢いよく飛んでいく。
そうして炎の矢は兵士たちに襲いかかろうとした下級悪魔に命中する。だが、グラリとその身体が揺れるが、下級悪魔は焦げ一つなかった。
驚きである。少しはダメージが入ると思ったんだけど、ノーダメージかよ。だが命中した瞬間に理解したことがある、なぜ、悪魔が物理、魔法それぞれに耐性を持っているかだ。
「わかったぞ、あの悪魔は身体の表皮に薄い障壁を纏ってやがるな」
命中した瞬間に、悪魔の身体に波紋が生まれたのだ。あれが耐性の秘密らしい。特殊スキルというやつか? 原理は不明だが見えないシールドを張ってやがる。あれが、物理、魔法攻撃に反応するんだろう。
「なら、もう一発試してみよう」
『波紋火矢』
火矢の表面を揺らめかせて、再度下級悪魔へと飛ばす。攻撃を受けてよろめいていた下級悪魔は同じように飛んできた火矢を前にせせら笑いを浮かべて躱すことなく受けてきた。
そして頭に命中し、火矢は風船のように弾け飛ばした。頭を無くして、ヨロヨロと身体を泳がせると下級悪魔は地に崩れ落ちる。
「よし。敵の波紋障壁を打ち破れれば、案外簡単に倒せるんだな」
障壁の波紋の波長を火矢に持たせたが成功したようだ。どうやら素の耐久力は弱いらしい。たぶん障壁頼りだったんだろうと、ニヤリと笑う。が、雪花たちはポカンと口を開けていた。
『防人さん、このセリフを! なにかやっちゃいましたか? さんはい、なにかやっちゃいましたか?』
『なんとなく恥ずかしいからやめとく』
狂喜して踊りながら喜ぶ雫さん。なにかお願いしてくるが、なんだろうね。
「あ〜、主様の魔法は変態じゃ。他の者は気をつけるように! 物理、魔法に敵はかなりの耐性を持つのじゃ。なるべく闘技で倒すのじゃ!」
酷い言われようである。変態はないと思うんだけど。簡単な波長なんだよ。マナの発する一定の波長に反応するように作られているんだ。一定の波長を持つ攻撃が来たら、身体の周りに漂わせているマナが凝固する形をとっているのだ。これだと常時魔法を使ってあるわけではないので、低コストのマナの消耗ですむということだろう。
物理はどうやって防いでいるかはわからんけど、物理攻撃に対応する波長もあるのだろうか? 要研究だな。後で調べてみるかね。要は魔法妨害と理論は一緒、波長を合わせているだけなのである。
「いや、雪花にはコツを教えるからな。お前ならできるだろ。努力の人だし」
思念でイメージを送る。もちろん雫やセリカにも。特にセリカには詳細なイメージを送っておく。
「む? なるほど……簡単には思えぬが、今の雪花ちゃんならできるじゃろ」
「この波長。下級悪魔が自由に変えられないとしたら、こちらの攻撃は貫通できるように改造できるね」
『いつも力任せで破壊していきましたが、これなら楽です』
ふむふむと雪花は顔をにやけさせて、セリカは置いてある西洋鎧に端末を付けて設定していた。雫は一瞬で理解したようなので、さすがは戦闘の才能持ちだと言えよう。
「ミケたちにもイメージは送ったからな。さて、悪魔退治と洒落こみますか」
そうして俺はミケに乗り、混乱が広がる前線へと向かうのであった。




