229話 戦端
戦闘機隊は大丈夫のようだと、丸目大佐は戦況を見て推測する。いかにルールが違う相手でも空ではなにもできないらしい。
だが、地上が問題である。こちらでは敵は対抗策を持ち出してきていた。即ち、地上からではなく地下から攻めるという方法で。
「大型魔物により、戦車隊に被害が発生しています。呼称名『剣土竜』。土の中を水のように泳ぐ全長10メートルの魔物です。過去の戦闘では、手足や鼻先を剣のように鋭くして、地下から突撃してくると報告されています。かなり厄介な魔物のようです」
「剣土竜は3体確認。戦線に穴が空きそうです。倒した戦車で空いた穴に敵は集中して攻撃を開始。合わせるように山林から魔法攻撃が飛来。どうやら浸透戦術に及んでいる模様」
モニターには土の中に水に潜るように消えていき、再び戦車の真下から現れる剣土竜の姿があった。分厚い魔法合金の装甲を持ち、自走砲のようなでかい大砲を搭載している巨大な戦車も亀のようにひっくり返されてしまえば、もはやガラクタ同然だ。剣土竜はまさしく戦車の天敵であった。
「装甲車により、空いた穴を埋めなさい。戦車隊は変わらず山林へと攻撃。剣土竜は無反動砲で倒すのです。歩兵部隊が倒すよう命令。戦車は絶対に山林から目標を変えないように。恐らくはそれが敵の狙いです。そもそもあの戦車砲では近距離戦は不可能ですので」
了解と参謀が新たにテキパキと指示を出す。忙しくオペレーターが通信をする中で、モニターでは剣土竜が暴れまわっているのが映し出されていた。
見た目はたんなる大きなモグラにしか見えないが、マナの輝きをその爪に宿して、装甲車へと叩き落とす。装甲車の装甲はあっさりと切り裂かれて、慌てて装甲車は下がっていく。
機銃の攻撃は毛皮を貫通できないようで、兵士の自動小銃から撃たれる弾丸は弾かれていた。バズーカにより撃破しようと兵士たちが狙う。狙われたことに気づき、剣土竜はまるでイルカが海面を跳ねるように跳び上がると、そのまま土の中に潜って逃げてしまった。土はまるで水のようにゆらゆらと揺れて、あたかも液体と化したかのように、その巨体を阻むことはない。
バズーカから放たれた砲弾は、虚しく空を飛んでいき、途上で爆発していった。見た目よりも遥かに素早い剣土竜に味方は苦戦を強いられていた。
土からザバリと浮上してくると、剣土竜はその紅い目を光らせて口を開く。
『土石流の息吹』
膨大な土石流がその口から吐き出されて、悲鳴をあげて兵士たちも装甲車も押し流されていった。混乱が広がる前線に丸目大佐は舌打ちする。
「クッ。予想以上に強い。前線のスキル持ちを集め……ん?」
まるで災害のように猛威を奮っていた剣土竜であったが、その頭の一部が弾け飛び、鮮血と肉片を撒き散らし身体を揺らがす。動きが止まった隙に、バズーカを兵士たちが放ち、胴体に数発命中させると、爆発により肉体を吹き飛ばされて肉片を撒き散らし、ようやく剣土竜は地に倒れ伏し死ぬのであった。
「おぉ! 今のはどこの掩護だ?」
参謀たちが、ようやく倒せたことに歓声をあげる。オペレーターが確認のために通信をする。その間にも他の剣土竜の頭が揺らぎ動きを止めて、先程と同じようにバズーカにて止めを刺して倒し切った。
「わかりました、大佐。今のは天津ヶ原軍の対戦車ライフルによる狙撃ですね。伊達政宗たちが闘技を使用した模様」
「あぁ……本来は軍人の……死亡した人間ですね」
死んだことになっておるのに、堂々と名前を名乗る伊達政宗たちに苦笑してしまう。その大胆な性格もそうだが、さすがは元軍人だ。こちらの危機を悟って的確に援護をしてくれた。
「そういう男こそ、今の軍には欲しいのですが……まぁ、誘っても無理でしょう」
数を減らしたスキル持ちと佐官たち。戦争の経験豊富な者なら厚遇をするだろうが……筑波線要塞での醜態を内街は見せた。まともな軍人こそ、軍には戻るまいと考えてしまう。
「今はこの戦争に勝利することこそ、優先されることです。敵の侵攻を防ぐために、予備兵を空いた穴に向かわせなさい」
剣土竜がいなければ、戦車への攻撃はできまいと、丸目は指示を出す。あとは、無駄に突撃をしてくる魔物を倒せば良いはずだ。敵に切り札がない限りは、だが。
懸念はあるが、今は目の前の戦闘に集中するべきだと、参謀と共に報告される戦況を確認し対応していく。
「剣土竜が敵の切り札であったのでしょう。あとは工夫もなく魔物たちは突撃してくるのみです」
「ワイバーンライダー隊は雨竜隊により殲滅」
「もはや、敵は烏合の衆。あえて言いましょう、カスであると」
「ふむ……敵が突撃を止めたら、山林を吹き飛ばします。魔物を駆逐しダンジョン攻略へと切り替えるので、天津ヶ原軍と連携をとるとしましょう」
顎に手を当てて、丸目は初戦は勝利したかもしれないと予想する。やはり近代兵器の性能は魔物の力を遥かに上回るのだ。改めてそう思う。被害は出たが、それも許容範囲だ。
と、指揮車の扉がゴンゴンとノックされる。
「ん? なんでしょうか?」
兵士の一人が不思議そうに首を傾げて覗き窓に目を当てる。
「司令。緊急連絡であります! 伝令です!」
外からの声に確認を終えて、兵士は振り返り報告してくる。
「丸目大佐。兵士が数人、報告に来ています。なにかあったようです」
報告をしながらも、扉のロックを兵士は解除する。ガコンと音を立てて分厚い装甲から成る金属製の扉は開いていく。
なんでしょうかと、参謀たちも不思議そうにする中で、丸目だけは違和感を覚えた。なぜ通信をしないのかと。緊急連絡なら無線を使うのでは?
「待ちなさい。兵士の所属と名前を確認するのです」
「は、はい。おまえ達、どこのギャッ」
だが、丸目の警告は遅かった。その顔にナイフが突き刺さり悲鳴を上げる間もなく倒された。倒れた兵士を踏みながら、3人の兵士が入ってくる。
「な? 何者だ!」
オペレーターや参謀がその光景を見て、恐怖の悲鳴をあげるが、敵は指揮車内に入り込むと自動小銃を向けてくる。躊躇いなく引き金を引こうとする兵士の姿を見て、丸目は腰に下げた刀を引き抜く。
『水晶粉』
「シネ」
丸目が自身のスキル『水晶』を使うのと、敵が引き金を引くのとはほぼ同時であった。
機械的な声音で告げてくる敵の兵士の自動小銃が火を吹く。タタタと乾いた銃声が響き、指揮車内はその銃弾の嵐に阿鼻叫喚の地獄絵図となり、皆は死体に変わる……はずであった。
「ヌ?」
だが、自動小銃から放たれた死の銃弾は宙にてキラキラと光る粉にぶつかり跳ね返されてしまい、敵兵は驚きの声をあげる。
「無駄です。宙に舞う私の『水晶粉』は銃弾を弾き返し、魔法を霧散させる最強の障壁です」
丸目大佐の『水晶』のスキルから派生する闘技『水晶粉』は限定空間に水晶の粉を撒き散らす。魔力の籠もった水晶の粉は、ひと粒ひと粒が強固な硬度を持っており、触れる攻撃を物理、魔法共に弾き返す障壁と化すのであった。
「攻撃をしろ! 裏切り? 暗殺者か?」
慌てて部下たちが銃を構えるが、その目の前に空間から滲み出るようにバレーボール大の目玉が現れる。血走った目玉の周りにはイソギンチャクのように触手が生えており、兵士へと触手を向けてくる。
バネのように跳ねて、高速で突き出された触手はその先端を槍のように尖らせて、あっさりと兵士の胴体を貫く。ぐふっ、と声をあげて倒れ込む兵士を無視して、他の兵士たちへもその触手を撃ち出す。
鞭のように撓り、飛んでいく触手は水晶の粉に阻まれるが、その速度を僅かに減じられただけで、他の兵士を突き刺す。血を噴き出し倒れる仲間を見ながら、魔物に詳しいオペレーターが恐怖の声をあげる。
「『ゲイザー』です! あ、悪魔だ! そいつらもドッペルゲンガーです!」
攻撃をしてきた兵士たちの姿が歪み、紫色の粘土細工でできたような人型へと変わっていた。
「なるほど、これが切り札ですか。指揮車を襲うとはなかなか考えられている。まさしく悪魔的な思考というわけですか」
刀を中段に構えて、部下を守るためにさらに闘技を使う。
『水晶棘』
その闘技を使用した瞬間、宙を舞う水晶の粉は寄り集まり、水晶の棘となり敵を突き刺そうとする。煌めく水晶の棘は本来ならば、敵を突き刺しその命をあっさりと奪うのだが……。
僅かにその紫の皮膚を突き刺すだけで、貫くに至らない。さすがは悪魔だと顔を顰めつつ、まずはゲイザーとやらに接近する。
ゲイザーは無数の触手を突き出して槍衾のように丸目へと攻撃をする。だが、丸目は動じることなく、刀を振るう。
『巻打ち』
触手を一本の槍に見立てて、まとめて跳ね上げ、ゲイザーの懐に入り込む。ゲイザーはその目を光らせて魔法を使おうとするが
「遅い」
『水晶刀』
水晶で覆われた刀を両手で持って、力強く床を踏み込む。靴が踏み込みの摩擦で熱くなり煙を生み出す中で、丸目は全力での一刀を繰り出す。その一撃はゲイザーを縦に分断して、瞳の悪魔はその命をあっさりと散らす。
「オノレッ!」
ゲイザーが倒されたことに、憤ったドッペルゲンガーたちが爪を伸ばして駆け寄ってくる。繰り出されるナイフのような鋭さと長さを持つドッペルゲンガーの爪に、丸目は刀を切り上げて、その先端を切り払う。
「キエェェ!」
怪鳥の鳴き声のように、丸目は咆哮をあげて先頭のドッペルゲンガーを袈裟斬りにする。次のドッペルゲンガーの突き出してきた爪を見て、摺足にて後ろへとさがる。爪が空を切ったドッペルゲンガーが身体を泳がす隙を逃さずに、再度敵の懐へと飛び込み、唐竹割りを繰り出し倒す。
最後の一匹は身体を変化させており、天井に頭がつくほどの巨体となっていた。緑の肌に豚のように太った身体、乱杭歯を剥き出しにしてこちらを睥睨してくる。
「トロール? この狭い空間では炎を使えない。そして巨体から繰り出す一撃はこの車内の人間を倒すのに充分です」
ドッペルゲンガーが変身した敵と同様のスキルを持つならば、強力な『再生』能力を持っているはず。その再生は炎でしか妨げることはできず、丸太のような巨腕から繰り出される怪力での一撃は、回避することもできない車内では、普通の者ならばひとたまりもないに違いない。
だが、丸目は怯むことなく、目を光らせて冷笑を浮かべる。チラリといつも組んでいる大尉へと目を向けると、既に魔法を唱え終わっていた。
『炎付与』
「以心伝心の部下がいると助かります」
「グォォォ」
丸目の刀が炎に包まれる。その様子を見てトロールへと変身したドッペルゲンガーは咆哮をあげて腕を振るってくる。
「チェストーッ!」
『碁盤切り』
対して丸目も残りのマナを使い切り必殺の一撃を繰り出す。その一撃は剣身を伸ばし、迫るトロールの腕を切り裂き、驚くトロールの太った胴体を肉切包丁で切り裂くようにあっさりと分断するのであった。
緑の血を流し、倒したドッペルゲンガーが元の姿に戻っていくのを見ながら、丸目は刀を拭うと鞘にチンと納める。
「ふむ……前線に出ることはないと思っていましたが……勘違いでしたか」
戦闘からは逃れられないのですねと、片眉をあげて呟く。と、恐る恐る後ろから部下が声をかけてくる。
「見事です、丸目大佐。……指揮車を斬らなければ完璧でした」
碁盤切りにより、ズルリと指揮車の壁がずれていき、そのままガラガラと崩れ落ちていった。空が見えて、オペレーターや参謀が啞然として口を開いている。
「余裕はありませんでしたからね。負傷者の治療と、作戦を続行させます」
コホンと咳払いをして、気まずそうに丸目大佐は指示を出すのであった。




