228話 要塞攻略開始
秋空の下、広がる平原には多くの鉄の塊が死の音を奏でながら疾走していた。魔物の攻撃に耐えられるように分厚い装甲に、射程を犠牲にした大口径の戦車砲。その重量に耐えられるだけの高い馬力を誇るエンジンが搭載されている。無限軌道の車輪を持つ大型戦車だ。
平原を横並びに進みながら、時折現れる魔物をその高火力の砲で駆逐しながら進んでいた。
防人はその威容を輸送用ヘリから、窓に顔を近づけて眺めていた。
『陸上部隊の観閲式みたいな感じですね。魔物線要塞に対抗するための太陽光システムは準備万端ですか? 日の光で焼き尽くせば良いと、海上に浮かぶフロートを焼いちゃうみたいに、攻撃できますか? 要塞よ、私は帰ってきた!』
くるくると幽体モードの雫さんは宙を踊り、その可愛らしい顔を輝かせる。フンフンと鼻息も荒いので、かなり興奮している模様。
『うん、雫さんがなにやら興奮気味なのはわかるぜ』
雫は可愛らしいなぁと、俺はダンスを踊る姿に目の保養をさせてもらっていると、ハッとなり、なぜか雫は顔を顰める。なにかあったかと、警戒する間もなく雫は話を続けてきた。
『ネタがいくつか重なっていますね。わかりにくかったですよね? すいません、少し反省します』
反省。と壁に手を付けて反省のポーズをとるモンキー雫さん。うん、悪いけど、わかりにくかったではなくて、欠片もわからなかったから。ソロモンとゾンビを絡めたらいけなかったですねと、謎の呟きをしていたが、どうでも良さそうなので気にしないことにするかな。
「しかし、主様? これだけの戦車がレンタルできるとは驚きなのじゃ」
俺の隣で同じように窓から外を覗く改造和服の美少女雪花が、眼下の様相を見て意外そうな口ぶりで言う。
「たしかに雪花の言うとおりだな。10台借りられれば良いと思っていたのに、実際は150台だからな」
「しかもあれは26式改対魔物用戦車だよ、防人。最新型も最新型、量産されて間もないピカピカの新品さ」
雪花とは反対側の俺の隣に座り、同じ窓から外を眺めて教えてくれるセリカ。俺が覗いている小さな窓から同じように外を覗いているために、肩を寄せ合いって言葉が合う状況だ。わざとなのは明らかだが、顔を真っ赤にしているために、可愛らしいお子ちゃまにしか見えない。もう少し泰然としないと色仕掛けは無理だぜ。
「新車とは豪気じゃの。内街にも気前の良い奴らがいるではないか」
感心しきりの雪花。平原をずらりと並んで走行している戦車隊は圧巻の一言だ。その後ろから対歩兵用装甲車が機銃を撃ち、接近してくる小柄な魔物を駆逐していた。
魔物線要塞を攻略するために、大量の戦車や装甲車、歩兵部隊が動員されている。これだけを見れば、俺の特区のためにありがとうとお礼を言うところだが、内街はそんなに優しくない。
いくら量産型スキル結晶を欲しいからと、御三家がこれだけの兵を動員してくれるわけがない。
実際は、特区に対してのアピールだろうよ。これだけの軍が貴方たちを守れるので、特区を止めて日本の枠組みに入りませんかって宣伝だな。狡猾なことで。
『戦争はたんなる殴り合いではないですからね。敵と殴り合う中で、勝ったあとのことや、戦争をどう料理して国民に食べさせるか、国債に価値を持たせるチャンスだと、指導者は考えますからね』
『雫の言うとおりだな。きっと要塞線を攻略したら、新聞は大々的に勝利を報道し、道には勝利を祝って提灯を持った国民が練り歩くだろうよ』
マトモに戻った雫の言葉に苦笑で返す。戦争ってのは、敵はもちろんのこと、味方も厄介なんだ。今回のように、他者の援軍に頼る場合は特にそうだ。母屋を盗られないようにしないといけないじゃんね。
「まぁ、今回は久しぶりに日本軍の力を見せてもらおうぜ」
「そうじゃな」
「僕のアイデアが採用されているからね、強いよ」
『くくく、見せてもらおうか、日本軍の力というものを!』
3人が頷くのを見て、俺は窓から日本軍の戦いを見ることにするのだった。気分は第一次世界大戦頃の他国の戦争を見に来る武官の感じだ。
なぜか、雫が寂しい表情で俺を見てきたが、なにかあったのだろうか? 雪花がいつものことじゃと小声で教えてきたんだが。
秋も深まり、枯れ始めて黄色く色を変えている草原を走行していた戦車隊は、山裾まで移動すると停車する。装甲車が戦車隊の合間に移動して、こちらを見つけて駆け寄ってくるウルフやコボルド、オークたちを備え付けた機銃で撃ち倒す。
「丸目大佐。全車予定位置に到着しました」
戦車隊から少し後方に位置するキャンピングカーを3台程横並びに合体させたような巨大な指揮車内で、司令席に座っていた丸目大佐は肘をつきながら、部下の報告に頷く。
「今回の戦争は失敗できない。日本軍の力を見せないといけないですからね」
「そうですね。この数を揃えたんです、負けるのは論外。勝つにも被害を抑えて完勝しませんと、顔が立ちません」
戦車150台、装甲車150台、歩兵輸送用トラック多数に、歩兵を5000人も今回は動員しているのだ。報告してくる部下の言うとおりである。
「そろそろ金属資源も厳しいのか、銃弾が厳しく管理されている中で、戦争とは珍しいですね、丸目大佐」
「それだけ、この戦争を重要視しているのでしょう」
大佐である自分が今回の司令官だ。本来であれば中将か少将が率いる規模の軍勢だが、昨今の内部争いで大きく数を減らし、丸目までお鉢が回ってきた。
出世したことに対する喜びはある。去年の今頃はしょぼい命令を受けて、魔物を倒しまわっていたものだ。だが、皆の命を預かる立場になったと思えば、嬉しさよりも、責任を感じて疲れてしまう。
「贅沢な悩みということですかね」
腰に提げた刀を触り、ため息を吐く。自分が最前線に出ることは、もはやあまりないだろう。そのことを寂しく思う。だが、そのような哀愁に浸る時間を現実は与えてはくれない。
「大佐、全車攻撃準備よし。いつでもいけます」
参謀が作戦テーブルに映し出される地図をタッチしながら報告してくる。最新型の26式指揮車『兎』はレーダー装備の優秀な情報処理能力を有しており、周囲に配置した戦車の位置を黄色の光点で指し示していた。
「ドローンによる偵察完了。敵の位置を確認」
「山林内に多数の魔物を検知。既に布陣は終えている模様」
「大型魔物あり。サーモグラフィによると、山林は真っ赤です! 敵の数……10万を超えています!」
「天津ヶ原軍は戦車隊後方に布陣完了」
オペレーターの報告を聞き、苦い表情となる。数が多い。さすがは要塞と言われるだけはある。
「航空戦力の爆撃を待つ。その後、戦車隊の一斉砲撃にて、山林を更地に変えます」
「了解。こちら地上軍『金剛』。戦闘準備よし、爆撃による攻撃を要請する」
「了解。こちら爆撃機隊『蒼龍』。攻撃を開始する」
丸目の指示に従い、オペレーターは支援を要請する。その要請に爆撃機が応え、すぐにジェット機の爆音が聞こえてきた。
前面モニターに外を映し出すと、古き良き対地戦闘機が飛行してきていた。ずんぐりとした亀のような形の戦闘機で、その時速は600km程度と鈍足だ。
護衛のための26式戦闘機もジェットエンジンを吹かしながら、その横を飛んでいる。
なけなしの航空戦力だ。三好家の反乱で大きく数を減らし、虎の子といっても良い。その数は26式戦闘機20機、26式爆撃機30機の編成である。
逆ウィングの26式戦闘機『雨竜』はステルス搭載であり、強力な魔物の装甲を貫き倒せる貫通型ミサイル『槍雨』と30ミリ機銃を搭載している。強力な最新型戦闘機『雨竜』はソニックブームを巻き起こし、山林へと音速で近づく。
だが先頭の一機が山林に入ると、その機体から火花が奔る。なにかが起こったのだと気づいた時には、機体はバラバラに寸断されて火を噴きながら墜落していき、山林に墜落すると爆発炎上するのであった。
それを見て、慌てて他の戦闘機は旋回し山林から離れていく。
「なにが起こったのですか?」
なにもしないままに戦闘機が破壊されたことに丸目は舌打ちする。1機20億の戦闘機が失われてしまったのだ。
「山林上空に網が張られています。透明に近い糸の……蜘蛛の巣らしきものです。無数の網が張られている模様!」
「アラクネを木々の合間に発見しました。多数潜んでいます」
なぜ破壊されたのか、すぐにオペレーターは画像から解析し報告をしてくる。指揮車内の大型モニターが切り替わり、山林を映し出す。そこには多数のアラクネが聳え立つ巨木にしがみついていた。
上半身が痩せ衰えた骨と皮だけの老婆であり、下半身が大蜘蛛である魔物アラクネである。その戦闘力はかなり高い。吐き出す糸は一度付いたら剥がれないほどの粘着度を持ち、更には糸鋸のように鋭い切れ味を持つ斬糸を使う。
「低空飛行は中止! 高高度爆撃に切り替えなさい!」
「敵、わ、ワイバーンライダー多数出現!」
「山林からコボルドを中心としたオーク、オーガ、トロールの軍勢が進軍開始!」
「偵察ドローン、全機破壊されました!」
焦るオペレーターたちの報告に顔を顰める。この者たちは戦闘経験が絶望的に足りない。いつもは圧倒的有利な小規模戦闘しかしてこなかったからだ。
そして、最悪なことに、敵は万全の迎撃準備を整えていたらしい。
「報告は適切に! 詳細ではなく凡そでも良いので、どれくらいの規模かを報告。戦車隊、水平射撃を開始! 爆撃機を戦闘機は守りなさい。なんのために護衛機として配備されたと思っているのです!」
冷静な声音で指示を出していくと、オペレーターたちは落ち着き、参謀が兵に各指示を出していく。
戦車隊が砲門を山林に向けると、轟音を立てて発射する。空気が震え、砲弾が魔物ごと山林を吹き飛ばす。
一斉に戦車隊が射撃を開始するのは壮観であった。山林から駆け出して出てきた魔物たちはその死を齎す鉄の塊に吹き飛ばされて、肉片となり血煙を作り倒されていった。
次いで、爆撃機が山林上空へと到達すると、溜め込んだ爆弾を落としていく。空気を切り裂く甲高い音と共に山林へと落ちた爆弾は爆発するごとに、木々が聳え立ち緑生い茂る自然溢れる山を破壊していった。
戦闘機隊は敵ワイバーンライダーと接敵し、ミサイルを放ち倒していく。鉄よりも硬い飛竜の鱗と、装甲車の分厚い装甲をバターのように切り裂ける強力な魔法を使う魔物であるワイバーンライダーでも、その時速は600km程度。ヘリとは戦えても、戦闘機との空戦などできないのだ。
「おぉ。やりますな!」
まだまだ若い参謀がモニターに映る戦闘風景を見て、興奮気味に笑う。この規模の戦場は初めてなのだろう。丸目だってそうである。ここまでの戦場は参加したことも見たこともないが、内心はともかく冷静な姿を見せる。
「我が軍は圧倒的ではないか。これならば勝てますな」
「そのとおり、やはり近代兵器には魔物如きでは勝てませんな」
「スキルなど必要ないとの証明ですな。この戦果を見れば、特区も自治を放棄するでしょう」
「どうですかね。この展開は敵も予想しているはず。203高地に突撃してくるだけなら良いのですが」
はしゃぐ部下たちを見ながら、丸目大佐は戦況を眺めていると、数十トンの重量を持つ鉄の塊のような戦車の1台が浮き上がりひっくり返るのがモニターに映った。
「どうやら、そう上手くはいかないようですね。敵はこちらとは違うルールで戦うようだ」
戦車をひっくり返したのは、地面から現れた魔物の仕業だ。10メートルはある巨大なる体躯を持つ魔物。
なぜか竜の名前を冠する魔物。土竜である。
やはり簡単な戦場とはならないらしいと、丸目大佐は嘆息するのであった。




