227話 博士
天津ヶ原コーポレーション本社の最上階のペントハウス。最近はリフォームにより、新築みたいな家屋になった自宅リビングルームにて、防人はソファに座り腕を組んで苦虫を噛んだような表情になっていた。
「ろくな人材がいねぇなぁ………」
防人さんは落胆しています。いや、現実は世知辛い。そうそう良い人材は湧いてこないか。
俺は肩を落としてテーブルに広がっている資料を見ながらため息をつく。資料には最新情報が記載されている。白銀ランクになれたかもしれない松永久秀の顔写真にバツマークがついていた。
「しょうがないにゃんよ。もう、いっそのこと防人の使い魔を白銀にしたらどうにゃん?」
対面のソファに座り、花梨が細長いガラスのコップに入ったバニラアイスに牛乳をかけながらお気楽に言ってくる。遂にシェイクを自分で作る気になったらしい。お前、それはシェイクじゃないって文句言ってなかったか?
バニラアイスをスプーンで混ぜる花梨と、その横にちょこんと座り、分けてくれりゅよねと、花梨にワクワクと期待の瞳を向けている幼女を見ながら、半眼となり答えてやる。
「あの使い魔は知性がない。俺が操っていなければ、決められた行動などの極めて限定的な使い方しかできない。応用性皆無だからな。それに俺は使い魔を人型で創るつもりはない。今回のような試験の時に使う時ぐらいだな。基本、獣のほうが強いんだよ」
口にはしないが、人型を創るのは妖精機だけで充分ってこともある。自我を持つ人型使い魔は雇用形態を考えないと罪悪感が湧きそうだしな。少しセコいかもしれないが、コウが水場で日向ぼっこをしていても、蛇だなぁで済むが、人型で日向ぼっこしていたら、ご飯とか住処とか気になるじゃんね。そういうことなのである。
「人間を創造するのは、神の領域だからな。お前さんの気持ちもわかるぜ」
信玄がのんびりと資料を見ながら他人事のように言ってくるが、お前も今は冒険者ギルドのギルド長だからな? 他人事じゃないから。
「魔物線要塞は現行のままで行くしかないだろ?」
政宗が現状の戦力を見ながら強面を苦笑にして言ってくる。今日は魔物線要塞の攻略における会議も兼ねているので、いつもは筑波線要塞を守る伊達政宗も来ているのである。
他には勝頼、馬場、セリカ、雪花がこの会議に参加しており、お茶くみ係の大木君がせっせとコーヒーを配っていた。皆はソファに座りきれないから、床に座っていたりもする。会議室で会議をするべきだったか。
「使い魔と儂の騎馬隊でいくしかねぇだろ? 皆、随分と戦いに慣れてきたからな」
「単独パーティーでゴブリンキングを倒せる猛者が欲しいところです。現行は自動小銃を使用しての攻略となりますが、あまり一般人に自動小銃は配布したくありませぬ」
時代がかった言葉を使う馬場の言うとおりだ。なんだかんだ言っても、自動小銃は強力だ。悪用されてもおかしくないからな。
「やはり、ネックはステータスとスキルなのじゃ。人の身体能力を超えなければ、ゴブリンキングには勝てんからの」
「雪花の言うとおりだよ。なので、今日はそれを解決するために集まったんだと僕は予想しているんだけど?」
雪花の言葉にセリカが頷き、俺を面白そうな表情で見てくる。セリカに頷き返して、俺は全員を真剣な表情で見渡す。その解決方法を今日は提示しに来たのである。
「現状では、元から強い白銀クラスは冒険者に応募してこないことがわかった。まぁ、高給取りだから、この結果は驚くに値しない」
「応募してきた奴ら、ろくな奴らじゃなかったにゃん」
「花梨には助かったぜ。猫耳を後でもふもふしてやろう」
「優しく撫でるにゃんよ? 耳穴に指を突っ込むの無しだからにゃんね?」
にゃんにゃんとジト目で俺を見返しながら、条件をつけてくる猫娘に、了解だと頷くだけは頷いて話を続ける。ゴミ掃除もしてもらったし、後で報酬はたっぷりと渡しておかないとな。感謝しているんだぜ。耳穴は先っぽだけなら良いかなぁ?
「紹介しよう。道化の騎士団の種子島博士だ」
指をパチリと鳴らすと、ドアが勢いよく開き、よれよれの白衣を着た白髪の老人がドスドスと入ってきた。老人は眼光鋭く俺たちを見てきながら、ニヤリと笑って腕を組み、偉そうに胸を張る。
「私こそが偉大にして偉大なる偉大の天才、種子島であーる。者共、頭が高い。控えい、控えおろう。天下の科学者種子島の前であらせられるぞ、頭が高い。へへーっ」
なぜか自分自身も頭を下げる種子島博士。突如として現れた老人を前に、皆は目を丸くして驚いている。俺も同じく驚いています。もう少し、おとなしく頭の良さそうな博士のフリをしてほしかったぜ、雫さんや。
そう、目の前の小柄な老人は雫が幻想の指輪の力で変装した姿だ。博士が実在するという証拠を見せるために、苦肉の策で雫に頼んだのだ。以前の雫なら安心して任せることができたが、自立した悪戯妖精となった雫は極めて不安です。信じているぜ、パートナー。
「えへん、私は偉いのじゃよ。そこの大木君、私にもチョコレートシェイクをよろしくな」
「初めて出会った爺さんにも大木呼ばわり! というか、シェイクって流行っているのか? 作れねぇよ」
「それじゃ、防人が戸棚に隠している板チョコで良い。ホットミルクと板チョコで我慢してやる」
偉そうなのに、板チョコを所望するお子様舌の爺さんである。ちょっと雫さん? 気をつけてくれよ? あと、チョコレートは今月のお小遣い代から抜いておくから。
俺が種子島博士の傍若無人っぷりに、内心ハラハラしていると、信玄が不審げに声をかけてくる。
「こいつが道化の騎士団の科学者なのか? なんというか……科学者って感じだな……」
「まぁ、ダンジョンを調べようとする科学者なんてこんなもんだろ」
口籠る信玄に、俺は肩をすくめてハードボイルドな返答をしてやる。マッドサイエンティストなんて、こんなもんだろ。イメージどおりだよな? 反論は許さないから。
「そう、私こそが種子島博士。種子島鉄砲を日本に齎した偉大なる祖先かもしれない種子島時なんちゃらの子孫。種子島博士だ」
声に僅かにマナをこめる器用な戦士雫。虚偽看破の対策のためだ。雫の高ステータスを前に花梨では嘘だと看破できない。そして嘘だと看破できなければ、本当にそんな人間がいるとの信憑性が生まれるわけだ。
「祖先の名前も覚えていねーじゃねーか、怪しいやつだぁ……」
信玄、その表現は間違っているぜ。怪しいというより、アホっぽいと表現するんだよ、この場合。周りの皆も呆れており、ぽかんと口を開けている。その隙に花梨のシェイクを幼女がスプーンで掬い食べてもいた。
「こいつの腕は確かだ。種子島博士、例のものを見せてくれ」
微妙な空気を霧散させるために、気を取り直して真剣な声音でお願いをする。種子島博士はコクリと頷き、ポケットからいくつかの水晶を取り出し、無造作にテーブルの上に転がす。黄色、青、紫色の水晶だ。
「これは『下級錬金術』と同じ技術でコアストアから取り出したものだ。黄色が『見習い』、青色が『初級』、紫色が『下級』のスキル結晶だ」
「……『下級錬金術』と同等の技術で作られているんですね?」
水晶を摘んで勝頼が聞いてくるので、フフンと得意げに種子島博士は頷く。人差し指を振りながら、自慢げに説明をしてくる。
「この技術は言うなれば、魔物同様のスキルだな。奴らのスキルは固定されており、成長性を排除したために、極めてコストパフォーマンスが良くなっておる。大体のスキル結晶はモンスターコアのレベルの一つ下だ。即ち、こうなっておる」
背中に仕舞っておいたクリップボードを取り出して、種子島博士は皆に見せる。
記載されている内容は簡単であった。
それぞれの級は重複して覚えることはできない。
『見習い(職業名)』該当のスキルレベル0相当。ステータスを職業に合わせて計3ポイント加算。価格10万円
『初級』該当のスキルレベル1相当。ステータスを職業に合わせて計30ポイント加算。価格100万円
『下級』該当のスキルレベル2相当。ステータスを職業に合わせて計90ポイント加算。価格1000万円
「単純なスキルであるが、それ故使い勝手が良い。下級戦士に下級魔法使いを合わせて覚える、などということはできん。初級魔法使い、下級戦士といった取得はできる、私の研究の偉大なる成果だな」
フフンと胸を張る種子島博士。特産品とアイテム劣化設定、そして結晶化を使い作り出した逸品だ。特産品を作るための低レベルスペシャルコアを集めるのは意外と簡単だった。人のいない土地だと必ず一匹はいたからな。
ちなみに一度開発してしまえば、販売にはレアコアを必要としない。全てスキルレベルが1つ上のモンスターコアを100個使えば交換できる。下級ならDランク100個だ。スキルレベルアップポーションを必要としないから便利と思いきや……。
たぶん上級が作れる限界なような感じがするのだ。それが大きすぎるデメリットだな。それ以上のスキルレベルにしたかったら、1から育てなさいという意味である。俺の力といっても、等価交換ストアはそこまで甘くはないということである。
「たしかに凄いですね、これ。兄貴、俺もなんか覚えて良いですか?」
大木君が物欲しそうに手を伸ばすが、ペチリと雪花がその手をはたく。珍しく不機嫌そうな顔である。
「自分が本来は使用しないスキルなら覚えても良いかもなのじゃ。だが成長しないスキルなぞ、天才たる雪花ちゃんは認められん。これならばスキルを覚えずに、努力をした方が良いと思うぞ? 戦士系統を覚えるつもりなら、雪花ちゃんの弟子から破門する」
「へ、へい。わかりました。これからは生まれ変わったハイ本多忠勝として頑張ります!」
鯱張って敬礼する大木君に、うむうむと雪花は満足げに頷く。
努力家の雪花らしいセリフだ。だが、絶対に反対というわけではないのは、事前の打ち合わせで話し終えている。そもそも、ほとんどの人がスキルを手に入れる機会なんかないからな。
「金額も高い。廃墟街の連中には払えない……から、冒険者ランクを上げた人に配るわけか」
「奨学金扱いだな。レベル2となれば稼げるようになるし、この金額は譲らないぜ」
スキル結晶の高い金額を見て、眉根を顰めるが信玄はすぐに冒険者ランクの意味を悟る。そのとおりだ。一般人に販売するのは、まだまだ先だ。苦労せずに力を得ることができてしまうからな。
「コアストアにこれらのスキルが販売されているのは、僕は見たことないんだけど?」
ラインナップに加わっていないアイテムなので、不思議な表情で尋ねる助演女優賞獲得予定のセリカ。
「神代の疑問への答えは簡単だ。レイの場所を防人が確保してくれたからな。そこで研究しているコアストアからしか買えぬ。小娘には理解もできぬ技術。その成果だからな。アホすぎて神代は嫁としては不十分だな、きっと防人の隣には私の孫が相応しいだろう。か弱くて従順な美しい孫が」
ドヤ顔でセリカをディスる種子島雫博士さんである。自分の力でもないのに、威張ってセリカをからかうという高等技術を見せてくれる妖精さんである。そして、いらん設定を口にするので止めてほしい。孫って誰だよ。もしかしなくてもレイ? いや、レイはか弱くはないか。
ちなみにレイの場所とは言い得て妙だと感心したぜ。どこにもないレイの場所。道化の騎士団副団長レイを指し示しているようにも聞こえるし。
セリカや雪花は裏事情を知っているのに、偉そうな態度をとれる雫さんには感心しか覚えないぜ。セリカの顔はピクピクと引きつっているみたいだけどな。反論したくても、裏事情がバレる可能性を考慮して反論できない理性的なアルビノの少女なので、後で褒めてあげよう。
「これが量産できれば、冒険者は強くなれる。そうしたら、魔物はある程度は駆逐されて、周囲一帯は平和になるだろうよ」
あまりにも平和になると、高レベルダンジョンが生まれるらしいが、発生原因には人口も計算に入れられているらしいからな。なので、まだまだうちの周囲は大丈夫だろうと、雫には確認済である。
「それじゃ、魔物線要塞の攻略はまだまだ先か?」
たしかに冒険者が育つのを待てば、政宗の言うとおり要塞攻略は時間がかかるのは間違いない。だが、大丈夫だ。
「いや、今提示された解決方法には2つの意味がある。1つは冒険者の強化だな。だが、これは時間がかかりすぎる」
「もう1つの解決方法とはなんだ?」
今の話の流れで、どこにもう1つの解決方法があったのかと、信玄を含めて不思議な表情になるが、目を細めて椅子に深く凭れかかり、ニヤリと笑ってみせる。
「この水晶、バカ売れすると思うぜ? きっと戦車をレンタルできると思うんだ」
水晶を手のひらで転がしながら、俺はクックと笑うのであった。御三家はどれだけ戦力を貸してくれるかね。
『戦いってのは金だよ、兄貴!』
『まぁ、金だよな?』
思念で雫さんが叫んできたが、まぁ、そのとおりだよな。




