225話 冒険者
冒険者。その名前に憧れを持つのは当たり前だろう。なにしろ、冒険をする者だ。この終わった世界で、なにを冒険するのかはわからないが。
つい先日に冒険者ギルドが設立されて、人々は一攫千金ができるのかと、なにか良い仕事があるのかと集まった。
だが、現実は青銅ランクにならないと、たいして儲からない。なので、訓練を受けて鍛えながら、ダンジョンツアーで生活費を稼ぎ、鋼鉄ランクからランクアップをしないといけない。
それを聞いて、肩を落として、がっかりしたかといえば違う。後の説明を聞いて、人々は目を輝かせた。
1年間の訓練。そうして青銅にランクアップ。その後は依頼をこなしつつ白銀を目指す。白銀にならなくても、ステータスポーションを手に入れて強くなれば、コンスタントにゴブリンナイトたちを倒せるまでになる。コアを稼ぐだけが金稼ぎの手段じゃない。護衛任務や魔物の駆除依頼、稼ぐのに困らない。
白銀になれば、高給取りだ。事務職に移っても良い。最短で訓練に1年、白銀になるのに実績を積んでさらに2年、合わせて3年で、たった3年で高給取りになれる。夢溢れる職業だ。
廃墟街の人間にとって、高給取りなど夢のまた夢なのに、それが目の前にある。張り切って冒険者になろうと若い子こそ冒険者になるのであった。
そして、美味い話の前には、もちろん旨い話だとほくそ笑む者たちもいるのである。
冒険者ギルドが設立されて1か月後の話である。
そろそろ涼しい風が頬を撫でる。秋の空にいわし雲が広がっている。天津ヶ原コーポレーションができてから1年半、廃墟街も天津ヶ原コーポレーション本社や市場、耕作地周辺からは魔物も駆逐されて、管理ダンジョン以外にはほとんどいない。
しかし、管理ダンジョンではツアーもあるし、魔物の数も限られており大金は稼ぎにくい。そのために危険な野良ダンジョンに向かう人たちが少なからずいた。
崩れ落ちた廃ビルと、焼け落ちた廃屋、時折、カラスが飛び回り、地上に降りるとなにかを啄んでいる。ビルの陰から陰へと爛々と目を光らせて一抱えもある大きさのネズミが駆けていた。人気のない廃屋街。ひび割れたアスファルトの道路を5人の男女が歩いていた。
3人は廃墟街の中を慣れた様子で歩いている。薄汚れている戦闘服を着込み、肩には弓を担ぎ腰には軍用ナイフを差している。履いているごつい軍用ブーツで、真っ黒に汚れたガラス片を踏みつけながら、余裕の笑みを浮かべて歩いているのは中年の男たちだった。一人は腰に拳銃を差してもいた。
その後ろに、年若い男女2人が続く。最近売り出されたそよ風の盾を背中に担ぎ、手には木の棒を束ねた棍棒を持っている。
平凡そうな顔つきの男女は、こわごわと周りを見渡しながら歩いており、若い男の方が男たちへと尋ねる。
「あの……この先に本当に稼げるダンジョンがあるんですか?」
「あぁ、そのとおりだ。この先に簡単にクリアできるダンジョンがあるんだ。ポップする魔物のタイプはゾンビ。のろのろと歩くしかない敵だ。時折マミーやグールも出てくるが、足はトロい。それでいてDランクだから、稼ぎ放題。ダンジョンボスもジャイアントゾンビで、簡単に倒せるときたもんだ。知ってるか? ダンジョンボスのコアは100倍の値段で買い取ってもらえるんだぜ」
3人の中年の男たちの中の一人、180センチ程度の背丈の男がニヤニヤと笑いながら肩を揺する。リーダーなのだろう、腰に拳銃を差している男だ。
「そうそう、いくらかわかるか? えっとだなぁ……いくらでしたっけ? 最近コアを売るより金になるんで」
大柄な体躯の男が鈍重そうな見かけどおりに、頭の悪そうなセリフを吐く。その言葉に一番背の低い男が笑いながら口を挟む。
「30万円だ。ダンジョンコアからスキルポーションを手に入れたら、さらに30万円。Dランクのマミーやグールを倒しまくれば、30万円追加。1日でなんだかんだで100万円は手に入る。いい儲けだろ? 5人での頭割りで25万円。旨い話だろ?」
若い男女へとニヤリと笑ってみせる。その言葉に不安そうな表情で男女は顔を見合わせるので、リーダーの男は畳み掛けるように、多少早口で話を続ける。
「怖じ気づいたか? だがな、ダンジョンを2人で攻略した実績があれば白銀ランクへの推薦は間違い無い。俺はその伝手があるんだ、この功績で全員白銀へと上がろうぜ。それに、そろそろ魔物線要塞を天津ヶ原コーポレーションが攻めるって話だ。その時に青銅か白銀かで稼ぎは数十倍も違ってくる。あんたらは一足飛びに青銅になった凄腕だ、チャンスを活かすんだろ?」
中年の男たちは青銅ランクであった。同じように、試験に合格して青銅ランクとなった新進気鋭の若い男女を誘って、白銀ランクになろうとこのダンジョン攻略を計画したのである。
「た、たしかに。僕たちは君たちの怪しげな提案に乗ることにした。ここで白銀になれば金持ちになるのも夢ではないからな。行こう」
「そうね、悪いけど、あんたたちより私たちは強いから。裏切ったらタダじゃおかないからね?」
若い男は迷いながらも頷き、自分の腕に自信があるのだろう女性はフンと鼻で笑って威嚇する。
「お〜、怖いねぇ。最近は滅法強い奴らが冒険者になるから驚きだ。あんたらは今まで何をしていたんだ?」
リーダーの男は腰に差してある拳銃にさり気なく触れながら、世間話をするように話しかける。他の中年の男ふたりもそうだよなと同意して興味を示す。
「……廃墟街では過去話はタブーなんだと聞いていますが?」
やけに気弱そうな若い男の返答に、リーダーの男は僅かに目を細めて口元を厭らしそうに歪める。
「そりゃそうだ。失礼だったな、それじゃ目的地まで後少しだ、さっさと行こうぜ」
リーダーの男の言うとおり、数十分後には廃ビルと廃屋の合間にある空き地が盛り上がり、ぽっかりと穴が開いている場所に到着した。
ダンジョンの周辺には生乾きのどす黒い血をべっとりとボロボロの所々破れた服につけたゾンビたちが徘徊している。唇は半分なく、歯茎が剥き出しになり、欠けた歯が見えており、胴体は肉が抉れており、骨が覗いており、よろよろと力なく風に揺れる案山子のように歩いていた。
ソンビの中には緑色の血を流すグールも混ざっている。鋭い牙からは毒々しい液体が滴り落ちて、歩く姿はしっかりとしたものだ。
男たちはビルの陰に隠れて、その様子を盗み見ている。
「どうだ? あれが目的のダンジョンだ。あまり強そうじゃないだろ? タフな魔物だから、それだけは注意だな」
「良かった、本当にダンジョンは存在していたんですね。少し疑っていました」
若い男はリーダーの男へと頭をかきながら、アハハと気弱そうに笑う。
「騙されたら騙された分、仕返しをするだけだった。貴方たちラッキーだったわね!」
腕を組んで若い女がフンと胸をそらす。たしかに怪しげな提案だったから無理もないと中年の男たちはゲラゲラと可笑しそうに笑い、武器を構える。
「それじゃ、片付けることにするぞ!」
おぅ、と皆がビルの陰から飛び出る。ゾンビたちは冒険者たちに気づき、のそのそと向かってくる。
が、低レベルの魔物如き相手ではないと、皆は勇んで武器を振るう。ゾンビが両手を突き出して掴みかかろうとしてくるが、軍用ナイフを煌めかせて、叩き落とすと首元へと一撃を入れる。高いステータスを持つ証を見せつけるように、リーダーの男の一撃はあっさりと首を切り落とし、ゾンビはグラリと揺れて倒れ伏す。
「むん」
「せい」
他の中年の男たちもナイフを振るい、ゾンビの首を切り落とし、駆けてくるグールの脳天に突き刺すと、蹴り飛ばして他のゾンビを巻き込んで吹き飛ばす。
その手慣れた動きに感心しながら、若い男女は棍棒を振るいゾンビたちを叩き潰す。ゾンビ相手には鈍器の方が効果的である。しかも魔法の効果が付与されているのか、タフな魔物にもかかわらず、あっさりと倒れていく。
「これならダンジョンの攻略に問題はなさそうだな」
「違いねぇ」
「仲良くダンジョン攻略と行こう」
ニヤリとリーダーは笑い、さらにナイフを振るいダンジョン周りのゾンビたちを駆逐するのであった。
「当たり前ね、私たちが一緒にいるんだから」
「頑張るとするよ」
若いふたりも頷き、笑みで返す。この5人ならばと手応えを感じているのだろう。
「そういやここまで来たのに、自己紹介がまだだったな。リーダーの俺は丙」
「俺は甲」
「私は乙だよ」
血を拭い落とし、3人はそれぞれにあからさまな偽名を口にすると、その自己紹介に若い男女もお互いに顔を見合わせて苦笑する。
「ぎ、偽名の意味は? あ、僕は松」
「梅にしておくわ」
「白銀になってから、本名を明かすとしようじゃないか、そら行くぞ」
丙は面白そうに笑いながら、ダンジョンに入っていき、他の面々も後に続く。
ダンジョン内は墓場であった。西洋の墓標が立ち並んでおり、まるで人間の苦悶の表情が幹に張り付いたような、節くれだった枯れた木々がそこかしこに生えている。ゾンビたちアンデッドの棲息するダンジョンに相応しい。
「しっかりとした装備をしていりゃ、問題はないぞ」
しばらく進むと、ゾンビが5匹、グールが1匹いた。
乙は駆けてくるグールに合わせて懐に入り込み、ナイフを振るう。ゾンビと同じように首を切り裂き、鈍いゾンビたちは他の仲間があっさりと打ち倒す。
「地図はある。ある程度は簡単に行けるはずだ」
丙が地図を見ながら進む。その足取りに迷いはなく、最短で階段を見つけ、階層を移動する。
「やけに慣れているんですね?」
「何度かダンジョンアタックをしていたんだが、どうしても手が足りなくてなぁ。な、お前ら?」
松の言葉に肩を落として丙は答え、甲も乙も苦笑いを浮かべる。なるほどなと、松たちはその答えに納得して頷き返す。
マミーすらもパーティーは危なげなく、あっさりと倒していく。そうして3時間程度の探索にて、ボス前まで辿り着くのであった。
「俺たち、なかなか良いパーティーだな。白銀になった後もよろしく」
「そ、そうですね。白銀になってもよろしくお願いします」
錆びきった鉄の大扉には苦悶の表情のデスマスクがびっしりと貼り付いており、不気味な瘴気が漂っている。
「たしかジャイアントゾンビは全長3メートルのぶくぶくと風船のように膨れ上がった体躯の魔物だ。攻撃方法はたんなる組み付きと殴り攻撃と噛みつき攻撃だが、痛覚はなく攻撃をしても怯むことも恐れることもないから要注意だ。こちらの攻撃を受けながら攻撃をしてくるので、躱せないことがある。怪力から繰り出されるから一撃を受けたら死にかねない」
丙が真面目な表情で大扉に手をかける。ギギィと錆びた音をたてて扉を開くと中には既にジャイアントゾンビが悍ましい死者の顔をこちらに向けて待ち構えていた。
「仲良く倒すぞ、仲良くな」
その口元を薄く笑いに変えて丙は戦闘を開始するのであった。




