224話 冒険者ギルド
防人は新しく建設されたビルを作業責任者の大久保竜子と共に眺めていた。城壁スキル持ちのドワーフ娘だ。他にも信玄や勝頼、花梨、セリカ、雪花たちもいる。
本日はこのビルの落成式。冒険者ギルドの開店なのである。
周囲には大勢の人々が興味深げに集まっており、冒険者になろうと、今か今かと開店を待ち構えている。
まぁ、お金になりそうな職業が増えそうなのだ、気持ちはわかるぜ。
『現代ファンタジーの始まりですね、防人さん』
『面白そうではあるよな』
幽体の雫がくるくると宙を舞いながら、楽しそうな笑顔で思念を飛ばしてくるので、同意する。命を賭け金に冒険者をする。とまではいかないが。危険で稼げるお仕事だ。
「では、テープカットを天津ヶ原コーポレーションの天野社長とこのギルド成立に尽力してくださった方々にお願い致します」
何やらこの冒険者ギルドの設立理念やらを話していた司会が合図を出すので、スーツ姿の俺は頷きハサミを正面玄関前に張られているピンクのテープに入れる。テープカットってやつだ。
男性たちは全員スーツ姿だ。信玄が珍しく緊張気味な様子で、ぎこちない笑みを浮かべている。勝頼は平然としており、大木君は大木君だ。女性陣はパーティードレスで、花梨は尻尾を揺らして得意げだ。雪花は片手をあげて満面の笑みでまるでアイドルのように群衆に応えていて、セリカは俺の隣でしおらしそうに手を小さく振りながら立っている。子供たちのグループである純や華たちはワクワクとしてハサミを持ち、幼女は手が届かないので、最近仲間になったらしい見知らぬ少女に肩車をしてもらっている。
さて、このテープを切れば、昔々のお話にあった現代ダンジョンファンタジーの始まりだ。皆、心構えは良いか?
力を僅かにこめて、チョキンとテープをカットする。わぁわぁとそれを見た人々が歓声をあげて、喜びの笑顔で祝ってくれる。他の場所でも同じように冒険者ギルド支店が開いている予定だ。多くの人が冒険者ギルドを利用するのを祈るぜ。
ようやくこの世界はダンジョンと共存する第一歩を踏み出したのであった。
ま、どう転ぶかはわからんが。それでも今は喜ぼう。
冒険者ギルドは銀行みたいに受付窓口があり、基本は誰でも冒険者登録ができる。解体屋は他の建物であり、血なまぐさい匂いがなるべくしないようになっている。解体って、何をするか俺はわからないけどな。今のところ、解体して金になるのはスライム、大ねずみ、狼、サハギン、オーク。う〜ん、共通点がさっぱりわからない。想像もできないが、一言言おう。
誰だサハギン入れた奴。俺は怪しげな魚の切り身は食べないからな。
「酒場が無いのが寂しいよね、防人」
俺の腕にコアラのようにしがみつきながら、セリカは残念そうに言うが、酒場の併設なんかしないからな。
「職業安定所に居酒屋が併設されていたら、ろくなことにならねーだろ。冒険者だけではなく、普通の仕事も斡旋しているんだから」
冒険者ギルドは職業安定所も兼ねている。廃墟街からやってくる奴らは身分証明なんかできないからな。ここに登録だけはできるわけだ。ちなみに登録だけで、冒険者ギルドは一切責任は負わないことを明記済みです。現実は世知辛い。悪いが、玉石混淆で自覚のない悪人多めの廃墟街の人々の身分証明による責任は負ってられないんだ。
「ま、そうだよね。お酒が入れば、気も大きくなるし喧嘩もするだろうから」
仕方ないねと、肩をすくめるアルビノの少女。今日はやけにおとなしい。なんでだろう?
『わかりました! 既成事実! 既成事実ですよ、防人さん! セリカちゃん、群衆の前で謙虚で可愛らしい防人さんの妻を演じているんです! 全機召喚の許可をください!』
エスパー雫。セリカの陰謀を暴いたらしい。セリカは雫の思念を受けてニタリと悪人顔をしたので正解みたいだ。
『駄目だ、ここでレイが現れて痴話喧嘩になったら、これまでのこともあって台無しだろ』
『あぅ……ざぎもりざーん』
涙目になる雫が俺に訴えてくるが、駄目なものは駄目だ。セリカが勝ち誇った顔をしているので、ムキーとお猿さんみたいに叫び始めるモンキー雫さん。
『わかったわかった、なんとかするから』
雫を宥めるためにも、対応することにする。
「少し寒いなセリカ」
温めてあげようと、セリカの肩を掴んで引き寄せる。ついでに俺に胸が当たるようにギュウギュウと抱き締める。
「ほんぎゃー!」
アルビノの美少女はその白磁のような肌を真っ赤にして叫ぶと、慌てて俺から離れて床をゴロゴロと転がり壁にへばりついた。ガルルと子犬化したのか唸って警戒してくるので、これでしばらくはベタベタしてこないだろ。
『さすがは防人さんです。ヘタレなセリカちゃんではこれ以上は無理ですものね。私もヘタレなので、後で同じことをしてください』
やったぁと妖精はご機嫌に宙を舞う。可愛らしい舞だこと。幼女がよじよじと俺の肩によじ登ってきたりもした。妖精たちは本当に自由だなぁ。
気を取り直して、呆れた顔の花梨と雪花の視線を無視して、勝頼に話しかける。
「で、盛況な冒険者ギルドだけど、内情はどうなっているんだっけ?」
「それはギルドマスターの部屋で話を続けましょう。とりあえずギルドマスターは親父です」
「睨みを利かせていれば良いらしいからな。隠居予定の儂には相応しいだろ? 高給らしいからな」
勝頼が歩き出し、信玄がニヤリと笑う。信玄、お前騙されているぞ? ファンタジー的な役職名だが、実際は……まぁ、良いか。
子供たちは幼女以外は仕事だからと、幼女を残して、手を振って去っていった。
俺たちはギルドマスター室に入る。結構広くて応接室が隣に併設されているらしい。内装は中堅会社のお偉い役員とかの部屋のようだ。即ち、金がかかっているように見えて、よくよく見るとテーブルも椅子も調度品もその全てが安っぽい部屋ということである。
秘書の女性が既に待機しているのが見える。そして、最近になって設置し始めた電話機が置いてある。電話だぞ、電話。文明人ってやつだよな。
執務室にもソファとテーブルがあるので、俺たちは座って寛ぐ。
「大木よ。雪花ちゃんはココアをお願いするのじゃ」
「あちしはイチゴシェイクにゃん」
「それじゃ、私はアイスコーヒーでお願いします」
「了解です。それとシェイクはねぇって言ってるだろ、この猫娘!」
雪花たちが早くもお茶を注文するのを横目に対面に座った勝頼に視線を向ける。真面目な話をしようぜ。
なぜか目を擦って、執務机を眺めている信玄がいるが。老眼か?
「おい、なんだか紙束がおいてあんぞ? ありゃなんだ?」
「電子化を進めたいが、まだまだそこまではいかないんだよ。紙で我慢してくれ」
わかるぜ。電子化した方が便利だもんな。紙だとスペース取るし。でも、今はパソコンの導入は検討中の段階なんだ、悪いな信玄。
俺が殊勝にも謝っているのに、なぜか信玄は口元を引きつらせながら勝頼に詰め寄っていた。
「騙しやがったな、勝頼! お前、父親にあれだけの事務仕事を押し付けるつもりかよ!」
「親父。俺は忙しいんだ。安心してくれよ、その書類はまだまだギルドが開設する前の必要書類だけだよ」
ギラリと眼光鋭く、疲れた空気を醸し出しながら勝頼が自分の父親に告げる。少しばかり仕事を任せ過ぎかもしれないが、俺も今やそれ以上の書類仕事をしているんだぜ。人手不足は深刻なんだ。
「全然安心できないぞ! これからもっと増えるというわけじゃねぇか!」
「あ〜、親子喧嘩は後でにしてくれ。真面目な話し合いをするぞ」
というわけで、騙された爺の意見は却下である。頑張ってくれ給え。
「それでは、この冒険者ギルドのランクについて説明します。大木、資料を配ってくれ」
「へい。あ、お茶どうぞ」
大木君がお茶を配ると今度は資料を手渡してくる。勤勉な男だ。
勝頼も信玄の抗議をスルーして、説明を開始する。仕方ねぇと、肩を落としながら信玄も資料を受け取る。セリカは扉の隙間から覗いている。近くに来ないつもりらしい。警戒心の強い小動物みたいな娘だ。
「まずランク制度ですね。これはわかりやすい立場を示します」
「ワクワクするの。ランクを頑張って上げるのじゃな!」
雪花ちゃんもランクを上げるのじゃと、ソワソワし始める和服美少女。ロマンらしい。
「資料を見てください。このように決まりました」
勝頼の示す先にはこう書いてあった。
※その者が有能であると、実績や功績にて証明された場合は例外として冒険者ギルドの推薦及びテストを合格することで昇級をさせる。
通常のランクは以下の通り。また、青銅以上のランクは一定期間に定められたノルマを熟さないとランクダウンの警告をする。改善しなければランクダウンとする。
鋼鉄︰冒険者登録のみ。望んだ場合、無償で1年間の訓練を受けることができる。訓練参加中も金銭に困らないように、報酬のある仕事を斡旋する。
青銅︰1年の訓練課程を終えて実技、筆記テストに合格した人間。冒険者ギルドが発行する依頼を受けることができる。また、固定給も多少であるが支給される。
白銀︰戦術的視野を持ち、青銅になってから、2年以上の実務経験があり、昇級試験に合格した者。特別任務時にパーティーのリーダーとして仲間を率いることができ、事務職への転職希望も優先的に扱われる。固定給あり。
黄金︰戦略的視野を持ち、白銀になってから、2年以上の実務経験があり、昇級試験に合格した者。大隊規模の冒険者を率いることができ、冒険者ギルドのみならず、天津ヶ原コーポレーションへの厚遇での転職も可能。固定給あり。
※各試験において、運転技術や機械操作など各種技能を扱うことのできる実務経験者及びスキル持ちは優遇される場合があります。
また、白銀以上は抽選によって固定スキルを購入することが可能。黄金は成長できる汎用スキルを抽選によりますが購入できます。
※各試験においては主義、思想なども確認される場合がありますので、予めご了承ください。
福利厚生は施設、保険も含めて青銅ランクからとなりますので、ご了承ください。また、身分証明も青銅ランクからとなりますので、ご了承ください。
「いいんじゃないかな、勝頼。これならば冒険者ギルドは活動できる」
俺は資料を読んで満足げに頷いてみせる。良くできている規則だ。もちろん実施されてから、摺り合わせは必要となるだろうが、そこは当たり前の話だ。問題はない。
「ありがとうございます。現状は鋼鉄のみとなるので、元兵士やこれまで活躍していた仲間は青銅ランクに簡単な試験後、ランクアップさせたいと考えています。それと白銀にはベテラン兵を。黄金は親父や馬場、雪花さんに伊達さんたちとする予定です」
できる男の勝頼は、次の項目に移る。
「もちろん一般人に不満が出るので、今日から3か月間は訓練課程なしでも、青銅へのランクアップ試験を受ける特別期間を設けます」
「当然だな。だが、こういう場合は、短期集中の詰め込みで、試験に受かろうとする奴が絶対にいるからな。試験では30kgの荷物を担いでの長期行軍に加点を多くしておいてくれ」
ズルとは言わないが、試験に受かるためだけの勉強とかは止めてほしい。なにしろ命がかかっているからな。了解ですと、資料に書き加えていく勝頼。
「筆記試験も難しめにして、この3ヶ月の試験は難易度を上げておきます。そうすればある程度篩にかけることができると思います」
「優秀な冒険者が生まれると良いよな。できれば事務職希望の奴」
こうやって段々と形ができていくのだ。年甲斐もなく少しワクワクするぜ。
「のぅ……主様? これのどこが冒険者ギルドなのじゃ? 軍の募兵事務職にしか見えないんじゃが? 依頼を10回片付けて、ランクアップとかではないのか?」
不満そうに口を尖らせる雪花。なにか予想と違ったらしい。
「ん? 何言っているんだ、雪花。猫探しを10回クリアしたら、仲間を率いることができるのか? ゴブリンを10匹倒したら、的確に行軍できるのか? そんなわけ無いだろ。しっかりとした知識や訓練は必要だぜ」
冒険者ってのは、知勇に優れた者ではないといけないと思うんだ。
『ロマンがないですよ! 私はなにかやっちゃいました? と、さり気なくオークを狩って、見せびらかして解体窓口に置いたりしたかったのに!』
『解体窓口にオークは置かないように。とっても酷いことをやっていると思うからな』
両手をブンブンと振りながら雫も抗議をしてくる。どうやらご不満らしい。だが、真の冒険者ってのは、こんな感じなんだぜ。大変な仕事なんだよ、うん。
現実は世知辛いからな。




