223話 新技術
雛が手を広げて、テーブルに並べられた花びらへとスキルを使用する。その手には純白の光が輝き神秘的な光景を描き出す。
『浄化』
魔法の発動と共に、花びらが純白の光に覆われて淡く輝いていく。泥だらけだったり、傷だらけで汚れていた花びらが綺麗になっていく。
その光に照らされながら、華たちは感動と共に見守る。ようやく光が収まると、ひと仕事終わりましたと、ふぅ〜と息を吐き、額を拭い雛はやりきった表情で胸をそらす。
「終わったよぉ。運んで、ほら、運んで〜」
ほれほれと花びらを運んでよと、雛がお願いしてくるので、今度は慎重に運ぼうとして
『そよ風』
セリカさんが手に嵌めた指輪を光らせると、そよ風が巻き起こる。テーブルに並べられた花びらがふわりと浮いて舞い上がり、部屋の端に置いてある箱に仕舞われていった。
「すご〜い。そよ風の指輪って、そんなこともできるんですね」
「普通の人だとこうはいかないさ。仕様どおり、そよ風の障壁を作り出すだけ。僕は道具の力を限界まで使えるからね、特別なのさ」
薄笑いを浮かべて、アルビノの美少女は当たり前のことのように言うので、格好良いなぁと羨ましく思う。
ゆらゆらと手を揺らして、そよ風を操作すると全ての花びらを仕舞い終えて、サラサラの髪の毛をかきあげるセリカさん。決まりすぎるほどに決まっている人だなぁ。
「雛の浄化は素晴らしいね。砂埃などの取りにくい邪魔な異物も全て浄化するんだから。これほど錬金に相応しい下準備をできる娘はいないよね」
箱を待機していた人が持ち上げて奥へと歩いていく中で、セリカさんが雛を褒め称える。
「えへへ。頑張ってるからねぇ。結構疲れるんだよ、これ」
てれてれと頬をかいて雛ちゃんが照れて身体をくねらせる。セリカはその様子を人の良さそうな笑みを浮かべて見ていた。
「浄化は細かい操作が難しいんだ。普通ならここまで繊細な操作は必要ないんだけどね。花びらみたいな小さな物だと、余計な物も浄化したり、反対に浄化が全然できなかったりする。これまでの浄化の操作経験がいきているんだろう」
通路を歩き奥へと向かいながらセリカさんは感心している。どうやら雛ちゃん以外では同じようにスキルを使うことは難しいらしい。
「とすると、ここの人たちもこれからどんどんスキル操作が上手くなるのかな?」
通路の奥の部屋では10人ぐらいの人たちがそれぞれテーブルの前に座っている。テーブルにはフラスコが置かれてあり、その前にはバルーンフラワーの花びらが並べられており、それぞれが作業を行なっていた。バルーンフラワー以外にも、春の花や冬の花もあり、金属製の盾や革の鎧が置いてあった。
その周りではスーツ姿の男女が興味深げに作業の様子を見ている。その佇まいは余裕を感じさせるので、廃墟街の人間ではないと気づく。食べ物や安全な住居が手に入り、生活に余裕ができたとはいえ、未だに廃墟街の人間はそんな空気を醸し出すことはできない。この工場を見学に来たのだろう。
注目されているため緊張しながら、作業員は山盛りの花びらを手に真剣な表情でスキルを使う。
『抽出』
ふわりとマナが手のひらから放たれて、花びらを覆う。そうして、花びらから緑色の液体が抽出されていきフラスコに入っていく。繰り返し作業を行い、フラスコになみなみと液体が溜まると、次のスキルを使う。
『結晶化』
液体がフラスコから出てくると、小さな緑色の水晶へと変わった。マナが水晶に宿っており、仄かに輝いている。
「おぉ〜。かなり滑らかにスキルを使えるようになったね」
ぱちぱちとセリカさんが拍手をして、テーブルに近寄って、置かれた水晶を手に取る。そよ風の水晶だ。バルーンフラワーの花びらから採れるエキスを使った魔法の宝石だ。これを指輪の台座に嵌めれば出来上がりのはず。使い捨ての宝石なので、専用の指輪があり、簡単に取り付けができるようになっているのである。
「ここまで簡単に作れるとは………!」
「魔法具だぞ?」
「性能はどれぐらいだ?」
スーツ姿の人たちは簡単に魔法の水晶を製作できたことに驚きを隠すことなく、どよめきが巻き起こった。
「ちょうど良いところに来たようだね。僕が性能及びスキルの説明をしよう」
セリカさんがコホンと咳払いをしつつ、もったいぶった態度で指を振りながら、騒がしいスーツ姿の人々に声をかける。スーツ姿の人々がセリカさんに注目すると、堂々たる態度で話し始める。
「今、この人が使用したスキルは錬金術。コアストア解析技術により、新たに手に入ったスキル結晶で覚えられる『下級錬金術』スキルによるものだね」
神代コーポレーションと天津ヶ原コーポレーション、そして習志野シティの共同研究でコアストアから手に入れた新たなるスキル結晶だ。技術というのは日進月歩という力を持っているらしい。日進月歩という意味がよくわからないけど、開発することなんだろう。
「セリカちゃん。このスキルは、かなり便利なのかしら〜?」
集団の中で、ぽやぽやとした優しそうな女性が問いかける。その言葉にニコリと微笑むとセリカさんは話を続ける。
「今までのスキルは取得しようとしてもランダムであり、欲しい物はなかなか手に入らなかった。特にクラフトスキルなんかはね。でも、それは過去のものとなったんだ。このスキル結晶は欠点はあるけど、コアストアから比較的簡単に手に入るようになった」
ポケットから煌めくスキル結晶を取り出すと、セリカさんはポンと問いかけた女性に放り投げる。そうして、フッフッフッと含み笑いをして腕を組む。
説明をするのが好きなのだろう。その表情は楽しげで得意げだ。
「『下級錬金術』スキル。その強度はスキルレベル2相当。簡単に手に入った一番の理由はコストが安いこと。欠点は成長しないことだ」
そうなのだ。新スキルはレベルを持たない。成長しないスキルだから、少ないコアで手に入るらしい。
「考えたものよね〜。盲点だったわ、コストを下げるためにスキルの成長を不可にして使用するリソースを減らすなんて」
「だろう? 僕もこの考えを聞いたときは目から鱗が落ちる思いだったよ。なるほどね〜と。たしかに低いレベルの魔法具を量産するのに高いスキルは必要ない」
希少な高レベルのスキル持ちは、高レベルの魔法具を製作して、大勢の低レベルのスキル持ちが低レベルの魔法具を製作して、無駄をなくすのが目的とか。
「新時代の工場製品というところよね。ねぇ、そんなセリカちゃんを驚かせる優秀な科学者に私も会いたいわ。今度お食事に誘おうと思うんだけど?」
「さらっと引き抜きをしないでほしいんだけど、残念無念、僕も引き抜くことは諦めているから。それよりも次に行こうか。性能実験をね。実験場にごあんなーい」
たぶん本来の説明係だったろう人が持っていた説明資料を奪い取り、さらっと読み込むと、人差し指をふりふり振りながら歩いていくセリカさん。……どうしよう。もう完全に私たちのことは忘れていそう。
「性能というものを見てみたいのですよ」
クイクイと裾を引っ張ってくる命ちゃんに、私も頷きで返す。どんな効果か私も人伝にしか聞いていないから、見てみたい。とっても面白そうだよね。
セリカさんの後ろ姿を見て、私たちも興味津々で後に続く。訓練場も行ったことなかったし。
少しばかり子供っぽさを取り戻しついていっちゃう華であった。
訓練場はコンクリート打ちっぱなしの広大な部屋であり、そこには数人の体格の立派な人たちが待っていた。その様子を見てセリカさんは片手を広げて説明を始める。
「改造したそよ風の指輪。それを利用した装備類の性能をお見せしましょう!」
演技の入った身振りでセリカさんは待っていた人たちへと合図を出す。適応力が半端ない人だ。
弓矢を持つ人が前に出てくると、セリカは説明を続ける。
「まずは、え〜っと、タンク役の力だね」
「へいっ。俺の出番ですね!」
続いて、タワーシールドを持った大柄な人が前に出てくる。見知った人だ。というか、友人だ。大木さんだった。
自信満々にタワーシールドを構えて大木さんはニカリと笑う。タワーシールドにはそよ風の水晶が6個、円状に取り付けられている。
「これは水晶の力を重ね合わせて低レベルの矢や魔法を完全に防ぐ魔法の盾、そよ風の盾だね。発動に際してはマナを利用するんだ」
パチリと指をセリカさんが鳴らすと、弓矢を持つ人が弓を引き絞って大木さんを狙う。慌ててタワーシールドを構えて大木さんは身体を隠す。
皆が注目する中で、弓矢を持った人は大木さんを狙い撃つ。矢は正確に大木さんのタワーシールドに飛んでいくが、そよ風の水晶が全て輝くと、そよ風が発生して重なり合い、強力な風へと変わり、矢をあっさりと吹き飛ばす。
「おぉ〜!」
「これがあれば、ゴブリンはアーチャーもシャーマンも怖くはない」
「これならばダンジョン攻略も進みますぞ!」
見学者の人たちはその効果に驚きを見せる。私も同じく口を開けて驚いた。命ちゃんも同じくポカンと口を開けていた。この盾は凄い。ゴブリンとの戦闘をしていれば、アーチャーやシャーマンがどれほど危険なのかは知っている。
「そうでしょう? 水晶は30回まで使用できるんだ。効果時間は1時間だね」
「むぅ……さすがはナネナ、セリカ。こういう裏技的武具を作る天才」
命ちゃんが感心して呟いている。この装備が広まれば、防人さんの使い魔に頼らずにダンジョン攻略が可能となるかもしれないのだ。
「合わせて『下級』スキルシリーズを汎用として売りに出す予定だね。普通の成長するスキル結晶は足利家が独占して売りに出すらしいけど、こちらはスキル性能が『固定化』されている物だからね。別枠というわけ」
「セリカちゃん? 私も別枠だと思うわ〜。そういう考えってとっても素敵よね〜」
「待て待て! 同じ枠だと俺は思うぞ? 足利家がこれらも独占販売する、そういう約束だ!」
優しそうな女性が優しくない言葉を口にして、護衛の人かと思っていた大柄な体躯の武人が抗議をしていた。
あらあらと、女性は軽やかに笑って絶対に別枠と言って反対していた。どうやら見た目と違う人らしい。………やはり内街の人たちは怖い。
「さて、次は炎耐性付与革鎧の力を見せるとするかな? 魔法使い、魔法の準備をしてくれないかな?」
「了解です。『炎矢』を使います」
「それじゃお願いするよ」
セリカさんの言葉に、杖を持った人が前に出てくる。そして大木さんのタワーシールドを周りの人が回収していった。その代わりに革鎧を手渡されていた。
……あれ? 他の人が革鎧の力を見せるんじゃないのかな?
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺はタワーシールドで終わりなんじゃねぇの?」
革鎧を手渡されて、慌てふためく大木さん。どうやら話が違うらしい。
「何言っているんだ? くじ引きでこの後の検証も全部大木だろ?」
「いや、俺はくじ引きなんか知らねぇよ?」
仲間の人が飄々と答えると、大木さんは首を傾げて不思議そうにする。
「午前中にくじ引きしたじゃねぇか」
「そうそう、お前は運が悪かったよな」
「バイト料は良いじゃん」
「午前中は俺は遅刻したじゃん! 二日酔いで!」
「いたよ、いたいた」
「俺は見ていたよ」
「遅刻したのが悪いんだろ」
「待て、待てって。悪かったよ、昨日気前の良いやつが酒場丸ごと貸し切って、皆に好きなだけ酒を奢ってくれたんだよ、ごめんって」
「気にするな。謝ることはないぜ」
「耐えられるように木の棒に括り付けてやるよ」
「遠慮するなって。俺たちを誘わなかったことなんて、恨んでないから」
仲が良い人たちだ。大木さんはグルグルとロープで床に立てられている木の棒に括り付けられている。この後、火炎に耐えられる力を見せるんだろう。そんな優しい人たちを見るのは止めて、私は命ちゃんへと声をかける。
「そろそろカレーを作らなきゃね。帰ろっか」
「スキルとその効果はしっかりと見たのです、問題はないのですよ」
ふんふんと鼻を鳴らして、カレーへの期待で胸を膨らます命ちゃんと帰宅することに決めたのだった。
この防具の力は素晴らしいから、いよいよ冒険者ギルドというのを設立すると、防人さんが言っていたのを思い出しながら。
冒険者ギルドって、なんだろう? なんとなく響きがワクワクするんだけど。
なにか悲鳴のような声が聞こえてきたけど、きっと幻聴だよね。
 




