221話 会合
内街の中でも最高級の料亭。小さな池の鹿威しがカコンと鳴り、砂利が綺麗に整えられて敷き詰められており、松の木が生えて、小さな世界を作り上げている庭。侘び寂びの世界と言うらしい。
そして美しい絵が描かれている襖と、新品独特の匂いがする畳敷きの大部屋。
その上座に防人は不機嫌そうに口をへの字に変えて座っていた。上座である。下座には尊氏の爺さん、平家の政子さんに、源家の九郎さんが座っている。
クーデター未遂事件から3日後、内街は混乱から立ち直り、ようやく話し合いができる余裕が生まれたらしい。
なぜか俺が上座だ。寂しいので、俺の隣には情報通の猫娘を座らせている。逃げようとしても無駄だ。掴んでいる尻尾は離さないからな。
猫耳をピクピクと動かして、潤んだ目で見てきても、ご愁傷さま。俺が同情しないのは知っているだろ。
「防人、騙したにゃん。あちしは美味しい料理を奢ってくれるというからついてきたにゃんこ」
ふくれっ面で、にゃんこはにゃんにゃんと文句を言ってくる。仕方ないだろ、目についたんだから。
この会合、招待を受けた時に面倒くさいと嫌に思っていたら、内街にいると働かなくちゃいけないから有給休暇にゃんと、お気楽な表情で本社の食堂で飯を食っていた花梨を見つけたので誘ったのだ。美味い飯に誘うなんて、俺って良い奴すぎるよな。
「ほら、この先付美味いぞ。あ〜ん」
先付を箸で摘み、にゃんこに突き出す。パクリと花梨は食べて美味しいのはたしかにゃんけどと、肩を落とす。まぁ、料理に集中していてくれ。
「防人のも食べてあげるにゃん。あ、女将さんにおかわりを頼むにゃんにゃん」
おいしい料理だから、気にするのはやめるにゃと、先付をおかわりしようとする花梨。料亭での懐石料理でおかわりをするとは、さすがは心臓が猫並みに図太い少女である。
『箸のマナーがなってませんね。箸は先端しか汚しちゃいけないんですよ防人さん! 日本料理のマナーというやつです。お茶漬けをどうやって箸の先端しか汚さないで食べられるのか甚だ疑問ですけど』
『日本料理のマナーって、俺は詳しくないんだ』
『後で教えてあげます。あ〜んの練習をたくさんしましょう』
『マナーを気にしないといけないんじゃなかったのか?』
フヨフヨと宙に浮いて、プンスコ怒るジェラシー雫さんに、からかう思念を送ってやる。
「防人。地球連邦軍とはなんだ?」
雫さんといつものやり取りをしていると、あぐらをかいて座っている尊氏の爺さんが珍しく生真面目な表情で尋ねてくる。
「かなりの被害を受けました。主に飛行場の戦闘機、ヘリ、それらの組み立て工場、銀行、そして魔法具倉庫ですな」
源九郎と顔を突き合わせてまともに話すのは初めてだが、遠慮を見せずに今回の事件の被害を伝えてくる。
なるほど、徹底しているな。地球連邦軍は航空戦力を気にしたのか。あの空飛ぶ戦艦はボロかったからなぁ、さもありなん。ミサイル一発で撃沈できると思うぜ。
もちろん、俺の考えていることは、目の前の面々も予想しているだろう。苦虫を噛んだような顔をしていた。
「今回のクーデター未遂。三好家の当主、三好長慶が首謀者だったんだけど、彼、途中で夢から醒めたようにまともになって、慌てて戦闘中止命令を出したの。なんでだと思う、防人ちゃん? ちなみに三好家は全ての資産を国に没収されたわ」
「洗脳されていたんだろ。その男の部下や、屋敷にいる召使いは見知らぬ奴を見なかったか? 怪しげな奴。洗脳と言ったら側近が犯人でお決まりだろ」
政子の問いかけに肩をすくめて俺は答える。洗脳ねぇ……。
『たぶん思考誘導ですね。たしかウリエルさんがそんなスキルを持っていました。洗脳よりも弱いですが本人の願望が混じっているので、かけやすいんですよ。貴方はだんだん私と結婚式を挙げたくな〜る』
でろでろでろ〜と、手のひらをひらひらさせて、思考誘導とやらを行おうとする雫さん。無邪気そうに究極の選択を求めてくる悪戯妖精じゃんね。
『そこで断ったら、雫さん怒らないかい?』
『かかったら謝ります。かからないことなんて無いと思うので、謝罪一択ですね。ねっ? ねっ?』
『状態異常耐性には自信があるぜ』
『くっ。あんなスキル取得しなければ良かったです』
押しの強い雫をあしらいながら、3人へと今聞いた内容を、さも言い忘れていたという感じで伝える。
「洗脳というか、思考誘導らしい。本人の願望が混じっているのでかかりやすいとかレイからなんとか聞き出した。もうそのスキルを使っていた奴は殺したらしい」
俺はなんてことないかのように語るが、尊氏たちは身を乗り出して食いついてきた。
「やはり知っていたか! あいつらはなんなんだ? 内街に突如として出現しやがった。捕まえた奴は自害したから、生き残りはいねぇんだ」
「そうか……そこまで徹底しているのか……狂信者って奴だな」
唸るように尊氏の爺さんが言ってくるので、俺は沈痛な面持ちで3人を見る。主演男優賞取得予定の天野防人の演技の冴えを見せてやるぜ。
「ここだけの話だが……」
声を潜めて、わざとらしさが見えないように、目を険しくさせて騙る。誰かがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえてくるのを耳に入れながら、おもむろに話を始める。
「地球連邦軍は国連が創設した部隊だったらしい。各国がまだ鎖国的ではなく、魔物から身を守るための壁を作るのも検討段階であった頃の話だ。国連は密かにダンジョンを解析して元から断つための研究及び戦闘部隊を創設した。それが地球連邦軍だ。わかりやすい部隊名であり、その名前は胡散臭いので聞いた者は本気にしない」
「地球連邦軍……なるほどな。たしかに怪しさしか感じねぇな、そんな部隊名じゃ」
ちっ、と舌打ちして尊氏の爺さんは不機嫌に腕を組む。
「クーデター以来、日本は各国と距離をとりましたからな。地球連邦軍とやらの創設に声をかけられなかった、ということですか」
「そうね〜、自国を守るために日本は国内に全力を注入したものねぇ。聞く限り、大規模な部隊だったんでしょ?」
苦々しい表情で源九郎と平政子が頷く。そうなのだ、日本はクーデターを起こしたことにより、国連での存在感を無くした。常任理事国を狙っていた日本は、その方針を取りやめて鎖国に近い状態へと方針を変えたからだ。
そのために、国連の秘匿部隊、通称地球連邦軍の設立に声をかけられなかったのだ。本当にタイミングが悪かったな、知らなくて無理はない。本当にタイミングが悪かったよ、知らないのも当たり前だ。大事なことなので、2回繰り返しておくぜ。
「当時、太平洋に浮かぶいくつかの無人島を改造して、密かに選ばれた精鋭と、優れた科学者を住まわせた。地球を救うために、盲目的な正義感を持った兵士たちと、非人道的研究も行えるマッドサイエンティストたちだ。そして潤沢な資金、多くの食糧と膨大な武器弾薬に、兵器群を持ち込んだらしい」
「はっ。そしてその部隊を統率するためという建前で、そこには政府の高官や金持ち共もいたんだろ?」
あっという間に、俺の話を理解した尊氏に皮肉げに口元を歪めてみせる。強力な部隊を作り、選ばれた金持ちたちが避難する。良くできた話だ。まったく胸糞悪い話じゃんね。
「さすがは爺さんだな、よくおわかりだこと」
フッとハードボイルドに笑ってみせると、片眉を下げて簡単な話だと爺さんは身体を揺すって返す。
「ふふっ。自分の懐を傷めずに、安全を確保するのは昔の人々の十八番ですものね〜」
困ったわと、頬に手をそえて政子が微笑むと、フンと鼻を鳴らして九郎が言う。
「国の金を利用するのは今も変わらんよ。最高の金持ちは自分の金は使わずに儲けることができる。わかりきった方法だ」
自分たちもそうだからなと言外で匂わしていた。最高の金持ちってのは凄いらしい。俺の財布は空なんで、そろそろ内政に注力しないといけないんだが。少し羨ましいじゃんね。
しかしながら、頭の良い奴らだよ。俺の話をどんどん膨らませてくれる。そうなんだ、そのとおりなんだよ、わかりきった方法だよな。俺もわかりきった結果を創って……コホン、結果を教えてやるとしよう。
「まぁ、当時の見通しは甘かった。すぐにダンジョンなどは駆逐できると考えていたんだ。戦争は圧倒的に人類が有利だったからな。戦争が終わったあとは、自身の財産を守りきった者たちが姿を現して復興をする。復興特需により、ますます金持ちたちは儲かって、明日の飯をも食えない人々が増えて、そうして格差は広がってめでたしめでたしのはずだった」
「現代兵器は湯水のように使うとあっという間に枯渇するからな。まさか奴らも終わらない戦争に突入するとは考えもしなかったというわけかよ」
皮肉げに尊氏は言いながら酒を飲む。
ミサイルなどは簡単には量産できない。艦隊もしかり。戦闘機も戦時とはいえ、地球全体で月に5000機製造できるかどうか。魔物による被害は大きく、製造速度を消耗速度は大きく上回った。ジリジリと押されていく人類。戦争に勝っても、資源は枯渇していき、多くの難民が増えていき、そうして世界は崩壊した。皆が知っている歴史だ。
その歴史には隠された裏の話もあったのだ。俺が書き加えておいてやるぜ。
「もうその話の続きは言わなくても予想できる。そうして、終わらないダンジョンとの戦争で、金持ちたちはクーデターを起こされたか。日本と同じように。なにしろ正義感溢れる兵士たちが駐屯していたようですからな」
「結局、切羽詰まると武力がものを言うのねぇ、困ったものだわ」
「正義感溢れる兵士たちとマッドサイエンティストたちの集団……笑えねえな」
3人は全てを見抜いたらしい。頭の切れる奴らは違うね。
「だが、そんな崇高な想いも、乏しくなった食糧、悲惨な生活を前に色を喪う。20年は長かったということだ。この20年で鍛えた子供たちと共に逃げ出した兵士や科学者たちがどこかに現れたのかもな。部隊から櫛の歯が抜けるように兵士たちは脱走した。逃げ出した土地で保護をしてもらおうとしても、あら不思議。高い壁があって街に入れないから、どこかの気前の良いやつが保護したのかもな」
クックと可笑しそうに笑ってやる。それこそが道化の騎士団の始まりなのだ。ここテストに出るから覚えておくように。
「……それでも部隊に残った奴らは何を考えていやがる? 未だにダンジョンの根絶を目的にしているのか?」
「そこまではわからない。まぁ、本当に盲目的な正義感を持つ奴らが生き残っているのかはわからない。が、有能なマッドサイエンティストを抱え込んでいる厄介な部隊だってのはたしかだと思うぜ」
4大天使とやら、人間を融合させた研究をしている奴らだ。危険なことは間違いない。
3人は黙りこんで考え始める。地球連邦軍が危険だとは理解したが、一枚岩でもあるまいと考えているに違いない。どうやって利用できるかも、コンタクトを取る方法も考えているのかもな。
だが、思考誘導などとスキルを使って精神を操ってくる奴らだ。最後には地球連邦軍自体へのコンタクトは諦めるだろう。引き抜きを考えても、その伝手もないしな。
「どうすれば良いか……。表沙汰にしても良さそうなことはねぇな。密かに強盗を繰り返す愚連隊がいると噂で流しておくか」
「そうですな。それよりも連中の持つ技術が気になります。どうやら優れた科学力を持っているようですし」
「ねぇ、防人ちゃん? 内街はいつでも声をかけてくれて良いのよ? 仲良く共同研究するの」
折角の秘密を話しても、すぐに気を取り直す3人へと、俺は呆れながらも肩をすくめてニヤリと笑ってみせる。
「愚連隊ってのは、気が楽らしいぜ」
3人を見渡して、ハードボイルドに言ってやった。俺たちも愚連隊だからな。気持ちはわかるんだ。そういうことにしておこうぜ。




