22話 狩り
信玄のコミュニティを手に入れた。チャラララ〜。
一気に1000人近い部下を手に入れて、天津ヶ原コーポレーションは巨大企業となった。
『普通は働く社員だけを人数にカウントすると思いますよ?』
「子供以外は働くから社員で大丈夫」
雫のツッコミに明後日の方向を向いて答える。良いじゃねぇか、大企業で。
『給料は現物支給ですよね?』
「あーあー、聞こえなーい」
さらなるツッコミはいらんですよ、雫さんや。
というわけで、前回のスタンピードで信玄を倒した天野防人です。只今狩りに来ています。倒してないか、仲間にしたんだっけ、俺の人徳で。劉備玄徳と名乗ろうかしらん。……やめとこ、俺、劉備嫌いだし。優秀な人材を無駄にしていた男だからね。それに廃墟街で魅力だけで生き抜くことはできない。
俺は森林手前に集まっております。皆で狩りに来ています。30名程度の若者たちが物干し竿の先にナイフを取り付けて作り出した長槍を手に緊張して待機している。
「防人、こちらは準備オーケーだ!」
信玄が馬に乗り、こちらへと叫ぶ。『騎馬隊』のスキルにより、創り出した馬から信玄は落ちないし、その意志通りに馬は動く。まさしく人馬一体というやつだ。
現在、俺たちは信玄の畑前。柵の後ろにて待機している。
「よし、やれ」
「ヘイ!」
隣で銅鑼を持っていた大木君が力いっぱい叩く。その銅鑼どこから持ってきたわけ? 鍋で良かったんだけどね。そして、同じく何個かの魔物香を炊く。
ジャーンジャーンとあたりに響き渡る銅鑼の音。森林が騒がしくなり、何かが迫ってくる足音が草むらからしてくる。
「チゥチゥ」
大鼠がザッと30匹程度、柵にいる若者たちへと走ってくるが、柵前に掘られた空堀に落ちていく。信玄が槍を掲げて、指示を出す。
「槍部隊、突け〜!」
「おぉ〜!」
長槍を持っていた者たちが空堀に落ちて動けない大鼠の群れを突く。チゥチゥと大鼠たちは走り回るが抜け出ることはできずに、どんどん槍で倒されていく。
「次来ました!」
ゴブリンたちがやってくる。その数は50体ほど。アーチャーが後ろにて弓を構えている。こちらへと向けて早くも矢をつがえて撃とうとして、味方はその姿に僅かに怯む。こちらは弓兵がいないのだ、無理もない。そして、やはりダンジョン付近ならゴブリンも魔物香で釣れることが判明した。スタンピードからそうじゃないかなとは思ったのだよ。
「ふごぉ!」
ゴブリンたちの中にはホブゴブリンも3体見える。アーチャーが射撃をしたあとに、突撃してくるつもりで立ち止まっていた。ずる賢い奴らである。
ヒュッと矢が解き放たれて、味方に飛んできた。が、問題はない。
「『影蛇』よ、矢を防げ」
防人のその言葉に合わせて、柵の影がニョロリと動く。その姿は蛇であった。その長い長い胴体を持つ蛇は柵を囲むように身体を伸ばす。
矢はその影を通り過ぎる瞬間に動きを止めて、ポロポロとその場に落ちてゆく。
「ぐがっ?」
アーチャーの矢が落ちてゆくのを見て、驚きの声をあげるホブゴブリンたち。すぐに気を取り直すと、ドスドスとゴブリン共々足音をたてて一斉に走ってくる。
空堀を見て立ち止まる。幅は約2メートル。深さは2メートル。少し逡巡するがホブゴブリンたちはその空堀に脅威を覚えずに、腰を落とすと跳躍してくる。
ゴブリンが大人の筋力を持っているとしたら、ホブゴブリンはトラックが体当たりでもするようなパワーだ。ジャンプ力も5メートルは軽く超えて柵を飛び越えることができるだろう。
「『影虎』よ、殺れ」
その様子を予測していた防人が思念を送ると、柵の後ろから3メートルはある漆黒の虎が飛びだして、柵を越えようとするホブゴブリンに体当たりを繰り出す。
ダンと音がして吹き飛ばす。同様に他に2匹。影の虎がホブゴブリンへと飛び込み叩き落とす。
くるりと影の虎は空中で器用に回転すると、ホブゴブリンに襲いかかり、首元を一瞬の内に噛みちぎる。
そして縫うように他のゴブリンたちを通り過ぎると、アーチャーへと間合いを詰めて襲いかかるのであった。
その一方で、ゴブリンたちは空堀の前でどうするか迷いながらも空堀に飛び込むと、柵へととりつこうと壁に手をかける。
「今だ! 槍突けいっ!」
もはや戦国武将まんまの爺さんである。
わあっと叫び、兵士たちは槍をゴブリンに対して向けると力いっぱい突きを入れる。グギャアと苦悶の声をあげて倒れていくゴブリンたち。
アーチャーたちも影の虎にあっさりと倒されて、死体となって倒れていく。
わあっと鬨の声をあげながら、信玄の軍はゴブリンと大鼠連合の群れを苦労せずに倒すのであった。
「検証は成功だな。影虎はホブゴブリンを歯牙にもかけない」
『本来は互角程度の力しか出せないはずの影の虎。レベル3で作る影の使い魔はレベルが1低い敵と互角程度の力しか出せないのに、圧倒できるのは防人さんの圧倒的魔力操作のお陰ですね』
フヨフヨと幽体の雫が浮きながら、目を細めて言う。既に完全に回復しており、元気いっぱいだ。
「ミャアー」
子猫のように可愛らしい鳴き声で、影の虎が勝利の雄叫びをあげるのが聞こえる。
『鳴き声も、ナイスです。やはり猫系は可愛らしい声でないといけないですよね。みゃあ〜』
ニャンニャンと猫の手の構えで、ふりふりと手を振って雫さんは今日もとっても可愛らしいです。
「さて、連戦だ。敵の死体を片付けて、次の戦いをしろ」
腕組みをして、今の戦いに問題はないか考えるが大丈夫そうだな。だいたいの敵はこれで片がつけられる。
「へいっ!」
「わかりました! 伝えてきます!」
大木君が頷き、一緒に待機していたリーダーの男の子がてててと走り出す。死体を片付けるのに、1時間ぐらいか?
「どこまで連戦できるか、そしてどこまで敵が釣れるか、試してみる。たぶんここはスタンピードのお陰で枯れた状態からポップの状態になっている。正確な数が数えられるはずだ」
ここは目の前のダンジョン、そして、離れた場所にあるダンジョン。いくつかのダンジョンのポップが交差している場所だからだ。
さて、どれぐらいの数が釣れるかなっと。
朝も早くから釣り始めて、結局敵がいくら魔物香を炊き、銅鑼を鳴らしても現れなくなったのは、ホブゴブリン28体、ゴブリン487匹、大鼠687匹を倒した後であった。
「これでコッペパン200個を毎日売ることができるな」
あれから解体も終えて、疲れ切った信玄たちと居酒屋風林火山に戻って大量のコアを前に満足げにする。俺はちなみに疲れていません。ステータスも上がり、戦ってないしな。
「何日か戦わないとわからんが、ナイト以上は出現しなかったし、良いじゃねぇか。ったく、恐ろしい力だな」
信玄がどっかと座り、部屋の隅にお座りしている影虎ととぐろを巻いて静かに目を閉じている蛇を見て、感心の声をあげる。
「レベル3は影に簡単な魔法を付けることができるからな。影蛇に、影縛りの魔法を付与して活動できるようにした。……優秀な使い魔すぎるぜ」
「儂たちが触っても少し痺れるぐらいだが……。矢には致命的な力だ。これでアーチャーは怖くないな」
『影縛り』はレベル1で使えた魔法だ。レベル3になって、使い魔に付与できるようになった。無論影縛りは弱い。だがいつもどおり矢には圧倒的に強い。しかも蛇のように胴体が長ければ広範囲を守れる。
レベル3に上がって、作り出す影も子犬レベルから、虎レベルまでになったし。虎となったミケはホブゴブリンも楽勝な性能を持った。
「ミケ〜」
「みゃあみゃあ」
「お手〜」
子供たちがミケたちに近づきその背中に乗ってはしゃいでいる。大きくなっても、恐怖を覚えない子供たちである。よじよじと俺の肩に登ろうとする幼女もいたりする。雫さんや、対抗して肩に乗らなくても良いのだよ?
「さて、稼げるのはわかった。これなら天津ヶ原コーポレーションは黒字だな」
「そうだな。で、新しい品物はこれか?」
コアとは別に置いてある小袋を信玄は手に取る。
「そうだな。最新の品物らしいぜ」
防人は信玄の手に持つ小袋を見ながら面白そうに言う。信玄はフンと鼻を鳴らして袋の中に手を入れて取り出す。
そこにはじゃが芋が一つ入っていた。先に交換に行って手に入れた物だ。
「たった一つのじゃが芋にFランクコア100個かよ。高すぎねえか?」
「たしかストアには、こう書いてあったんだよな? 『種芋』」
種芋。種芋とは、植えて育てるためのものだ。
「うむ……これを植えれば大量に芋が収穫できるんだろうなぁ」
ぽんぽんと種芋を持って、疑い深そうに信玄は見るが、どうだろうね? もしかしたら1週間で収穫できるような種芋かもな。8万個もロック解除にかかったんだぞ。収穫できたじゃが芋の生長速度は普通だろうけどな。
考えに考え抜いた結果、まずは種芋にしたんだよ。レベル3の俺ならば田畑を守れるレベルの使い魔を創造できるようになったからな。
「まぁ、試しに植えてみるしかないだろ。梅雨が明けるまでは待つか、それとも植えて超常の力を持っているか確かめるのも良い」
「あぁ、たしかにコアストアから出てきたもんだからな、そんな可能性もあるのか……。お前が決めろよ、社長なんだからな」
判断を俺に投げてくる信玄に苦笑しながらも考える。この種芋の結果から発生することだ。
「大量にじゃが芋が収穫できて、この地を守れるようになったら、軍が来ると思うか?」
「ふむ……その可能性を考慮に入れなくちゃならんか……。無いな」
あっさりと答える信玄の言葉に意外だと驚く。その可能性はあると思うんだが。
「きっと内街でもこの種芋は手に入れているはずだ。その種芋を育てるのに懸命になるなら、まずは内街。そして外街に広めていくはず。廃墟街は遥か未来のことになるだろうぜ」
「なるほどな。外街で育てて大量に収穫できれば良いと考えると」
たしかにそのとおりだ。信玄の爺さんは頭が予想よりも良いな。内街の連中はそのとおりに動く可能性が高い。少しずつ周囲に広げていく、か。
廃墟街を制圧して外街に合流させる。そのためには軍を動員して、街壁も拡げなくてはならない、と。俺が政府に力を貸さないならば、ここを守る軍をまわさないといけないからな。そして、俺は政府にまったく力を貸すつもりはない。
「良し。畑に植えてみよう。今回のコアも全て種芋に変えて、試してみる。結果が楽しみだ」
ハードボイルドなおっさんはボスらしく腕組みをしてフフフと笑う。おっさんは社長なのだ、常に冒険をしなくてはならないのだ。結果はわかっているけど。
「思い切ったな。今回は儲けは無しか」
「種芋が育つことを祈るのさ。それと、しばらく狩りの様子を見て上手く行ったら、外街に売りに行く。花梨を呼んでじゃが芋を大量に買い取る相手を探してもらおうじゃないか」
「おいおい、もう大量に収穫できるつもりかよ?」
呆れたように信玄が見てくるがそのとおりだろ。
「それだけこの種芋には期待しているのさ。何しろダンジョン産だからな」
フッとニヒルに笑ってやる。結果はわかっているんだけどね。




