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アースウィズダンジョン 〜世界を救うのは好景気だよね  作者: バッド
11章 胎動する世界

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219話 大天使

 ダンジョン発生から20年弱の月日が経過する中で、足利家の屋敷は数年ごとに立派になっていった。当初は小さくこじんまりとした家であったのが、今や隠れんぼを子供がしたら、行方不明になるほどの広大な屋敷である。腕の良い庭師により、誰もが感心する程に庭は美しく整えられ木々は剪定されており、屋敷内は小物一つとっても、一般人ならもし壊したらと震えて近づかないほどの値段がしていた。


 内街を支配する代表的存在である足利家の屋敷は、されどこの夜廃墟となろうとしていた。


 辺りには多くの死体が転がり、どこからか、苦しげなうめき声が聞こえてくる。壁という壁は破壊されて穴が空き、どす黒い染みがあちこちについていた。美しかった庭は影も形もなく、高価な調度品が並んでいた家屋はボロボロであり、あちこちで火事が発生している。


 怒号と悲鳴が合唱祭を開き、真夜中であることもあり、地獄のような光景となっていた。


 その中に銀色の仮面をかぶった雫は静かに佇む。ふわりと艷やかな髪をなびかせて、仮面の美少女は悪戯そうに笑いながら口を開く。


「ミカエルさん。天界と下界ほどの力の差があるのだとか聞こえました。では、魔界と天界ぐらいの差がある場合はどうなんでしょう。貴方の言い分だと、私は小指一本で倒されてしまうのでしょうか?」


 蹴り飛ばされたミカエルをからかうような声音で雫が問いかけると、大天使の名を冠する男はゆっくりと立ち上がりながら、服の埃をはたき落とす。


「これはこれはピクシーではないですか。そんな玩具の仮面で素性を隠しているつもりですか? 相変わらずあほですね。伝え聞くところによると、地球連邦軍を逃げ出して愚連隊を作っているとか。最強と呼ばれた貴女たちが落ちぶれたものです」


 薄笑いをして、雫を馬鹿にするミカエル。その言葉は義満にも聞こえており、興味津々でピクピクと耳をそばだてるのが見えた。


 その様子を雫は見て、余計な情報を与えるべきではないのではないかと、どうしようかと考えるが


『良いじゃんね。ミカエルとかいうの利用できるぜ。このまま会話を続けて、勝手に足利には想像させろよ』


 幽体となって雫の隣にフヨフヨ浮いている防人さんが、悪人顔でクックと含み笑いをしながら言ってくる。いつも絶えず謀略を描くのが好きなんですからと、そんな防人さんが大好きな雫は微かに頷いてみせる。馬鹿な大天使は精々利用させてもらうとしよう。


 なんでも許してくれる神様の眷属だから、その程度は許容してくれるはずですと、クスリと可笑しく思い笑ってしまった。


 そうして腕を組み、胸を反らしてからかうように口元を歪めて答えてあげる。


「これはこれはミカエルさんではないですか。そんな不細工なお面を被って素性を隠しているつもりですか? 相変わらず馬鹿ですね。そろそろヒヒーンと鳴いていいですよ。お馬さん、ここには人参はありませんよ、ヒヒーン。馬語は苦手なのですが通じました? シカエルさん」


 鼻で笑いながらの少女の小馬鹿にするセリフに、ミカエルは三日月のように口元を歪めて、顔をしかめて怒りを露わにする。


「……この顔は素です。少し口が悪くなりましたか? 醜い顔がますます醜くなっていますよ?」


「シカエルさんこそ、ご飯をまともに食べていますか? 落ちぶれた軍隊の残骸ではお給料どころか、食事もまともに食べられないのでは? キャベツの切れ端を持ってくるのを忘れました。後で台所に寄って貰いましょう」


 ふふふと雫は小さく笑い、ミカエルもクックと可笑しそうに微笑み、お互いに顔を見つめ合う。


「後悔することですね。態度だけはデカイ、洗濯板娘」


「シカエルさん、私の名前を忘れるなんて、本当に頭シカエルさん」


 黙りこくり、ふたりはしばし見つめ合い、同時に身構えた。


「殺して差し上げますっ!」


『風王刃乱舞』


 義満を追い込んだ風の刃をミカエルは作り出す。ミカエル自身を中心に竜巻が巻き起こり、風のギロチンが雫へと無数に襲いかかる。


「先程とは威力が段違いだとっ?!」


「ゴミに相応しい最期を与えてあげますよ!」


 驚く義満の声に、蔑む声音で醜い笑みを浮かべてミカエルは叫ぶ。


「相変わらず、沸点の低い男ですね」


 まさに疾風の速さで飛来してくる風の刃に、冷笑を浮かべてゆっくりと雫はミカエルに向かい歩き出す。


「わかりやすい工夫のない魔法」


 肉薄してくる風の刃を前に、雫は半歩だけ横にずれる。巻き起こされた風の刃は雫の横を通り過ぎていった。髪が風圧で煽られる中で、トントンとスキップしながら進む雫。


 トンと一歩進むごとに、雫の横を風の刃が通り過ぎていく。その全てが雫に掠るぎりぎりの間合いで、決して当たることはなく。


「戦闘センスのない攻撃」


 クスクスと笑いながら妖精は舞い、ミカエルは顔をしかめて、ますます風の刃の射出速度を上げる。


「妖精のワルツ。見られて幸運ですね、シカエルさん」


 雫も楽しげに笑いながら、ステップを早めて躱していく。そうして、じわじわとミカエルへと近づく。躱された風の刃が雫の後方で、爆発音をたてて壁を積み木細工のように打ち壊して、無駄に威力があることを見せていた。


「くっ! 当たれ、なぜ当たらないのですか!」


「ステータス頼りの、脳筋魔法使いでは、私を捕まえることはできません。知りませんでしたか」


 ついに一息で間合いを詰められる距離へと雫は近づく。ミカエルは憤怒で顔を歪め、魔法の発動を取り止めて間合いをとろうと、後ろへと跳躍しようとして、


「応用の利かない、基本しか知らない戦い方。お疲れ様でした。ミカエルさん」


 跳躍をしようと、膝を弛ませた隙に、雫は接近していた。冷笑とともに、柄のみしかない新型武器を取り出して、水晶のような剣身を創り出す。


斬撃スラッシュ


「しまっ」


 慌てふためき、ミカエルは跳躍するが、既にその行動は遅かった。遅すぎた。


 振り抜く腕がブレるほどの速さで雫が剣を振るうと、ミカエルはその身体を分断されて、自身で跳躍した勢いのまま、鮮血を撒き散らしながら宙を飛んでいくのであった。


「うむ……道化の騎士団のレイ。ここまで強いものなのかよ」


 義満は自身が魔法剣の力を解放しても押されていた相手をあっさりと倒した少女の力を目の当たりにして、噂以上だと唸ってしまう。


 だが、助けてもらったことは確かだと、お礼を言おうとして、レイが警戒を解いていないことに気づく。


「……驚きました。誰がそんなことをしたのか教えてもらっても」


 身体が分断されて血溜まりの中で倒れ伏すミカエルに、冷たい声音で非難するように雫は問いかける。


 と、分断されたミカエルの身体がピクリと動く。


「お見事」


「抜け目がない」


 上半身、下半身、その両方から声がすると、それぞれに白鳥のような翼が生えて、ふわりと浮く。


 そうして斬られた断面から肉が膨れ上がっていくと、身体を作り上げた。


「統率の大天使ミカエル」


「導く大天使ガブリエル」


 厳かな口調でそう名乗る、まるで双子のような男たちがふたり現れて、雫はその様子を見て嘆息する。


「まさか4人を融合させたのですか? もうふたり隠れているでしょう?」


 ミカエルたちに雫は鋭い眼光を向ける。その言葉に、愉快そうにミカエルたちは嘲笑い両手を広げて、余裕の態度を見せてきた。


「相変わらず忌々しいことに、眼も良い。そのとおり、4大天使の融合体。無敵の大天使、それが私だ。他に癒やしを与えるラファエル、正しい意思を与えるウリエルもこの体内にはいますよ?」


 ミカエルとガブリエルはお互いの身体をスライムのように融解させて、融合すると先程と同じ一人の男へと変わった。


「はぁ……本当に強くなったと思っているのですか? まぁ、試してみましょう。えっと名前は4エルさんで良いですかね? 4エルサイズは見掛け倒しですよ。それと乙女の前で下半身裸はちょっと困ります。とりあえずお巡りさんを召喚しましょうか?」


 イヤンと頬に手を添えて照れる演技をして、あくまでもからかうことを止めない雫に、ミカエルは苛立ちを見せて口を開く。


「その余裕の態度がいつまで続くかな?」


「いつまでも」


 その目に獣のように凶暴な光を宿して、淡々と呟くと雫は間合いを再び詰める。


「今度の『聖歌』は一味違うぞ!」


 ミカエルは迫る雫に口が裂けるほどの笑みを見せてマナを集中する。


『4大天使顕現』


 力を込めてマナを解き放つと、ミカエルの身体は膨れ上がり巨大化する。頭が4つに増え、8本の腕が生えて全長5メートルほどの背丈へと変わった。


「油断はしません。貴方は強いですからね。いえ、元は強かったと言い直します」


「戯言を!」


『風王刃』

『炎王刃』

『氷王刃』

『雷王刃』


 それぞれの腕にマナを込めて、ミカエルは咆哮し、各属性の強力な魔法を発動させる。


 暴風が巻き起こり、炎が逆巻き、氷が辺りを凍てつかせ、雷が周囲を奔る。そして『聖歌』の効果により、終わることなく魔法は猛威を振るい始める。


 その余波だけで辺りを崩壊させて、凶悪なる破壊力をミカエルは見せながら、魔法を向かってくる雫へと放つ。


「天使なのにあくまでも脳筋戦闘を変えないその姿は感心します。本当は悪魔ですね?」


 ヒュウと息を吸い込むと、雫は魂の奥底に眠る力を覚醒させる。


『レッドモード』


 雫の体内から力が溢れ出して、その姿を紅く染めていく。周囲の空気は震え始め、地面が震動する。そうして力を解放して悠然と歩くその姿は強大な力を見せつけてきた。


「ぬ? なんだ、その姿は?」


 ミカエルは見たことがない雫の姿に戸惑いをみせるが、操る属性魔法は先程のように回避されないように包囲の形をとる。


 回避されないように、ゆっくりとじわじわと4つの魔法を薄く広げて、布で包むように。


 が、その判断は以前の雫には正しい対応であり、今の雫には間違っていた。


超加速脚ハイアクセラレータ


 紅き閃光が包囲してきた魔法の僅かな隙間をすり抜け、一瞬の間にミカエルの身体を通り過ぎていった。


「4人でかかってきた方が苦戦しました。手数が多い方が強いんですよ」


 ぽそりと小さな声が背中から聞こえてきて、その速さに焦りを見せてミカエルは振り向く。


「折角の性能ですがお疲れ様でした」


「クッ! 前よりも強くなっているのか?」


 呻きながらミカエルは身構えようとする。その姿を見ながら微かに陽炎のように消えるような笑みを雫は浮かべた。


「いえ、まだまだですよ。ただ、昔よりも使い方が上手くなっただけです」


 水晶のような剣を構えて闘気を静かに集束させる。


『静寂の剣舞』


 クンと手元に構える剣を動かすと、ミカエルの身体を白光の輝線が奔った。風も巻き起こることはなく、空気が歪むこともなく、マナの跡を残すだけで静かにその攻撃は終わった。


 ミカエルはその攻撃を振るわれたことも視認できなかった。が、致命的な攻撃を受けたことだけは理解したために、慌てふためく。


「そんな……ラファエル、治癒魔法を使えっ!」


「もう細切れです。さようなら天界の住人さん」


 喚き散らすミカエルに、冷たく雫は肩をすくめてみせる。もう既に攻撃は終わっている。これが4人それぞれバラバラに存在すれば、また別の戦法を取る必要があっただろう。


 雫の言葉どおりに、ミカエルの身体は細かくズレていく。


 4大天使はそれぞれ最高峰の魔法を扱える。しかし、一人に融合させたことにより、使えるリソースも減り、驚くほどの弱体化をしていた。


「あぁ……大天使たる私たちがここまであっさりと……」


 断末魔の悲鳴をあげて、細切れとなって地に落ちるミカエルを見て、僅かに頬を膨らませ不機嫌となる。やはり真の妖精となっても強者との戦いを求めたいのだ。


『こいつ、見掛け倒しも良いところだよな。なんなんだ?』


『料理が下手な博士が来たんですね。……誰かはまだわかりませんが』


 防人さんが呆れるのも尤もだ。余計な改悪をした人間がいるに違いない。まぁ、考えても答えは出ない。


 とりあえずは足利家を助けたので良しとしましょうと、雫は義満へと声をかけるのであった。



 しばらくして、三好長慶は逮捕されて、クーデターは終わる。だが、この騒動には裏があった。それがわかるのは騒動が完全に収まった後だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] きっと4人くっつけたら能力全部使えてステータスも4倍になるに違いない!ポチッ!!(ならなかったよ!) なんだろうなぁ
[一言] ボクの考えた最強の大天使・・・設定だけは強いが実戦では大した戦果を得られないと… おっさん「大天使の死は!人類の反撃の糧になったんですよね!?」 4エル「何の成果も!得られませんでしたー!…
[一言] ふむ、つまりあのダメなおっさんは下手なおっさん博士、ダメに下手では救世主(笑)しかなれないじゃないかw そして今の状況を見れば、森羅万象の人は上手いおっさん?w シカエル:見ろ!これこそが…
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