218話 義満
義満の気迫を受けても、パワーたちは軽薄な笑いをやめることはなかった。元々そこまで感情に起伏はない。たんに人間の形をしているために、偽りの感情を見せるようにしただけのバイオノイドであるからだ。当時、パワーを開発した科学者は量産型に感情を持たせるのは無駄だと考えたためだ。
そのため、目の前の男が危険だと、その纏う空気から判断はしなかった。次の戦闘行動を、恐怖を覚えることもなく、警戒をすることもなく、淡々と機械的に考えるだけである。
後続のパワーたちも合流して、数は18名。対する相手は義満が先頭に立ち、後方に兵士が4人。更に後ろ、何枚もの襖で閉じられている先にも人間が待機しているのが感知できた。だが、奥の敵は6人ほど。
対してこちらは……。
「おいおい、まだ目標を捕獲していないのかよ」
「アハハハ〜、お前たち無能だなぁ」
「それって、僕たちも無能ということにならないかい?」
さらに12人、追加でパワーたちがやってきて30人となった。
「よし、さらに応援をよろしく。その間、あの男は抑えておくからさ」
思念で援軍を求める。義満の後ろの畳に突き刺さっているのは20本近い魔法剣だ。油断はできない。が、いくらでも対応などはできるとパワーは判断した。
「さて、やってみようか。ゴーゴー」
「了解だよ、アハハハ〜」
パワーの内、3人が床を蹴ると義満へと襲いかかる。荒々しい足音をたてて、各々少しだけ間合いをとりながら。
倒されても良い。まだまだパワーたちは存在するのだ。魔法剣を全て使い切るようにさせれば良いとの、命をかけての作戦だ。パワーたちは小石のように命は軽いからこそできる作戦だった。
畳を蹴りながら、パワーたちが迫るのを義満は酷薄の笑みを浮かべて剣を構えて迎え撃つ。
「一人一本使ってくれないかな? アハハハ〜」
軽薄な口調で拳を振り上げて肉薄する先頭のパワーへと、義満は摺り足で間合いを詰める。ひと呼吸で間合いを詰めた義満に、パワーは間合いを見誤り僅かに体勢が崩れる。
「フンッ!」
揺らぐ先頭のパワーの胴へと下から斜めに切り上げて、さらに次のパワーへと間合いを詰めて、横にすり抜けながら袈裟斬りにする。
「なにっ?」
その剣撃は強力で、紙のようにあっさりと斬り捨てられた仲間を見て、3人目のパワーは驚きの表情を作り、そのまま切り返した義満の薙ぎ払いに胴体を分断されるのであった。
剣についた血糊をブンと振り落とすと、義満は後方へと下がり元の位置へと戻る。
「ふん、馬鹿者共が。まさかお前たち一人ずつに剣の力を使うと思っていたか? この俺の力を知らなかったと見えるなっ!」
フン、と義満が身体に力を込めると、ミシミシと筋肉が膨れ上がり、神代セリカにデチューンをしてもらった義満専用のミラーアーマー改が軋む。
「俺は息子よりも強い。名前は義満だが、輝よりも剣の腕は上だ!」
剣を構え直して、パワーたちへと獣のように咆哮する。義満は固有スキルを持たない。だが汎用スキルを持つ。『剣術』だけを持っていた。最近になってスキル結晶を譲ってもらい『闘気法』を手に入れたので、今は2つのスキル持ちだ。
たった2つだが、『剣術』のスキルレベルは5であり、その総合ステータスは1600。もちろん物理ステータス寄りに振ってあるので、強力な剣士である。
天才ではない。若い頃から鍛えてきた結果の努力の男である。まぁ、足利の財力に飽かせて、安全にステータスポーションを買い取ってステータスを上げていったので、正確には『努力』と『財力』の男と言えよう。
スキルに頼らないその剣の腕は、スキルによる補正も受けて、パワーごときは相手にしない力を持っていた。対応が難しいほどの複数で攻められなければ、問題はない。
最初に魔法剣の力を解放してみせたのは、敵の動きを抑える意味もあった。
義満の装備は魔法をある程度反射するミラーアーマーと、神代製弾丸避けの指輪、そして、後ろに並ぶやはり神代がデチューンして義満がペナルティなく装備できるようにした数多くの魔法剣だ。
後方には、親父である尊氏と息子である義昭が護衛と共に待機している。パワーとか名乗る部隊が大勢で義満の横を通り過ぎようとすれば防ぎ切るのは難しい。
魔法剣の力を解放していけば防げるが、敵がどの程度浸透しているのか、何人いるのか、そしていつ援軍が来るのか不明であったために、魔法剣の力を簡単に解放するのは躊躇われた。
そのために、最初に魔法剣の力を見せつけた。敵が警戒して集団で攻めてくるのを防ぐために。本命は敵が攻めてこないで、銃のみで攻撃してくるのを狙っていたのだが。
敵は少数で攻めてくることに決めたようだが、それならば対応できると義満は内心で嗤う。戦い慣れた剣士の戦術にパワーたちは見事に引っ掛かっていた。数で攻める戦術しか持たず、簡単な判断能力しか持たないパワーたちの弱点を知らずに義満は突いていた。
「ハハハ〜! 気にせずに攻めるんだ!」
「そうそう、疲れるのを待つんだよ」
「行くぞ〜、アハハハ」
まったく怯まずに、損害を気にせずにパワーたちは再び今度は大勢で攻めてくる。その数は8人。
一直線に殴りかかってくる奴、左右から間隔をずらして攻めてくる奴、その後方から同じように攻めてくる。
今度は魔法剣を使わせようというのだろう。
「単純な奴らだ」
その行動に舌打ちしながら、再度剣の力を解放する。剣に宿るマナが解放されて、氷片が吹き上がる。
『氷結剣』
義満が振り抜くと、氷の魔法剣はその力を発動させて、猛吹雪がパワーたちへと向かう。空気をピシピシと氷結させて、畳を凍りつかせ、極低温の吹雪は迫るパワーたちに接触すると、あっさりとその身体を氷像へと変えた。
後方に待機していたパワーたちは、巻き込まれないように、下がっていく。
一気に3割近い味方を失った敵の次の作戦はどうするのかと、新たなる剣を引き抜きながら義満は考えるが、パワーたちの次の行動を見て驚き声をあげる。
「なに?」
パワーたちがとった行動は、驚くことに少数で攻めてくるということであった。先程とまったく同じ、3人で同じタイミング、同じ間隔で攻めてきた。
「むぅ!」
なにか作戦があるのかと、義満は警戒しながらも、焼き直しのように同じ攻撃を繰り出して、3人をあっさりと斬り捨てた。警戒しながらの攻撃のために、多少攻撃は鈍ったが、それでも敵との腕の差があったために問題はなかった。
斬り捨てた際の隙を狙ってくるかと考えていたが、パワーたちは待機して動くことはなかったので、ますます警戒を覚えてしまう。無駄に損害を増やしただけではないかと。
「駄目かぁ、それじゃ、次にいこう!」
パワーは呟きながら、再び今度は8人で同じように攻めてくる。だが今度は敵の動きが違うと、義満は持ち前の剣士としての勘を働かす。
「何か考えがあるのか?」
『嵐撃剣』
魔法剣の力を解放しようとした時。パワーたちの一人が不自然にオーラを身体に纏わせ、他の者たちがその周囲に集まるのを見て、咄嗟にキャンセルする。
「ありゃ?」
パワーたちは魔法剣の解放がキャンセルされたことに軽そうな口調で驚きの声をあげる。そしてタイミングをずらされたことにより『自己犠牲』のスキルの効果時間も無くなってしまった。それを見て義満は腰を屈めて床を力を込めて踏み込むと集団の中に分け入り、縦横無尽に剣を激しく振るう。
斬られたパワーたちから鮮血が舞い散り、倒れ伏した死体により床に血溜まりを作っていく。
「大方、防御系統の闘技であったろうが甘い!」
猛々しいという言葉が似合う剣撃にて、義満は予想外の行動をとられたことにより、混乱し動きが鈍い敵を殲滅すると、マナを闘気へと変えて足に力を込める。
『ダッシュ』
瞬く程度の僅かな時間、義満は加速して後方のパワーたちへと向かう。たった5メートルほど進んだだけで、闘技の効果は切れてしまった。だが充分だと口元を嗤いに変えて、魔法剣を突き出す。
『嵐撃剣』
突き出した魔法剣の先端から、物理の刃となった暴風が放たれた。後方で待機していたパワーたちを、轟々と巻き起こった嵐は覆い隠す。一人も残さずに、効果範囲に入っている。デチューンされた魔法剣を神代から渡された時に、その全ての力を義満は試していた。
効果範囲、発動時間、威力など全てを記憶していたので、嵐撃剣の効果範囲を義満は正確に理解していたのである。
「これはやられたかな、誰かスキルを使ってよ」
「アハハハ、凄腕。使う暇がない」
「無念といえば良いのかな、アハハハ」
激しい嵐の刃に、ミキサーに入れられた果物のようにズタズタとなりながら、それでも軽薄な口調でパワーたちは呟き死んでいった。
嵐が収まった後は、床に広がるおびただしい血と、肉片だけとなっていた。
そうして束の間の静寂が訪れる中で、不機嫌そうに義満は新たなる剣へと持ち替えて呟く。
「こいつら、どうもおかしい……なぜ自分の命を大事にしない?」
まるでゲームの雑魚キャラのように、戦闘に対する工夫もなければ、敵を倒そうという気迫も見えなかった。これで、息子の仇はとったのだろうかと疑問にも思う。
パワーという部隊、輝を倒した者が倒した兵士の中にいたことは間違いないのだから、仇討ちはなったと考えても良いのだが……。どうもしっくりとこない。
「ふむ……とりあえず敵は殲滅した。助けが来るまでの時間は稼げたか……?」
短く整えた髭を触りながら、敵の増援部隊が来ないようなので、少し安堵するが
「困りましたね……そんな戦いをする者がいるとは……その腕前も合わさって厄介極まりない。生きて捕えるのは難しそうです」
ギシギシと木の床が鳴り、少し甲高い男の声が聞こえてきた。すぐに剣を構え直して、義満は声を荒らげて誰何する。
「何者だっ!」
やってきた男はスーツ姿の金髪の白人であった。実直そうな顔つきで、眼鏡をつけている。
「はじめまして、足利総理。私の名前はミカエル。機天部隊を率いております」
『火炎剣』
礼儀正しく頭を下げて自己紹介をしてくるミカエルに、義満は躊躇わずに剣の力を解放した。猛火が氷結していた部屋を溶かしながら、ミカエルへと襲いかかる。
「戦場慣れしておりますね」
『風王障壁』
ミカエルは薄笑いを浮かべながら頭をあげると、右手を一振りした。瞬時に床から吹き上がる風の障壁が生まれて、火炎剣の生み出した猛火とぶつかる。
猛火は風の障壁を貫こうとして、風の障壁は炎を打ち消そうとして押し合いながら力を相殺していく。
「ちっ」
その様子をぼんやりと見ているようなことはせずに、義満は剣を捨てると、次の剣を引き抜く。
『風砲』
『雷鳴剣』
ミカエルが手のひらを翳し次の魔法を唱えると、縦に渦巻く風が砲弾のように放たれる。その魔法により、障壁に阻まれていた火炎はかき散らされてしまい、義満へと襲いかかる。が、義満も既に魔法剣を解放して、雷が風の砲弾とぶつかり合う。
「なかなかの判断力、歴戦の勇士と見ますが、魔法剣の威力はレベル6。残念ながら私の相手ではありません」
『風王刃乱舞』
薄笑いを浮かべて、ミカエルはさらに魔法を唱える。3メートルはある三日月状の風の刃が物理属性を与えられてギロチンのように放たれた。風の刃はチーズでも切るように、床を切り裂きながら飛んでくる。
「くっ」
ミラーアーマーはある程度の魔法を反射できる。風の刃を前に反射しようと障壁が生まれるが、少し耐えただけで簡単に破壊されてしまった。風の刃も相殺できたが、ミラーアーマーの磨かれた鏡面は曇り力を失った。
たった一発で恐ろしい威力を持っているのだ。そのことに舌打ちして剣の力を解放する。
『火炎剣』
『氷結剣』
風の砲弾を打ち消した義満は迫る次の魔法に脅威を感じ、次々と魔法剣の力を解放していく。
「乱舞との名前のとおり、この刃は無数に放てます。いつまで威力が固定されている魔法剣の力で耐えきれますか?」
ミカエルの言うとおりに、風の刃は無数にその手のひらから放たれて、義満は苦悶の表情となり、魔法剣の力で対抗していく。
炎が燃えて、氷が空気を凍らせて、雷が通路を走っていく。激しい魔法の撃ち合いで屋敷は地獄のような光景となっていた。
だが、義満は徐々に押されているのを感じていた。数発の風の刃を魔法剣の解放された力は打ち消すのが限界で、ミカエルとやらは限界などないかのように、風の刃を撃ち続けているからだ。
「くっ。いつになったら、その魔法は止まるのだ」
「甘い期待を持っているようですが、私の『聖歌』は最初の魔法を本来よりも少ないマナの消費で繰り返し発動できるスキル。勝ち目はありません。降伏をしてください。魔法剣の数も限界があるでしょう? 貴方と私では天界と下界の如き、力の差があるのです。命を助けるので、おとなしく捕まってもらえませんか?」
余裕の表情でミカエルは風の刃を撃ち続けながら、自身のスキルの力をあっさりと口にしながら余裕の態度をとる。
「舐めるなよ!」
わざわざ敵にスキルを教える舐めた敵へと、歯を剥いて義満は怒鳴る。だが、魔法剣は残り数本となっており、一か八か突撃を試みるかと考えて、僅かに目を細めて笑う。
「ん? なにか?」
その表情に違和感を覚えたミカエルであるが
「魔界キック」
「ゴフォッ」
背中を思い切り蹴り飛ばされて、吹き飛び床を転がった。すぐに立ち上がり、蹴ってきた者へと顔を向けて怒りを見せて叫ぶ。
「何者だっ?」
「天界よりも遙か下、魔界からの使者と名乗っておけば良いのですか?」
そこには銀色の仮面をつけた少女がいた。からかうようにミカエルを見ながら、腕を組んで立っていた。




