216話 三好長慶
三好長慶は内街の有力家門の当主である。政治に長けて、武力も持つ。20年近く前のクーデター時には、御三家と今は呼ばれる者たちと対等に肩を並べて行動をしていた一大家門であった。
あった、である。過去形となっている。忌々しいことに。
夜会が行われているホールにて、三好長慶は忌々しいとパーティーの中心にいる少女を睨む。なぜ、あんな身元もわからぬ卑しい女がこの内街の上流階級が揃う夜会で、余裕の笑みを浮かべて、堂々たる態度でいるのか。
夜会に出席できる栄誉を噛み締めて、緊張で身体を縮こまらせて壁の花になっているのが相応しいのではないか。
自分の周りには以前はいた取り巻きも殆どいないのにと、ギリッと歯噛みする。一年前まではナンバー4だった。御三家を上回るチャンスは決して逃さぬと、虎視眈々と目を光らせてチャンスを待っていた。それだけの力を持っていたのだ。
力を持っていた。大きな派閥もあった。御三家といえど、簡単には口出しできない家門。それが三好一族であったのだが、雪花事件から力を失い始めた。和田一門に多少力を貸して、ヘリの襲撃事件で責任を取らされて……気がつけば、だいぶ力を失った。
神代の小娘が暗躍して、こちらが利益率の高い会社のいくつかを買収される一方で、天津ヶ原コーポレーションの流した作物や、スキルポーションやスキル結晶などで御三家は力をつけた。
相対的に今や御三家と三好家を含む他の家門はだいぶ差がついている。恐らくは御三家の陰謀だろうと三好長慶は推測している。
この状況は極めてよろしくない。ここまで差がつくとは考えもしなかった。
だが、それは取り返そうと考えれば、取り返せる。それ以外にも問題はある。
まだまだ20年と少し。栄光ある名門の一族とは、どこの家門も言えない。所詮クーデターで成り上がった家門だ。
「だからこそ……家門を守り、歴史を作り、名門となり、我らは日本の統治者として、堂々たる態度をとらなければならないのだろうに……。ぽっと出の奴らに尻尾を振りおって。恥知らず共がっ!」
多少力を持った者が出現したら、媚を売る。それが内街出身ならば、まだ許容できる。だが、廃墟街の、いや、どこの出身かもわからない者たちを相手に尻尾を振るとは、自分たちが成り上がり者だと自ら証明しているようなものだ。
孫の代まで堂々たる態度で、財力を、権力を、武力を持って、ようやく名門と呼ばれ始める。それをここで無にするつもりなのだ。
名門となれば、威厳が手に入る。人々の私たちを見る目も変わる。苦労せずとも信用と尊敬をある程度手に入れることができる。この20年で徐々に手に入り始めてきたことを、全て無に帰すようなことを周りは行なっている。それが三好長慶には悔しい。
更には御三家が率先して、それを助長していることも。御三家ならば、堂々たる態度で、怪し気な輩の技術などは奪いとれば良いのに、同等の立場、いや、へりくだっているとも思われる態度をとっていた。
先程の、足利の古狸と、平家の魔女との会話を思い出す。
なにをこいつは言っているんだと、言外に表してきた。おかしい奴だとその視線が語っていた。三好長慶の気持ちをわかろうとしていないのは明らかだ。
目の前の利益に目が眩み、将来のビジョンが見えていない。そこまで愚か者であったのかと鼻で笑って立ち去った。
あそこで、私の話に少しでも理解を示せば、まだ話し合いの余地はあった。内街の力を見せつければ良い。天津ヶ原コーポレーションの特区などは奪いとれば良い……。
クラリと目眩がして、疲れを感じ頭を振る。
「疲れているのだろう。私しかこの日本のためのことを考えていないからな……うん」
呟きながら、再び少女へと視線を向けると
「おぉ〜、結城様はこのような植物を手に入れることができたと?」
「なるほど、このような物があれば、これからのダンジョン攻略は民間にも任せることができる!」
「是非、我が社と取引を。いや、今後のお付き合いを」
「天津ヶ原コーポレーションと共同事業ですか。よろしかったら資金面でお手伝いできることがあるかと」
集団はドッと騒がしくなっていた。見れば、聖女然とした純白のローブに身を包む結城聖も合流していた。なにかあったのだろうか?
離れて様子を見ていた者たちや、足利たちも興味を持ったのか、その集団に入っている。まるで誘蛾灯だと三好長慶はその様子を見て蔑んだ。
金の匂いに誘われる蛾だ。その匂いが毒だとわからぬ愚か者たちだ。
きらびやかな世界が色褪せて見える。自分たちこそが日本を支配している者たちだと、いつもこのようなパーティーでは自覚して楽しかった記憶が、モノクロとなり悲しさが残った。
「帰るか……」
悲しげに嘆息すると、興味を失った世界へ背を向けて、三好長慶はパーティーから抜け出して帰宅するのであった。
多少力を失ったとはいえ、三好家は巨大企業だ。大赤字になり、没落の一途を辿る、というようなことはない。堅実な経営を行なって黒字を出している部門はいくつもある。
財力はあるのだと思いながら、広大な敷地に建てられた屋敷内を歩く。
屋敷の廊下にしては広すぎる。壁際には扉がゆったりとした間隔で並び、高価な壺やら絵画やらの調度品が惜しげも無く並んでいる。
廊下でさえこうなのだ。金を持つという意味を自分に目の前の光景は教えてくれた。だからこそ、苛立ちが募ってしまう。
若い頃はこうではなかった。自衛隊にいた頃は、たしかに年収は良かったが、この廊下に並べられている調度品の一つも買えやしない。金持ちとの差は歴然としていたのだ。
自分よりも年収が低い者などいくらでもいる。いや、自分の年収は平均年収と比べても、かなり多い物であったが、ただそれだけだ。上を見ても自衛隊員では大企業などを設立することなどできず、ただ燃えるような野心だけが我が身を焼き尽くすだけになると思っていた。
三好長慶が自衛隊員になったのは、自身が貧困層出身であり、頭が良く運動もできたにもかかわらず、自分では人脈もなく、チャンスすらもないために、小金持ちにもなれないと考えていたからである。それでも、野心はあった。優れた才能を持つ自分は成り上がりたいと、燃えるような野心が。
そして、天は私にチャンスをくれた。馬鹿な政治家たちは本当の危機というものを知らなかった。事なかれ主義で、保守的で、前例のないダンジョン発生による魔物からの攻撃など対処できるわけがなかった。
国内で魔物が暴れて、多くの人々が死に、建物は破壊されているにもかかわらず、前例がない、自衛隊の発砲を国内で許した後の責任を取りたくない。選挙戦で負けると困ると、戦闘行動を許可しなかったのだ。
チャンスであった。あまりにも不甲斐ない政治家たちに対して、当時の自衛隊員たちを巻き込み、国を守ろうとクーデターを起こすと誰かが言い始めた時に、この流れに乗れば、大金持ちになれると、権力者になれると、内心は狂喜して、表向きは、さも国難を打ち破るためにも立ち上がらねばならんと、もっともらしい正義感に溢れる青年将校の顔をした。
軍事クーデターに勝利した者は、後々栄華を手に入れることができる。もちろん失敗したり、勝利後に悲惨な運命が待ち受けている可能性はあったが、そのようなリスクを考慮しても、リターンは途方もなくでかいと考えた。
結果、緊張していたのが馬鹿らしいほどに、簡単にクーデターは成功。なにしろ、その場にいなかった政治家たちはクーデターが発生しても自衛隊に出動を命じなかったのだから! 責任を取りたくないと、逃げ出したのだ。彼ら、政治家はクーデターの結果、処刑されるとは夢にも思わなかったらしい。舌先三寸で逃げられると考えていたのだろう。
どこまでも愚かしいその姿に若手将校や一部の高官がクーデターに乗って、日本は軍事国家となり支配された。
三好長慶は上手く立ち回り、新たなる権力者となり、日本のトップクラスに入り込んだのだ。慣れない企業買収や、他の家門との足の引っ張りあいを潜り抜けて、今の生活があるのだ。あとは名門となるだけであったのにと、天津ヶ原コーポレーションに憎しみを持つ。
ここまで苦労をして大きくなったのだ。クーデター前の邪魔な企業は解体、分散させて、自分たちで利益を分配してきた。専門外でよくわからない経営学も懸命に学んだ。自分の家門を手に入れた。あとは後々に繋がる名門という名の栄光だけなのだ。それを1年程度で台頭してきた人間に邪魔などされるわけにはいかない。
自分の顔や雰囲気から怒りを感じとり、執事やメイドたちが震えて廊下の端で頭を下げてくる。
「そうだ、そうなのだ。権力者に対する態度はお前たちのような態度が相応しい。本来は天津ヶ原コーポレーションもそうなるべきなのだ」
ブツブツと呟きながら、目的の部屋へと辿り着き、荒々しく扉を開く。
「今帰った!」
室内は広々とした部屋で、多くの人々が入れるほどであった。金のかかっている内装、高価な絨毯が敷かれており、高さが低めのテーブルに、長ソファが並んでいる。
そしてソファには何人かの男たちが座っており、テーブルに並べられた料理を食べていた。
「お帰りなさい、長慶」
ソファに座っている長髪の男が穏やかな口調で、柔和な笑みを向けてくるので、ソファに座り、顔をしかめながら頷く。
壁の端で待機していたメイドにワインを持ってくるように命じて、深くソファにもたれかかり、息を吐く。
「あまり楽しい夜会ではなかったようですね?」
「あぁ、そのとおりだ。誰も彼も金のことしか考えておらん! 支配者たるに相応しい行動をとらねばならんのに、皆は物珍しい金になるものをゴミのような者が持ってきたら、途端に豚が餌を求めるように集まっていった!」
震えながら持ってきたメイドからワイン瓶を奪い取り、そのまま飲む。少し下品な行動であるが、目の前の男は長年の親友だ。目くじらをたてて怒ることはするまい。
私がこのような行動をとるほど、不愉快であったと感じ取ってくれるに違いない。
「それは大変ですね。貴方はこの日本を正しい姿に変えようとしている偉大な男。その男の考えを誰もわからないとは……。人としてのレベルがわかりますね」
我が意を得たりと、膝をパシンと叩き、三好長慶は嬉しそうに笑みを浮かべた。そのとおりなのだ。私は皆のためを思って行動をしているにもかかわらず、周りは理解を示してくれない。
「燕雀い、い、うむ、頭の悪いあやつらでは、私の先を見据えた崇高なる考えはわからんのだ!」
有名なことわざを言おうとしたが、忘れてしまったので、誤魔化すためにも強い口調で言う。
そうして、メイドに下がるように伝えて、人払いをしておく。ソファに座る男たちは三好長慶の長年の親友たちであり信頼できるから問題はない。
今日の夜会を見て決心した。私が日本を救わねばならぬと。
「三好家の栄達だけではない。今動かねば、日本は駄目になってしまう。……もう一度クーデターを起こす必要がある。狙うは足利。奴を制圧し、航空戦力を手に入れる。それと共に総理大臣足利として、他の者たちを抑えるように命じる」
「よくぞ決心してくれました。さすがは三好長慶。粉骨砕身、私たちはそのお手伝いをします」
「ありがとう。今日の夜会にて奴らは油断しているはず。ここで動けば結城家も天津ヶ原コーポレーションの幹部も抑えることができる」
グイッとワインを飲み干して、タンと音を立ててテーブルに置くと三好長慶は野望に燃える瞳を輝かす。
「頼んだぞ、我が親友ウリエル」
ニコニコと笑う目の前の男に、三好長慶はニヤリと笑いを見せるのであった。




