213話 企業
落とされた雫たちが戻ってきたが、文句をつけようにも幼女に戻った幸は記憶が封印されているので、幼女に文句を言うこともできずに悔しがっていた。
そんな幼女はというと、花咲くような笑顔で
「しゅーくりーむかってくりゅ!」
と、俺のあげたお小遣いをちっこいおててに握りしめて、嬉しそうに、とてとてと走り去っていった。戻ってくるかは微妙である。たぶん仲間と一緒におやつパーティーをする予感。
まぁ、聞きたいことは聞けたし、別に良いだろう。気を取り直して、くたびれた顔をする雫たちを見渡す。どうやら落とし穴から戻ってくるのは苦労した模様。
「そこそこ謎は解けた。でだ、その話はおいておいて」
箱を別の場所に置くように手を振って言う。
「おいておいて?」
「俺はやりたいことをやるつもりだ。とりあえずはレベル6の等価交換ストアに現れた新規スキルだ」
皆が俺を見てくる中で、等価交換ストアのボードを見せてやる。雫、セリカ、雪花は興味深げに見つめてきた。
そこには驚くべき表記がされていた。
『零細企業設立:レアモンスターコアB1個』
「嫌味なスキル名だよな。まぁ、ダンジョンから独立するってことなんだろうけど」
「6人しか社員いませんものね。営業時間を決めている魔法使いのダンジョンは攻略できますが」
「ダンジョン攻略は6人ならいけるか? だが、面白そうだぜ。手に入れることにしよう」
迷わず『零細企業』のボタンを押下する。宙に浮く半透明のボードを叩くと、
バチリ
と等価交換ストアから漆黒の雷が放たれて俺を貫いた。障壁も反応しない不思議な雷だ。
激痛が走り、顔を歪めて歯を食いしばる。
次の瞬間、俺は宇宙空間にいた。いや、漆黒の空間にいた。
星の光は存在はせずに、紅く光る太陽のような大きさの星が俺の前にあった。熱さは感じずに、身体は燃えたりもしない。
だが、心が、魂が圧倒される。ここがどこかは理解できた。
生きる者たちの世界の外側だ。混沌として、身体が自然と震えてしまう。そして、この紅き星こそが、世界に混乱をもたらしたモノなのだろう。
無線機で繫がっているような、か細い繋がりではない。今、俺は元凶の前にいるのだ。
だから俺は……。
「ブハハハ。ベタすぎるぜ。こんな光景は昔じゃなくても、ベタベタすぎて、物語などで見聞きした光景じゃねぇか」
腹を抱えて笑ってしまった。ファンタジーってやつなのか。雫が言っていたお決まりのパターン。テンプレってやつか。
「独創的な光景というわけにはいかないな。どの世界でも同じような考えをするのかね」
笑いを収めて、紅き星を皮肉げに見る。本来は厳かになにやら主人公が語り掛けるとか真剣な表情で何かをするんだろうが、ハードボイルドに俺はからかうだけだ。
漆黒の空間に浮きながら、とぼけるようにのんびりと紅き星を見続けると、物理的な圧力を感じさせる意思が伝わってきた。
『自然と化せ』
木の葉が嵐の前に吹き飛ぶように、巨大なる意思が俺を襲う。少し前の俺なら、自我も消え去るだろう強力な意思だ。
が、少し前の俺ではないんだ。残念だったな。
『ダークモード』
等価交換ストアに貯蓄されている生命の意思を力に変えて、漆黒のオーラを纏うと、あっさりとその意思を打ち消した。
そうしてニヤニヤと笑ってやる。
『自然だよ。俺の自然体はこうなんだ。自分の意思のままに動くことが自然なんだよ』
魂に語りかけてくる、強大な意思を感じて、即座に答える。
『でだ。使いこなせない生命の意思なんざ、邪魔だろ? これからは俺がそれを管理してやるよ。独立ってやつだな、うん』
俺もそろそろ独立したいんだ。新たに漆黒のエネルギーを管理する会社を設立するからよろしくな。駄目と言われても、ストアに入る力は俺が管理する。もうお前の下にはいかないように。
『だいたい自然と化せって、何を意味しているんだ? 主体性もなく、ただ機械的に語りかけてくるのは迷惑だから止めてくれ。それに……創られたカラクリ仕立ての意思のようだしな』
紅き星には、土星の輪のように、薄っすらと緑色のリングが取り巻いていた。よくよく見ると、数式のような文字が見える。
予想通り、誰かが余計なことをしたのだろう。雫たちが知らない消された歴史があるのだ。人間にとって都合が悪い歴史だ。
最初からおかしいと思ってたんだ。自然と化せ、なーんて、そもそも自然と化しているやつが考えるか? 自然というのは黙して語らず、ただ現象を見せるだけだぜ。雨が降ったら、雨です、とか語りかけてくるか? 明日は台風の私が訪問しますとか挨拶をしてくれるか?
自然ってのは、俺たちになにも求めてこないし、教えてもこない。ただ、そこにあるだけのものを、俺たちが教訓とかにして決めつけるだけだ。自然ってのは、俺たちの前にあるだけなんだ。
竜がロマン溢れる古代文明の遺骸か、神様だったかはわからない。わかるのは金の卵を産む鶏をどうにか操れないかと、人間が手を加えたんではないかという予想だけだ。操れれば世界を支配できるからな、人間としては当然チャレンジするだろうよ。
『…………』
語りかける意思は俺の言葉を聞いて、少しだけ動揺したイメージを見せてきた。珍しくなにか感情を微かに感じた。……嫌な予感がする。余計な一言を言ってしまった感じがするぜ。
『シゼン……』
その一言が聞こえてきて、ピタリと止まった。機械的な言葉に感情が微かに混じったような……。まぁ、なるようになれだ。今は考えないことにする。今はどうしようもないからな。
そうして、紅き星は俺をかき消すように、超新星爆発のように光り……。
俺は気がつけば、元の世界にいた。雫たちはなにも言わないので、時間は経過していないのだろう。ファンタジーな経験をしちまったぜ。後で皆に教えてやるかね。
それよりもだ、面白そうな機能が手に入ったぞ? 大いなる意思だか、大企業ダンジョンコーポレーションかは知らないが、独立できた俺は零細企業を設立できた。その結果、表記された内容は
『チェーン店販売におけるコストが、独立したことにより1000倍から10倍に減りました』
と、表記されていた。俺は今まで独立経営していなかったらしい。そしてチェーン店販売は1000倍のコアが必要だったのに、10倍の格安になったと。これで、高価なアイテム類も売れるようになるのか。魔法金属とか、素材類とか。
『独自簡単改良を手に入れました。同ランク以上のレアコアを一つだけ使用して、スキルやアイテムなどを改良できる』
『特産品創造を手に入れました。同ランク以上のスペシャルコアを使用して、新たなる物を創造できる』
なんと、企業を設立したら、面白そうなスキルまで手に入ったぞ。というか、零細企業設立って、俺の願望が影響しているじゃんね。零細が外れていれば、もっと良かったんだが。
企業設立にあたって、スキルの詳細が確認できるようになったのが、地味に嬉しいぜ。
「色々と面白そうなスキルだな。ただ条件が厳しいが。レアコアにスペシャルとはなぁ……」
足組みをしてソファにもたれかかりため息を吐く。
「そうそう、チートな力は手に入らないということだね」
「悲しいがセリカの言うとおりだな……しばらくはスペシャルを探すか。恐らくは放棄された土地にいると思うし、闇鴉に探索させる。とりあえずはマナポーションを作ろうぜ」
『独自簡単改良』
『レアモンスターコアCを初期ポーションの改良に使用』
サハギンエンペラーなら結構倒したので、そこそこコアはある。使用したところ、改良点の候補が表示される。怪我を治す効果を上げる。マナを回復させるポーションに変更する。他の補正効果を付与する。
ここはマナポーション一択だ。
『初期ポーション→下級マナポーションとなりDコア10個で販売可能となりました。クールタイム24時間。デメリットなし』
「おぉ! デメリットなしとは素晴らしい!」
「防人さんが創造したからですよ! ダンジョンの悪意にさらされていないんです、このマナポーションは! 下級ポーションのクールタイムは1時間のはずですが。初期マナポーションなら10分でしたね」
驚き目を見開く俺に、興奮気味に雫も言ってくる。余計な一言も言ってくるので、改良は完璧に良いことだけが発生するというわけでもないのね。まぁ、マナポーションがあればダンジョン攻略にも役に立つ。3万円は高いが、命の値段と考えれば、安い物だ。
スキルの凄さに俺も感心して、しばらくは色々なアイテムの組み合わせを見ていくと、意外なアイテムが手に入るのがわかった。
「このスキルで作れる香辛料や砂糖とは違う物もラインナップに入れたい。魔法の香辛料や魔法の甘味料だな」
なんと魔法の作物を作れることが判明した。既得権益層を刺激しない品。それは魔法の食べ物だと思うんだ。魔法の作物など、F1で1代限りの作物だ。面白そうじゃね?
まだ特産品は作れないが、改良だけでも面白そうな物が作れそうだ。食べると炎耐性や氷耐性が付く香辛料とか。食べ物ってのは消耗品だ。作って損はないはず。
それに一番の問題となっていたことも解決できそうだ。
『春の花の種→レアモンスターコアC1個使用』
テテンと表記された改良パターンの一つを使用。で、俺の求めている種となった。こんな感じだ。
『バルーンフラワーの種:モンスターコアE1個。咲く花の周りにそよ風の障壁が作られる。繁殖不可』
『バルーンフラワー:モンスターコアD1個。花の周りにそよ風の障壁が作られる』
バルーンフラワーとかいう花を交換すると、風船のような形の花が出てきた。半透明で薄っすらと緑がかった花だ。
その周りはそよ風がそよそよと吹いていた。不思議な花だぜ。
花に向けて、硬貨を軽く投げると、そよ風がその軌道を僅かにずらして命中しなかった。風の障壁ってやつだろう。
「低レベル、低ステータスの遠隔攻撃の命中率30%ダウンというところかな?」
「ゲーム的な説明ありがとうよ、セリカ。これでゴブリンアーチャーたちの攻撃を少しは防げるか」
「この花を加工すれば、もう少しマシな物を作れると思うよ。矢よけとまではいかないけど」
「現代ファンタジーの始まりですね! これは面白くなってきましたよ、防人さん!」
面白そうな表情を浮かべてセリカは早くもバルーンフラワーのクラフトを考え始め、雫はこれからの未来を考えて興奮気味だ。雪花もコクコクと頷いている。
自分だけデメリットのない、独りよがりなゲームマスターの手から抜け出すことができたのだろうか。
人類は敗北を決定づけられている。世界の救世主がそれを覆してやろうじゃないか。
いわゆる、ライバル会社出現ってやつだ。切磋琢磨していこうぜ。
「来週は夜会があるので、ドレスにつける面白い物を出しましょうよ」
「それは面白そうだな」
このスキルを使えれば色々なアイテムに改良できる。どうやら使うコアによるし、そこまで極端な改良はできないようだが、それでも内街の奴らは楽しんでくれるだろう。
皆でわいわいとスキルを見ながら、俺たちは等価交換ストアを見るのであった。
『シゼンデハナイ………』
世界の理の外で何かが芽生えた。紅く光るなにかが。
それは瞬くような光であったが、消えそうな光であったが、たしかに光を放っていた。
漆黒のモノの言葉を受けて。
ドクンドクンと心臓のように脈動し始めた。




