212話 成り立ち
幸は絨毯の上に座りながら俺を見てくるので、寝っ転がるのをやめて、ソファに座り直し真面目に聞くこととする。
幸は白金の髪の毛を背中に流しつつ、ふふっと微笑んだ。これが身長の高いモデル体型の美女なら似合ったであろうが、……幸はちんまい。小さかった。短く細い手足にちんまい背丈。幼女が背伸びをしているようにしか見えない。自分の行動が美しい姿を魅せていると思っているみたいなので、ますます背伸びをする幼女にしか見えない。
涙で前が見えなくなるぜ。俺も黙っておくか……。
「……それじゃ成り立ちから説明する」
「あぁ、よろしくな」
幸の言葉に頷いて、真面目に耳を傾けることにする。幸はコクリと頷き口を開いた。
「私たちが生まれたとき、暇だからなにか無い? と当時はピクシーと呼ばれていた雫に尋ねられた。当時の私は幼く若かった」
今でも充分に若いというか幼いんだけど? ツッコんだらいけないんだろうな。
「私は無駄に幸運を使った。いつもいつも暇だ暇だとうるさく言ってくるピクシーとナジャの相手が面倒くさかったから、黙らせるほどの物を見つけようとした」
んん? なんか話の流れが変じゃね? 疑問に思い首を傾げる俺には気づかずに幸は話を続ける。
「古今東西、オタク大百科全書というメモリーを倉庫から引っ張り出して二人に渡した。直感でこれで暇だと言ってこないだろうと理解した。そして後々に後悔した」
「その話はいらないから。幸、それは雫たちのネタの始まりだろ? いらんから、その過去話」
クワッと目を見開き語る幸へと半眼でツッコむ。あれだろ、いつもいつもよくわからんネタを言ってくる原因だろ? そんな情報はいらんから。
「むぅ、オタクになった二人はいつもいつも私にネタを振ってきて苦しめた。やはりここは防人しゃんにもわかってもらわないと!」
力説をしてくるので、当時の幸の苦労が忍ばれるが、その過去話はいらんから。
「後でシュークリームをあげよう」
「ダンジョンの発生はこことは違う別世界が原因」
速攻、話を戻す幸。どうやら幼女の時とは若干性格が違う模様。
「……もう防人しゃんはわかっていると思うけど、私たちは別世界で創られた存在。妖精の伝承を、概念を、物質化させた妖精機というもの。そして、元いた世界はこの技術を手に入れたために失敗した」
「概念を物質化させたのか?」
そりゃ凄い。どうやるかさっぱりわからない。いや、意思の力がエネルギーになるのはその技術が元になっているからなのか。
「そう。私たちが生まれる百年も前の話になる。当時、宇宙に進出する技術もなく、資源も枯渇し始めた地球に危機感を覚え始めた人類は片端から大地を掘り返していた。そうして南極大陸の地底であるものを見つけた」
「遊星え、わっ!」
『落とし穴』
口を挟もうとした雫さんが座る床が落とし穴になって、雫さんは落ちていった……。幸はちらりと塞がっていく床を見てから、鼻を鳴らして、話を続ける。雫への対応をよくわかっている子だ。きっと、俺のパートナーはまた茶化そうとしたんだろうな。躊躇がないところが気に入ったぜ。
「見つかったものは、全長数百メートルはある巨大な西洋竜の骨。人々の間で伝説として、伝承として語られていた騙られていた西洋竜の骨。翼があり、4本の脚があり、長い尻尾もあり……骨だけの存在で唯一心臓だけが残っていた。化石にもならず、僅かに脈動しながら」
「血を与えると蘇って紅い宝石を探し、わっ」
『ダストシュート』
セリカも雫と同じく床に開いた穴から退場していった。……仲の良いコンビすぎるぞ。
「なぜ生きているか不明だった。シーラカンスのように古代から生き残っていたにしては心臓だけなのはおかしい。そしてもっとおかしいのは……しばらく調べていたら、いつの間にか竜の心臓のそばに宝石があったこと。研磨された大粒の宝石が存在していた」
「………なぜだ? いや、もしかして……」
何もないところから宝石が現れる。どこかで聞いたような話だ。身近に有りすぎる話だ。
「……防人しゃんは理解が早い。その後も財宝は現れた。金貨や宝石、黄金の聖杯に宝石のついた剣。お伽噺の竜が持っていそうな財宝類が現れた。奇しくもそれは竜のことが全世界にニュースになった時」
目を細めて、俺は真面目な表情の幸を見つめると、コクリと頷き返してきた。
「そう。人の望みを叶えた。多くの人がこう思った」
幸以外が言葉を発することなく見つめる中で、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「竜ならば財宝を持っているはずだと。それは具現化された」
具現化……多くの人が思ったのだ。
「神の領域を人類はなんのいたずらか手に入れてしまった。手に入れてはいけない領域の技術を手に入れた」
人類は狂喜した。狂喜に踊り、狂気に踊らされた。
「概念を具現化するモノ。竜の心臓を手に入れた。黄金の時代の始まり。滅びの未来の始まり」
なるほどねぇ……。そんなことがあったのか。概念を具現化って凄えな。凄すぎる。
「思ったこと、願ったことが叶うってわけか?」
「そうではない。そんな都合の良いものではなかった。あくまでも語り継がれる概念。都市伝説レベルはないと具現化はされなかった。だが、問題はなかった。竜の心臓は細かく切り刻まれて、各国で分配された。分配された心臓はいつの間にか紅き宝石となっていたが、もはや誰も気にはしなかった。それよりも量産できないかと人々は研究をした。概念を自由に扱えないかと」
「成功したわけだ? 多くの人が考えたわけだ?」
「そのとおり。人々が次に手に入れたのは精霊の力。自然の力。コアを創り出すことに成功した。精霊が宿る石にして意思。無限に資源を産み出して、無限にエネルギーを発するモノ、すなわちエレメントコア」
外の陽射しは暑そうだが、リビングルームはエアコンが利いており寒いぐらいだ。だが、それ以上に怖気を寒さを感じて俺はゴクリと喉を鳴らす。
「黄金時代が始まった。無限の資源を自由に使い、宇宙への進出も楽になって半世紀が過ぎた。人々は幸福を謳歌して、こう思った。偉大なる竜も自然の一部だったのだろうと。人類はまた新たなる資源を自然から見つけたのだろうと。自然とはなんと素晴らしいものかと、再確認して……。自然の脅威も再認識してしまった」
「で、自然と化せと意思を持つものが現れたと」
「……そのとおり。切り刻まれていた竜の心臓は各々再生を開始し受肉をして、世界を敵に暴れまわった。自然の代弁者として。決して自然には勝てないという概念を備えて」
「なるほどねぇ。たしかにそんな概念を人類は持っているだろうよ。しかも自然相手じゃ勝っても、すぐに復活するという思いも人間たちは持っているもんな」
自然の概念を持つ化け物……。厄介極まる敵だ。倒しても復活するというなら、極めて厳しい敵さんじゃんね。
「強敵であったが、その戦いには勝った。だが、勝利の代償は、魔法とスキルの発現。そしてそれらを使用するためのエネルギーの物質化。マナと汚染された意思の具現化。竜との戦いが人類に魔法が実在するという認識をさせて、ならば悪魔もいるだろうと考えられて……悪辣極まるダンジョンが生まれた。竜の、自然の意思の代弁者にして、悪魔が住まう世界。富と死を与えるダンジョンが生まれた」
「即ち、魔物というわけか。ずっと不思議だったんだよな。なんで等価交換ストアでは、怪物石と表示をされているのに、敵のことはモンスターと呼ばれずに、魔物と呼ばれるのか。普通は怪物だよな」
創られた自然の意思と、同じく創られた悪魔の意思。そこに魔法の概念も寄り集まってゲームのような世界、ダンジョンを創り出したわけだ。魔物と呼ばれる理由がわかったぜ。倒せば悪魔の意思は消え去り、あとは自然のエネルギーが宿る怪しい力だけが残るというわけか。
「人類はなんとかその概念を変更し覆そうとして、そしてその試みが誤った結果になった。ダンジョンに被害を受けて、竜に大勢殺されて、思ってしまった。考えてしまった。確定してしまった」
ハァ、とため息を幸は吐く。
「人類は敗北を決定づけられている。自然の脅威には勝てず、汚染されたと思われる意思から生まれる魔物たちに敵わないと。敵わなかった。叶わなかった。もはや概念は決定付けられた。変更不可にしてしまった。その思いとは裏腹に」
「悲惨な話だな。で、それでもなんとかしようと考えたと」
皮肉にももはや概念は固定されて動かせなくなったのだ。対策をとろうとせずに、ゆっくりと滅びを迎えれば、もしかしたら、救世主が生まれる概念ができたかもしれないのに。焦って行動した結果、概念は固定されてしまったのだ。
だが、それで諦める人類じゃないよな。
「魔法のような力を竜は使用した。概念が固定化される前にその力を人々は見たために魔法の存在を信じた。なので、多くの人々にスキルや魔法が身についた。惜しむらくはゲームのイメージが強かったこと。悪魔の意思を持つダンジョンも大きくその影響を受けた。スキルにメリットデメリットを付けて、最後は悲惨な最期を迎える悪魔的な意思がダンジョンに宿った。だが、その力により、人々は妖精機を初めとする機体を作ってダンジョンに対抗した。終わりなき戦いに勝つために」
「で、妖精機でも勝てなかったと」
「汚染された意思が邪魔だった。竜だけならまだしも、魔物を創る原因が問題だった。尽きぬエネルギーでもあった汚染された意思を何とかする方法を考える必要があった。滅びゆく人類を前になんとかする必要があった。なにしろ敵はこちらに希望を持たせる程度の、勝てると思わせて、結局は勝たせない人の思いから創られた悪魔の意思が宿るダンジョンだったから」
その後の展開が目に見えるぜ。
「どうやってか、他の世界への扉を開いたんだな?」
「そう。そっくりな世界への移動を可能にした。そこで様々な実験を行えば良いと考えた。だけど、危険極まりない。肉体はなくなるだろうと予想されたので、まずは肉体を用意する必要があった」
話の流れが予想できて、俺は深くため息を吐く。
「この世界にダンジョンを発生させて、現れた魔物の体を乗っ取る作戦をたてたな? そうして生まれたダンジョンを研究すれば一石二鳥だもんな」
「そう。竜がいなければ、概念は具現化しない。汚染された精霊エネルギーをこちらの世界に運んでも、一つか二つのダンジョンが生まれるだけだったはずなのに……なぜか私たちがこの世界に来たときには全世界にダンジョンはウィルスのように拡がっており、強力な意思がこの世界にも生まれていた」
かつて会った男を思い出す。竜を連れてきた男だ。どうやってか、雫たちよりも昔に辿り着いた男と竜。必然的な結果だったのかもしれないが、そうしてダンジョンは発生した。スキルや魔法が生まれて世界は変貌した。
他の世界の人間が助かるための結果だった。森羅万象を持った男は、何もない世界で神にでもなるつもりだったかはわからないが、世界の概念を操作して支配をしようとしたのだろう。
それにはダンジョンは邪魔だった。描かれ始めたキャンバスではなく、まっさらな状態が欲しかったに違いない。だが、竜はその試みに気づき追ってきたんだろう。自然は常に人類のそばにいるからな、逃れられるわけがない。
「その意思により、送られてきた妖精機はバラバラとなった。あるものは魔物に飲み込まれて、またあるものは人間の死体に宿り妖精機として復活した。私とセリカ、聖は死体に宿って妖精機として復活した」
だから、個人差があったのかと納得する。寄生体みたいに宿ったわけか……。だから、皆は知識はあれど弱かったんだな。
「この世界に送られたときに、皆は世界を救うために、バラバラの目的を目指すことにした。雫は汚染された意思を浄化する方法を目指し、セリカはダンジョンを力ずくで攻略できる力を求めた。そして私は、世界の救世主を探すことにした。人類側の管理者がそう命じた。ダンジョン側もゲームのような概念が宿ったことにより管理者権限が発生し、雫や雪花は魔物としてシステマチックに支配されていた」
微かに笑みに変えると幸は俺をしっかりとした目つきで見てくる。
「私の固有スキルは『座敷童子』。『幸運』スキルを使い、運命を変えるスキル。大人に名前を認識されたら座敷童子ではなくなるし、そのスキルは使用できず、自らの欲のために行動しても駄目。そして子供でなければ、そもそも座敷童子ではないから、大人な私は精神を封印する必要があった。そうして私は私の『幸運』の導くままに歩き、防人しゃんに出会って、見守ることにした」
なるほどねぇ、俺は等価交換ストアで浄化できた。さらには力ずくでダンジョンも攻略可能かもしれない。そして俺の等価交換ストアの力は世界を救えると思う。なので、幸は雫たちを導いたのか。
「名前を名乗った理由は?」
「………もう防人しゃんは、私の加護はひみつよ」
ぽふんと煙が幸の体を包み込み
「しゅーくりーむ! しゅーくりーむたべたいでりゅ!」
よじよじと俺の膝の上に幼女に戻った幸が登って、ペチペチ叩いてきた。……どうなっているんだ?
「推測するに……幸は他の人間も保護しているからではないかのぅ? 雪花ちゃんたちは人間ではないからの、主様も人間を完全にやめたから幸を認識しても『座敷童子』の効果は続くんじゃろう」
「戻る必要があったのか……というか、強制的に戻されたと。それじゃあ、まだまだ幼女から戻れなさそうだな、こいつ」
雪花が困った表情で幼女を見て推測を口にするが、当たっていると思う……。まぁ、良いか。俺はこの世界を救うと決めているからな。とりあえずは幸の話は置いておこう。
なにしろ20年もの間、救世主を目指したのだ。もうこのレールから逸れるつもりはない。苦労しているんだからな。
悪いが俺はこの世界の住人なんだ。それに、予想するにたぶんあちらの世界の人類は滅亡しているはずだしな。森羅万象の男がそんなことを言ってたし。
やることは変わらないということだ。それに謎が残っている。暗躍する地球連邦軍。まぁ、なんとなく目的はわかるから、これは出会った時に対処すれば良いだろうが、それとは別に人の魂の問題と、竜の意思の問題だ。
そして、ま〜だ雫が隠していると思われることがあるんだよ。たぶん幸は知らない目的があると推測するぜ。
まだまだ解明されていない謎がいくつか残っているので、頭の片隅に置いておくとしよう。
それと………俺は人間をやめたのか? まぁ、飯も美味いし、寝ることもできるし、別にいいんだけどさ。
「しゅーくりーむくれりゅ?」
記憶が再び封印されても、シュークリームのことは忘れなかったらしい。うるうると涙目で見てくる幼女に俺はお小遣いをあげるかと、財布を取り出すのであった。




