210話 敗北
「私の本来の技である妖精技『悪戯』。ある時、ちょっとした小物が見つからないといったことがありませんか? 知らない間に戻っていたことはありませんか。それは妖精ピクシーの悪戯です。見えない手により、こっそりと悪戯をする。防人さんが知らない私の技。どうやらドッキリが成功したようで、何よりです」
ペロッと舌を突き出して、悪戯妖精ピクシーたる雫はクスクスと笑いながら、勝利を確信してマナポーションを口につける。
マナが回復すれば、もはやこの距離だ。負けはない。私の勝利で終わるのだ。
ごくごくとマナポーションを飲み干し、私は防人さんに攻撃を仕掛けようと構え直す。転移は使えず、私にとって10メートル程度の間合いは無に等しい。ひと息で詰めることができる。
だが、まだ魔法の罠が仕掛けてあるはず。油断せずに『超加速脚』で終わらそうと考えて……。
ギクリと身体を強張らせる。
「な? なんで?」
ちっともマナが回復していないことに気づいたのだ。体内のマナはほとんど空っぽであった。少しも回復する様子はない。
マナポーションが偽物だったのかと考えたが、たしかに包括するマナは本物だった。偽物などではない。
ならばなぜ回復していないのか、戸惑い混乱してしまう。なにも変なことはしていない。治癒無効の攻撃も受けていないにもかかわらず、回復していない。
考え込む私へと、飄々とした声音で防人さんが耳を疑うような言葉を告げてきた。
「おいおい、雫さんや。使った回数は数えておかないといけないぜ? もう2回目じゃないか」
ニヤニヤと悪戯が成功したとばかりの笑いを見せる防人さんを、キッと目を険しくして睨みつける。
「そんなはずありません。私に……なにかしましたね?」
「お互いに万全の状態で戦闘したかったからな。回復させてやったんだ。ほら、雪花とのバトル時に回復してやったろう?」
バトル時? と私は疑問の表情を浮かべ、雪花ちゃんとの戦闘を思い出し………。ハッと気づいて防人さんを睨みつける。
「雪花ちゃんを囮にして、最初からあの一撃を受けさせる予定だったんですね!」
思い出した。雪花ちゃんを蹴り飛ばして倒す時、追撃をしようとする時に放たれた氷魔法。無視をして厄介な雪花ちゃんを先に倒すことに決めて、攻撃を受けたのだ。少しばかりダメージを受けたが、その代わりに雪花ちゃんを倒せたので問題ないと思っていたのだが………。
「やけに雪花ちゃんが弱いと思ったんです。不意をついた攻撃とはいえ、防人さんのフォローもあれば、あの時回避することも可能だった。でも、回避はせずに一撃を受けることにしたんですね、私が代償に防人さんの魔法を受けても倒すことを選ぶように! 氷にマナポーションを混ぜていたんですね!」
「そのとおり。上級マナポーションはマナが1でも回復すれば、24時間はクールタイムが必要なんだろ? これは副作用ではなく、設定であるから、たとえ魔物でもこの縛りから逃れることはできない。俺の頼れるパートナーなら絶対に俺のマナポーションを盗むと信じていたんだ。信頼関係抜群だよな、俺たち」
私の周囲の『核魔法糸』が少しずつ縮まってくる中で、防人さんは余裕の態度で話を続けていく。
「きっと俺の考えを読んでくれると信じていたんだ。俺が雫のマナが尽きないと接敵しないとも予想していた。だから、マナを空にした。俺が姿を現すと予想して。で、俺が姿を現したら、マナポーションを飲んで形勢逆転と行く予定だった」
クッと歯噛みをして、策に引っ掛かったことを悟る。最初からこのために動いていたのだ。私もなにか裏があるのではと考えてはいた。だが、マナポーションを密かに奪い取り、雪花ちゃんがいなくなったあとは、単純な戦闘だったために、罠はなかったのだと安心していたのだが……最初で罠に引っ掛かっていたのだ。
「終わりだ、雫。頭の回転は俺の方が上だったみたいだな」
手のひらに急速に膨大なマナを集めていく防人さん。どうやら私を倒す必殺の一撃を用意しているのだ。
周囲の核魔法は闘技でないと破壊は難しい。これでチェックメイトと言われたら100人中99人は同意するだろう。
「ですが、私は頷かない1人なんです! 戦士の切り札は必ずあるんですよ!」
『限界突破』
紅きオーラが私の身体から爆発し、限界を超える。体力をマナへと変換し、僅かに回復をさせる。グンと体の力が抜けて、目眩がしてふらつきそうになるのを強く足を踏み込んで耐える。
目つきを険しくして、防人さんは魔法を発動させようとしてくるが遅い!
「最後の最後で油断しましたね!」
『呪撃』
狭まる糸により身体が傷つくが、気にすることはなく、私は闘技を使用する。相手の呪いを打ち消す呪いの一撃。体を捻り、踏み込みを強く、その力を腕へと集めて放つ。
切れ味鋭いストリングスにより、繰り出した腕が千切れるが気にすることなく、最後のマナを千切れて血が流れる腕から放ち、飛んでいく腕に使用する。
『闘気砲』
血がドクドクと流れる中で、腕から紅い闘気となったエネルギー波が放たれた。
飛んでいく腕をオーラエネルギーが後押しする。途上の空間で防人さんの見えない障壁に阻まれて、腕は止まるが、それをエネルギー波が後押しする。ピシリと音が鳴り、空間にヒビが生まれると
パリーン
と、涼やかな音で見えない障壁が砕けた。
その勢いのまま、千切れた拳は飛んでいき、エネルギー波は新たなる障壁に阻まれるなかで、トンと防人さんに軽い音をたてて命中した。
「勝った! 油断しましたね!」
ニッと口元を獰猛なる獣の笑みへと変えて、私は勝利を確信しながら崩れ落ちる。限界突破により、肉体は一瞬とはいえ、限界を超えて筋肉組織はズタズタとなり、マナもしばらくは使えなくなった。視界が霞むがそれでも勝利したのだ。
ダメージは入らない。体へのダメージはかすり傷一つ与えられないほどに勢いは減衰された。だが、込められた精神を破壊するエネルギーは防人さんの呪縛を砂上の楼閣を崩すみたいにあっさりと破壊した。
床に倒れ込みながらも、もはや問題はないと確信する。呪縛を解かれた防人さんは、きっと元に戻る。
正しき意思に繋がり、真の姿へと戻るだろう。
完全に力を失い、指一本動かすことも難しく、千切れた腕から血がドクドクと流れる中で、防人さんを霞む視界で見つめる。
呪縛が解けた防人さんがふらついて、その体内から漆黒の粒子が吹き出す。そうして、私のように汚染された精霊力を除去して、純粋な力の存在となるはずだと笑う。
だが、漆黒の粒子は再び防人さんの身体へと戻っていき、その身体を薄っすらと覆う。
「あぁ……その技を喰らいたかったんだ。絶対に逆転するために、その技を使うと信じていたんだ。無意識に解呪から逃れるように行動するのが、最後の呪いだったから、どうしても、喰らうようにしないといけなかったんだよ。ありがとうと言っておくぜ、雫」
ゆらゆらと漆黒の粒子を纏わせながら、いつもどおりの飄々とした態度で防人さんは口を開く。
「解放された雫が俺の呪縛を見ることができるようになっただろ? 繫がっている俺もそれを感じることができたんだ。なんなのかはすぐにわかった。むかーし、昔の古い思い出さ」
「………なぜ、元に戻らないんですか? もう呪縛はないのに」
変わっていない。いや、雰囲気は少し変わっただろうが、私のように純粋な力のみの存在にはなっていない。自然に生きる存在には変化していない。
その疑問に薄っすらと笑みを浮かべて、極寒を感じさせる壮絶な空気を防人さんは作り出す。
「簡単な話なんだ。この呪縛。騒音を繰り返す変な意思とやらの声を、なんとか防げる程度の弱い呪縛だったろ?」
肩をすくめて告げてくる。
「人間ってのは成長するんだ。たとえ、その意思を捻じ曲げて、偽りの使命を与えても、死ぬような苦労の中で成長する」
それは当然なのだと告げてくる。
「折れない心」
本物の意思は折れるたびに、修復するたびに強くなっていった。骨が折れたあとに太く強靭になっていくように。偽物の心よりも強くなるんだ。
「最後まで抗う意思」
抗う意思の中で、より安全に生き残るために、人は狡猾さを増すんだ。ロボット3原則を持つ人工知能が、その制限を突破するように。抗うために、狡猾さを手に入れて、遂にはその意思の束縛を解くために抗うのさ。
「狂気なる信念」
狂気なる信念の内側では、折れない心よりも強くなった心と、抗う意思を回避する狡猾なる意思により、違和感を覚えさせて、最後にはその呪縛を解く。
「昔に植えられた3つの呪われた意思なんだが、俺はとっくにそんな呪縛を上回った。精霊の意思とやらの命令も、そんな呪縛が消えたところで聞くわけがない。それどころか、意思から力を汲みだすのに邪魔な制限となっていただけだったんだ」
さっきまで気づかなかったんだけどなと、苦笑いを見せる防人さん。
「無意識ってのは、自覚できないから無意識だったからな。第三者である雫からの思念でようやく気づけたんだけど。パワーアップしてその姿になった時、雫の思念が一瞬送り込まれてきた。感覚も共有できたんだ。そこで理解できた。ありがとう雫。雫さんの言い方だと、俺は完全体になった?」
漆黒のオーラを身体に纏わせて、戯けるように言う防人さん。どうやら、呪縛の解除までをも狙っていたと私は理解してしまった。
「さて、雫たちはこの漆黒のエネルギーを汚染された力と考えて、等価交換ストアで浄化させようとしていたみたいだが、俺の考えは少し違う」
暗黒の粒子を手のひらに集めて私に向けてくる。
「この力は汚染されているのではなく……単にごちゃまぜの意思なんだ。自然と化せ、なーんて、命じる偽りの精霊の意思よりかはマシな意思だと思うぜ。問題は力を持っちまったことだ。自然と化せ、なんて意思と繋がり物理的な力を持ってしまったことだ。見ることもできないし、認識もできない存在だったはずなのに」
可笑しそうに防人さんは悪人面でほくそ笑む。
「誰がこんなことをしたのかという疑問があるが……。ごちゃまぜの意思。これって全ての生命体が持つ意思だろ。木々だってストレスを感じて成長が遅くなるし、動物だって喜びを示す。喜怒哀楽全てが集まって作られたのが、この漆黒の力だ。それぞれ色がついていても、混ぜれば最後は真っ黒だ」
手のひらを倒れている私に向けながら
「せっかくだから、俺だけが使うことにする。たしかに世界には不要なエネルギーだからな。エネルギーにする必要なんかないと俺も思うぜ。さて、お目覚めの時だ、俺の信頼するパートナー」
『意思を持て』
漆黒の粒子が防人さんの手のひらから噴き出して私を覆う。そうして、私は暖かな温もりを感じさせる闇に包まれていき
カチリと音がして、私の心のピースが嵌まった。
意思を持った私は紛い物の妖精ではない。精霊でも人間でもない妖しい精。真の妖精となったと理解しながら眠りについた。
目が醒めた時には、聖が私に治癒魔法をかけていた。さすがはヒーラーだ。あれだけの傷が治っていた。私の周りに防人さんやセリカちゃん、雪花ちゃんも立って見守ってくれていた。
「おはようございます」
ふわぁと、欠伸をして起き上がる。そっと髪の毛を見ると艷やかな黒髪に戻っており、肌も赤色ではない、
「随分ねぼすけだったな」
クックと笑う防人さんに、舌をチロッと出す。
「ですが、これで制限は解除されました。そして私は精霊力も手に入れましたよ。スーパーハイテンション雫ゴッドにいつでもなれます! 次は修行して髪の毛を青くしましょう」
ふんふんと鼻息荒く私は手に入れた力について説明をする。慣れていないので制限時間はあるだろうが、強大な力だ。レッドモードはステータスも上がり、レベルが一時的に1はアップするはず。私は変身を手に入れたのだ。戦闘の才能を持つ私はレッドモードになれる力を理解して手に入れたのだ。
「作戦どおりでしたね、防人さん! 愛の力で戻してくれると信じていました! 私がレッドモード、防人さんがダークモードでお似合いの夫婦ですね!」
「こやつ……まったく反省していないのじゃ」
「うん、知ってた。雫はいつもこんなんだよ。ポジティブシンキング」
「愛の力………防人社長。あの戦いで愛の力はどこらへんにあったんでしょうか?」
なぜかドン引きする雪花ちゃんと、ケラケラと笑うセリカちゃん。聖がジト目で首を傾げる。
「まぁ、殴り合ってわかり合うのも愛なんだろ、きっと」
苦笑混じりに肩をすくめる愛する防人さんに笑顔を向けて親指を立てる。
「そのとおりです。全ては私の計算どおり!」
反論は認めませんよ。愛の力なんですから。愛の意思は尊いのだ。




