207話 知識共有
関東北西部。人は既に住んでおらず、魔物が徘徊する世界、群馬。既に群馬は森林に支配されていた。支配、だ。
平原は存在せず、廃墟ビルも朽ちた家屋すらも見えない。一面が森林なのだ。聳え立つ木々はもう樹齢数百年は経過しているであろう大木ばかりだ。その場所は森林に侵食されて、支配という名が相応しい場所となっていた。
森林で始まり森林で終わる文明の欠片も見えない世界。見た目は人類が入り込んだ形跡がない、手つかずの森林がそこにはあった。
真夏の陽射しを受けて、森林を切るように川がキラキラと輝いている。鹿の親子がのんびりと川の水を飲んでおり、レーダーに感知されないように飛行するヘリの音に気づくと頭を上げて巨大な猛禽類だとでも思ったのか、走って森林へと逃げていった。
川原にゴロゴロ存在している5メートル程の大岩が震えて、岩の手足ができて立ち上がる。川原にいる魔物なのだろう。種類はわからないがゴーレム系統の魔物だ。人の匂いを感知して戦闘態勢をとるが戦うつもりのないヘリはその頭上を通り過ぎていく。
パラパラと微かに聞こえるヘリのローター音を聞きながら、天野防人は窓の外を眺めてため息を吐く。
『なぁ、ここも人は生きていなさそうだよな』
『隠れ住むのも限界です。平原以上にここは危険な場所なので、人間は生き残れなかったでしょうね』
思念を送ると、フヨフヨと浮く幽体の雫さんが同意する。だよなぁ、ここはヤバそうだ。高ランクの魔物がいないといいんだが、いそうだよな。
『こんな所にビルなんか残っておるのか? 雪花ちゃんの目にはなにも見えないんじゃが』
新装備の改造和服『鳳雛』を着た雪花がハラリと裾を翻し、俺の横にきて、窓の外を覗く。
『ですね。セリカちゃん、ここに建物なんかなさそうですよ』
『まだ温泉街のホテルが残っているはずだよ。地図によれば、もうすぐだね。あぁ、ほら、岩が突き出しているようなモニュメント。あれが元ホテルだよ』
コテンと小首を傾げ、艷やかな黒髪をハラリと流して、雫も雪花の言葉に同意する。操縦席に座って歩兵輸送用ヘリを操縦しているセリカが思念を返してくるので、前方を見る。
セリカが言うとおりに、森林の中にある岩山。緑で覆われている岩山だが、よくよく見ると半壊したホテルだとわかった。土に埋もれるようにホテルの半分が埋まっており、もはや壁もなく骨組みとビル枠しかない。
『どうやって、あぁなったのか……』
なぜ、岩山のように、ホテルが変貌しているのか不思議に思う俺に、セリカがお願いをしてくる。
『とりあえず、ヘリが着陸できる空き地を作ってくれないかな? ハッチを開けるからさ』
『了解だ』
立ち上がると、強化装甲服『賢者』を起動させる。マナを流し込み魔力を同調させると、服が膨れ上がりメカニカルな強化装甲服へと変化した。変化した装甲服からは頼もしさを感じさせる。だが、未来的な見た目に、少しだけ笑ってしまう。どこのSF映画の主人公だよと。
『賢者の石を使って作られた強化服は人間の力を数十倍にするんだぜ。宝箱を守る妖精の専用装備だ。ハァァァ』
少年口調で話す雫さん。なにやらご機嫌に俺の姿を見て、勝手に俺の言葉みたいなセリフを言う。宝箱を守る妖精の装備なのか?
『主様よ、ネタじゃ。昔の漫画でオーパーツを守る組織が使っていたんじゃ』
ハァ、と顔を手で押さえて呆れる雪花の言葉に不安を覚えてしまう。
『俺の装備、ネタ装備じゃねーよな?』
『そういう意味のネタじゃないから大丈夫ですよ』
ゲームでありがちなネタ装備じゃねーよなと呟くと、雫がクスリと笑う。信用しているぜ、まったく。
ハッチが開き始めて、風が入り込んでくる。バタバタとコートがはためき、風圧で俺は目を細める。
『真夏にコートに強化装甲服か……寒暖耐性があるから俺は暑くないけど、周りの連中は驚いていたな』
本社をこの姿で出歩いてたら、仕事に出かけようとしていた純たちがギョッと驚いていた。半袖でも真夏は暑苦しいのに、そりゃこんな格好をしていれば驚くよな……。思わず遠い目をしてしまいます。
『防人さんは黒ずくめの格好がデフォルトだから皆もすぐに慣れますよ。黒ずくめの格好でない時は反対に防人さんだと気づかれないかもですが』
『そのフォロー。まったく嬉しくないぜ』
苦笑で返しながら、風を防ぐように顔の前に手を翳しながら、外を見る。岩山と化したビルの周囲を回るので、ちょうど良い空き地がないか確認する。
どこも木々が聳え立って隙間も見えないが……目を凝らすと僅かに残るコンクリートが見えた。
『あそこは元駐車場っぽいな。あそこにするか』
両手にマナを集めると、今までと比べ物にならないほど、すんなりとマナが集まったので、僅かに驚く。これが装備の力らしい。腕輪がマナを増幅させて、消耗も少なく魔法が使用できると直感した。思念での会話は止めて、魔法を発動させる。
「さて、それじゃ新装備のお披露目会といくとするぜ」
『炎王龍』
膨大なマナが解き放たれて、世界の理を変化させる。ゴウと両手から炎が巻き起こり、俺の顔を照らす。自身の魔法なので、ダメージは受けないがかなりの熱気だ。雪花が俺のそばをそそくさと離れるので、そこは感心してほしかったと口端を曲げながら、炎を解き放つ。
地上へと炎はその姿を龍へと変えて、炎のアギトを開き聳え立つ木々に襲いかかる。炎の牙が木々に喰らいつくと、木々はその内部から炎を吹き出す。まるで毒を流し込むように、炎を流し込む炎の龍。噛まれた木は灰へとその内部から変わっていき燃え尽きていった。
「延焼なしで、木だけをその根っこまで正確に燃やし尽くすとは、相変わらずの変態的な魔法操作能力なのじゃ」
「そうしないと空き地なんか作れないだろ」
繊細なる魔法操作により、魔法の炎は正確に木だけを燃やし尽くしたのだ。さすがに燃えた木の残り火により落ち葉などが燃えるが、ちらちらと小さく燃える程度だ。大火事にはならないだろう。
数分後には灰がうず高く積もる元駐車場の空き地へと変わった。燃やしたあとは『水霧』にて鎮火させておく。そうして作った空き地はヘリが着陸するのには十分なスペースだ。
『サンキュー。それじゃ着陸しまーす』
気軽な声の思念が飛んできて、その後すぐにヘリは着陸するのであった。
「たいした性能だよな。威力が増大しているから、その分マナを込めなくてもすむ。マナの消耗が減るのは助かる、ありがとうなセリカ」
ハッチから、持ってきた機材を運び出しながらお礼を言っておく。魔法使いにとっては、かなり役に立つ装備だと実感したぜ。
「ふふーん、これでしばらくは大丈夫だろう? 次に作る僕の装備の時は素材集めを手伝ってよ?」
調子に乗って、得意げにふんすふんすと鼻息荒く胸を張るセリカ。さすがはクラフト担当じゃんね。
『なかなかの装備です。これならしばらくは新装備は必要ないかもですね。長く使えるでしょう』
『……………………』
うんうんと頷き感心する雫に、セリカは途端に顔を無表情に変えてジト目で雫を見つめていたが、俺はノーコメントにしておこう。
外はじーわじーわとセミの合唱祭が開かれており、陽射しが眩しいほどに差している。燃え尽きた木々の灰が水溜りの中に浮いており、ビシャリと一歩踏み出すごとに跳ね上がり、黒い足跡を残す。
『ミケたち』
指をパチリと鳴らして、使い魔たちを影から召喚する。ミケを先頭に闇虎や闇猫、闇蛇や闇鴉が合わせて100体近く現れた。
「ホテル内及び周囲の魔物を駆逐してこい」
「みゃんみゃん」
可愛らしい鳴き声で頷くとミケは眷属たちへと指示をだして、周囲へと散らばっていった。
ホテルの中はなにがあったのか、床は土だらけで、蜘蛛の巣が部屋の隅に張っている。受付カウンターも割れて砕けており、ソファやテーブルなども受付ロビーのはずなのに、なにもない。殺風景で、数百年経過していると言われても納得してしまう光景だった。
『全機召喚』
ツイッと人差し指を振ると、次元の狭間から格納されていた雫の身体が飛び出してきた。
トンと軽やかに地面に降り立ち、ふわりと艷やかなセミロングの黒髪をなびかせ、桜色の可愛らしい唇をふふっと微笑みに変える。両手を水平に伸ばしてくるりと回転してこちらへとパートナーの美少女は顔を向ける。
「こんな所まで来なくても大丈夫だったのにと、自慢げに天野雫は決め顔をした」
「雫、ネタはまた今度ね。機材をさっさと運び入れよう」
ヘリから出てきたセリカのセリフにガーンとショックを受けてよろける雫さん。またなにかふざけようとしたらしいが、セリカにざっくりと切られてショックな模様。
仕方ないですねと、悲しげにしながら、雪花と共に機材を廃ホテルに運び入れる。ヘリから発電機やら、人が入れそうなポッドを二人とも軽々と運ぶ。見かけと全然違う力持ちの美少女たちだ。
『暗黒拠点転移』
俺は手伝う前に聖をテレポートで呼んでおく。魔法陣が描かれると、目を瞑り両手を胸の前に交差させて跪く聖が現れる。
「結城聖。お呼びにより参りました。防人社長」
「あぁ、今準備しているからよろしく」
相変わらずの、なぜか俺を凄い敬う聖に少しだけ引きながら、皆の手伝いをする。
コンクリートの柱と壁のみだが、元は広間だったのだろう場所の中心に機材を置くと、カプセルポッドを配置してテキパキとセリカは組み立て始める。
「なにかあっても、ここなら大丈夫だと思うよ」
「まったく信用していないんですから。セリカちゃんは酷い親友です」
「信用しているよ、きっと雫ならテンプレの暴走をしてくれるって」
笑いながらセリカは鎖を取り出してポッドに設置する。拘束する鎖っぽい。テンプレねぇ……。たしかに雫ならやるだろうよ。様式美が大好きな娘だから、やりそうだなぁ。
俺も準備をしておくか。精霊石をアイテムボックスから取り出して、廃ホテル内を歩く。まだ昼間なので所々に開いている穴から陽射しが入り込み明るい。
しばらく俺はホテル内を歩き回り、念の為の準備をして戻ったら、既に準備は終わっていた。マナも既に回復した。
発電機のケーブルが、トーテムみたいな機器に繋がり、カプセルポッドにトーテムみたいな機器からケーブルが繋がっている。ノートパソコンを忙しなく叩きながら、セリカが俺に気づき、親指を立ててくる。
「準備は完了。そっちは?」
「俺も問題はない」
マナポーションをポケットに仕舞いながら頷く。飲むごとに副作用が強くなるらしいが、3本全て用意しておく。
「私も大丈夫です。このポッドが使徒にならない限りは」
「使徒ってなに?」
ポッドに寝っ転がり雫が自信満々に言ってくる。雪花がそんな雫と、おとなしく寝ている聖を拘束具と言うにはゴツすぎる鎖で雁字搦めにしていく。絶対に暴走すると信じている模様。
「さて、知識の共有を行い、そこから差異を探す。違和感のある知識の場所を中心にクラッキング。雫、危険だけど任せたよ」
「ふふふ、セリカちゃん。私の防人さんへの愛の深さを見せてあげます。暴走なんかするわけ無いです」
頼りになるセリフを拘束具で身動きとれないパートナーは自信満々に宣う。
「わかった、任せたよ」
ノートパソコンのエンターキーをセリカが押すとポッドがウィーンと音を立てて閉まっていく。
特に後は物音もせず、セミの鳴き声がうるさく聞こえてきた。しばらく何も起きないので暇になりセリカに話しかける。
「真面目な話、大丈夫だと思うか?」
「う〜ん。雫なら大丈夫だとは思うよ? でも、万が一を考慮したん、だ」
最後までセリカのセリフは紡がれなかった。
バンと音がして、ポッドを塞いでいたカプセルの蓋が吹き飛び
「せ、せ、成功しまシタ。シ、シゼントカセ」
ガシャンと拘束具が砕けると、漆黒の塊のような人型が立ち上がってきた。その身体は靄で形成されており不気味だ。
「だめじゃねーか」
どうやら失敗したようだと、俺は目を細めて舌打ちするのであった。やっぱり暴走したじゃんね。




