206話 準備
さて次はAランクモンスターコアの交換を行うこととする。指をパチリと鳴らして、久しぶりのような感じの等価交換ストアを喚び出す。その間に喉が渇きましたと、雫が台所に飲み物を取りに行く。
空間から突如として現れて、宙に浮く半透明なモノリスに、ほへぇ〜と言い争っていたセリカが目を輝かせ近づいてきて、等価交換ストアに手を伸ばす。だが、その手は空を切ってしまい、するりとモノリスを抜けてしまった。
「防人以外は触れないのか。なるほど、これが等価交換ストア………教えてくれた時にはびっくりしたけど、コアストアによく似てるんだね」
諦めないで等価交換ストアに触ろうとしながらセリカが目を爛々と輝かす。興味のあるものを見つけた研究者の瞳だ。スキル結晶のことなどもあるので、セリカが余計なことをする前に、この間、等価交換ストアのことは説明したが、実物を見せてやるのは初めてなのだ。
「まぁ、コアストアはこの等価交換ストアの子機、チェーン店だからな。似ているのは当たり前だ。で、この間手に入れたモンスターコアAを使用するぞ」
尊氏からスキル結晶販売権と引き換えに手に入れたAランクのモンスターコア10個。5分かけないと出てこないアイテムボックスを召喚して、その中から取り出す。
赤色に多少黒が混じっている綺麗な水晶だ。Aランクなのだ。エンシェントトレントもレアAだったが、今回はノーマルとはいえAランクのモンスターコアを10個も投入できるのだ。少しワクワクしながら投入。いつものように、手応えなくスルリとコアは等価交換ストアの中に入っていった。
そうして出てきた一覧には、様々な物がずらりと並んでいる。汎用スキルから、Dランクスキル100%アップポーションに、ステータスアップポーション、そして魔法道具から始まり、各種武具。
「これは凄いね! ふむふむ、ページを捲ってくれないかな? 何百ページあるわけ? 今日1日じゃ見終わらないな……」
サイエンティストセリカは俺の膝の上に乗ろうとして、ここはあたちの定位置なのと、幼女パンチで追い払われたので、背中にくっつき見てくる。雫さんが対抗して俺の背中にくっついてくるので、微笑ましい。
「そこは恥ずかしがったり、鈍感そうにウザがったりするところではないか、主様? ずいぶん嬉しそうに堪能しているの?」
半眼で俺を見ながら雪花が言ってくる。言いたいことはたしかに理解できるよ?
そういうのって、よく漫画や小説とかであったよな。ハーレム物だと主人公は赤面して離れるか、鈍いからうざがるんだ。でも、俺は普通の男なんで、普通に嬉しい。美少女にくっつかれてウザイと思ったり……たまにはするかもだけど、基本はしないだろ、男なら。
「まぁ、美少女にくっつかれて悪い気はしねーよ。で、予想外だが、Aランクコアって、Bランクと比較にできないほど、多種多様のアイテムがあるよな。レアモンスターコアでないと手に入らないスキルとかあるぞ? 固有スキルはないようだが」
「そういえば、そうですね。たぶんAランクはそれだけ貴重なんでしょう。スキルはDランク以下の汎用スキルを手に入れることができるようです」
Aランクなので低ランクのスキルと交換することはないが、それでも一覧に表示されるだけでも素晴らしい。感心しちまうぜ。
「ゲームにありがちだよね。最高ランクのアイテムは、これまで苦労して集めていた素材はなんなのかというぐらいに汎用性が高かったりするよね」
「ループさせて育てた中和剤とか、賢者の石とか汎用性ありすぎでしたものね。錬金術が一気に楽になりました」
だよねと、俺のわからない話題で盛り上がる雫とセリカ。だが、言いたいことは理解できた。Aランクからはノーマルコアでも、低レベルレアコアと同等のスキルなどを貰えると。
さて、今回は何と交換するかね。あまりにも多い一覧。だが、まずはフィルタリング。Aランクでしか交換できない物を見てみる。
スキルは汎用の低級スキルばかりだから除外。レアではないとスキルアップポーションもステータスアップポーションもDランク以下の物しかないから除外、と。
と、するとアイテムか素材なんだが………。
『上級ヒーリングポーション:モンスターコアA1個』
『上級マナポーション:モンスターコアA1個』
『世界樹の実:モンスターコアA1個』
『精霊水:モンスターコアA1個』
「ポーションかぁ……一番欲しいアイテムだが……副作用あるよな? ダンジョン産だと」
「欠損まで治癒するポーションですが、マナ、闘気の使用時の消費倍率が回復量に応じて少しずつ増加していきます。消費倍率増加を治すには状態異常回復ポーションか状態異常回復魔法が必要です。それか自然治癒。自然治癒は1か月かかりますね。それと上級ポーションは24時間に1回しか使えません。それ以上使っても効果はありませんから、使用する時は注意を。マナが5しか減っていない時に使用しても1回になりますので」
台所からアップルジュースと人数分のコップを持ってきた雫が教えてくれるが、ステータス下がるのか?
「下級程度なら効果は低い分、すぐに消費量は戻るから、副作用なんかないに等しいんだ。でも上級だと効果が高い分副作用が厳しいんだよね。ちなみに雫の少しずつは控えめで、実際の副作用は最低でも2倍だと思ったほうが良いよ。あぁ、それとポーション作りは時間かかるから。上級だと1本につき1か月はかかるかなぁ」
俺の隣に座り、セリカがコップを受け取り、ジュースをトポトポと注ぎながら言う。2倍………? クラフトポーションはデメリットは無いが今はすぐに欲しいから却下だな。
「敵に使用すると効果的なデバフアイテムじゃねーか」
ボス戦などで使用すれば裏技的な使い方ができるじゃんね。それに副作用もそこまで恐れるほどじゃないな。
「残念でした。ポーション関係の副作用は魔物には効かない。というか、装備やスキルのデメリットをあいつらは受けないと思われるんだ」
ふふーんと説明をしてくるセリカの言葉に、期待はしていなかったと嘆息してしまう。まぁ、お決まりだよな、ダンジョン側の卑怯なルール設定は。
「もっともダンジョン産のAランクポーションはなかなか手に入らんのじゃぞ、主様。宝箱から見つけないといけないからの」
「おいしそーなじゅーしゅ! のみたいでりゅ!」
俺の膝の上に乗った幼女が手をふりふりと等価交換ストアに向けて振ってくるので、交換しておいてあげる。
「ほいよ。俺も3本ばかり持っておくか」
マナは俺の生命線だ。マナポーションがあればかなり違う。ガシャコンと音がしてクリスタルガラスの小瓶に入った金色のポーションが出てくるので、1瓶は幼女に渡しておく。ありあとでりゅと、花咲くような笑顔で受け取り、新たなる服のポケットにしまい込むので、失くさないでほしい。
俺も出しっぱなしのアイテムボックスに仕舞っておく。……これ消費期限ないよな?
「防人さんなら状態異常耐性があるからポーションをいくら飲んでも大丈夫ですものね。ちなみに消費期限はありません」
「消費期限がないのはちょっと不気味だが助かる。雫のスキル構成のお陰だな、俺はポーションの副作用は恐れる必要はないと」
それならいくらでも飲めそうだが……。
「正直いうと、僕が作成したポーションをおすすめしたいけどね。素材とも交換できるようだし。クラフトした装備やアイテムを使ってほしい。デメリットがないし、ぼ、僕のああああ」
「アイテム名ああああですね。セリカちゃんはいつもそんな名前のアイテム名ばかりつけていましたよね」
顔を真っ赤にして、口籠る純情なセリカに容赦ない雫さんである。ぐぬぬと口惜しがるセリカが俺を見てくるが、愛が籠もっていると言いたいなら、最後まで言ってくれ。恥ずかしがったりすると、猛獣雫は容赦ないぜ。
「まったくテンプレ通りに動かない主様じゃなぁ」
呆れて後ろ手に手を組む雪花に肩をすくめておく。それよりも次だ。
「身代わりの指輪。ここにはいない聖の分も入れて6個だな。これでコアは終わりと。それと、指輪に関するコントはいらないからな」
万が一のために、役に立つ可能性は極めて低いが身代わりの指輪を渡しておく。一撃死でないと発動しない魔法具だが、この先の敵で即死攻撃をしてくる奴がいるかもだしな。
「左手の薬指に嵌めるんですと、ヒロイン皆が付けるのが良いテンプレじゃないですか」
「前もこのやりとりやっただろ。気持ちがこもっていないのに良いのかってな」
ブーと、不満げに頬を含ませて、左手の人差し指に雫は嵌める。他の娘もそれぞれ適当に嵌めていた。
「これで、アイテムの交換は終わりだね。で、防人、ここからは真面目な話だ」
セリカが居住まいを変えて、真剣な表情になって俺を見てくる。ん? なんだ? セリカの目つきが極めて真剣だ。見たことがないレベルの真剣さだ。
「防人。実は雫が聖との知識共有を利用して、設定制限の解除を行おうとしているんだ。極めて危険な手段だ」
「は………設定制限の解除?」
「えぇぇぇぇぇ! な、なんで、言っちゃうんですか! 内緒で行動して、秘密に制限を解除しようって言ったじゃないですか!」
身を乗り出して、セリカの身体に掴みかかり、ガクガクと振る雫さん。珍しく動揺の姿を見せてくるが、制限を解除?
「そんなことを考えていたのか? 雪花ちゃんも聞いてはおらんかったぞ?」
雪花も驚きの表情になるので知らなかったらしい。
「今度の内街の夜会にやってくる聖とこっそりと知識共有をする予定だったんだ」
「秘密って言ったじゃないですか! なんで、全部言うんですか?」
まくし立てる雫にセリカは真剣な表情のまま、片手をあげて制止をしてくるので、雫は押し黙る。
「僕たちは無意識レベルでの制限を受けており、致命的な情報齟齬が防人と発生している。雫がそう言うんだよ。それを聞いて僕も記憶している内容を精査したけど、違和感はなかった。でも、雫がそう言うなら、違和感を覚えない僕がおかしい。そう判断した。こういうことで雫が判断を間違えることはない。夢の世界での赤ん坊の襲撃を信じない仲間とは違うんだ」
アルビノの少女は真面目な表情だ。雫を信用していることがわかる。最後のセリフはわからんけど。夢の世界で襲ってくる赤ん坊って、赤ん坊なら怖くないんじゃね?
「で、そこで防人に隠れて行動しようとする雫には違和感を覚えたんだ。報連相を常に怠らない雫が隠れて行動するのはおかしい。感情が雫の行動を曇らせている。そして、その末路も悲惨な結末になると思ってね。僕がこうやって仲介することにしたわけ」
「正論だな、セリカ。怖い結果になることは予想できたはずだぜ、雫?」
なにかやろうとしているのは予想していたが、まさかそんなことをねぇ……。制限の解除ねぇ。どうなるんだろうか?
俺も真面目な表情となり雫を見る。ウッと呻き声をあげて、雫は珍しく身体をそらして気まずそうに顔を背ける。
「愛か、愛が雫さんの行動を曇らせたのか?」
ため息を吐くと、にやりと口元を曲げて、雫をからかうようにハードボイルドに言う。
「平気な表情でそんなことを言う主様は鬼畜なのじゃ」
「防人さんへの愛が深すぎて行動を曇らせていたようですね」
呆れる雪花を他所に、むふんと胸を反らして、開き直る俺のパートナー。
「お互いにまったく遠慮のない会話に雪花ちゃんはびっくりじゃ」
ドン引きする雪花と、俺たちの会話を聞いて、うひゃぁと顔を赤く染めるセリカ。だが、俺たちの関係はこんなもんだ。久しぶりに馬鹿な話ができたようで安心するぜ。
「それじゃ、俺に告げたということは、俺も立ち会って良いんだな?」
俺の言葉にこほんと咳払いをして、セリカは真面目な表情で頷く。
「万全を期したいと思う。妖精機の知識を共有させるための機械は簡単に作れたしね。少し都内から離れた所でやりたいと思う」
「セリカちゃんの提案なら間違いないと思いますし、それで行きましょう」
ふむ、と俺は頷く。万全を期したいねぇ……。
「どこでやるんだ?」
「群馬あたりなら大丈夫だよ。あそこらへんの廃ビルで試してみようと思う」
群馬ねぇ……あそこらへんならたしかに問題はないだろうな。




