205話 新装備
天津ヶ原コーポレーションのペントハウス、そろそろお盆も近くなり、真夏の陽射しが最大になっている真夏の真っ盛り。
天野防人はリビングルームで、テーブルに置かれた服を物珍しそうに眺めていた。テーブルには何着かの服が置かれてあり、武器も用意されていた。
「これが新装備かよ。なんというか……」
「かっこいいですよね、防人さん!」
耳元にふんすふんすと興奮した鼻息をかけてくるのは、見目麗しい可愛らしい美少女にして、俺のパートナーの雫さんです。
本日はセリカの持ってきた新装備のお披露目会。なので、雫さんは全機召喚で姿を現している。そして、雫は新装備の凝ったセンスに、くるくると妖精のように舞いながら、ご機嫌だ。
「新しい和服も良いの! 天才たる雪花ちゃんもセリカのクラフト技術は認めてやるのじゃ」
「そうだろう、そうだろう。僕が今持つ技術の粋を費やして製作した武具だからね。皆が気にいるように頑張ったのさ」
角度によって染められた模様が様々に変わる不思議な和服。蝶から鳳凰、金魚からウサギと変わっていくのだ。美しい和服だが、裾は短いし着込んだら太ももが丸見えになりそうなエロティックな改造和服だ。
「雪花のは格闘戦のために作った和服。防御力は硬く、各属性抵抗力が高い。そしてなんと言っても、拳と脚を強化する。殴っても蹴っても、そのダメージは和服が身代わりに受けるんだ。ステータスはAランクの装備だよ。きっと雪花の力を数倍に上げると確約するよ」
えっへんと自慢げに胸を張るセリカ。胸が目立つように際どい服を着込んでおり、ちらちらと俺を見てくるが、頬が赤いので妖艶というより、微笑ましい。
「雫でぃふぃんだー」
雫さんが俺の前で反復横飛びをしてくるのも微笑ましい。セリカの説明を聞いて、雪花は微妙な表情になって、和服を手に持ちジロジロと眺める。
「のぅ……気になることを今言わなかったか? 身代わりに破けるのか、この和服?」
「自動再生もあるから、2割残っていれば数時間で修復するよ、安心して! 和服の名前は『鳳雛』さ!」
あっさりと肯定するセリカである。どうやら攻撃を受けるごとに和服が破けていくらしい。酷い性能である。俺的には……。ノーコメントとしておきます。
もちろん、安心したのじゃと雪花は言わなかった。羞恥心で顔を真っ赤にして怒鳴りつける。
「安心できるか! 雪花ちゃんはエロ担当というわけではないのじゃぞ! それと、鳳雛は嫌じゃ。流れ矢に殺される未来が見える!」
「大丈夫。あれはきっと孔明の罠だと僕は思うんだ。だって孔明と同じぐらいに頭の良い男が流れ矢で殺されるなんて無いと思うから。それにインナーとスパッツも用意しただろ? それはたんに壊れにくく防御力が高いだけだから全裸にはならないよ」
テーブルに置いてあるのは和服だけではなく、シンプルなインナーとスパッツも置いてある。一応セリカは考えているらしい。全裸になるのは防げるみたいだが、雪花は微妙そうだ。
「和服にインナーとスパッツか……。雪花ちゃんのセンスを疑われるのぅ」
「改造和服だけで、お前のセンスはおかしいだろ。それで良いんじゃないか?」
雪花のセンスは少しおかしい。というか、妖精機って、皆謎のこだわりを持っているよな。エロいのは確かだから黙っておこう。
バッサリと切って捨てる俺の言葉に、渋々ながら雪花は着ていた和服を脱いで、新しい和服を着始める。パパッと裸になる羞恥心ゼロの少女だ。エロ担当じゃないとか叫んでなかったか?
なかなか良い眺めだなと言いたいところだが、俺の目は雫さんに塞がれています。わざとらしく着替えを始めた雪花を見て、雫が素早く動いたのだ。
「むぅ。主様はリアクションが薄くてつまらんの」
鳳雛に着替えながら口を尖らす雪花の声だけが聞こえてくる。すまんね、俺にそういうリアクションを期待しないでくれ。若くないんだよ。
「そうですね。ここは、俺にも見せろと暴れたりしてくれるリアクションを期待していたんですが。防人さんはいつもこんな感じです」
雫も同意して、俺の目を押さえていた手のひらを外してつまらなそうに言いながらも、ぴったりと背中から抱きしめてくる。ふんわりとした雫の柔らかい体温が感じられて癒やされるね。
「それじゃ、次にいこうか」
セリカはそんな雫を見て、なにか言いたそうにするが、何も言わずに話を変えてくる。
「あたちのおよーふく、ぶかぶかでりゅ」
幼女が裾が余りまくって、ズボンを引きずっていた。フード付きの白いロングコートに白い長ズボンだ。全身白い衣服だが、魔法陣がびっしりと隙間もないほどに刺繍されている。そんな装備だったが、ぶかぶかで明らかに服に着られている。もう数歳は歳をとって成長しないと合わないだろう。
「君の真の姿に大きさは合わせたんだよ。効果は補助魔法をストック可能。補助魔法陣の分だけ、君は魔法を蓄えることができるから上手く使えるよね。昔からこれが最適の装備のはずだ。銘は『星霜』」
幼女が装備を着込んで、深く顔が見えないほどにフードをかぶり楽しげにぶかぶかの裾を振るのを、セリカが楽しげに見ながら人差し指を振る。
「……清掃……気に入った」
フードを深く着込んで顔の見えない幼女がぽそりと嬉しそうに答える。なにか言葉の響きが変な感じだとは思ったが気にしないことにしておく。
とりあえず、二人の装備はかなりの性能だとわかる。幼女へのセリカの言動がおかしいが、今更だろう。仲間らしいしな。
「なんか雪花ちゃんの服と名前の格が違わんかの? もうちょい雪花ちゃんの和服の名前も、銘、とかかっこよい言い方で決めても良いんじゃぞ?」
なにやらよくわからない雪花の言動は無視しておこう。
で、俺の装備だ。漆黒のコートに蒼の装甲服。SF映画に出るようなメカニカルな機械服だ。機械的な仕込みがされており、メタリックな装甲が各所を覆っている。見た目はかっこよいが……。
「かっこよいですね! これを装備すれば、衆目の耳目を集めちゃいますよ。確実に目立ちます」
ヒャッホーとぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ雫さんだが……。
「こんなん普段着にできねーよ。悪目立ちするじゃねーか。これ機械の駆動音とかしないか?」
ウィーンガシャンと音を立てながら、装甲服を着込んで街中を歩く……雫は嬉しいだろうが、ハードボイルドな俺はまったく嬉しくないんだけど。
「黒ずくめの時点で目立っているとは思うけど、たしかに強化服を普段着にするのは厳しいよね。だから、賢者の石を使ったんだ! マナを込めてみてよ!」
それじゃ着替えてくると、一旦退室してから着替え終わると、やはりごつい装備だ。感触がゴワゴワして、装備に違和感があり身体が重い。
セリカにしては珍しいミスではないかと、服を触りながら視線を送ると、ふふーんと、ますます胸を反らして鼻高々で自慢げにする。
何か秘密があるようだな……。それじゃマナを使用してみますかね。
体内の僅かなマナを装甲服に流し込み、俺の魔力と同調させる。じわじわと装甲服にマナを浸透させていくにつれて、服の違和感がなくなっていき、硬かった装甲服が柔らかくなり、関節部分に取り付けられた機械が単なる糸のように縮まっていった。
おぉ〜。この装備、操作性が高い。驚くことにごつかった装甲服が普通の上着とジーパンのように変わった。
「マナと魔力を同調させることにより、セリカ合金の……コホン、賢者合金の硬度を自由に変えられるんだ。だから日常生活でも普段着みたいに使用できる」
「硬度10ダイヤモンドパワー!」
悪魔な将軍ですと、ふんふんと鼻息荒く雫さんがますますヒートアップして両手を上げて飛び跳ねているが、性能はどうなんだろ? そちらの方が重要だ。あと、合金の名前が変な感じがしたが気のせいかな?
「賢者の石は防人の魔力と同調する。魔力を増幅させて魔法操作をより鋭敏にするよ。そして、パワーアシストにより、ステータスも上がるんだ。魔力の高さにより性能が変わるから、防人にはぴったりだ。そして、仕込まれているのはそれだけじゃない。マナ消費軽減、物理と魔法、全属性の防御力アップに、状態異常耐性、障壁自動発動。障壁も物理、魔法、状態異常障壁と3枚張れる。もちろん自動再生付きさ。僕が製作したから、ダンジョン産と違ってデメリットもないしね!」
「自慢するだけはあるな。たしかに凄まじい性能だが……それでも違和感があるんだけど?」
素晴らしい性能だが、俺にぴったりという話だが違和感は残っている。俺のマナ操作なら完全に違和感なくぴったりの装備になるはずじゃね?
「習志野シティから貰った魔法具のほとんどを使ったからね。装備ランクはSランクに近いAランク。だからステータスの低い防人は装備にペナルティを背負っているんだ。それが違和感の理由だろうね。防人はそのペナルティを上回る性能を引き出しているんだけど。銘は『賢者』」
「ふむ……なら、この装備は俺のステータスが上がれば、もっと性能がよくなるわけか」
「まるで1から自分で製作したかの物言いですが、これは設計図を見たことがあります。当時はまだまだ設計段階で作られてもいませんでしたが。パクリ、パクリのセリカちゃんです」
「完成させたんだから、僕の手柄で良いと思うよ。褒めてくれて良いんだよ」
セリカの言葉に口を挟む雫さんだが、セリカは得意げに反論する。なるほど、設計段階ねぇ。頭を撫でてあげよう。この装備は素晴らしいからな。
だが……この装備、一度昔に見たことある。設計段階じゃなかったし、セリカには悪いが俺が今着ている装備よりも完成されていたような気がする。性能も大きく上回っていたようだが、素材やクラフトスキルレベルが違うんだろう。セリカには黙っておくけど。
「ロングコートは監視阻害、遠距離攻撃阻害、自動再生、認識阻害、簡易障壁付きだね。こちらはBランクだからたいした性能はないよ。銘は『鴉』。あとは魔晶の腕輪。これはたんに魔法攻撃を上げて、マナ消費減なだけだね」
黒いクリスタルで作られた腕輪。手に持たないタイプだから使い勝手が良い。満足だぜ。
「充分だ。ありがとうなセリカ」
「むふふ。撫でてくれて良いんだよ?」
「セリカちゃんがあざといセリフを吐いています! 騙されてはいけませんよ、防人さん! 撫でるより先に私の装備の性能も教えてください!」
頭を差し出してくるセリカを雫が掴んで、ぶんぶんと振る。
「目が回っちゃうだろ。雫の装備もそこに置いてあるよ」
「ジージャンにジーパンに見えるんですが? たいした力はなさそうなんですけど?」
どこにでも売っていそうな新装備を手に持って、コテンと不思議そうに小首を傾げる雫。たしかに微妙な感じがする。雫が不満そうな表情になるのもわかる装備だ。剣は大粒のサファイアが取り付けられている柄しかない。
「両方とも自己再生を限界まで上げてあるよ。あと、耐久性も限界に上げてある。剣は水晶の剣身を作り出せる。剣の銘は『壊すな』。服は『壊さないように』だ」
「銘でもなんでもないじゃないですか! 手抜きです。もう少しかっこよい武器にしてくださいよ! 銘ではなくて、単なるお願いじゃないですか!」
「すぐに壊す君にはぴったりだろ! 充分だろ、その装備で!」
「すぐに壊れる装備を作るセリカちゃんがいけないんです。もっと凝って作ってくださいよ」
二人が掴み合って言い争うのを見ながら、俺は平和だねぇと欠伸をするのであった。




