203話 スキル結晶
薄暗い部屋。窓ガラスがない部屋だ。窓ガラスはないからと、狭い息苦しい部屋というわけではない。奥行きもあり広さはパーティーができるほどあり、シックな壁紙に、毛足の長い絨毯、アンティークのテーブルがポツンと1卓だけ真ん中に置いてある。
天井の電灯は煌々と部屋を照らしている。1卓だけのテーブルには綺麗で真っ白なテーブルクロスが敷かれており、反対に広すぎて落ち着かないほどだ。
そこに防人は内街の権力者、御三家の一人にして一番の古狸、足利尊氏と向かい合って座っていた。沼田君はちょっと用事があったようで、席を外していて、たぶん戻ってこない。直帰というやつだ。天津ヶ原コーポレーションは残業少なめの優しいホワイト企業なんだ。
テーブルには多くの料理が並んでいる。肉料理から魚料理、サラダもあって、しかも芸術品のように盛り方も凝っていて美味そうだ。金がかかっているのは明らかだが、どれぐらいの値段かはわからない。ワインも置いてあれば、完璧なのに、なぜか日本酒なのがミスマッチだと思う。
「純米大吟醸の辛口だ。美味いんだぜ」
ショットグラスのようなクリスタルガラスのお猪口を手に尊氏の爺さんがにやりと笑うので、片眉を押し下げて苦笑で返す。
「洋風の部屋なんだから、洋風で酒も揃えろよ」
「ワインよりも日本酒の方が美味え」
テーブルに置いてある一升瓶を手に、俺へと豪快にすすめてくるので、お猪口を差し出して注いでもらう。
「我儘な爺さんだこと」
トクトクと透明で芳醇な薫りのする日本酒を見ながら苦笑する。グイと一息で飲んでから、肘をついて目を細める。
「で、偶然にもたまたま顔を合わせたから、飲みたいと。外街にもこんなところがあるんだな」
この部屋は外街と内街との境目にあるビルの地下室だ。看板は掲げられておらず、秘密のレストランというわけ。爺さんの案内のもと、ここに来たのだ。奢りみたいなので、俺も少しは偉くなったようだ。以前は穴山大尉に奢っていたからな。
「たまに秘密の会合をするのに使うんだ。ここなら監視されにくい」
「あぁ。金持ちは外街のやり方に馴染まないかもな」
尊氏の持つ一升瓶を奪い取り、手酌でお猪口に酒を注ぐ。内街の連中は金持ちばかりとは言わないが、それでも綺麗で平和な世界に住んでいる者たちだ。監視をするために、外街に潜入すると浮いてしまうのかもしれない。堂々と護衛につく面々はそんな浮いた人間を探せば良いわけ。
外街の奴に監視役を任せれば良いだろうが、足利の古狸を前に外街程度で監視役をしている低レベルの人間に監視を任せるようなことはしないだろう。
「アポイントメントをとってくれれば良いと思うんだが?」
「そんなことをしたら、まるで儂が平家や源家を出し抜こうとしているみたいじゃねぇか。儂はそんなことはしねぇぞ。たんにたまたま偶然出会ったから、飲みに誘って世間話をしただけだ。だろう?」
「そうだな、世間話だな。たまたま顔を見かけて、そのまま飲みに行くってのはよくあることだよな」
まだまだ足利家は平家や源家に大きく水を空けられている。今回の油田創造は源家が大きく存在感を見せつけた。最初に手数料とか言って、源家は油田の権利を一部確保したらしいからな。相変わらずの仲の良さである。
平家はコノハを窓口に今度夜会とやらを行なって、レイを連れていき、天津ヶ原コーポレーションとの繋がりをアピールするつもりだとか。コノハ団長はどんどん有名にして有能だと人気になっているらしいしな。
雫はドレスを仕立てましょうと、何回か誘われてもいる。ご機嫌な雫は内街の店に行って、
『右から左まで全部ください』
と、ふんすふんすと鼻息荒くアホなことを宣ったとか。なにやら言ってみたかったらしい。異世界少女物だと、よくあることらしい。主人公の女の子に、パートナーの男性が財力を見せつけるために、よくやることだとか。即、返品させたけど。礼服を何着買っているんだよ、まったく。ランドセルとかも混じっていたんだぞ、現実では色々と棚には並んでいるんだよ。
雫さんのいつもの奇行はともかくとして、ナンバースリーの座が定位置となりかけている足利としては黙ってはいられなかったのだ。なので、こんな不意打ちみたいなことをしてきた。
簡単にスケジュールがわかるので、俺の表のスケジュールは駄々漏れだとわかる。防諜できていない天野防人さんと皆は思うに違いない。その方が俺にとっては都合が良いから問題ない。裏では、こっそりと誰にもわからないように行動しているが、それは気づかれていないしな。
道化の騎士団は複数人で構成されていると、他人が見たら判断する材料の一つだ。俺の行動は筒抜けだから、他の人間が暗躍していると思うわけ。
尊氏の爺さんは俺のそんな策略に気づいているかはわからない。だが、それならそれで問題はないと考えている可能性はあり。
狸鍋にはできない種類の爺さんは、手を振って合図をする。
その合図に従い、トランクケースを持った男が静かに近寄ってきて、俺に見えるようにトランクケースを開いた。
「ふむ……これはなんだ?」
「おとぼけはなしだぜ。見覚えがあるだろ?」
尊氏がこちらの表情を読もうと目を光らせるので、手を伸ばしてトランクケースの中身を取り出す。
キラリと手の中で光るのは小さな結晶だ。モンスターコアに似ているが、輝きが違う。純白に輝く結晶は今天津ヶ原コーポレーションで大人気のアクセサリー。スキル結晶だ。
「まぁ、習志野シティが売ってくれたからな。結構高かったんだぜ。俺へのプレゼントか?」
「その結晶を使うと、スキルを覚えられる。驚きの技術だ。そのスキルは『闘気法』。皆が喉から手が出るほど求めるスキルだな」
「そうだな、『闘気法』は闘技を使用するのに絶対に必要だ」
ダンジョンコアDで手に入る初級スキルにして、絶対に戦士にとっては欲しいスキル。実はレアモンスターコアDでも手に入る。汎用初級スキルだからな。
なので、そこそこ簡単に手に入る。等価交換ストアを持つ俺だけは。ちなみに俺は闘気法最大効率変換でおまけに手に入れた記憶がある。おまけ程度の扱いなのである。
「スキルポーションを手に入れても、そもそもスキルが手に入らないと意味がない。そして、ダンジョンコアを触っても、『闘気法』が手に入るとは限らないだろ?」
「運が良くなければ、手に入らない奴は一生手に入らないだろうな」
切り分けられたステーキにフォークを突き刺して、口に入れる。柔らかくて、肉の味が口内に広がり、冷めていても美味い。冷めることを前提に作られているっぽい。すげー。
「この結晶は今までのやり方を覆す驚異的な技術だ」
「そうだな。これがあれば効率的なダンジョン攻略を行うことができるだろうよ」
スキル構成を考えて行動できる。効率的なスキル構成の兵士を育成できるというわけだ。そりゃ、内街が目の色を変える理由もわかる。
もう一切れ肉を頬張って、尊氏の爺さんを見る。予想通り、その目はギラついていた。
「習志野シティはこの結晶をサンプルとして、内街に3個持ってきた。内街は大変な騒ぎになっている。科学者たちは何をしていたんだと更迭の嵐だ。コアストアをそこまで習志野シティが解析しているとは考えもしなかった。習志野シティのコアストア解析は嘘とハッタリだと思われていた」
「それが真実だったと。なるほど、習志野シティは凄いな」
「おかしなことに、この貴重な結晶は内街にはたったの3つしか渡されていないのに、どこかの特区は大量に手に入れている。おかしくないか?」
信玄を始めとして、精鋭を作るために選抜した部下にスキル結晶を渡しているからなぁ。それこそ湯水のように渡しています。レアモンスターコアDは山ほどあるし。
「特区同士、親睦を深めるために、ちょっとばかし、融通してもらっているんだよ」
だから気にしないでいいぜ。小さな特区同士、お互いに助け合わないとやっていけないのさ。
「そうだよな、特区同士の親睦会はさぞ楽しかったとは思うぞ。科学者共は由来のわからない空飛ぶ戦艦に乗って逃げてしまい、習志野シティはダンジョンが発生して崩壊。天津ヶ原コーポレーションの秘匿部隊がダンジョンを攻略し、危機一髪であった習志野シティを救った、ド派手な親睦会だったようだな」
「俺が聞いた話だと、楽しかったらしいぜ。それはもう大歓迎でな。土産話に事欠かなかったと笑っていた」
ハードボイルドに言って、両手をあげておどけてみせると、ヘッと口元を曲げて、グイッと尊氏は酒を呷った。そして、俺へと鋭い眼光を向けてくる。
「スキル結晶は土産話にはデカすぎる。儂らにも一口噛ませろ。天津ヶ原コーポレーションの技術は秘匿するには危険な技術だ」
「わかってんだろ? 天津ヶ原コーポレーションでは、この技術は扱うことができなかった。習志野シティは扱うことができた。だから今の主幹は結局習志野シティにあるんだ」
「その結果、スキル結晶を優先して融通してもらっているというのか? その技術を内街に譲ることはできねぇのか?」
まぁ、そうくるよな。だが、その技術は渡せない。理由もしっかりと考えてある。
『習志野シティのコアストア技術は内街の10年進んでいるからですね』
『同じ技術を手に入れたら、その程度は簡単に埋まると思います』
ふんふんと得意げに雫さんが片手を挙げて発言してくるが違います。
「もう機器は渡したからな。もしかしたら停止するかもしれないが、今のところは稼働しているらしいぜ」
なにか怪しげな機械を習志野シティに渡したのだ。停止装置付きの機械を。習志野シティが裏切ったら、停止できる停止装置付きのやつ。
「むぅ……そういう話か………」
俺の言葉の真偽を疑うように見てくるが、俺としては魚料理を食べておく。このカルパッチョ美味いよな。
どうだろう。半信半疑といった感じかな? スキル結晶を作り出していることになっている習志野シティの地下博物館、狐娘が生贄にされそうになった部屋は厳重極まりない警戒網を敷いている。
侵入者はもれなく、闇虎や闇蛇の歓迎を受ける予定です。その部屋には聖しか入れないし、中を覗き見ることはできない。後々、セリカにそれっぽい機械を置いてもらう予定である。
「なら仕方ねぇ。諦めるか。それじゃ、天津ヶ原コーポレーションからいくらで販売する予定だ?」
「諦めてねーじゃねーか。習志野シティから買えば良いだろ?」
「習志野シティからはスキル結晶の販売個数を聞いている。だが、全然少ない。月に10個程度じゃな。3倍は欲しいんだ。最近の魔物の活動を知っているか? 高ランクの魔物が現れ始めている。しかも小型タイプでな。九州地方はそのために限界に近づいている。スキル持ちが必要だ。スキルポーションにスキル結晶はいくらでも需要がある」
意外な情報に眉をひそめて尊氏を見るが深刻そうな顔つきになっていた。顔つきを見て判断するに、嘘ではなさそうだ。
「足利がスキル結晶の窓口になるんだろ? 深刻な話なのに、権力保持に懸命じゃねーか」
「ついでに足利の地盤固めをしてもバチは当たらねぇよ。回り回って人を救えるんだからな。習志野シティから大量に仕入れているんだからできるだろ?」
「うちもそこまで余裕はない。月に10個販売するのが限界だ。1個1億で。それと契約料として高ランクのモンスターコアを欲しい。死蔵しているのがあるだろ? この先、コアストアの解析が進むことが予想されるからな」
口元を手のひらで覆い隠し、俺は困難な問題をなんとか解決しようとする顔つきになる。口元を隠すのはニヤケた笑みを隠すためだ。高ランクのコアを寄越すのだ、爺さん。等価交換ストアに入れとくから。
なんの苦労もなく、高ランクコアをゲットする。素晴らしい話だ。九州方面は闇鴉に少し偵察に行かせるとするよ。
「高ランク……。内街が持っているAランクが欲しいんだな? だが渡せるのは……足利が持っている分の一部だ。10個といったところだな。だが、この先のスキル結晶は足利が窓口だからな?」
「オーケーだ。それじゃ、天津ヶ原コーポレーションが売るスキル結晶は足利を窓口にだな」
渋々了承する尊氏にもう一つ提案する。極めて重要な話だ。
「それと近々魔物線要塞を攻略したい。戦闘機での支援を求めるぜ」
天津ヶ原コーポレーションと習志野シティを陸路で繋げたいんだ。事前準備をしたいところだな。




