202話 外街再訪問
外街の防壁が目に入る。一応コンクリートで建てられており、重火器で守られているが、相変わらず弱そうな防壁だ。恐らくは凶悪な魔物が現れたら簡単に破壊されることを、最近の俺は知っている。そう思いながら、真夏の陽射しを手で防ぎながら、目を細めて、眺めながら思う。
防人は外街に久しぶりにやって来たのだ。
相変わらずだと思ったが、違うところもある。大勢の人間が出入りしているところだ。護衛として数人で一緒になっている商人たちや、古着を着込んだ集団。古着ともいえないボロボロで薄汚れている服を着ていた近寄ると鼻をつまみたくなる体臭を持って、明日への希望を持てずに疲れた表情で痩せ細った者たちの姿はない。今は古着でも小綺麗な服装を着込み、元気そうな表情を浮かべる多くの人々が並んでいた。
まぁ、仕事のことで、かみさんのことで愚痴りながらお喋りをしている人たちもいるが。そんなところも見慣れた昔の光景とは変わっていて、嬉しくなり薄く口元を曲げる。
行列は以前よりも長く、増員された門番たちが忙しく検問をしている。形だけだが。
そんな人々は俺たちを見て、ヒソヒソと話し始める。
「おい、特区に貢献した生存者Tだぞ」
「久しぶりに生き残りとして内街に認定されたTだ」
「初めて見たが、新聞に載っていた通りの格好をしているんだな」
「日本語は喋れるのか?」
「おやつをあげたら食べるかね?」
ヒソヒソ話の内容は話題の生存者Tについてである模様。俺はうんうんと爽やかに周りには見えるだろう笑みで、大木君の肩をぽんと叩く。
「やったな、人気者で羨ましいぜ大木君」
「……この格好をしていると……悔しいですが女にモテるんです」
口をパクパク動かして、文句を口にしたいが、できないようで、悔しそうに答える大木君。
「外見は大切だよな、良かった良かった」
選りすぐりの武具を渡せて良かったぜ。
「せっかく、魔法武具を持ってきたんだ、しっかりと使うんだぞ、大木」
信玄も大木に苦笑をしながら言う。イメージ戦略は必要なのだと、多少笑いを我慢していたりもした。
こんな姿は嫌だと文句をつけたいが、酒場のねーちゃんたちに喜ばれるらしく、おとなしく着込む大木君である。マスコットキャラクターみたいな扱いをされているようなので、モテテいるといっても違う意味でモテテいると思うが、俺は優しいから教えるのはやめておく。
灰色熊の毛皮は矢避けの魔法がかかっており、牙のネックレスは自身の物理攻撃力2%アップ。革の衣服は魔法耐性3%アップ。赤の槍は闘技使用時に攻撃力3%アップ、耐久力があり壊れにくい上に重量無効である。重量無効なので、重さを利用した攻撃ができないので、使いにくい。
習志野シティから貰った魔法武具を惜しみなく配った結果、偶然にも大木君の装備はこのような格好となった。偶然って怖いよな。
重量無効以外の効果はどうやってわかったかというと、フィーリングです。嘘をついたわけじゃない。マスコットキャラクターって必要なんだよな。
ちなみに迷彩ペイントは自分でやっているので、ちやほやされていることに満足しているようだ。
行列に並ぶ人々は大木君に視線が集中しているので、俺と信玄は人気者の大木君に気遣って、そっと離れておく。そうして、行列を無視して門の前に移動する。
自動小銃を担いで、おざなりに行列をチェックしていた兵士たちがこちらに気づいて走ってくる。
「よう、大木。今日も飲みに来たのか? それとも、商店の前で宣伝の営業か? 大人気だもんな、その格好」
仲が良い兵士なのだろう。気安そうに大木君へと話しかけてきて、大木君はそのセリフに焦った。
「あ〜、コホンコホン。今日は兄貴たちを護衛してきたんだ」
俺たちに顔を背けて、咳払いをする大木君である。お前、そんなことをしていたのかと、白い目で見てくる俺たちの視線に気づかないふりをしている。困った男だ。
兵士たちは俺たちへと視線を移して、ハッと気づくと直立不動となり敬礼をしてくる。
「もしや、天津ヶ原コーポレーションの天野様でいらっしゃいますか?」
「あぁ、どうも。今日は外街に入りたくて」
「かしこまりました。どうぞ!」
最後まで話すことはなく、ガチガチに緊張した兵士は案内をしてくれて、行列が立ち並ぶ中で、通してくれた。
俺は意外に思いながら、ポケットの中の千円札を出すことを止めておく。袖の下が必要だと思ったんだが、必要なかったらしい。
何事かと人々が好奇の目で見てくる中で、肩をすくめて進む。なんだかなぁ……意外と俺って周りに知られているのな。
「最近のお前は見るだけで威圧感を与えてくるんだ」
「なぬ? そんなことがあるのかよ……」
俺が不思議に思っていることに気づいた信玄が教えてくれる。え? 俺って、そんな存在になっているわけ?
『雫さん、雫さんや? 俺って、少しだけ危険そうなおっさんに見えない? そこらへんのチンピラ程度にしか見えなくない?』
たしかに手はべっとりと血塗れで、危険そうな雰囲気は見せるかもしれないが、そんな奴らは廃墟街では大勢いる。俺って、そんな連中と一括りにされる程度に見えない?
『防人さんは、背中から声をかけると殴られるような危険な良い匂いをさせていますよ。でも、コールガールを殴って逮捕されるアホな初期キャラではない、後期無口すぎる殺し屋タイプですね』
『俺って殺し屋に見えちゃうの?』
『いえ、もっと危険ですね。触れたら火傷どころか、灰も残らない感じで素敵です』
くるくると舞って、赤く染めた頬に手を当てて、うふふと微笑む可愛らしい雫さんの嬉しくない言葉です。
マジかよ、俺って殺し屋より危険なの? 幼女が懐いてくれていたから、そんな危険な空気を纏わせているなんて欠片も思わなかったんだけど。
『まずいな………。なんで、そんなことになっているのか理由はわかるか?』
日常生活に支障はあるし困るんだけど。素ですと答えられたら困るんだけど。
『幻想の指輪で隠せるところを考えると、マナが関係します。防人さんのマナが高くなってきたんですよ、それと……謎の力を感じるような……。う〜ん、それはよくわかりません』
目を細めて推測をしてくれる雫の言葉に、ふむと頷く。そうか、マナがね……。謎の力とやらはわからないが、幻想の指輪で隠せるところを見ると、マナの力が大きく関係しているのだろう。
纏わせているマナ……俺のマナが周りに気づかれると。歩きながら、自身のマナを自覚する。自覚するのは簡単だ、年がら年中意識しているしな。で、このマナを身体の皮1枚奥に集めておけば良いと。
チリチリとしたマナの感覚を奥へと納める。あんまり自分では感じないが、どうかね?
『少しだけ威圧感がなくなりました。少し危険そうな男にしか見えませんよ』
『雫さんがそう言うなら、かなり無くなったんだろうな。これからは意識しておくか』
控え目な表現が好きな雫さんの言葉だ。一般人ならどうかな?
「ん? なにかしたのかお前?」
早くも信玄は気づいたのか、眉をひそめて疑いの目を向けてくる。なかなか勘の良い爺さんだ。
「少しだけ見た目を下げた。これなら大丈夫だろ?」
「え? 兄貴、なんか変わりました?」
鈍感な植物系謎の蛮族Tのセリフは無視しておこう。信玄は苦笑いをしながら頷く。
「なんというか、そうだな……歴戦の戦士のような感じだな。さっきまでは虎のような危険な感じを見せていたんだが人に見えるようになったぞ」
「俺って、人に見えなかったの?」
マジかよ。気づいて良かったぜ。虎ってなんだよ、みゃんと鳴いてもおっさんは可愛くないぜ。
まぁ、治ったなら良い。外街の街中を進み、闇市場を通り過ぎていくと、少しだけ違和感を覚える。闇市場は以前よりもずっと活気がある。
喧騒の中で進むと、簡易的な屋台に並ぶ食べ物を売る店や、酒を売る店が多くなっている。
すいとん屋が姿を消して、蕎麦屋が多くなり、薄めたエールが数多く売られている。怪しい米屋や焼かれたガレットやとうもろこしのパンも並んでいる。燻製肉が格安のようだが、きっと豚をたくさん育てているのだろう。豚に違いない。そうに決まった。俺は絶対に食わないぞ。
洋服も古着屋が並べる種類が増えていた。たぶん新品が数多く売られ始めたので、古着を売る人が多くなっているのだ。
そして、闇市場は活気があるが、少し店舗が少なくなっている。
「蕎麦一杯200円、200円だよ」
「純正エール500円、2杯目からは400円!」
「燻製肉入りガレットだよ、美味いよ〜」
ザワザワと騒がしく、客引きの店主たちが声を張り上げており、そこそこ客も入っており、景気は良さそうだ。
「活気があるのは良いことだけど、なんで店舗が減っているんだ?」
「あぁ、そりゃそうだろ? 当たり前じゃねぇか」
当たり前って、なんだよと答えようとして
「天津ヶ原特区に皆移動しているんだ、当たり前じゃねぇか、闇市場の連中はモグリで商品を売っている奴らばかり。より儲けることができる所に移動するに決まっているだろ?」
バラックでできている酒場から、嗄れた声が聞こえてきたので半眼となる。
「なんで、爺さんがここにいるんだよ? 暗殺されちまうぞ」
「けっ。死んじまうなら、儂はそこまでだったということだ」
「護衛を大勢連れていると、店に迷惑だぜ。せめて酒を頼んでやれよ」
顔面を蒼白にして、酒を出している店主が可哀想だろと、答える。俺の視線の先にはまだまだ元気そうな爺さんがガタつく椅子に座って、ボロいテーブルに焼いた燻製肉、エールの入った木のコップを前にクックと可笑しそうに笑っていた。
足利尊氏の爺さんがそこにはいた。外街でも、外側の場末の酒場に内街のトップの一人が座っていた。格安のぬるいエールを片手に持って。
後ろにはカチンコチンと石像となっている沼田が座っている。今日の話し相手の予定だった男は緊張と恐怖で石像化していた。
「そうだな、お前らも頼んでおけ」
カンラカンラと元気そうに笑いながら尊氏の爺さんは護衛に声をかけている。
「そこは飲めと言ってやれよな。で、なにをしているわけ?」
頼めだと、飲めねーだろとジト目になるが、それ以上に気になるぞ。なんで爺さんがここにいるわけ?
「酒を飲みに来たに決まっているだろ、なぁ、あぁ……たしか沼田だっけか?」
仲良さそうに尊氏は沼田へと気安そうに声をかける。沼田は俺の部下の一人、外街にて活動している男だ。新品の服に、成金めいた宝石のついた指輪をゴテゴテと嵌めている。
外街では顔役の男だ。酒を一括で請け負っている金持ちの男は借りてきた猫のように、コクコクと激しく首を上下に振っていた。
「なにやら面白そうな話を聞いたんでな。偶然にも出会った沼田と酒を飲んでお前と会えないかと思っていたんだ」
「そうかよ、ったく、仕方ない爺さんだな」
耳が早いな。困ったもんだ。しょうがないな……。
「信玄、穴山大尉とこれからの取引について話してきてくれ。もう決まっている話だから、面倒くさいことはないはずだ。大木君は信玄の護衛につけ」
「了解だ」
「わかりました。信玄様には指一本触れさせませんぜ」
信玄が頷き、大木君がぎゅっと拳を握りしめて頼もしいセリフを吐く。
「ねー、お爺ちゃん、お花買いませんか?」
その信玄に子供が裾を掴んで籠に入った花を見せてきた。信玄が一本買うのを見て、大木君は繰り返す。
「わかりました。信玄様には危険がないようにします」
任せたぜ。さて、古狸の爺さんの飲み相手かぁ……この爺さんとの会話は疲れるんだよなぁ。




