201話 成長
廃墟街。崩れた廃ビルに、屋根もない住むことのできぬ家屋。もはやなんの店だったかもわからない人気のない埃が積もっている店舗。
世界の終わりを彷彿とさせる光景だ。未来には絶望しかないと思わせるような光景の中で、がらがらと瓦礫を蹴飛ばし、踏みつけながら、廃ビルの中からなにかが歩いてきた。
そこへ道路をぞろぞろと歩く人間の集団が現れる。
緑の肌を持つ魔物が3体、木の棒を持って、視界に入った人間を見て駆け出した。ゴブリンだ。ダンジョンがどこかに発生したのだろう。大人と同様の筋力を持ち、多少の知性を使い、人類に襲いかかる魔物である。
「ギッ」
ゴブリンたちは棍棒を片手に、ギッギッと歯を剥いて、アスファルト舗装が砕けて草木が生える道路を歩いている集団に立ちはだかり、ニチャリと汚らしい嗤いを見せる。
集団は10人はいる。たいしてゴブリンは3体。大人顔負けの力を持つゴブリンでも数の差で倒されるのはわかりきっているのに、余裕の笑みだ。
その理由はすぐにわかった。用心棒のように大柄な体躯で筋肉質のホブゴブリンが、廃ビルから余裕の足取りで5体も現れたのだ。その後ろには、鉄板を貼り付けて組み合わせた鎧兜を着込んだゴブリンナイトもいた。
廃ビルの陰にはちょろちょろと弓を持ったゴブリンアーチャーの姿も見える。どうやら待ち伏せをしていたらしいと、人間の集団は悟った。
ゴブリンたちは相手が恐怖の悲鳴をあげて逃げ出すのを、今か今かと待っていた。そして、逃げる人間に追いついて、生きたまま食ってやろうと、鼻息荒く興奮して木の棒をパシバシと道路に叩く。
だが人間の集団は逃げるどころか、安心したような空気を見せてきたので、戸惑ってしまう。なぜ逃げないのだろうと、睨みつけるが、平気な顔をしていた。
おかしい。こちらは万全の布陣だ。ナイトまでいるのにと。
そんなゴブリンたちを気にする様子もなく、気軽な世間話をするように人間たちは話し始めた。
「これ、ダンジョンが発生しているよな」
「そうだな。ここらへんにゴブリンは、もういなくなったはずだ」
「黒い虫みたいな奴らだな。ゴブリンからゴが付く虫の名前に改名してもらいたいぜ。外街との道に現れるとはな……俺たちが出会って助かった。被害が出るところだったな」
男たちは囲まれていることに気づいているのに、平然とした表情で恐怖も動揺も見せずにお喋りをしていた。
こちらの存在を意にも介さない人間たちの集団にますます不思議に思う中で、ホブゴブリンにも負けないほどの大柄な体躯の男が槍を手にして前に出てくる。
「俺が前衛を務めます、兄貴」
地を蹴り槍を構えて突撃してくる男を前に、ゴブリンナイトは片手を挙げてニヤリと乱杭歯を剥き出しに嘲笑う。
合図だとゴブリンアーチャーたちは弓を構えて狙い撃とうとするが、人間たちの集団の方が動きが速かった。4人の弓持ちが素早く弓を構えて、弦を引いたと思ったら速射をしてくる。
「撃てっ!」
「はっ!」
鋭い男の声と共に、矢が放たれて、ビルの陰におり当てにくい位置にいるゴブリンアーチャーたちの身体に正確に命中してくる。
「ギャギャ」
「ギォ」
矢が当たったゴブリンアーチャーたちはうめき声をあげて苦しみ弓を手放す者も出てきた。体勢を立て直し反撃しようとするゴブリンアーチャーたちもいたが焦りと恐怖で、放つ矢は外れてしまう。ゴブリンアーチャーたちの弓術スキルはレベル1。最低限の弓術スキルを持つので、弓を引き絞り時間をかけて狙い撃てば、敵へと命中する。
反対に言えば、混戦となり、自身が攻撃を受ける立場になれば、体勢を崩してしまい、極めて命中率は低くなる程度のお粗末な腕前だ。
人間たちは弓術スキルを持っているかは不明だが、鍛えられており、正確に狙い撃ってくるので、撃ち合いは人間側へと大きく有利に傾いた。
もはや遠距離戦闘は人間側が制して、残るは近接戦闘である。
「ウォォォ!」
毛皮を着込み、顔には迷彩ペイント、首にはなにかの牙を連ねてネックレスとしており、鞣した革の服とズボンを着込む大柄な男は強く踏み込み、雄叫びをあげて槍を突き出す。
ヒュンと風切り音をたてて朱塗りの槍は突き出され、ゴブリンの胴体へと吸い込むように突き刺さる。
「グゲ」
血を流し倒れ込むゴブリンを他所に、間合いを詰めて木の棒を振り下ろしてきた次のゴブリンに向き直り、石突を木の棒に合わせるように突き出す。
「むおぉ」
体を捻り、男は槍を回して、木の棒を弾かれて体勢を崩したゴブリンの頭を叩きよろけさせる。そうして後ずさるゴブリンに槍を構え直して、突きを入れて打ち倒す。
続けざまに、もう一匹のゴブリンにも槍を突き入れて倒し、ホブゴブリンたちと対峙する。
5体のホブゴブリンは人間の筋力を大幅に上回り、その一撃は凶悪だ。簡単に大人でも殴り殺せる力を持つ。そんなホブゴブリンが合わせて5体。
はちきれんばかりの筋肉の鎧に覆われてるホブゴブリンたちがドスドスと近づくので、ニヤリと迷彩ペイントを顔に塗っている男は凶暴そうな笑みを浮かべて、マナを闘気へと変換していく。
腰を落として、槍を横に構えると闘技を発動させる。
『足払い』
闘技により、槍の攻撃範囲が赤いオーラを纏い、大きく伸びて、迫るホブゴブリンたちの足を刈る。
「ゴブォ!」
「ブブ」
「ギャオ」
ホブゴブリンたちは倒れ込み、ドスンドスンと大きな音を立てて土埃を舞い散らす。その様子に男はトドメと闘技を使用する。
『筋力向上』
『攻撃速度上昇』
残るマナを使用して、その筋力を向上させて、倒れ伏すホブゴブリンたちの首に突きを入れる。断末魔をあげて、血を吹き出すホブゴブリンたち。
だが人間よりも遥かに筋力の高いホブゴブリンは身体に力を込めて跳ね起きて怒りの形相を向けてくる。
『パンチ』
『パンチ』
『パンチ』
その腕に赤いオーラを纏わせると、ホブゴブリンたちは闘技を使用してくる。初級の闘技といえど、ヘビー級プロボクサーのパンチ力以上の力を持つ。一般人なら、顔が潰れて内臓が破裂する即死級の威力だ。
だが男はニヤリと笑い
「馬場さん、任せやしたっ!」
大きく横っ飛びをして、情けなく逃げる男の声に、闘技を空かされてしまい、慌ててホブゴブリンは体勢を立て直そうとする。そこへ野太い男の声が響く。
「良くやった! 者共突撃だ!」
時代がかった叫び声が聞こえて、ドガラドガラと地を蹴る蹄の音が響き、ひひぃーんと馬の嘶きが聞こえてきた。
いつの間にか3頭の巨馬が現れており、槍を構えて乗っている男たちが突撃してくる。
「ハァッ!」
「むぅん!」
「せいっ!」
馬に乗った3人は槍を振り回し、ホブゴブリンたちへと突撃し、胴体へと突き刺す。馬に乗りながらも体幹を崩さずに3人は戦い、あっという間に蹴散らすのであった。
「オノレ!」
ゴブリンナイトは怒りの形相で騎馬兵たちへと、鉄の塊のような大剣を構えて突っ込んでくる。もはや人を超えた敏捷を持つゴブリンナイト。重量のある鎧兜を着込み、大人が数人がかりでないと持てない重さの大剣を構えて騎馬兵に恐れを見せずに果敢に迫る。
だが、騎馬兵たちは冷静に目を細めて、槍を構えると闘技を使用する。
『騎馬突撃』
3人は騎馬と共に赤いオーラに覆われると、一つの槍のように突撃し、ゴブリンナイトを迎え撃つ。
『強撃』
ゴブリンナイトが大剣に赤いオーラを纏わせて、剣を繰り出す。
「ウォォォ!」
「グラァァ!」
お互いの闘気がぶつかり合い、咆哮をあげて押し合う。ガリガリとお互いの闘気が相手を上回ろうと削り合う。
「支援いたします!」
「助力致しますぞ!」
だが、残りの二人の騎馬兵が助力に入ると、ゴブリンナイトはうち負けて跳ね飛ばされ、叩き潰される。
「ゴブリンナイトは倒した! 残りの敵を殲滅せよ!」
騎馬兵は槍を翳して勝利の雄叫びをあげて、周りの兵士たちと共に残りのゴブリンを殲滅するのであった。
防人は、ほほーと今の戦闘を見て感心した。
「やるじゃん、大木君。それに馬場も。遂に馬に乗りながら戦うことができるようになったんだな」
「あぁ、お前がどこからか手に入れたスキルを身につけることができる結晶のお陰で『馬術』スキルを手に入れたからのぅ。騎馬兵って、人間が乗ると強いみたいだぞ」
信玄がニヤリと笑い、得意げな表情を浮かべる。たしかに騎馬と合わさって使う闘技はかなり強い。が、少し疑問がある。
「なぁ……お前は騎馬に乗らねーの? お前のスキルだよな、あれ。たしかお前にも渡したよな? あれ、習志野シティで手に入れた希少品なんだが」
「防人………俺は歳なんだ。どっしりと後ろで構えているのが相応しいだろ? ほら、人は石垣、人は城、大木は柵と言うだろ?」
「聞こえてますぜ、信玄様!」
もう歳なんじゃと、わざとらしく咳払いをする信玄に、クックと可笑しく思って笑ってしまう。まぁ、その方が信玄も歳だし良いだろう。あと、大木君は木の柵という立派な役どころで良いと思います。
『これなら、影蛇だけいればダンジョン攻略も可能ですね。いえ、もう影蛇も必要ないかもしれません』
幽体の雫が今の光景を見て、評価をしてくれるので安心だ。もし大怪我を負っても、聖がいるしな。ようやく独力で冒険者をできる程度になったかぁ。
『スキル結晶も売り出すことに決めましたものね』
『習志野シティの科学者がコアストアを研究して手に入れた秘匿技術、スキル結晶。天津ヶ原コーポレーションとの独占契約だぜ』
上手く習志野シティをスケープゴートにすることができるようになったのだ。習志野シティの科学者すげー、である。
そろそろセリカにも等価交換ストアの説明をしないといけないが、とりあえず使い道に困っていたスキルを結晶化させるシステムを利用して、習志野シティの秘匿技術として売り出すことに決めた。
聖女の聖ならば、極めて秘匿性の高い研究をしていたと言っても説得力はある。………かもしれない。疑う連中はいるだろうが。
特に狐。あの娘は懲りない予感がビシバシするけどな。
『ククク、奇跡を起こす道化の騎士団副団長レイに任せよ!』
機嫌よくクルクルと宙を舞う雫に、少しだけホッとする。最近、なにか考え込んでいるみたいだったから、機嫌が良くなって嬉しいぜ。だが、なにかやろうとしているようだが、教えてくれないので少し不安だ。力になれればとは思うんだが。なにせパートナーだからな。こういう時のためパートナーなのだから。
まぁ、後で教えてくれるだろう。それよりもだ。
「馬場、予定変更だ。お前たちはゴブリンのダンジョンを探して潰してこい」
『ミケ』
パチリと指を鳴らすと俺の影から半透明の水晶のような毛先を持つ漆黒の虎が出てくる。その恐ろしげな顔を俺に向けて
「みゃん」
と、相変わらず見かけによらない、可愛らしい鳴き声をあげる。これでもレベル5の使い魔にして、トップの戦闘力を持つ眷属だ。ゴブリンキングも一撃で叩き潰すことができる力を持つ。
「ピンチのとき以外は傍観しているように。馬場の戦いを見守っていてくれ」
「みゃんみゃん」
「では行ってきます」
馬場とその部隊がミケと一緒に去っていき、俺と信玄と大木君だけとなる。
「さて、外街に行きますか」
久しぶりの外街だと、俺は信玄たちと向かうのであった。ちょっと秘密の取引があるのだ。沼田も穴山大尉も元気かね。