20話 ゴブリンキング
豪雨の中の廃墟をゴブリンキングたちは撤退していた。水を弾きながら、苛立たしいとばかりに牙を剥き出しにして。
今回は人間をたっぷりと喰えると思って期待していたのに、予想外にあっさりと崩壊した。敵によくわからない魔法使いが存在したためである。強い魔力は感じなかった。いや、弱々しい魔力しか感じなかったのにもかかわらず、ゴブリンたちはあっさりとやられた。どんな魔法を使われたのかもわからない。こんなことは初めてである。
強力な魔法ならば逃げてほとぼりが冷めるまで隠れておく。弱い魔法なら、そもそも軍に被害はでない。だが、かすり傷しか負わないであろう魔力にて、部下は両目を潰されて戦闘力を奪われた。
ダンジョンに戻ることはもはやない。解放されたゴブリンキングは自由に生きるつもりである。森林に潜んで雌伏の時を稼ぐかと考えていた時であった。
パァン
と銃声が聞こえて、後ろを走るゴブリンシャーマンの頭が仰け反り鮮血と肉片を撒き散らし倒れ伏す。
「ぐがっ? 銃士だ! 物陰に移動する! 『親衛隊強化』」
銃士が隠れて待ち伏せしていたのだと悟り、慌てて叫び、固有スキルを使用する。ゴブリンナイトとゴブリンシャーマンの身体が赤く光り、瞳すら真っ赤となり、廃ビルに己の部隊と共に素早く飛び込むのであった。
「セオリー通りの行動。お疲れ様です」
雨の中、不意打ちを受けて隠れるゴブリンキングの部隊を雫は冷酷な視線で見ていた。廃ビル内の通路を疾走しながら。防人さんの影の瞳の視界を自分は共有できる。マナが枯渇してきたので、一瞬しか確認はできないが、問題ない。敵の配置は既に把握できた。
「ゴブリンキング。常にセオリー通りに動き、堅実な戦闘を好む。『親衛隊強化』は30匹までの家臣のステータスを1.5倍。意思を繋げて一つの群体のように動くことができる」
ビルの中を走り抜け、角を鋭角に曲がると次なる狙撃ポイントに移動を終える。
「堅実な戦闘をするのは素晴らしいですが応用力に欠け、部隊を一つの意思で操る長所が短所となる」
シャキリと猟銃を構えて、警戒して歩く敵の姿を確認して、薄く笑う。
「敵を発見できていない場合、警戒しながら探索をするが、自身を中心に15メートル間隔の均等な円陣を組む。なので、二匹敵の場所がわかれば他の敵の場所も判明するんです」
ナイトを見つけて、銃をあらぬ方向に向ける。ビルの通路の角であり、何もいないように見えるが
「だから、こうなります」
引き金を引き、弾丸が猟銃の銃口から撃ち出される。死を呼ぶ鉄の塊が通路の角を通り過ぎる瞬間、まるで自ら当たりに来たようにシャーマンが顔を出し、その頭を吹き飛ばす。
焦って、敵が立ち止まる中で、再び雫は駆け出して、次の狙撃ポイントへと移動して、同じように引き金を引く。もはや狙いも定めずに、何気ない自然な様子で撃つが、その弾丸は歩き出したシャーマンの頭を吹き飛ばす。まるで未来予知ができているように正確に。
「シャーマンがいる間は、キングは後衛の利を活かすために陣形を変えません。そして、その歩幅も動きも一人の意思で動いているから一定で、少し予測すれば、簡単に予測射撃ができるんです」
冷静に淡々と言い、再び駆けながら、猟銃の空薬莢を捨てて、素早く入れ替える。カランカランと空薬莢の音が廊下に響く。
『予測射撃ができます、じゃないと思います。雫さんしかできないよ? 雫さん、また、動きがキレキレになっているね?』
防人は感心を超えて、呆れたようにツッコミを入れる。なにこの子? 未来予知能力とか、高速演算能力でも持っているの?
「私は戦闘関連のスキルをレベルの限界を超えて扱えます。なので、こんなことはお茶の子さいさいなんです」
階段を登り、ズササとスライディングをすると、膝立ちに猟銃を再び敵の隠れているビルへと向ける。
「くくく。持っている性能を発揮することもなく、死んでゆけ」
セミロングの艷やかな黒髪をなびかせて、むふふと笑うと雫は再び引き金を引く。同じように、まるで当たりに来るようにシャーマンがまた一匹死んでいった。
「後衛を殲滅するまで、狙撃を続けますね。ボーナスタイムがあったら、ナイトも倒します」
『ボーナスタイム?』
「ビットを多角的に攻撃に使えるのは新人類のみということです」
ニヤリと悪戯そうに笑うと雫はどんどんシャーマンを同じ行動で倒していく。そうして5匹倒したところであった。
ゴブリンキングは常に移動する雫を捉えられないことに苛立ちを覚えたのだろう。シャーマンたちを立ち止まらせると、その手に持つ捻じくれた杖を掲げさせて詠唱を始めさせる。
その瞬間を雫は待っていた。先程までの慎重さをかなぐり捨てて、無防備に立ち上がり、ガンベルトから弾丸を抜き出す。
「これを待っていました。全周囲への範囲魔法。詠唱は長くその間、敵は無防備となる」
キランと目を輝かせて全ての敵の居場所を目算する。強力な範囲魔法で周囲を焼き尽くすつもりだ。その間、キングは集中するために動けない。
「それはゴブリンナイトも一緒です。詠唱が終わるまでの間、釣瓶撃ちをさせてもらいます」
『ハイパーリローダー』
手に持つ弾丸が光りだす。支援武技だ。一定時間、手に持つ弾丸が銃へと籠められリロードされる地球の理を超えた技。スキルレベル3となって使えるようになった武技だ。
『跳弾狙撃』
雫が引き金を連続で引いていく。2発式の猟銃であるのに、フルオートのマシンガンのごとく、弾丸が籠められて尽きることなく、銃弾は飛んでいく。
人ほどの大きさの火球を生み出そうとするゴブリンシャーマン。通路やその角でピクリとも動かずに立ち止まっているゴブリンナイト。
弾丸はその頭へと飛来して、正確にめり込む。射線が通らない場所に立つ敵には、壁に当たり、跳ね返ってその威力を減衰することなく叩き込む。
タララララと、マシンガンのように音が響き終わる。武技の効果が消えて手に持つ弾丸が尽きた時に、ゴブリンナイトとゴブリンシャーマンはその頭を貫かれて、全ての個体が鮮血を撒き散らし倒れ伏すのであった。
チャラララと空薬莢が雫の足許に山となり積まれてゆき、フンスと少女は猟銃を肩にかけて微笑む。
「ゴブリンシャーマンの最大魔法『大火球』は詠唱時間8秒。その間、他の部下を無防備にするのが、ゴブリンキングの最大の弱点なんです。魔法という攻撃をするために、それ以外に意識を振るリソースがなくなるんです」
『ホォ〜』
「8秒あれば、武技を使った銃での攻撃は、鴨撃ちの如く他の敵を倒せるチャンス。これで残りはゴブリンキングだけですね」
正確に敵の全てを見切っている雫。その行動は戦闘センスだけではなく、膨大な情報量から成立していることがわかる一コマだ。
「ゴブリンキングは激昂しますが」
平静に言う雫の言葉通りに、
「グォぉぉぉ! 許さんぞ、貴様!」
中心にいて部下を操っていたゴブリンキングの怒りの咆哮が轟き響き、鉛色の金属の鎧に身を包み、ヌラリと紫色に濡れた大剣を手に飛び出してきた。無防備に姿を現した雫へと、まるでアクセルを踏みっぱなしにしたダンプカーのように、駆けてきた。
憤怒に身を焦がしており、身体を赤いオーラが覆っている。
「『憤怒』は攻撃力増大、器用度大幅ダウン、そして固有スキル『ゴブリン王の武具』により、手に持つ大剣は鋭さと耐久性を上げて、その鎧は防御力を上げて、重量を大幅に軽減させます。注意する点は鎧の下に着ている服も効果範囲で鎧と同じ硬度があり、9ミリ弾ではへこみを与える程度。かすり傷程度なら、瞬時に回復する『再生』持ち。倒すには一瞬で倒せる高火力しかありません。倒すには徹甲弾の嵐が必要ですね」
ドゴンドゴンと杭打ち機のような踏み込みで、コンクリートに穴を空けながら、みるみるうちに近づいてくるゴブリンキングをのんびりと見ながら説明をしてくれる。
これまで奴と戦うという選択肢を選ぶことのなかった防人にとっては、まったく新しい知識だ。内街の連中すら、そこまで細かい情報は持っていないのではないだろうか。
猟銃を向けて、雫は引き金を引く。タンと音がして迫るゴブリンキングに弾丸は向かうが、ゴブリンキングは躱すこともなく、僅かに頭を傾ける。完全に顔を覆っているフルヘルメットのスリットの隙間を狙ったが、狙いはずれて兜に当たり、へこみを作るだけに終わる。
「見ましたか? 完全に身体を覆う金属鎧と隙間を覆う下衣により、生半可な攻撃は通じないんです」
『国軍がどう倒しているかわからないが、今のをみる限りきつそうだな』
恐らくは重機関銃とか、バズーカとかで倒しているのだろうと防人は推測して
『で。あいつはどうやって倒すんだ?』
「今の説明にはゴブリンキングの弱点も説明されています。見ててください。一瞬で倒しますから」
逃げることなく泰然と雫は銃を片手に待ち受ける。ゴブリンキングは通路を走り抜けて、階段を一足飛びで駆け上り目前に迫ってきた。
肩に大剣を担いで迫ると、強く踏み込み、コンクリートの床をへこませて、その破片を撒き散らし雫の目の前に間合いを詰めてきた。
『落下閃』
キンと金属音が鳴り、大剣が風を切り振り下ろされた。雫はゆらりと身体を揺らせて回避しようとするが、ゴブリンキングの剣速は疾風のように速く、ギロチンのように切れ味鋭かった。
大剣にあるまじき鋭さで雫の片腕を斬り落としてしまう。雫はその衝撃と予想外の敵の速さに瞠目して倒れ伏す。血を流し致命傷を負った少女をゴブリンキングはせせら笑い見下ろす。
「俺さまを舐めていたようだな、人間。残念だったな!」
倒れた雫を哄笑して、ゴブリンキングは高々と勝利の雄叫びを上げる。大剣を掲げて足を踏ん張り、顎を持ち上げて空を仰ぎ
「ウォォォ、お?」
ゴリラの勝鬨のように叫ぶ、が、コツンと顎に衝撃を受けて戸惑い、なにがあったと頭を下げようとして目を見開く。
そこには倒したはずの少女がいた。猟銃を残った片手に持ってゴブリンキングの顎に突きつけていた。
「金属に覆われておらず、服も邪魔をしていない、そして一撃で貴方を倒せる箇所。貴方は武具を銃弾すらも防げる硬度にできますが、その肉体はステータスのまま。普通の銃弾でも傷つけることができます。顎の隙間に武技によるさらに強化した銃弾を受けたらおしまいです」
片腕を切られても、その美しい顔に苦痛の表情もなく、平然と平静と淡々と語る少女にゴブリンキングは恐怖を覚えて素早く動こうとするが遅かった。
『ハイパーブリッツ』
銃口に闇の粒子が集まると、避けようとする顎に闇の弾丸が叩き込まれる。魔力による武技の銃弾は鉄の硬度を上回り、その破壊力は小さな鉄の塊にそぐわぬエネルギーを持っている。そのエネルギーの塊は脳内を一瞬の内に駆け巡りグシャグシャと破壊していった。そうしてゴブリンの王は顎から血を流し、力を失い大剣を落とし、ドスンと音を立てて崩れ落ちるのであった。
「必ず勝利の雄叫びをあげるのが、貴方の弱点。来世はゴリラに生まれ変わるのをお勧めします」
倒されたふりをすれば、必ず勝利の雄叫びをあげるために顎をあげて叫ぶことを雫は知っていた。その無防備となる一瞬を狙っていたのだ。
フッと微笑み、斬られた腕をピタッとくっつけて、パタンと倒れる雫さんであった。
『ちぇ、チェンジ』
スッとおっさんと入れ替わる。
「身体を張りすぎだろ!」
片腕を犠牲にして勝利を求めた雫にさすがに引く防人であるが
『ゴブリンキングは普通に戦ったら苦戦必至。防人さんのマナが満タンなら他の選択肢を選んだのですが。腕をくっつければ1日で回復しますし問題ないです』
幽体となった雫が出てくるが、たしかに今回の俺は役に立たなかった。でも雫さんや、楽勝だと言ってたよね? いや、見ようによっては楽勝だったが。
『これでレアDコアが手に入りました。レベルアップのボーナスが手に入りましたよ。武具も回収しましょう』
「まぁ、雫が身体を張った価値があると思いたいね」
これでスタンピードは終わりだなと、安堵の息をつく。
空からは日差しが雲の合間から覗いており、雨はいつの間にかやんでいた。