2話 アースウィズダンジョン
地球にダンジョンが現れた。
テンプレのダンジョンだ。突如として、各地に現れたダンジョンには魔物が現れて、人外の力を使い、魔法を唱えてくる。
そんなダンジョンと共存するようになった地球は、未知の生命、未知の技術、そしてダンジョンが現れたことによる魔力による汚染で産まれたスキルという名の力を手にした。
そこまでは良い。いや、良くはないが。テンプレなら冒険者という職業が生まれ、各企業は手に入る魔物の素材や、宝箱から手に入る品物を冒険者から大金で買い取り、世界は冒険者の時代となった。テンプレならそうだよな?
冒険者時代が来る素地は企業が大金を出して、魔物の素材を買い取る。というところが肝心だ。
……そうはならなかったんだ。現実は世知辛い。よーく考えてみてくれ。魔物の素材を大量に企業が買い取る? おいおい、検体なら100体もいりゃ良いよな? 新素材? 企業がその新素材の使い道を考える間にどれほどの魔物の死体が余るんだよ。
企業は買い取り続けることなんてしないのさ。だから冒険者なんて生まれる素地はなかった。当然だ。スキルを持っていたとしても、誰が命を懸けて無報酬でダンジョンに潜るんだ? そんな奴はいやしない。
と、なるとどうなると思う? 幸いにして魔物には地球の兵器は効いたんだ。銃やミサイルで倒すことができた。あっさりとな。
……だがな、奴らは日毎現れる。きっとダンジョンに潜って魔物を定期的に間引かないからだろうな。これが世界で数個しかダンジョンが現れなかったーとかなら、まだ良かった。だが、ダンジョンはそこらじゅうにできたのさ。弱い魔物しかいないダンジョンから、強い魔物も出てくるダンジョンまで。
毎日軍隊は戦った。銃弾を湯水のように使っていき、花火のように景気よくミサイルを撃ち込んでな。その結果がどうなるか、わかるだろう? まったく利益にならないダンジョンという災害を前に、資源は少なくなり、税金は高くなり……。ついには重要な街以外は放棄しちまったのさ。そうなると悲惨なもんだ。無法地帯がそこらじゅうにできて、貿易すらも簡単にできない世界の出来上がり。
何もかも変わっちまった。幼かった頃、こんな時代が来るなんて予想だにしなかった。
ペントハウスからも見える聳え立つ外壁を眺める。そろそろ夕暮れだ。外壁の聳え立つ影に埋もれている家々も目に入る。きっとあの影の下にも飢えに苦しむ者がいるのだろう。
よーく見ると聳え立つ外壁の外側に低い壁がある。この国は税金を支払えるかどうかで、住居が変わっちまう。
金持ち共は内壁と呼ばれる中に住む、重火器に守られている食い物にも困らない安全な街。外壁と呼ばれる中に辛うじて税金を支払える者が住む、食い物に一応困らない魔物の襲撃に常に晒されている街。最後に税金を支払えないか、支払える能力があっても、支払わない奴らが住む魔物の餌に明日なってもおかしくない廃墟だ。
廃墟に住む奴らのうちの一人が俺、天野防人。スキルという名前に希望を持ち、ダンジョンに日々籠もって鍛えた馬鹿だと言われる男だ。
ダンジョンは様々なスキルを恩恵だかなんだか知らないが人々に与えた。スキル強奪や経験値100倍なんかも昔はあったらしい。いや、確かにあった。他人の固有スキルを奪って自分のスキルにする奴ら。一つでも奪ったら身体が異形になり、すぐにくたばった。どうやら他人のスキルは猛毒らしい。しかも奪ったスキルは相手に戻っていたという救われない結果だ。
俺としては、固有スキルってのは人の願いから生まれてくるんじゃないかと予想している。密接に人の魂と結びついていると思うんだ。そんなもんを奪い取ればどうなるか……悲惨な結果になったというわけだ。
経験値100倍はなぁ……。経験値1億倍でも意味がなかった。だって、この世界は経験値によるレベル制じゃないからな。熟練度100倍とかもいたが……。この世界は熟練度制でもないんだわ。
力を上げるには、魔物を退治していく。そうすると敵の持つ魔力が自分に流れ込んでパワーアップする。毎日倒してりゃ、1年で4%ぐらい上がる。うん、筋トレとあんまり変わらないよな。ちなみに魔力吸収100倍とかいたが、そいつは魔物を一匹倒したら魔物になって退治された……。
というわけで、そんな銃弾の一発であっさりと負けるようなスキルを鍛えるのは、希望を捨て切れないか、どこかイカれたアホな奴らのみだ。奴らは金にもならないのに、未だにダンジョンで魔物を倒し続けていた。すなわち、俺だ。
「ステータスオープン」
テンプレの言葉を口にすると、ステータスが表記されたウィンドウが宙に映し出される。半透明のボードは未来的で、希望を嫌でも持っちまう。自分が何かヒーローめいた者になれるんじゃないかってな。
このステータスボードは1%ぐらいの人間が使える。まぁ、自分の力を見たい奴ってのは意外と多いということだ。
ステータスボードには物心がついた頃からダンジョンで魔物を退治し続けた結果が表記されている。
こんな感じだ。
マナ100
体力10
筋力10
器用10
魔力10
固有スキル:等価交換ストアーレベル2
残機レベルMAX
スキル:影魔法レベル2
水魔法レベル2
火魔法レベル2
『うへへ。俺って強いよな。レベル2だよ、レベル2』
おっさんはレベル0から20年余をかけてレベル2にしたのだ。苦労したぜい。
『防人さん。私に向かって、いつも語るのはやめてもらえませんか? 私は睡眠を楽しんでいるんです。甘い物を見つけたとき以外は話しかけないでください。私も長風呂したり、トイレに籠もっている時は話しかけないでしょう?』
涼やかな少女の声が聞こえやがるぜ。へっ、これもロンリーウルフとして生きてきたせいかな。幻聴が時折聞こえるとか……。
『クッ、俺って悲しい記憶がきっとあるんだぜ。どういう記憶に、ふげっ』
何やら影から蹴りが飛んできて、吹き飛ばされておっさんはゴロゴロ転がった。
『良いじゃん! おっさんにも語らせてよ! ハードボイルドなおっさんは雫以外には寡黙でダンディなおっさんを演じないといけないの!』
先程までのダンディさはどこにもなく、おっさんは頬を押さえて、オヨヨと泣き崩れる演技をした。いらん演技である。
『わかりました。今度は思念でお願いします。海のように広い私の心が受け止めますから』
『それ、テレパシーを防ぐ方法だろ! 俺の思念を受け流す気まんまんじゃねぇか!』
防人は文句を言うが、すぐに首を振り立ち直る。こんなことをしている暇はない。宵闇に生きるおっさんの活躍の時間だ。幻聴に苦しむダンディで、ハードボイルドで生卵な精神を持つおっさんは行動を開始するとしよう。
『影法師』
真面目な表情にて、魔力を集め使用する。影魔法、己の身体に黒い衣服を作る魔法だ。形状は自由であり、この魔法一つで衣服はもういらないという。ただし魔力を霧散させる攻撃を受けたら消えてなくなるので、衣服を下に着ないとおっさんは裸になる。その場合は世界の理から放送禁止ですと言われて、異次元に飛ばされて消えるだろう。
ブカブカのローブにフードを被り、マスクをして目元だけが残るようにする。他人が見たら暗殺者だねと通報されることは確実だが、おっさんは気に入っていた。
「さて、ゴブリン退治に行きますかね〜」
気の抜けた声を出して、階段を降りていく。途中途中で黒猫が鎮座して、動かずにジッとしている。おっさんが創り出した影法師だ。感覚などを共有できて、簡単な命令なら下すことができる。
黒猫への命令は単純。ここを通ろうとする者がいたら教えろと命令してある。アラーム代わりなので、アラームキャットと防人は呼んでいる。目立つところに一匹。隠れて見えないところに一匹。バリケードもたくさん壁に貼り付けてあり、通るものには希望を捨てよと壁に書いておいたので登る人間はほとんどいない。
盗賊が来たら容赦はしない。黒猫は見かけによらず攻撃力も少しある。登ってきた者はもれなく大きな被害を負うだろう。映画とかゲームと違って、この国では銃はほとんど手に入らない。食べ物よりも貴重なので、銃を持って襲ってくるものはいないから、黒猫でも充分戦える。
えっちらおっちらと、ビルを降りていく。こんなビルの最上階に住むなんてアホだろと、自分をアホ呼ばわりしながら。
ようやく降りると、入り口に髪もボサボサでフケだらけで脂でギトギト、服もいつ洗ったかもわからない真っ黒な服を着た数人の少年少女たちが屯していた。こちらに気づき、恐る恐る近づいてくる。先頭の少年がへへへと鼻をこすり話しかけてきた。
「ヘヘッ。防人さん、こんばんは」
「……あぁ」
媚びるように、いや、実際に媚びてきた子供たち。なんとか強気でいようと、背筋を伸ばし話しかけてきた。いつものことだ。先程の間抜けな様子は微塵も見せずに、防人は寡黙に頷く。
アホな姿を見せると隙と思われて、襲ってくる輩がいるのだ。おっさんの趣味だけじゃないのだ。あっさりと返り討ちにできる力はないので仕方ない。あっさりと返り討ちにできる力を手にしてもハードボイルドなおっさんを演じるつもりだけど。
「お仕事ですか?」
知っているだろうに、敢えて尋ねてくる。
「そうだな、今日は魔物を狩るのに良い日だ」
フッと笑う。魔物を狩るのに良い日って、どんな日ですかとのツッコミは幻聴だろう。
「俺ら、防人さんが戻ってくるまで、ここで番をしてますよ。任せてください」
どんとやせ細った胸を叩く少年。それに合わせて後ろの子どもたちもコクコクと頷く。ここにも黒猫は設置してあるから大丈夫なのだが……子供たちもそれを知っている。やばいときは逃げるだろう。ようは集りと一緒だ。だが……。
「なら、頼もうか。ほら、これは報酬だ」
配給券を2枚取り出して渡す。少年少女は6人。少ない枚数であるが、その券を飛び上がるように喜び受け取る子供たち。
「任せてください! 俺ら頑張りますから」
皆が笑顔で頭を下げてくるのを無視するように防人は歩き始める。
『いつも思うのですが、甘いのではないでしょうか? ここで集るより、ダンジョンで己のスキルを高めるために戦った方が彼らには良いと思います』
脳に直接聞こえる声に苦笑する。確かにその方が未来がある。だが、環境がもはやそれを許さない。
『無理だな。俺が鍛え始めた頃はそこまで食糧も逼迫してなかったし、日雇いのバイトでもすれば、なんとか暮らせる程度に食い物も簡単に手に入った。スキルが1になるころには、世界は変わり、壁なんぞできちまったが、知ってのとおり1なら魔物に有効打を与えられるから、食糧もスキルを使えば手に入った』
ちらりとビルを振り向くと、ガッツポーズをして喜ぶ子供たちの姿が目に入る。
『今はダンジョンに潜りながら、食糧を稼ぐための行動なんて取れないのさ。それができるのは内壁の奴らだろうな。そしてそいつらは金にも食い物にも困らない』
自分は幸運なだけであったのだ。今の廃墟街で子供たちがダンジョンアタックで暮らせる余裕はない。今のままでは……。
『それがこの世界。じわじわと滅亡に向かっている世界なのさ』
今度は振り向かずに、静かに歩き続ける。仕事をしなければならない。生きてゆくために。
「それがこの世界。ダンジョンと共生する世界。アースウィズダンジョンって世界だ」
そう呟くと、防人は暗闇の道を歩くのであった。