197話 休暇
「あ〜。疲れた」
天津ヶ原コーポレーションの屋上にあるペントハウス。エアコンをガンガン利かせて寒いぐらいのリビングルームにて防人はぐったりとしていた。
リビングルームは外の暑さなど知らぬとばかりに涼しい。なんなら鍋パーティーをしても良いくらいだ。
これこそ贅沢というものだよなと、俺は社長らしい贅沢加減にご満悦である。
「帰ってきて1週間。ずっとそんな感じじゃねぇか」
リビングルームにて寛いでいると、訪問に来ていた信玄が嗜めるように言う。信玄、勝頼、花梨、お茶係に大木が今日はいる。雫はレイとして今日はコノハの所に行っている。コノハとの調整を色々してもらっているのだ。
「習志野シティは色々と疲れたんだよ」
ぐったり防人さんは習志野シティから帰ってきて、既に1週間ちょいが経過していた。最低限の仕事をやって、後はのんびりとしていたのだ。最低限の仕事とは、売上や在庫状況、作物の収穫量の確認や内街との交易、使い魔をひたすら作るとかだ。
………これ、のんびりとしていたということになるのだろうか? 社長って忙しいよなぁ。
「ようやく習志野シティとの交易について調整が終わりました。あの土地からは砂糖、塩を購入して、蕎麦粉、米を輸出しています」
「ナイスだ、勝頼。あそこは田畑が圧倒的に少なかったからなぁ。コアを有効活用していなかった」
ヘリで習志野シティの面々には天津ヶ原コーポレーションまで来てもらったのだ。習志野シティのヘリは全て破壊されたので、うちのヘリで。
ふんふんと鼻歌を唄いながら、機嫌よく手渡された契約書を確認する。田畑よりも街の拡張を目指していた軍事基地だからDランクのコアが余って砂糖や塩に大量に交換していた。かなり砂糖や塩が安い。既製品よりも安い。習志野シティはコアを買取りではなくて、基地が回収しているから値段を下げられるんだ。
後々にやり方は変える必要はあるが、今は良いかな。天津ヶ原コーポレーションと交易が始まれば、コアの密輸入とかありそうだけど。
こちらは反対に米をじゃんじゃん作っているからな。ようやく米を収穫できたのだが、その後が大変だったのは記憶に新しい。
華の言うことが理解できなかったのです。脱穀機ってなに? 米を乾かさないといけないのか? なににしまえば良いんだよ、袋は用意した? 精米機ってどんな形? と、様々な苦労をしたのだ。
……おかしいな。俺は仕事をせずにグータラしていた気分だったが、まったくグータラしていなかったかもしれない。疲れがとれないはずだわ。
「それとガソリンが急に安くなりました。なにか内街であったようですね。一時期、暴騰していましたので、かなり助かっています」
ガソリンの暴騰に頭を悩ましていた勝頼は安堵の表情となって報告してくる。たしかに平家や源家などの油田だけだと供給量が足らなかったので、最近は値上がりが激しかったのだ。
それが安くなって、勝頼は胸を撫で下ろしていた。
俺はといえば、秘密の輸入ができることになり安心していた。使えなかったあのスキルを習志野シティ由来として活躍させる予定だ。
「そりゃなにより。習志野シティは切り札を出したらしいぞ」
テーブルに放置されている新聞を手にすると、フラフラと振る。一面記事で大きくニュースが載っている。
習志野シティ特区へ!
と、驚きの内容が書いてあった。
「習志野シティは木の化け物によって、基地が崩壊したにゃんからね。復興を目指すのに際して、軍事基地としての活動は取りやめて、新たに街を作ることにした。ゼロから始めるため、しばらくは特区として扱うことにした。復興資金を内街は出す気はないのか? にゃんにゃん」
センセーショナルな見出しだ。花梨が手を伸ばしてきて、ぺしぺしと新聞を叩いてくる。猫じゃらしじゃないぞ。
「切り札って、なんだ? ガソリンが安くなるようななんかなのか?」
「ふふん。風魔大佐の極秘情報にゃ! 聞きたいかにゃ? 聞きたいにゃんね?」
立ち上がると腰に手を当てて、猫耳をピコピコ、尻尾をゆらゆら揺らして、得意げな表情となる自称諜報員の風魔大佐。そろそろ自称をつけて良いと思うんだ、この猫娘。
信玄たちは嫌そうな表情となる。が、顔を見合わせてため息を吐くと教えてくれと聞く。俺、しーらね。
「習志野シティは使い捨ての地形変更魔法具を持ってたニャ! な、なんと内街の土地を莫大な埋蔵量の油田に変えたにゃん!」
「大木君。カフェオレをくれ」
「儂はお茶」
「私はアイスコーヒーで」
「あちしはシェイク」
「皆、統一してくれませんかっ! 最後は無理っ」
俺たちは一休みをすることにして、大木君にそれぞれ飲み物を注文する。大木君は喜んでお茶を……。
「あちしの話を聞いてくれにゃん!」
「聞かなかったことにする。どう考えてもヤバい情報だろ、それ」
素知らぬ顔でそっぽを向く信玄たちも同様の考えだ。もう少しぼかすかと思ったら直球で言いやがったよ、このアホ猫。お仕置きに猫耳をもふもふしてやろう。
え〜っ、と不満そうに頬を膨らませるデンジャラス花梨。この情報はまずい……というわけでもないか。使い捨ての魔法具ということになっているし。
精霊石Eを1000個ほど使い、地形変更を多摩地区の元油田のあった場所に俺は密かに使用した。地形変更は発動に数日かかるから、数日前にようやく変更が終わったのだ。
習志野シティの使い捨ての魔法具。油田ってのは、作ったらオーケー、重油も軽油もガソリンも手に入り放題ってわけじゃない。精油施設が必要だ。なので使い道がなくて死蔵していた魔法具を施設のある内街に特区にしてもらうのと引き換えに使ったというわけ。
俺の完全なる持ち出しになるが、莫大な埋蔵量を確認したことにより、内街は一気にガソリンの値段を下げた。間接的に助かったのだから問題はない。
習志野シティには、内街に油田を作ってあげる代わりに特区にしてやるから、うちと提携しようぜと交渉済みだ。交渉というか、聖に伝えただけだけど、習志野シティの偉いさんには伝えてあるので、天津ヶ原コーポレーションに頭が上がらないようになった。その情報は内街にも漏れているのは間違いないだろう。
その代わりに習志野シティが数十年溜め込んでいた魔法具を譲ってもらうことになった。百点近い魔法具は弱い武具は信玄たちに配って、希少な物はセリカに密かに渡してある。新装備に期待しています。
コウの配備は未だに決まっていない。とりあえず100匹ほどの使い魔を内街と習志野シティに配備する契約は結んだけど。レベル5の使い魔は強力だ。ダンジョン攻略に精を出してくれ給え。全体で皆が強くなれば平和も近づくだろう。
「つまんないにゃん。情報料は高いにゃんよ?」
後から情報料を取ろうとする強欲花梨である。なかなかの交渉術だ。お仕置きをしてやろう。
「わかった。ちょっと頭を突き出してみ? ほら、俺の手が届くくらいに」
「また猫耳を変なふうに触るつもりにゃんね!」
フカーッと牙を剝いて、警戒の表情となる猫娘。
「本物の猫は猫耳の穴に指を突っ込むと嫌がるんだよ。お前なら大丈夫だろ?」
「嫌にゃん! 防人は猫が嫌がる触り方ばかりするにゃんにゃん! 尻尾を逆毛に撫でたりとか」
「だから猫娘で我慢するんだよ、馬鹿だなぁ」
本物の猫にやったら、引っ掻かれるかもしれないじゃねーか。
「サドにゃん。防人はペットを飼ったら駄目なタイプにゃんよ」
「たまに可愛がる程度にすると思うぜ」
笑いながらソファに凭れかかる。花梨をからかうのはなかなか楽しいぜ。
からかうのは止めて、信玄に顔を向けると、のったりとして尋ねる。
「信玄、今はなにか問題はあるか? 喫緊の問題でなくても良いぞ」
「医者が全然足りねぇな。今や人口2万人を超えるんだぞ、天津ヶ原コーポレーションは。それなのに医者は数人だ」
「あ〜、それは簡単には解決しないよな。重傷者や重病人がいたら報告してくれ。新たなる仲間が癒やしてくれる。それ以外は悪いが医者もどきを大量に作ることで我慢するんだ」
治癒魔法ってのは、諸刃の剣だからな。簡単に治るが、頼れば医者の技術は簡単に喪われる。そんなことにならないために重病、重傷な者たち以外は治させる予定はない。
「ふむ……それならいいんじゃないか?」
「社長、問題はまだありますね。そろそろ工場が欲しいところです。今の街には鉄工所すらないですし」
「あ〜。純や南部の爺さんで……賄えないか」
そうか、天津ヶ原コーポレーションもそのレベルになったか。
「現状、施設や壁などの建設業に多くの人々が携わっています。次が農業ですが、だんだんと割合が農業に変わっています。これは平原の制圧が進み、農地に相応しい土地が多く確保できたためですね」
「目端の利く奴は農業にシフトし始めたのか……。たしかに魔法の水溶液と竜子の能力があれば建設はどんどん進むからな。仕事が無くなる前にと農業を始める者が多くなったと」
その通りですと、勝頼は頷く。そうなると農業機械が大量に必要になるわけか。俺の会社も多角的に経営をするようになったというわけか。大企業への道を歩み始めた感じかな。
「しかし、それも解決……いや、習志野シティから移民を求めるか。あそこなら大勢の整備兵もいるだろうし。その方向で交渉をしてみてくれ」
「了解しました」
勝頼はできる男で頼もしい限りだ。
話し合いはこの程度かな? 資金が少し足りないなぁ。コウの配備はぼったくろう。数億あっても、数百億あっても貯まらない。施設への投資費用が多すぎるんだよな。
「そろそろ本格的に牧畜も行いたいと思います」
「鉄工所の問題が解決したらにしようぜ」
「全然楽にならなぇよな、儂ら」
信玄が空笑いをしてくるが同意するぜ。貧乏暇無し、金持ちも暇無しだったんだな。力で解決できないことが内政は多い。
頭を使っても解決手段はないぞ。こればかりは時間が必要だ。
世間話へと話を変える俺たちに台所から、ぽてぽてと幼女がトレイを持ってやってきた。後ろには大木君がついてきていてお茶を持ってきている。
「あいしゅかふぇおれでりゅ!」
ふんすふんすと鼻息荒く幼女はコップを俺の前に置く。アイスクリームが山と乗っているコップだ。カフェオレ?
幼女は俺の膝の上によじよじと登ると、手に持ったスプーンをすちゃっと構えてコップを手にとった。
「あいしゅはたべてあげりゅ!」
3つもアイスクリームを乗せたんだよと、ぱっちりオメメを輝かせて、スプーンでアイスを掬い上げて、もきゅもきゅと食べ始める。
「たべおわったら、かふぇおれになりゅの!」
溶けたアイスとコーヒーが混じるとカフェオレになる幼女理論。頭良いでしょと、褒めて褒めてと見てくるので、天使の輪がふんわりした髪の毛にできている可愛らしい幼女の頭を撫でてあげる。
あ〜、癒やされる。雫がいないのが少し寂しいが。
「あちしはシェイクと言ったにゃん、これは牛乳がかかったアイスクリームって言うにゃんこ!」
「一般家庭にシェイクなんてあるわけねーだろ、この猫娘! ふざけんなよ。混ぜればシェイクになるぞ」
「それは偽シェイクにゃん!」
花梨と大木君がなにやら言い争っている。見ていて、疲れるからやめてほしいんだけど。
「あ〜ん」
アイスクリームをスプーンに乗せて、俺へと差し出すので口に頬張る。冷たくて甘い。
こうやってアイスクリームが普通に食べられるようになったことを考えると、豊かになったと俺は微笑むのであった。