19話 スタンピード
スタンピード。牛が暴走することである。元ネタはそんな感じだった。今回は人為災害ではあるが、スタンピードと言って良いだろう。
防人はバリケードの壁の上にて、眼下を埋め尽くさんとするゴブリンたちを睥睨しながら、魔力を練っていた。薄く細く糸を紡ぐように意識して練っていく。
この雨は幸運だったと思いながら、糸のように細い魔力を手を翳し解き放つ。雨は水魔法使いの強い味方だ。
『水糸』
信玄たちが、こちらを凝視しているのを感じるが、集中力を高めている防人は気にすることはない。
釣りに使うテグスのような、細く透明に近い水の糸が静かに放たれた。ふわりと雨の中に潜り込み、糸はすぐに見えなくなる。
防人は目を細めて、ステータスを表示させて確認する。魔力が上がったせいか、マナの消耗度を見ると3秒に1だけ減っていく。以前は1秒につき1減っていたので、だいぶ魔法の維持消耗度が改善されている。
スキルレベル2。どんなに頑張っても操作できるのは、バレーボール大の量である。
『影糸』
だが、2つの魔法を同時に使えば、バレーボールは2つとなる。そして、それぞれの効果は別々に扱えるし、合わせて使うことも可能だ。
『影瞳』
影の能力。他の魔法の中でもずば抜けた効果がある。それ即ち影の瞳。使い魔の形をしていなくとも、影は周りを視認でき、防人は全周囲を確認できる。膨大な情報量により、脳に過負荷がかかるが問題ない。死ななければ再生するのがおっさんの残機スキルだ。
そして、この雨足の強い中で、視認できる唯一の方法でもある。さらに、糸と化した影糸も水糸も長大な距離を移動できる。
全周囲からどころか、糸の行く先全ての情報量を防人は受け取る。脳が焼けるような痛みを感じさせてくる中で、見たいものを見て、欲しいものを手に入れた。
「見えた」
防人は敵の姿を正確に視認し、口元を楽しげに歪める。
『キュピーン。私にも見えるぞ、タタァ』
フンスフンスと雫が嬉しげに、訳のわからない合いの手を入れる中で、指をパチリと鳴らす。雫さん、邪魔しないで。
『氷穿刺』
ゴブリンの目の前まで近づけた糸の先端を氷の針と変えて、一気にその両目に突き刺した。一瞬で同時に30体のゴブリンに対して。細長い針を勢いよく。
「ごぎゃあ」
「アダァ」
「ブフ」
血を流す両目を押さえて、悲鳴をあげながらゴブリンたちはあまりの苦痛に顔を掻きむしる。脳までは貫けない。そこまでの威力はないのだ。だが、充分だ。この威力で。
腕を振るい、次のゴブリンへと向かわせる。雨足が強く、目の前まで迫る蛇のごとき糸に気づかずにゴブリンたちは目を貫かれていく。次から次と、影瞳からの情報により正確な位置を視認している防人は戸惑うことなく、敵の目を貫いていく。
豪雨の中を這いよっていく。無数の糸が周囲へと広がり、魔物の群れを飲み込むように近づいていく。水の糸も、黒の糸もこの雨の中で敵はまったく気づけない。
雨でさえなければ敵は迫る糸に気づいて、かわそうともしたのだろうが……豪雨が恐怖の糸を気づかせなかった。
本来は視認できない魔法はコントロールできない。だが、影瞳を合わせればその距離に限界はない。同時に魔法を扱い、コンピュータで処理するような情報量を扱って、防人は1500匹のゴブリンたちの両目を正確に短時間で貫いていった。
ホブゴブリン以上の魔物は放置した。恐らくは棘レベルの魔法は弾かれるだろうから。だが、それで良い。ホブゴブリンは100匹程度。シャーマン、ナイトは10匹程度。そして、それを率いるボスはたった一匹だ。銃があるのだ。あとはゆっくり片付ければ良い。
それどころか、想定以上の効果を発揮した。目を潰されたゴブリンたちは棍棒をめちゃくちゃに振り回し、隣のゴブリンを打ち倒す。ホブゴブリンにもその棍棒は当たり、激昂したホブゴブリンが丸太のような腕でゴブリンを叩き潰す。
その攻撃を受けて、ゴブリンたちはそばに敵がいると誤認して、襲いかかる。壮絶な同士討ちがあっという間に発生した。
フィッと手を振り、魔法の維持をやめて、息を吐く。
「む? 鼻血がでたな」
たらりと鼻から血が流れてゆく。ササッと拭いておく。
エロいことを考えたわけじゃないよと、若干恥ずかしがるおっさんである。おっさんは鼻血は恥ずかしいものという昔の記憶があるのである。いまいち決まらない防人であった。
約3分。たったそれだけでスタンピードはその名のとおりに発生した。お互いを殺し合うという魔物たちの狂乱だ。あっさりと防人は魔物の軍団を崩壊させたのだ。
マナ残量は18。まだ少し余裕があったかと、安堵して力を抜く。
ガァァと魔物たちの叫び声が断末魔のソレに変わり、どんどん死体となっていく。その中で魔力が渦巻き、それらを吸収することにより、防人は自分の力が上がったことを感じ取った。
火照っていた身体がスッと冷えて、身体が一段軽くなったことを感じ取る。レベルアップ寸前であったのだが、この戦闘でちょうど上がったのだろう。9年ぶりのレベルアップだ。レベルが上がるごとに、経験値的なものが多くなるのだろう。ちなみにレベル1でも、感覚的に数十万の経験値的なもの、魔力が必要ではないかと予測してます。ネトゲーでもクソゲーとなる仕様である。
「ステータス」
呟き、自分のステータスを確認しておく。
天野防人
マナ150→300
体力20→30
筋力20→30
器用20→30
魔力30→40
固有スキル:等価交換ストアーレベル2→3
残機レベルMAX
スキル:影魔法レベル2→3
水魔法レベル2→3
火魔法レベル2→3
天野雫
マナ50→100
体力60→100
筋力60→100
器用60→100
魔力10→30
固有スキル:戦闘の才能レベルMAX
残機レベルMAX
スキル:戦闘術レベル2→3
「一気にステータスが上がったな。マナに余裕ができたぞ」
『………普通は持っているスキルのレベルは個別に一つずつ上がります。それが同時に上がりステータスまで。防人さんは魔力操作が異常なレベルのために吸収した魔力で行うレベルアップに無駄がなく、複数のスキルを上げるという事象となっています。それでも魔力は残り、体の強化にも使われたのでしょう』
「そりゃどうも」
『これから手に入れるスキルはきっと恐ろしい早さで今の最大レベルまで上がると思います。なにしろ魔力吸収量が跳ね上がっていますので。貴方は異常ということですね。ふふっ、私の期待通りです』
相変わらず全てを知っているような口調で雫が冷静に伝えてくる中で、防人は魔法の新たなる性能を自然と理解できた。物理的な事象だけではなく、まさに魔法という物理法則を無視した摩訶不思議な性能だ。
ステータスも上がり、最大マナ量も増えたが回復するわけではないらしい。残念だが、まぁ、良いだろう。
「おい、やったな、防人!」
肩をドスンと信玄が叩いて、笑顔を見せる。爺さんの笑顔はいらないなと思う防人だが、周りはむさ苦しいおっさんたちの笑顔ばかりで、癒やしは雫だけしかいなさそうだ。
「見ろ、奴ら逃げていくぞ!」
敵を防いでいた男の一人が喝采をあげながら指差す。ゲームのボスキャラと違い、軍が崩壊したことを理解した敵は逃げ出していた。現実だからこその行動だ。奴らは考えて行動する。なにか制限はあるだろうとは言われているが不明だ。
ナイトとシャーマンを連れて、敵のボス、ゴブリンキングは鉄の塊のような装甲のフルプレートメイルを着て、その背に長大な剣を背負い、それを抜くこともなく、立派な鎧の防御力も見せずに去っていった。
誇りなく、生き抜くために。
「よし、お前ら! これからはボーナスタイムだ。お前ら、大鼠を誘導しろ! ゴブリンを矢で倒してやれ! コアがたっぷり手に入るぞ」
「おぉ〜っ!」
「どんどん矢を持ってこい!」
「石でも良いぞ!」
あっという間に形勢が変わったことに、皆は士気をあげ、武器を手にするが、防人は冷ややかにその様子を見ていた。
「まだだ信玄」
「あん?」
「まだだ」
豪雨の中に消えてゆく敵を見ながら淡々と語る。
「ゴブリンキングが残っていれば、同じようなことが起きる。いや、それ以上に厄介だ。ナイトやシャーマンと共にゲリラ作戦を行おうとするかもしれない。その場合、いつの間にかコミュニティに侵入されているといったことになりかねないぞ」
「しかし、あいつを倒すのは無理だぞ? 追い払うのが精一杯だろ?」
信玄も過去に何回かゴブリンキングとは出会っている。だが廃墟街の人々は、内街の軍隊が倒すまで息を潜めて待つしかない。それも期待できなければ――ゴブリンキングの行動パターンは単純明快だ。ゴブリンたちを率いて収奪して、拠点を設ける。部下がある程度やられたら逃げる。その性質を利用して、人海戦術で大幅に被害を出しながら部下のゴブリンを倒し、奴らが逃げ出すまで戦うしか方法はないのだ。
それだけゴブリンキングは危険な相手なのだ。今までは。
「さっき力が高まったことを感じた。いけるかもしれない」
ワキワキと手を動かすと、自身の力を感じる。力の高まりを感じているのだ。エロいことを考えてワキワキさせているわけではない。そんな感じで見てくる人はおっさん差別だと防人は訴えます。
雫さんや。ニヤニヤとちっこいおててをワキワキさせて、ニヨニヨしない。ハードボイルドなおっさんを魅せているのだ。
「高まった……レベルが上がったってやつか? 3になった? そんな奴聞いたことねぇぞ?」
「俺もだ。だが上がった。ゴブリンキングと戦えるか試してみようと思う」
コアのランクはいくつなのだろうか? 実はマナがないから雫さん任せなのは秘密だ。
「ここで倒しておけば楽だが……いけるのか?」
「あぁ、それにEランク以上は俺の物だろ?」
儲けはしっかりと貰わないといけない。それに猟銃を借りている。強敵を倒すチャンス到来だ。
『任せてください。ゴブリンキングを倒すことは可能です。あれはレアDコアですから』
『倒したことがないランクも知っていて、頼りになります』
『いえいえ、私は防人さんのお手伝いをしたいので』
俺が皮肉げに言うと、バカ丁寧な言葉で会釈をしてくる雫。まぁ、秘密めいた雫さんのことを気にしても始まらない。
敵を追撃するかと、防人は残りの魔力をかき集める。
「じゃあな。少し追いかけて倒せるか試しておく」
『影移動』
新たなる力。視界にある影へと移動する魔法にて、防人は豪雨の中でゴブリンキングたちを追いかけるのであった。