188話 事件後
源風香は、ふらつきそうな身体をなんとか支えて耐える。信じられない。到着して1日半だろうか。吐きたい。
無事なビルにて、風香たちは結城家と会談に臨んでいた。外の風景はオレンジ色に覆われて、そろそろ暗闇に変わるだろう。結局、崩壊した街の復旧などで忙しく、話し合いは次の日の夕方となったのである。
お互いに文官たちが勢揃いだ。ただし風香や結城家長女を除く。公的にはなんの地位も持たないはずの二人がいるところから、権力構造の歪さがわかるというものだろう。武官たちは、ここには来ていない。あくまで話し合いなのだから。
到着時はまだ友好的に見えた結城家を含む相手方は、今はこちらを睨んでいる感じがする。想定と違った展開に心底後悔を私はしていた。やはりお父様がここに来れば良かったのだ。それかお兄様。お父様にはハゲるようにと祈っておこう。
二人とも命の危険があるからと臆面もなく答えてきて、風香を言葉巧みに習志野シティに向かわせたのだ。おのれ、お父様、次の天野防人からの使い魔のレンタル料金は数倍に水増ししてやると、固く誓う。
「さて、内街の代表者である源風香様? 今回の事件についてお話する必要があると思いませんか?」
結城の長女は疲れた表情で口火を切る。既に笑顔はない。その余裕はないほどに疲れているのだろう。父親をおいて、長女が先に口火を切るとは、実権を長女に奪われているというのは本当だと風香は確信しながら答える。
「そうですね、悲劇的なことでした。なぜこのようなことになったのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
こちらが原因だろという口振りに、にこやかに笑顔で見つめ返す。私の態度は確実に相手を苛つかせると考えていた。だが、だからこそだろう。冷静さを私の態度を見て取り戻した結城家の長女は優しげな笑みへと変えてきた。
「わかりません……と言いたいところですが、世界樹が問題だったのでしょう。私は危険を常々口にしてきたのです。見たことも聞いたこともない植物。そんな怪しげな物を利用するのは反対でした。ただ、新田家が絶対に安全であり、この習志野シティの救世主的な存在になると強く意見を口にしてきたので仕方なく……」
最後の方は悲しげな様子で頬に手を当てる結城長女。新田家はたしかナンバー2のはずだ。前もって調査をしたところ、かなり怪しい動きをしていた。ナンバー2ならトップと入れ変わろうとするに決まっているから当たり前の話だが。
世界樹……。あのバカでかい木の魔物。現在は道化の騎士団が倒したので、撤去作業をどうするか考えているらしい。今年の冬は薪に困らなそうではある。
とりあえずは話に乗って、内街の責任ではないと示す必要がある。内街の責任にされると、賠償責任を求められるに違いない。内街の起こした謀略ではないので、そんなことになったら、少なくとも風香の立場はおしまいだ。
軽く深呼吸をすると、結城家の長女を見つめて言う。
「こちらの情報では、精霊機? というものが暴走したとか。これは言わずもがなだと思いますが」
春精霊とかいう兵器は風香も戦闘中に見た。あっさりと倒されたので、なんのために作ったのかわからないと呆れた。それどころか、倒されたあとのコアらしきものを世界樹の木の根が回収しに来たので、大変なことになったのだ。
「どうも『鉄牙』という団体を鎮圧しようとした際に、暴走を始めたとか聞いています。私の部下が街で買い物をしている際に、その様子を確認しています。その集団に春精霊が倒されそうになって暴走を始めたとか」
敵の魔物は春精霊とほとんど同じ姿であった。どう考えても、無関係ではあるまい。事実は違うが、利休に聞いた情報から巧妙に話を作っておいた。大量に春精霊を倒したら、世界樹が暴走したらしいが、利休が春精霊を倒したことは伏せておく。
結城家の長女は、困ったように頬に手を添えて眉を小さく顰めさせる。たおやかで優しげな容貌、長いストレートの黒髪に、スタイルも良い、纏う空気は優しげで、戦いなどは知りませんといった、この軍事基地のトップとは思えない美女、結城聖は、ひと呼吸おいて話し始める。
「では内街の方は、暴走する春精霊の様子を見ていたと?」
「すぐに周りに春精霊が大量に出現しました。そのことからも見間違いなどではないだろうと」
優しげな容貌の聖はため息を吐く。そうして、諦めたかのように小さく頷き、なにかを決意した表情へと変わる。
「やはり新田家の言うことは間違っていたのですね。心苦しいですが、新田家を軍法会議にかけたいと思います。新田家を唆した科学者たちも同様に」
「それだけではない。この原因は軍事基地として、今まで扱ってきた我らにも責任がある。新田家の暴走はそれが問題だった。私は責任をとって、少将を辞任。この街は他の地区と同じく民主主義に則った普通の街へと変えたいと思う。復旧作業もあるので、とりあえずは他の街からの介入を受けて混乱しないように、特区として扱ってもらおうと思う」
結城聖の父親が話に口を挟み、信じられないことを言うので、内心で風香は舌打ちをした。
新田家の暴走とは言っていないのに、新田家の暴走として話を進めていることに加えて、自分たちは辞任すると。そして民主主義に従うのに特区とか、意味がわからない。あまりにも結城家に有利な内容だ。
聖はこの基地にて、絶対なる人気を持つ。きっと民主主義にしたら、トップ当選確実で、その後に独裁体制を取るに違いない。
「復旧作業において、こちらの支援は必要では? まさか資材などを受け取るだけ受け取って、特区にしろとは言いませんよね?」
「私は街の人々の力を信じています。それにこちらにも蓄えはありますので大丈夫です」
両手を胸の前で組み合わせて、聖は祈るように目を瞑る。おぉと、聖の周りの取り巻きは感動したように頷く。
新興宗教団体のような光景だ。こういうの、私は苦手なんですがと、気持ち悪く思う。聖の両手からは、白い光が出てくるので、風香は対抗手段をとる。
『疲労回復』
『魔精霊召喚』
『魔法破壊』
マナの精霊の力にて、白い光を打ち消して、微笑みながらもお断りと言う。
「申し訳ありませんが、治癒魔法は必要ありません」
「それは申し訳ありません。皆様がお疲れかと思い、つい使用してしまいました」
きっぱりと断る風香に、残念そうにへにょりと眉をさせてニコリと微笑む聖。聖の取り巻きたちは、風香へ怒りの視線を向けて睨みつけてくる。聖様の気遣いを無駄にしてということだろう。
治癒魔法。聖以外には見たことがない魔法だ。ゲームなどでは神官が使用するポピュラーな魔法は、現実では稀少だ。
使い手はたまに現れたと聞く。が、すぐに行方不明になるか、死亡するかで、いなくなった。
デメリットが恐ろしいのだ。スキルの力が呪われているわけではない。発揮するその力が周りを狂わせる。大体の人間は治癒魔法を求める。その中でも権力者がもっとも求めるのだ。なにしろ側におけば、毒も病気も恐れることがなくなるので、なんとしても手に入れようと争いをして、だいたいその過程で治癒魔法持ちは死ぬ。
母が持っていた祝福の酒杯と同様だ。誰も彼もが、その力を求めて、最後は欲望により押し潰す。
そのため、生き残った聖は大変希少だった。権力者の家門に生まれたのが幸運であり、かつ、この女性は自らの立ち位置が極めて危険だと判断して、自分の身を守れる環境を作った。
無償で治癒魔法による癒やしを兵士たちに頻繁に与えて、聖女のように優しげな微笑みで周りを魅了していったのだ。それにより、彼女はここ習志野シティのトップとなっていた。
今も取り巻きたちは盲目的に信じて崇めているし、3等級の人々があまり不満を持たない理由の一つでもある。苦しい生活の中で食べ物を手渡されて癒やしの魔法を受ければ、ころりと彼女を崇めようと転がる人たちは多いに違いない。そして、一言言うのだ。もう少し頑張ってください、そうすれば土地は広がり貴方の土地も手に入ります、と。
治癒魔法にて、癒やされてそう言われれば信じる者は絶対にいる。
そして風香たちもこの事件の収拾のために動き回っていたのでクタクタだ。そんな時に癒やしの魔法を受けたら、疲れがとれたことによる安心感から、魅了される者もいるかもしれないのだ。
軍事基地として、独裁をしてきたとはいえ、軍の囲いの中の話。今後は特区にと要求をしてくる女性に油断などできない。なにしろ奴隷同然の扱いを3等級の人々にしておきながら、有り難いと敬われる存在なのだから。
お互いの視線が絡み合い、火花がバチバチと散る中で、風香は話を変えようと口を開く。これ以上、復興についてと特区についての話は手に余る。
後から本格的に自分より偉い者たちが訪問して話し合いとなるだろう。本来は源家の長女が表敬訪問しますよ、なので敵意はありませんよといった意味も籠められていたのだ。
もう、まったく意味がない。ここで気軽に頷き、復興の手伝いをしましょうなどと答えたら、内街に大きな負担となるのは間違いない。日本の軍事基地として習志野シティがあるのだから、復興支援は無料で内街は行わないといけないのだから。
たぶん特区になるだろうなとは、薄々感じている。その引き換えに復興の資材は金を貰うといった取引になる予感がする。聖女が率いる新興宗教団体の街ならば、特区となって宗教国家になりそうな予感もしてしまうが。
「とりあえず、習志野シティの要望は伝えておきます。が、あの空飛ぶ戦艦についてはどのような説明をしていただけるのでしょうか?」
聞きたいことの一つである。あんな技術があるとは聞いていない。見かけからしてボロかったが。
「……あれは過去に地下に現れた空間にあった物です。研究艦なのはわかりましたが、ボロボロでしたし、動くとは思っていませんでした」
はぁ、と疲れたように嘆息する聖を疑いを持って見つめる。その視線に気づいたのだろう。聖はふふっと微笑むと、意外なことを言ってきた。
「あの船に世界樹の元となる水晶が存在しました。使い方も書いてあり、過去に習志野シティが利用したのですが、いまいち効果はありませんでした。研究区画には、結晶を変化させる機器もあり、最近になってようやく使えるかもと考え始めたのです」
「最近?」
「そうです。コアストアから手に入れた春の花や冬の花。マナに満ちる花々が世界樹により結晶化して、その結晶を私たちは精霊機製造と書かれていた装置に入れたところ、初めて精霊機へと変化する結晶、マナ結晶と私たちは呼んでいますが、それを手に入れて精霊機を製作したのです」
悲しげな様子で聖は顔を俯ける。
「コアストアに艦、世界樹、マナ結晶作成装置、恐らくは全て繋がっていたのでしょうが……そのことを解析した科学者の一部は拘束していますので、後で尋問する予定です。飛んでいった船の人員と恐らくは繋がっているでしょうし。かなりの人数の研究者や新田家の兵士が姿を見せないので、きっと船に乗って逃げたのでしょう」
「たしかに、私たちが訪問した時を狙って、騒ぎを起こし、その隙を狙い船を奪取。過去に船や地下施設などが世界では多数発見されていますからね。船を飛ばして回収に向かったとも考えられます」
なるほどと、風香は顎に手を添えて考え込む。たしかに陰謀の匂いがプンプンする。研究者たちは私たちの知らないなにかを見つけて逃げ出すことに決めたのだ。
「その研究者たちには指名手配をかけましょう」
野放しにしておいたら危険かもしれない。
なにか暗雲が漂ってくる気配を感じて、風香は疲れてため息を吐くのであった。