187話 後片付け
習志野シティはエンシェントトレントとの戦闘で大変なことになっていた。ビルは破壊されて家屋は火に包まれて、トレントが暴れまわり、人々は悲鳴をあげて逃げ惑う。
防人はその様子を見ながら、適当にトレントを倒していた。そうして雫がエンシェントトレントの体内に入り込み、しばらく経った。
雫たちがエンシェントトレントを倒したのだろう。人々に襲いかかるトレントたちが、虹色の泡となりコアを残して消えていったあとに、とんでもないことが起きた。というか、今も起きています。
とんでもない事の原因を仰ぎ見ながら俺は思った。
「ちょっと不思議でSFと言うんだっけ?」
「言いたいことはそれだけか? それだけなのかっ?」
隣で狐娘が耳元でぎゃギャー喚くが、とってもうるさい。喚く気持ちもわかるけど。この娘はなにかな? さっきまで少年じゃなかった? まぁ、気持ちはわかる。俺も驚いているし。
なにしろ、目の前には空を飛ぶ戦艦があるのだから。なんだあれ? トレントとの戦闘中に地下がせり上がったと思ったら、浮き上がってきたのだ。
「習志野シティの秘密兵器に違いない。利休とか言ったな? この蛇で攻撃をしろっ! きっとあの戦艦から艦砲射撃をするつもりだぞ。先制攻撃だ!」
「あー、うるさい、うるさい。お前、あれを見て戦えると思うか?」
ジト目で見てやると、ウッと呻いてあらぬ方向へと顔を背ける。そりゃそうだろう。説得力がない。
「たしかに……それならばきっと緊急脱出用に建造していたに違いないっ」
「それも却下だ。戦艦の装甲を見ろよ、剥がれているわ、錆びているわ……どこかのスクラップ場から持ってきたと言われても信じるぜ」
空をゆっくりと浮上していく戦艦。装甲はボロボロであり、穴だらけだ。土だらけで火花も各所からバチバチと散っており、煙を吹き出しているところもある。
正直に言って、墜落しそう。その艦は全長500メートルほどで、巨艦ではあるが、武装も見えるところにはない。戦艦じゃねーな、あれは。
「恐らくは習志野シティの重鎮が乗っているはずだ。とりあえず、この蛇のブレスを一撃入れてみないか?」
「とりあえずの意味がわからねーな。あれ、ブレスの一撃で破壊できそうには見えるが……攻撃をしたら、防衛できる武装を隠し持っていると思わないか? このタイミングで浮上してくるなんて、倒してくださいといっているようなものだからな。お前、俺を悪人に仕立て上げようとしていない?」
撃沈させたら、あっという間に俺をこの騒ぎの犯人に仕立て上げようとする予感がするんだよな。
「しかし逃げられるぞ? 映画以外で、空を飛ぶ船など初めて見た。明らかに習志野シティが隠していたオーパーツに違いないぞ? もったいないではないか」
「俺には関係ないね。あとは政治的解決をしてくれ」
加速していく戦艦を見て、たしかにもったいないとは思う。が、それ以上にあれは厄介事の塊だとも思う。あれを手に入れたら、きっと外野がうるさいと思うし。機密情報満載のトラップボックスにしか見えないぜ。
なので、気にしないことにする。歯噛みをして悔しがっている狐娘に、一つだけ気になることを尋ねる。
「あの船体に書かれている名前、なんだと思う?」
古びた船体にデカデカと船名が書かれている。
「『榛名』と書いてあるな」
「端折るなよ。『地球連邦軍研究艦、榛名』と書いてあるだろ。地球連邦軍って、国連軍か? 今でも国連ってあるのか?」
「聞いたことないな。地球連邦軍など初めて聞く」
だよなぁと頷く。国連軍なんて、この状況で機能していれば反対に驚きだぜ。
とりあえず、初夏にしては寒いから、狐の尻尾マフラーでもしておくか。雫たちはどうやらエンシェントトレントを撃破したようだし、後片付けを始める時間だ。
少し寒いなと、首に尻尾を巻いておく。長い尻尾で助かったぜ。
「暑い」
「尻尾を巻くな! 暑いなら外せ!」
「我慢大会って、初めてやるな」
狐娘が騒ぎたてるが、我慢大会をしないと逃げるだろ。周りが落ち着き始めたことを確認して、コウの頭を触って指示を出す。ダンジョンが攻略されて、トレントたちが消えたことにより、騒ぎは急速に治まり始めている。簡単にこの騒動が治まるとはさすがは軍基地の住民たちだ。
燃えている家屋の消火に、怪我人の介抱。後は廃墟となったビルの解体。……俺には関係ない話ばかりだ。俺のここでの活動は基本的に終わり。後はこの街のトップが考えることだよな。
『防人さん。エンシェントトレントは撃破しました。特異魔物のダンジョンマスターは撃破したので、とりあえず全機召喚を解除してください』
『わかった。いつものことだけど、ボロボロなのね?』
すぐに全機召喚を解除するように求めてくる雫さんに、なにが起こったのか、すぐに気づく。あれだろ? 死ななければ大丈夫の精神で戦闘をしたんだろ?
『ちょっと突かれたら、倒れて気絶する程度ですが。ダンジョンマスターは狡猾で、かなり厳しかったんです。ですが、私の完全なる作戦にて撃破できました。記録映像があれば、防人さんにもお見せするんですが。とりあえず頭を撫でてくれて良いですよ』
『了解。それじゃ本社にセリカと雪花、筑波線要塞に戦車を送り返す』
それぐらいなら、まだマナは残っている。全部マナを使うのは怖いが、俺が逃げ切る分は残してあるので、別に良いだろ。
現在、拠点設定は本社、筑波線要塞、セリカ、俺と設定してある。その間なら自由に転移可能だ。セリカが見られたら厄介だし、転移させとこ。
影をゲートに変えて、セリカたちに思念を送っておく。お疲れ様でした。助かったよ。俺も戦闘に加わりたかったが、作戦なので仕方ない。
『帰ったら新装備の作成を始めるから楽しみにね〜』
『本社で待つのじゃ。報酬は雪花ちゃんの貯金箱に入れておいてくれ』
なにやらはしゃいでご機嫌なセリカと、フンスと得意げそうな雪花の思念が返ってくる。とりあえず道化の騎士団の力を見せつけたということで良いだろう。
気を取り直して、コウに思念を送り、花梨たちがいる場所へと移動することにする。たしか歓迎会をしていたよな。どこだろう。
「巽。内街との歓迎会があるところ知ってるだろ。道案内してくれ」
「私が知っていることを前提に話すなっ」
「ガイド料払っただろ。ほら、案内しろよ」
3万も貰ったろと、尻尾を握りながら言う。ぐぬぅと、仮名巽は唸るが、渋々ながら指を少し離れた場所に指す。意外と近かったようだ。中心地にエンシェントトレントはいたから、トップが中心地近くにいるのは当たり前か。
一際大きい無骨なビルが建っていたのだろう。コウの頭上に乗って眺めると、砂埃でほとんど見えないが、エンシェントトレントの巨大な木の根がビルに倒れ込んで、瓦礫の山になっているのが僅かに見える。
あれかぁ………あれなのかぁ。本当に? 花梨生きているかなぁ。
花梨が死んでいたら、立派な葬式をしてやろうと誓いながら、コウを移動させる。と、砂埃が薄れていき、元ビルの廃墟の側にかなりの集団がいるのが見えた。
その中に、尻尾をフリフリと揺らして、ぴょんぴょんとジャンプしながら両手を振っている猫娘が見えたので、ホッと安堵する。元気そうでなによりだ。多少傷ついて、服が切れていたり、血が滲んでいるようだけど。
「ちー」
ハツカネズミのような可愛らしい声音で、コウが花梨たちのいる場所に移動する。エンシェントトレントも倒された今、危険そうな魔物はコウだけに見えるけど大丈夫かね。
ビルに影を作り、コウが巨体をくねらせて移動すると人々は慌てふためき逃げようとするが、のんびりとコウが通り過ぎていくと足を止める。
ガヤガヤと騒ぐ人々を無視して進むと、
「怖かったにゃー! 死ぬかと思ったにゃんこ」
花梨の前に辿り着き、コウの頭から飛び降りると、花梨がタックルでもするような速さで突撃をしてきた。トレント相手だから、余裕がなかったのだろう。花梨のレベルは4レベル、トレントは4を超えている可能性があった。その攻撃から身を守るのは大変だったに違いない。
「よしよし、大変だったな。これはご褒美だ」
俺は笑顔で花梨にご褒美として、狐のマフラーをその首にかけてあげる。
「狐の尻尾にゃんこ?」
「あぁ、その……」
隣にいる狐娘を見て口を閉じる。いつの間にか狐娘じゃなくて、狐になっていた。
「ケーン」
鳴き声も狐です。この小娘……なかなかの胆力だな。狐耳をピコピコ振って、つぶらな瞳で俺たちを見てくる。
「狐化スキル持ちって、結構いるのか?」
「数は少ないけど、それでもいるにゃ」
「へー」
へっへっと、舌を垂らして俺たちを小首をコテンと傾げて見てくる狐。こいつの正体は後でで良いか。こいつは大事に檻に入れて飼っていてくれ。
かぶりを振って、狐を花梨に抱かせて任せる。それよりも大事なことがある。
バラバラと生き残りの兵士が自動小銃を構えて、俺を囲んでくる。血だらけの傷だらけと、激戦であったのがわかる。
「待て、この者は味方だ。そうですね?」
緊張状態となる俺たちに、たしか丸目大佐といったっけ。冷静にこちらを見てくるが、その目に多少の苛立ちが見える。どうやら大佐もきつかったようだ。
「そうだな。キツネ狩りに忙しかったんですよ、大佐殿」
仮面を外して、幻想の指輪による変装を切り替えておく。細かいこともこだわらないと、演技は苦手だしな。
「よろしい。それでは残敵はいますか? そのでかい魔物の頭上からなら、さぞかし景色が良かったでしょうからね」
「そうですね大佐殿。ダンジョンのボスはなんとか倒しました。それによって、街の中にいたトレントは消滅しました。ただ、この混乱に乗じて、外からの攻撃はあるかもしれません。どでかい祭りをしていましたし」
兵士らしく、ピシリと敬礼をして答える。俺、大活躍、到着後数時間で中佐になっても良い功績を立てたんじゃないか?
どういう胆力をしているのか、狐の尻尾をモフモフしているもう一人の大佐とは違い、俺を完全に部下扱いしてくる丸目大佐。
「わかりました。ダンジョン攻略お疲れ様でした。続いて、街の外からの侵入を警戒しなさい。その魔物がいれば安心でしょう? 何人か部下をつけます」
「了解です。丹羽長秀、防衛任務につきます」
「えー! っとと、ここは丹羽長秀は側に置いておいた方が良いにゃん?」
丸目大佐の指示に、にゃんこが慌てふためくが、そっとその脇腹をつつく。
嫌そうな表情で俺を見てくる花梨にため息を吐き、その耳元に小声で囁く。
「俺がいたらまずいんだろ」
「あ〜……習志野シティへの圧力になるからにゃ?」
「それに俺たちが到着した途端に、ダンジョン騒ぎで街崩壊。それでダンジョン攻略も俺がした。わかるよな?」
「うぅ〜。あちしも一緒に防衛任務につきたかったにゃ」
この後の話し合い。とりあえずは歓迎会がなくなったことはわかる。
げっそりとした表情の花梨の頭をポンポンと叩くと、コウの頭に飛び乗る。大佐殿、後は頑張ってくれ。影に闇猫を潜ませておくから。
俺は空気の読める男なんだ。なので、真っ青になってふらついている源風香の交渉に期待しておこう。
実はここに来た意味がなくなったんだ。もう習志野シティは内街と戦争できる戦力がないからな。
防衛任務が終わったら、次はこの街の特産品とか、足りない物をリサーチしておくかね。
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