185話 蟻王
暗闇が支配するエンシェントトレントの幹の中。10式重戦車のライトが前方を照らす中で、雫は歩みを進める。重低音を響かせて走る戦車の威容は歩兵にとっては頼りになる音に違いない。
対魔物用として製造された10式重戦車は第二次世界大戦時のタイガー戦車が小型に見えるほどの大きさだ。馬鹿げたことに、2台のエンジンを積んでハイパワーを可能にし、列車砲のような超大型の戦車砲を装備して、重機関銃を搭載している。分厚い装甲で敵の攻撃を耐えつつ、高火力の戦車砲で倒すという大艦巨砲主義に戻ったかのような戦車だ。
セリカの改造を受けて、予備弾倉への切り替えもできる戦車はエンシェントトレントの胴体を破壊できるパワーを持っていた。防人は大型の魔物との戦闘にて使えるようにと以前に作戦を立てており、それが日の目を見たのである。
今は砲弾がなく、重機関銃のみとなったが。
『モンスターコアは破壊できなかったみたいだから、頼んだよ本当に。本格的に自分専用の兵器を作らなきゃなぁ』
セリカは戦車を操縦しながら、口を尖らせる。久しぶりの戦場だ。それなのに、戦闘服のみで甚だ心細い装備であるからして。
『任せておいてください。害虫駆除は雫さんなんです』
『援護も任せるのじゃ』
頼もしい答えをしてくるふたりの力は信じている。が、それでもなぁと、小脇に置いて用意しておいた袋を雪花へと投げる。
『ほい』
雪花はナイスキャッチと受け止める。袋の中からガシャリと金属が擦れる音がしてくる。
『さすがはセリカちゃん。準備万端ですね』
『戦闘開始じゃな』
雫が満足そうに答えてくるので、半眼になってセリカはため息を吐く。準備をしておくのは当たり前だ。
『いつもそうだったろ? 任せるよ』
『了解です』
モニターに映る雫がシロアリに突撃していくのを苦笑と共に見守るのであった。
暗闇の中、戦車のライトに照らされて、幹の中から続々とシロアリが這い出してきていた。エンシェントトレントの防衛戦力らしい。アリがうじゃうじゃと現れる姿は気持ち悪い。
シロアリは真っ白な外骨格を持ち、真っ赤な複眼を持つ。そしてその体格は大人の背丈ほど。ギチギチと顎を鳴らして雫へと向かってきながら闘技を使ってくる。
『ダッシュ』
バネのように飛ぶと、シロアリは鎌のような前脚を振りかざしてくるので、雫は薄く笑って足を踏み出す。
肉薄したシロアリが振り下ろす前脚を、僅かに身体を右に反らし回避する。目の前を鎌のような前脚が振りぬかれて、突風が雫の髪を煽る。
『全能力向上』
『一閃』
瞬時に闘技にてステータスを向上させるとカウンターを放つ。
躱しながら雫は横にシロアリの胴体を薙ぐと、鎧のように強固なはずの胴体をバターのように断ち切り分断させる。
無感情なるアリたちは、先頭の仲間が倒されても気にせずに向かってくる。アリらしく大量の数で押し潰そうというのだろう。
「密集しての戦闘は注意が必要ですよ」
朧水の小剣を手に、立ち向かおうとする雫だが、後方の雪花が叫んで袋から取り出した長剣を投げてきた。
「これを使うのじゃ!」
「助かります」
くるくると回転しながら飛んでくる長剣を掴み取り、横に構える。
「ギチギチ」
「ギチギチ」
「ギチギチ」
押し合うように迫ってくるシロアリへと、新たなる武器を構えて立ち向かう。
「私の新たなる剣のお披露目会ですね」
自らの満ち溢れる闘気を剣へと流していく。剣の先端にもあますことなく流し終わると、闘技を使用する。
『嵐剣の舞』
完全にマスターした闘技。ランダムに敵を切り裂く闘技を昇華させて、自在に敵へと攻撃可能となった多段範囲攻撃を雫は繰り出す。
シロアリたちは強い。トレント以上の力を持っている。強固な外骨格に強靭な身体能力。数の力で敵を倒すことを目的とされているために、Bランクにしてはステータスは低いが、それもBランクにしてはだ。
『鉄化皮膚』
雫の攻撃を見て、すぐに対抗手段を出してくる。ただでさえ硬い外骨格をさらに強度を上げて、守りに入る。
風のように速い雫の剣撃はシロアリの頭に命中する。だが数センチの切れ込みをつけるだけに終わり……
同じ箇所に寸分違わず、瞬時に剣撃が入る。連続の剣撃にシロアリの外骨格にヒビが入ったと思った時には、トドメの一撃が繰り出されて、真っ二つに頭を割るのであった。
周囲のシロアリも同じように、カチカチと金属を鳴らすような音がしたと思った時には、同じように切り裂かれていく。
多段攻撃を集中させて繰り出すことができるようになった雫の力である。
あっという間に、周りのシロアリが頭を割られて倒れていく。
新武器はなかなかの威力ですねと、ポイ捨てして雫は手を翳す。
「おかわりください」
「了解なのじゃ」
袋から新たなる長剣を取り出すと、雪花は投げる。パシッと雫は受け取ると、倒れた死骸を踏みつけながら現れるシロアリへと剣を構える。足元の長剣はサラサラと砂になって砕けていったが気にしない。
『嵐剣の舞』
集団へと飛び込み、同じ闘技を使用しながら走り抜ける。
「おかわりください」
「ほりゃ」
闘技を耐えたシロアリたちが数匹立ちはだかるのを、雪花は重機関銃で蹴散らしながら、また雫へと長剣を投げ渡す。
ポイッと砂と化した剣を投げ捨てて雫はニコッと微笑む。
「わんこそばの剣と名付けたいと思います。気に入りました。もしや、セリカちゃんの最高傑作では?」
「ゴブリンキングの剣を手直ししただけじゃろ」
これならば、剣の耐久力を不安に思うことはないと、雫は顔を綻ばせて喜ぶ。これはセリカちゃんの作る武器は耐久力がないという弱点をカバーしていますねと。
「嫌なことを言っていない? 僕が泣きたくなるようなことを口にしていないかい?」
戦車の中から不満そうな声が聞こえてくるが、セリカちゃんは照れ屋だから照れているのだろうと、私はスルーして、さらに足を早める。
硬さと数で押してくるだけの敵だ。武器が破壊されなければ、私の相手にはならない。
「おかわりください」
「ボスまでに全部無くなりそうじゃの」
暗闇の中で雫は疾走しながら、剣の光を閃かせる。キラリと剣の光がライトに反射して光るたびにシロアリは頭を割られて、首を切り落とされて倒れていくのであった。
そうして、シロアリの屍を築きつつ、剣を次々と破壊しつつ、先に進み、雫はピタリと足を止めた。
「やはりガーディアンはいるんですね。いるのではないかなぁとは思いました」
ライトに照らされる通路の奥。そこには5メートルはある水晶が幹の中に埋め込まれており、その前にシロアリとは言い難いモノがいた。
2メートル程度の背丈の人型のシロアリだ。スラリとしたスリムな体格に4本の腕と2本足を持っている。その纏わせる空気が強者であると伝えてきた。
「コ、コ、コンナコトガ、ドコガ、ナニガワルカッ」
だが、その口から呟かれるのは意味を持たない言葉であったので雫はウンウンと頷く。
「仮面シロアリダーという名前ですか。わかりました、全力でお相手します」
トンと地を蹴って、雫はシロアリダーへと駆けてゆく。その様子を見て、ノロノロとシロアリダーは動き始める。シロアリダーで名前は決定だ。
「アントキングと言うのじゃ、可哀想じゃろ」
「仕方ありませんね」
雪花ちゃんがツッコミを入れてくるので、渋々私は頷く。
「タ、タス、ケ」
『嵐剣の舞』
容赦なく闘技を放つ雫。迫る高速の多段攻撃にアントキングは反応して闘技を放つ。
『嵐陣乱撃』
お互いの闘技がぶつかり合い、かき消える。むぅ、と雫は眉をひそめて、一歩下がる。
「やはり多段範囲攻撃は消されてしまいますか。そう美味い話はないということですね」
ランダム攻撃から変わっても、対抗手段は変わらないらしいと、頬を膨らませる。
『蟻騒音』
続いて、アントキングは口をギチギチと動かして、ガラスを擦るような音波を放つ。
『闘気集中』
音波により三半規管を狂わされて、身体がふらつくがすぐに気を取り直す。
『加速脚』
『加速脚』
お互いに残像を残して、加速してぶつかり合う。4本の腕を器用に振るい、その先端に生える剣のような爪をアントキングは繰り出してくる。対して、雫も朧水の小剣の剣身を伸ばして鞭のようにしならせて弾き返す。
カチンカチンと爪と剣がぶつかり合い、金属音が奏でるようにリズミカルに響く。
だが、ステータスは圧倒的にアントキングの方が上だ。その高速の攻撃は私の剣をするりと躱してくる。
ボッと空気が抜けるような音と共に、肩にアントキングの攻撃が掠る。僅かに掠っただけであったのに、肉がおおきく抉られて、身体がその衝撃で揺らいでしまう。
『柳風体』
新たに闘技を使用して、身体を柳のように揺らせて敵の攻撃を受け流し、体勢を無理矢理立て直すと後ろに下がる。
ギシリと身体が軋む音がして痛みが走るが、無視をして続く敵の攻撃を受け止める。
『ディフレクト』
剣を盾のように使い、爪を受け止めるが、敵の圧倒的な筋力により簡単に押し負けて
バッと大きくアントキングは後ろへと跳躍した。
たった今までアントキングがいた場所に重機関銃の銃弾が飛んできて、床に大きな穴を空けてゆく。
「連携を読むとは視野が広いですね、このアリンコ」
「こやつ、Aランクに入りそうなステータス持ちじゃぞ」
わざと危険を冒して受け止めたのに、アントキングはその行動を読んだのだ。受け止めて敵が動きを止めている間に雪花ちゃんが重機関銃でダメージを与える作戦であったのに。
雪花も重機関銃を構えて、舌打ちをしていた。アントキングは油断なく雫と戦車に視線を向けている。
「コ、コ、ドコ、タスケ」
カタカタと意味のないセリフを言いながら、アントキングは前脚を構えて、こちらへと向かってくる。
『豪破乱撃』
「雪花ちゃん!」
一撃が衝撃波を纏い迫ってくる。躱しても躱しきれないで砕かれる。防いでも防ぎきれないで砕かれる。どちらにしても詰んでいると雫は悟り、叫ぶ。
「うりゃー!」
雪花が重機関銃の引き金を引き、銃弾の嵐をアントキングに放つ。アントキングは闘技をキャンセルして、横に飛び躱してしまう。
『一閃』
その隙を逃さずに雫は剣を振るう。光の輝線がアントキングの左前脚の関節にするりと入り切り飛ばす。
くるくると切り飛ばされた前脚が宙を飛ぶ中で、腰を落としてアントキングは拳を繰り出してきた。
『剛拳』
「グッ!」
『ソードカウンター』
身体にマトモに拳が叩き込まれて、激痛が走り、口から鮮血を雫は噴き出す。くの字に身体が折れるが、敵の拳を掴んで吹き飛ばされるのを防ぎ、宙をくるりと回転する。そのまま剣を振り下ろして突き出された前脚を切り飛ばす。
アントキングは痛痒を感じないかのように、蹴りを繰り出して、宙にいる雫を蹴り飛ばす。吹き飛ばされた雫は柳に風と身体を揺らして衝撃を緩和させて床に降り立つ。
ブチリと足の筋肉が破断した音が聞こえたので、完全には受け流すことはできなかったのだろう。
雪花ちゃんが私に視線を向けてくるが、小さく首を横に振る。雪花ちゃんとふたりがかりでも敵わない可能性は高い。ここは作戦どおりにいこう。
アントキングを見た時から思念で雫は雪花とセリカに倒す作戦を伝えていた。計画通りにいかせる。
戦いの天才たる私の作戦は完璧だと、傷だらけとなりながらも、薄く凶暴な笑みを浮かべるのであった。




