183話 部屋
キラキラと輝く美しい蛟のコウ。いつもは荒川の橋を守りのんびりと日向ぼっこをしている天野防人の部下である。
その透明な水晶のような胴体は50メートルほどの長さを見せて、辺りを睥睨するように現れた。
現在は道化の騎士団団長が送ってくれた切り札の一つ、ということにしてある。重要情報だから覚えておくように巽君。テストに出るからな。
『モビルなアーマーの力でもエンシェントトレントを倒すには足りませんよ、防人さん? 怪獣大決戦をしたいところですが、圧倒的にこちらが不利です。無駄に鎌を取り付けた機体と、ラブフィールド搭載のアルファのアジール的なアーマーぐらいの差があります』
『比較対象がわからないんだけど』
いつもの雫さん情報だとわからないんだけどと言うと、テヘッと可愛らしく小さな舌を見せて、言い直してくれる。
『ガレオン船と戦艦大和ぐらいの差です』
『うん、とってもわかりやすい。ガレオン船のカノン砲では大和の装甲をへこますこともできないだろうな』
街の中心で根っこや枝を振り回して暴れているエンシェントトレントはコウとマナの含有量を見比べても数倍の差がある。総合ステータスが俺よりも上のコウは3700だ。俺よりも1000以上高いコウと比べても、数倍の差があるのだから、恐らくは攻撃を防がれるに違いない。
「す、すげー! これならあの化け物を倒せるのか、兄ちゃん!」
それでもコウは威容だけはある。なのでコウを見た巽が頬を紅膨させ興奮して狐の尻尾をフリフリと振って聞いてくる。すげー、俺もお伽噺に聞いた内容が正しくて感動だぜ。興奮すると正体が垣間見えるのな。次の店はいなり寿司を売っている店に行ってみよう。
今はそのことについて巽をからかう余裕はないので、気を取り直す。
コウが頭を下げてくるので、飛び乗ると巽も器用に飛び乗ってくる。
グイッと頭を持ち上げて、エンシェントトレントへと身体を向けるコウ。
『雫。たしかに今の状態では敵わない。なので、パワーアップをしよう』
『パワーアップ?』
『コウは水特化だ。得意な地形なら、エンシェントトレントと戦えるはず』
俺は素早く等価交換ストアを呼び出すと、目当てのスキルを表示させる。
『地形通常変更:レアエレメントコアB1』
『防人さん! これはまだデメリットがわからないので、危険なスキルでは? まさか取得するつもりですか?』
俺がなにをしようとしてるか悟った雫が慌てて止めてくる。
『たしかにな。一か八か覚えるぜ! ……なんて、熱血主人公のようにはやらないから安心しろよ。もう歳だし、現実は世知辛い。きっとろくでもないデメリットが付くに決まってる』
予想では、4大元素魔法の使用禁止になるのではと、俺は考えている。地形を操作するスキルだからな。もっと酷くてもおかしくない。最初はこれをすぐに覚えようとしたのだが、幸運にも閃いたことがあったので止めた。
地形変更は精霊石を使うことでカバーをすれば良いと思うんだ。大量に手に入りそうだしな。よくよく見れば、春精霊の水晶はセリカの作った黒い骨と同種だし。後で大量に手に入るだろ。
と、すれば俺のやることは一つ。その時々で有利になるスキルにするだけだ。
ということで、劣化をしておきます。ポチポチっとな。
スキルの劣化を押下すると、バチリと身体が痺れて、ふらついてしまう。瞬間的に頭痛が奔り吐き気が襲う。
アイテムではないと、拒否反応を示しているのだ。だが、スキル結晶化ができるようになったんだ。即ち結晶化前だけどスキルはアイテムなんだ。粒子なんだろ。反論は認めないぞ、等価交換ストアさん。
歯を食いしばり耐え抜く。この程度のダメージじゃ俺は止められないぜ。集中してボタンを再度押下すると、表示にノイズが奔り表記が変更された。
『限定1:部屋通常変更:レアエレメントコアB1:部屋の環境を変える。デメリット無し』
んん? 予想と違って交換レートが変わらない。その代わりにデメリット無しと明言されている……。ふむ。俺の願いに合わせたようなスキルになったな。
取得っとな。ボタンを押下すると、等価交換ストアから漆黒の粒子が俺にまとわりついて、体内に入ってきた。相変わらず身体に悪そうな粒子だ。雫さんは可愛らしくキャッと言って目を手で覆い隠しているけど、可愛らしくすれば誤魔化せると思っているのかな? 今度、温泉でリフレッシュしたいところだ。
「な、な、な?」
俺を禍々しい力が取り巻いたのを見て、口をパクパクとさせて驚く狐耳を頭から出す巽。あぁ、見られたか。ま、良いか。
「団長の遠距離からの強化魔法だ」
なんでも謎の団長のせいにしておく。外から見たらなにがあったのかさっぱりわからないだろうからな。コノハ団長マジリスペクト。
脳内に部屋環境を変更させる使い方が刻まれる。どうやらマナを使用するらしい。天井の高さ100メートル。部屋の広さ200メートル、地下は10メートルまで変更可能。但し油田を作ったり鉱山を作ったりすることはできないようだ。まぁ、部屋ではないから仕方ないか。そして既にある物を消したり破壊したり、致命的な環境にもできない。通常環境だから当たり前か。部屋と認識すれば使用可能と。なるほど。
『理解した』
ポツリと呟くと、薄く口元を曲げて指をパチリと鳴らす。
『石柱』
空中に3メートル程の石の柱を4本生み出すと、効果範囲限界ぎりぎりの4隅に打ち出して、地面に埋め込む。
『ここは俺の部屋〜』
少し子供っぽく呟く。よく子供が外で遊ぶときにやるだろう? ここは俺の部屋とか、ごっこ遊びとかでさ。
『子供の理屈で、部屋と無理矢理認識する防人さんが素敵です。ふふっ』
雫が俺の発言にクスクスと可愛らしく笑う。なにをするつもりか理解したのだろう。
俺は周囲の様子を見ながら、マナを集中させて手を振るう。
『屋内プール』
その一言と共に、辺り一帯が水で埋まる。杭の周りに壁が生まれて、水が溜まり深さ3メートルの屋内プールの出来上がり。天井ないけどな。
周りのトレントたちは水で動きが鈍り、人々が驚いてなにかに登ったりしていた。マナで見る限りに溺れる人間はいなさそうだ。
「周りが水になったぞ!」
わあわあと眼下の様子を見て驚き叫ぶ口調も崩れた巽。俺はというと、マナ消費を見て、舌打ちする。マナが200も減った。これは連発できなさそうだ。後4回使うとマナは空になるな。
これで行けるかと俺が思い指示を出そうとしたら
ドォンドォン
と爆発する音が聞こえてきた。見ると基地の戦闘機やヘリが地面から突き出された木の根に貫かれて破壊されていた。ジェット燃料のタンクも破壊されたのか、基地の地下から炎を噴き出している。
「おおぅ……。あの木は頭良いな。まずは航空戦力を殲滅か」
戦闘機が真っ二つとなり、地面に投げ出されて、ヘリは中心からバラバラとなりローターが飛んでいって、近くの兵が巻き込まれて死んでいった。
戦車が動き始めて、戦車砲をエンシェントトレントに向けて撃ち始めている。噴煙が砲口から噴き出し、エンシェントトレントに砲弾が命中する。
パラパラとエンシェントトレントの幹から木片が飛び散る。戦車砲ならばダメージは入れられるらしい。
『木鱗盾』
だが、戦車砲での攻撃はそこまでであった。エンシェントトレントは飛び散った木片にマナを注ぎ込み、宙に浮かすとシールドへと変える魔法を使用した。
シールドへと変わった大量の木片はエンシェントトレントの周りをくるくると回り、戦車砲の攻撃を受け止める。受け止めた木片の盾は爆発してバラバラとなるが、小さな木片盾となり、再びエンシェントトレントの周りを回る。
どうやら、見かけは木だが、戦車砲を防ぐ硬度を持っている模様。
「戦車が!」
巽が戦車を見て叫ぶ。めげずに戦車砲を撃っていた戦車群だが、トレントたちが群がっていき、集中攻撃を受けて装甲を貫かれて破壊されていく。退却をしながらも戦車は戦っているが時間の問題で全滅だろうぜ。
『ダンジョンマスターは危険な敵を集中攻撃して倒すのか』
今までのダンジョンの魔物とは違う。いや、ダンジョン全体がボス部屋扱いになっていると認識すれば良いのか。
『ダンジョンマスターを倒す2番目に簡単な方法は雑魚敵を殲滅するんです。魔物をポップさせる間隔は、普通のダンジョンと同じようで、あのように集中攻撃をしてきた雑魚敵を一気に殲滅して、悠々とボス部屋に行くんです』
戦車がやられていくのを見ながら、雫が教えてくれる。
『一番目は?』
『ダンジョンの天井に小さな穴を無数に空けておくのです。ダンジョンマスターは修復のために、絶対にダンジョンを作り直しますので。直そうとダンジョンを消した時を狙って倒します。中層ぐらいから、ダンジョンの壁や天井は硬くなり破壊するのが難しくなりますが、一番上の天井なら比較的あっさりと穴を空けることができますからね。魔物の妨害もないですし』
『エゲツな………』
雨漏りを直そうと出てくる家主を殺すのね。たしかにそれなら倒せるわ。セコい作戦だが……ダンジョンマスターは動くに違いない。自分の家の屋根が破壊されたらイライラするだろうから。
これが機械的なダンジョンなら気にしないに違いない。淡々と侵入者を待ち受けるだろう。
とはいえ、今回は更地のために当てはまらない。雑魚敵を殲滅するか。それに人々を助けることができれば助けたいしな。
『コウ。この程度の水場なら大丈夫か?』
『ボスの前に1つ。それとその周りに1つ。合計後2つ欲しいです』
『了解だ。それなら俺もマナが残る』
300程度は残る。これならエンシェントトレントを倒す作戦が立つ。思念にて作戦内容を伝える。強敵に出会った時のために考えた切り札を使うとしよう。
『雫、エンシェントトレントを倒せるのは暗黒魔法だけだ。作戦はわかったか?』
『ふふん。誰に言っているんですか、防人さん。戦闘のスペシャリストの私なら確実にいけますよ』
フンスと胸を張り、得意げに答える雫。残念ながら、胸を張っても揺れないが。どことは言わないけど。
『それならばオーケーだ』
ニヤリと笑って、コウの頭に手を触れる。
「今がエンシェントトレントを倒せるチャンスだ。あいつは消耗を考えないで、兵器を破壊しているからな」
自分の領域に敵の軍事基地など置くから、弊害が出ている。戦闘機やヘリ、戦車を倒すのに膨大なマナを消費して攻撃を繰り出しているのだ。今を逃せば、俺がパワーアップするまでしばらくかかる。ダンジョンマスターとやらがどこまでレベルアップするかはわからないが、これを逃すとやばいことは理解できる。
「ちー」
俺の考えを理解して、コウは口を大きく開けてマナを集中させていく。膨大なる水が屋内プールと化した水場から口へと集まってゆく。
『水帝息吹』
爆発するように膨大な高水圧のブレスがエンシェントトレントに向かっていく。
敵の木の盾を貫いて、胴体へと命中し、その表皮を大きく削っていく。
「ギギィ」
ガラスを擦るような音をたてて、エンシェントトレントがうめき声をあげる。
敵と認定したのだろう。こちらへと重々しい音をたてて向いてくる。やはり植物だから根や枝を動かす速度は速いが、身体を動かすことは鈍いらしい。
「よし。吶喊しろ、コウ!」
「ちー」
ハツカネズミのような可愛らしい返事をして、コウは矢のように速くエンシェントトレントへと突撃を開始するのであった。