182話 ブリッジ
暗闇の中に、モニターがポツリと輝いていた。そのモニターは宙に浮いており半透明のホログラムであった。
モニター内では赤色の立派な鎧を身に着けている美少女騎士が凶悪なる魔物ゴブリンと対峙していた。
ゴブリンを前に青く光る魔法の長剣を振り回し戦っている。風のような速さで剣を振るい、ゴブリンは対抗して棍棒を繰り出してくる。
モニターに映る女騎士はスカスカと扇風機のようにゴブリンの前で剣を振るい、まったく攻撃は当たらない。対して、ゴブリンの棍棒は女騎士に命中はするが、その防御力を超えることはできないようでダメージを与えられない。
虚しい戦闘シーンがそこにはあった。そんな光景が映るモニターの前に座る少女がサイコロを振っている。髪型はサイドテールで、金髪碧眼のまだ幼さを見せる顔立ちの可愛らしい少女だ。
懸命に2個のサイコロを振るが、先程からの結果は3か4だ。俗に言う腐ったダイス目である。
「おかしいのです。さっきからダイス目が腐っているのです。きっとイカサマなのですよ」
可愛らしい声音で、不満そうに口を尖らせて呟く少女はダイスをめげずに放り投げているが、2つもダイスを振っているのに、合計5以上は出ない。
「ふん、ファイター4で、魔法の剣と鎧を身に着けてゴブリンと激闘するとはなかなかできないぞ、フォーチュン」
「うるさいですアレス。きっと古いゲームだから、バグだらけなのですよ。本来なら、全てクリティカル間違いなしなのです」
椅子に座っている少女は暗闇の中から聞こえてくる野太い男性の声に、ますます不機嫌になり足をパタパタと振る。バシャバシャと水溜りを踏むような水が弾ける音が響く。
フォーチュンと呼ばれた少女は沈黙で返してくる男を気にすることは止めて、再度モニターに視線を移そうとして、天井が光り辺りが照らされて、眩しさで目をうびゃあと手で覆う。
灯りの点いたフロアは半円形のテーブルが並び、椅子が並ぶ。テーブルには埋め込み式のパネルがあり、その横にはパソコンや何に使うかわからない機器が置いてある。
フロア全体は前部壁に巨大なモニターが嵌め込まれており、クリーム色の壁面だ。金属製のドアが部屋の片隅に見える。
「どうやらエンジンの起動に成功したようだな」
フォーチュンから少し離れた場所に座っている大柄な男が腕を組みながら静かな声音で言う。フォーチュンにアレスと呼ばれた男だ。
「それならすぐに来るはずなのです。それまでに経験点1500は手に入れておくのです」
クリアを目指さないとと、可愛らしいひよこのような声音で言うフォーチュンに、何も答えずアレスは目を瞑る。
数分も経たずに、部屋へと繋がるドアがシュインと空気が抜けるような音と共に開く。
「いや〜、お待たせ。待たせちゃったかな〜? おっさん、急いだんだけどね? 頑張ったんだけど、許してくれないかな?」
頭をかいて、軽い口調で言いながらボサボサ頭でよれよれスーツの男が入ってきた。口元をニヤニヤとにやけさせながら部屋に入り、バシャンと水溜りに足を踏み入れ顔をしかめる。
「やだな〜。少し散らかしすぎじゃないかな? ビシャビシャじゃないか。フォーチュンさん、掃除をしてくれても良かったのに」
「司令、なぜ、フォーチュンがやらなければならないのですか。散らかしたのはアレスなのです。女性差別なのですか? そうなのですか? パワハラで訴える準備は完了なのですよ」
ジロリとフォーチュンが睨むと、おっさんは手を振り慌てる様子を見せる。
「勘弁してよ、おっさん、この歳でパワハラとかでクビになったら、暮らしていけないよ。人生終わりだよ」
「ふざけるのはよすのじゃな。しかし、散らかしすぎじゃ。アレス、ここまで無意味に散らかすことはなかったじゃろう?」
司令と呼ばれるおっさんの後ろから、燃えるような赤髪に1メートル程度の背丈しかない短躯の男が入ってくる。ビア樽のような身体で、顔は髭で覆われている。ファンタジーを知っている者なら誰でもドワーフと呼ばれる種族だと思うだろう。
「未だに本調子ではないからな。手加減がわからなかった。司令、自分の身体を回復させるよりも、我々の身体を回復させるべきだと思うが?」
ふんと鼻を鳴らし、ギロリと人をその眼光だけで殺しそうな目つきでアレスは司令を睨む。
フロアには血溜まりがそこかしこにできて、元は人間であったのだろう肉塊が転がっていた。身体を上下に分断される者、縦に割られて、辺りにその中身をぶちまけて死んでいる者。もはや、身体のどの部分かもわからないほど、細かく引きちぎられていたり、爆発したようにバラバラとなっているモノ。
フロアは凄惨な光景であった。死体だらけであり、普通の人なら恐怖から発狂するほどに。
「いや〜、おっさんは人間じゃないか。君たちと違って、繊細なんだ。老人の時はリウマチはあるわ、老眼で目は霞むわで大変だったんだ。だから、申し訳ないんだけど、回復させてもらったよ」
アレスの視線をどこ吹く風と受け流し、司令は飄々と答える。
「リスクを取ることも大事だ。まずは少しでも我々を回復させるべきだった」
「ごめんね、おっさん素人で。本当は軍人を連れてきたかったんだけどね、おっさん一人で人間は限界だったんだ。それにほら、温泉にいきたいレベルで、リウマチが酷かったんだよ」
険悪な雰囲気を見せるふたりのお喋りを見ながら、新しいキャラクターシートを作っていたフォーチュンは口を挟みドワーフへと尋ねる。
「どうでも良いことは後でにするの。それよりも上手くいったのです? バッカス?」
「うむ、世界樹からのマナ供給により、艦のエネルギーは満タンとなった。起動に問題はあるまいて」
「ちょっと世界樹はマナをめちゃくちゃに与えたり、乱暴に吸い取ったりしたら、魔物化しちゃったけど、おっさんのせいじゃないと思うんだ。あんな危険なプロトエレメントを使っていた馬鹿な人たちの自業自得だよね」
あはは〜と笑う司令を見て、冷ややかにフォーチュンは話す。
「この世界で邪魔をしてくる星を消すためにもちょうど良かったと、フォーチュンの『運命』は言っているのです。だから、気にすることはないのです。元から気にしているようには見えなかったですが」
「ここの世界の人間は地球連邦の国民じゃないしね。順調順調。君がいれば百人力だよ。フォーチュン」
司令が機嫌良さそうにフロアのもっとも奥にある椅子に座り腕組みをする。
その言葉にフォーチュンは鼻を鳴らす。
「高レベルには『運命』は気休めみたいなものだし、万能というわけではないの。それに………フォーチュンの『運命』は時折妨害を受けて消えているのです」
忌々しそうに口を噛むフォーチュン。それを見て、司令は剣呑な目つきへと変えて、聞いた者が凍えるような声音で言う。
「この世界における君が言う僕たちの邪魔をしそうな星。今回のことで消せるんじゃないのかな?」
「『運命』は可能性を手繰り寄せるだけなの。朧気な未来で見えぬ未来の糸を自分に有利になるように手繰り寄せるだけ。……でも、もう一度やってみて、糸を手繰り寄せるの」
ゲームをやめると、フォーチュンは手を空に伸ばす。
『運命』
フォーチュンが呟くと、キラキラとした美しい輝きの金の糸が束になって現れる。フォーチュンは目を細めて集中すると、星が消えるだろう未来の糸を掴み取ろうとして
『幸運』
どこからか、小さな少女の声が聞こえてきたと思った時には、糸はするりと手の中からすり抜けて宙へと溶けるように消えていった。
「………無駄」
続いて聞こえてきた静かで落ち着いた少女の声に、眉をピクリと顰めて、フォーチュンは深くため息を吐く。
「見たのです? きっとシルキーが邪魔をしているに違いないのです。星に絡むと高確率で『運命』はかき消されてしまうのです」
「シルキーが生き残っていたのはわかる。けれども、管理者権限がこの世界の人間に奪われているのは信じられないな。そこまで技術が高いようには見えないんだけどね。……と、すると他の妖精機も奪われているのかぁ……。そっかぁ、それにしたって新型なのに、旧型にも敵わないと。そういうわけかな?」
からかうように言う司令をキッと睨む。司令の顔には嘲りが見える。今までにも見られた光景だ。
「フォーチュンは良くやっている。無能な貴様と違ってな。この艦も手に入れることができて、さらに間接的に星を破壊するようにも、運命を変えている」
「そうじゃな。幸運にも我らは無傷で艦を回収できた。むろん、この儂が修理をしたからだがな」
ムスッとした顔で、アレスがフォーチュンの擁護をして、バッカスが胸を張り威張る。
「やれやれ、おっさんの味方はどこにもいないのかな? まぁ、今の態度が悪かったのは謝るよ。すまないねフォーチュン」
ペコリと頭を下げて、司令は素直に謝ると目の前のパネルを叩く。フロアの前部天井が透明となり外の様子が映し出された。
「でも、星はこの戦いで死ぬ。もしくは大幅に弱体化するんだろう? そう言っていたよね、フォーチュン?」
モニターに映るのは、魔物化した世界樹。そして遠くに見たことのない魔物がいた。透明な水晶のようにキラキラと輝く胴体。フォルムは蛟のものだ。
「そのはずだった」
「過去形かい?」
「光が強くなった」
淡々と答えるフォーチュンに、司令は初めて不満そうに表情を変える。そんな司令を意に介せず、フォーチュンは話を続ける。先程見えた未来を語る。
「強くなった。信じられないことに『運命』では見えなかった未来」
『運命』はぼんやりとした抽象的な未来が見える。そして、今までの未来で、そんな敵はいなかった。全ての選択肢が敗北だったりした時はあったが、見えない未来はなかったはずなのに。
「へー………。そんな奴なのかい……。そういう奴に意固地になって立ち向かうと酷い目に遭うのは古今東西、有名な話だ。僕は悪役じゃなくて、世界の救世主になるんだからね。艦を発進させてよ。こんな危険な所はおさらばしよう」
おちゃらけるように司令は肩をすくめてウィンクする。手をひらひらと振って指示を出すので、しかめっ面をしながら死体を避けて、バッカスは椅子に座る。
「了解だ。パワーとエンジェルを呼び戻せ。発進準備じゃ。それとブリッジを奇麗にするように指示を出せ」
「おっさんが司令なんだけどなぁ。もう少しリスペクトをしてくれても良いと思うんだけど。わかりました、大人なおっさんは言うことを聞いてあげるよ」
思念での指示を出したのだろう。少しして、パワーたちがやってきて、ブリッジを掃除して発進準備を始める。
その様子を見ながら、フォーチュンはモニターを眺める。
「旧型の姿はどこにもない」
キラキラと輝く美しい蛟と、その頭に乗る変装しているのだろう中年の油断できなさそうな男と、狐耳の少女がいるだけだ。
「いつか会える。今度は敵味方に分かれているようだからな。どちらが強いかハッキリさせることができるだろう」
どっしりと落ち着いた様子で座っているアレスに、フォーチュンもニコリと笑い頷く。
「新型が強いに決まっているのですよ。フォーチュンたちは神機なのです」
「……どうかな。だが、楽しみがあるということは良いことだ。ピクシーの相手は私がさせてもらう。その時は邪魔をするなよ?」
「それ、倒されるフラグだと、ピクシーにきっと笑われるのです。申し訳ないですが、全力を尽くすのです。それこそが戦争です?」
「ふっ。たしかにな」
苦笑を浮べて、目を瞑り話は終わりだと示すアレスにクスリと笑いモニターを眺める。
「とりあえず……あの魔物はこの世界特有の魔物です? 録画しておくのですよ」
気を引き締めなければと、フォーチュンは新たなるキャラクターを作るべくモニターの前に座り直すのであった。