180話 春精霊
春精霊。それは習志野シティの誇る新兵器だ。見た目は桜色の光の塊。人の形をとってはいるが、目鼻も無いし、案山子のような存在。
「これが習志野シティの新兵器? 浮いているだけじゃないか」
首を傾げて、丹羽長秀は不思議そうにしている。まぁ、当然だろう。風船のように浮いているだけで襲いかかることもしないからだ。
しかし、新田は春妖精の首根っこを掴み、自身の前に置く。まるで重さを感じさせずに、あっさりと移動した。
「ん? あぁ、もしかして盾として使う気なのか? 見た目からいって物理攻撃耐性が高そうだもんな」
「お前の言うとおり、当初はそのような使い方だったのだ」
春精霊の陰に隠れて、ホルスターから銃を抜くと、丹羽長秀へと銃口を向けて引き金を引く。
タタタと乾いた銃声をたてて銃弾は丹羽長秀へと向かう。これでも新田は軍人だ。訓練を欠かしたことはないし、銃の腕前はそこそこだと自負している。
だが、正確に丹羽長秀に向かったはずの銃弾はその途上で軌道を歪めて、チュインと壁へと穴を開けるだけだった。
それを見ても新田は動揺せずに、感心の表情となり頷く。
「やはり銃弾は効かないか」
「ん? 驚かないんだな?」
新田の態度に、薄笑いをする丹羽長秀。これまでの相手ならば驚いていたのだろう。銃は最強の兵器だったからだ。
だが、それも過去の話となっている。
「内街の奴らが銃弾を防ぐ魔法を手に入れたことは知っている。こちらも同様の技術を手に入れているから驚くこともない」
もはや銃が人間には通じない時代へと突入し始めているのだ。ダンジョン発生前なら、考えることもできない、その考えを口にすれば失笑されるだろうことは間違いない世界へと変わっているのだ。
「だが、私たちはその次の時代へと先行している」
トンと春精霊を押すと風船のようにふよふよと丹羽長秀へと向かっていく。
「ん?」
『石弾』
人差し指を春精霊に向けて丹羽長秀は怪訝な表情で土弾を撃ち放つ。まるで銃弾のような速さで土弾は飛び、春精霊をあっさりと貫く。穴が空いた箇所から春精霊は霧が晴れるように、解けて消えていった。
「随分弱いな?」
「そうだ、弱い。弱すぎる。使い物にならないと言われていた。当初はな」
懐から袋を取り出すと、その中からジャラリと水晶を6個掴み取る。
「驚いたことに、この水晶。見かけは何の変哲もない水晶だが……」
ニヤニヤと嗤いながら、折り畳んだ紙切れを取り出す。
「これはな、6個程度の塊で木の欠片と判断されるのだよ」
『木人形作成』
新田の手にしていた紙切れがボウッと青白く燃え、水晶が光り輝くと、一つの塊となり、桜色の光が輝く。
周りの皆をその光で照らす中で、2メートル程度の人型へと光は変化した。目鼻口は洞穴のように空いており、手足は木の幹のようにザラッとした木の肌で丸太のようで不格好だ。僅かに地から離れて宙を飛んでいる。
洞穴のような口からは風が抜けるようなヒューヒューと音が響き、その姿を見たものは、全員が魔物だと言う。邪悪な雰囲気を見せるモノだった。
「これこそが習志野シティの精霊機『春精霊』だ!」
「邪悪そうにしか見えねーんだけど。大丈夫なのか、それ? トレントって名前にした方が良いぜ?」
手を振りかざし、自慢げに新田は叫び、丹羽長秀はジト目で『春精霊』を見ながら答えてくる。たしかに見かけは最悪だとしか言えないことは、新田も理解はしていたが、性能は見かけとは関係ない。
「まだまだ改良の余地はあるが、これでも性能は高い」
周りの兵士たちも、新田と同じように『春精霊』を召喚していく。辺りにはあっという間に凶悪な力を感じさせる『春精霊』たちで埋まる。
「『木人形作成の巻物』を使ったのか。なるほどなぁ、素材によって、その強さはある程度変わるのか。意外な使い方だな」
「習志野シティのコアストア解析は、内街と比べ物にならないのだよ」
喋りながら、丹羽長秀の周りを見渡す。が、やつの仲間はどこにもいないようだと安堵する。兵士の支援も要請しているとは思うが、今日は念の為に通信センターの人間は新田派で占めており、握り潰しているはずなので問題ない。
「高レベルスキル持ちの傲慢さが仇となったな。『春精霊』はその全てがCランクを超える力を持つ。そして、『春精霊』の力を使いダンジョン攻略を進めてきた私たちは、全員が高レベル!」
新田自身、既にレベル3のスキルを持っている。『槍術3』を。そしてステータスも1000を超えているのだ。参謀たちも同様。
小太りの見かけとは違い、そこらの兵士に負けない力を持っているのだと、ニヤリと嗤い指示を出す。
「作戦は続行だ。こやつを死体へと変えて、実施する! ゆけ、春精霊。こやつを叩き潰せ!」
「ヴォぉぉ」
その指示を受けて、バネが弾けるように春精霊は加速して、丹羽長秀へと襲いかかる。部下たちも同じように指示を出して、他の春妖精たちも合わせて飛びかかってゆく。
丸太のような腕を振りかざし、春精霊は丹羽長秀へと攻撃をする。見た目は木でできた腕だが、その硬度は鉄を超えており、一撃の威力はビルの分厚いコンクリート壁も発泡スチロールのように砕く。
しかも一体ではなく、合わせて10体。効果時間を経過すると溶けるように消えてしまうが、それまでは絶対の力を持つ。それが春精霊であり、同種の存在である冬精霊だ。これで、ダンジョンでは無敵であったのだ。たった一人の男など相手ではない。
『石弾連弾』
丹羽長秀は指をパチリと鳴らす。石弾が複数生み出されて春精霊へと飛んでゆく。
春精霊は単純な指示しか聞かない。襲いかかれと指示を出されたら、素直に正面から襲いかかる。そのために胴体へと石弾をまともにくらい、穴を空けられる。
チンと小さな音をたてて、核となっていた水晶が空けられた穴から飛び出す。漆黒の水晶が地に落ちると同時に春精霊はぐらりと身体を揺らして、空気に溶けて消えていった。
他の春精霊も同じく、丹羽長秀の放つ石弾により、正確に水晶がある箇所を貫かれて、水晶が身体から飛び出すと、溶けて消えていった。
「な???」
Cランクの春精霊をあっさりと倒す丹羽長秀に、新田も周りも驚愕してしまう。偶然にしては、正確に水晶を貫いている。見抜いているのだ。
信じられない思いで丹羽長秀を見ながら、新たなる水晶と紙切れを取り出す。
「まだまだ春精霊はある! 全員怯むな! 魔法使いはマナが尽きればおしまいのはず!」
「はっ!」
新たなる水晶から『春精霊』を複数作り出し、自分の盾に一体を残して、残りに丹羽長秀を襲いかかるように命ずる。
「マナねぇ。尽きることは今のところないな」
放ったはずの石礫を自分の周りに引き戻して、丹羽長秀は肩をすくめる。丹羽長秀の周囲を回転するように石礫は舞って、近寄る春精霊の胴体を貫くと水晶を取り出していく。
「ななな!」
春精霊がまるで相手にならないことに目を疑い、口が引きつる。その様子を見て、ニヤニヤと丹羽長秀は嗤いながら、銀の仮面を取り出す。
と、平凡な顔つきだった丹羽長秀の顔が、若そうだが、傷だらけの狂暴な獣のような顔に変わる。その顔に仮面をつけると丹羽長秀はニヤリと口元を歪めた。
「俺は道化の騎士団の一人。土野利休。土魔法のスペシャリストなんだ、よろしくな」
「道化の騎士団! 貴様が?」
道化の騎士団の話は新田も聞いている。凄腕の集団らしいとも。
「そうだ。そしてこの程度の石礫なら発動時以外はマナを消耗しない。そしてその程度の弱い魔法で、倒せる『春精霊』は兵器として失格だぜ。魔法干渉に弱すぎる上に、水晶がある箇所を軽く魔法で叩くと、簡単に構成が崩れてしまう。これ今まで問題にならなかったのか? 所詮は作業用なんだろ?」
呆れるように言いながら、次々と襲いかかる春精霊を倒しながら語る利休の言葉に耳を疑う。
「そんな馬鹿な。そんな欠点は聞いたこともない!」
「高ランクのダンジョンでは通じない戦法だな。お疲れさん」
利休の言葉に、頭がグルグルと回り、現実が信じられない。倒されたことも問題だが、それ以上に問題なのが春精霊の致命的弱点だ。
新田のこれからの計画は全て春精霊を基本としている。損耗を恐れずに使用できる物理攻撃耐性を持つ強力な精霊。ここから日本を支配するべく使う予定の兵器。
だが、石礫如き弱い魔法で倒されるとなると、話は大きく変わってしまう。春の花や冬の花を世界樹の力により育生、そして結晶化させて、精霊結晶製造装置により加工。最後に木人形作成の巻物により、精霊機を生み出す。その手軽で強力な兵器は世界を変えるはずであった。
その根本が変わるとなると話は変わってしまう。習志野シティを手に入れる作戦を加速させたのも精霊機のためであるのに、意味がなくなる。
「いや、貴様が特殊なだけだ! Cランクまでは通用していると実証されている。貴様を殺して、この弱点はバレないようにすれば良い!」
春精霊が倒されていき、床にジャラジャラと漆黒の水晶が落ちる中で、利休を睨みながら新田は叫ぶ。Cランクまでは通用したのだ。春精霊を使えばスキルポーションやステータスポーションも大量に手に入る。
「やめとけよ。この水晶は危険だ。倒されたことってあるのか?」
真剣な表情になる利休に顔をしかめる。危険だ? 致命的な弱点以外にまだ問題があるのかと、腹が煮えくり変えるぐらいに怒りながら。が、冷静な部分がその言葉を聞けと囁く。
「倒されたことなどほとんどない! なにが危険だと?」
「肥料を与えるととんでもないことになるぜ」
「肥料? 何を言って?」
こちらを混乱させる気なのかと、戦闘を再開させようとして
床がひび割れて、ニョロリとなにかが飛び出してきた。なんだと目を凝らす。と、それは木の根であった。
ゆらりと揺れると、転がっている漆黒の水晶に絡みつく。そうして驚くことに水を吸収するように水晶を取り込んでしまう。
床がどんどんひび割れて、木の根が飛び出してくると、水晶を取り込んでいく。
「なんだこれは?」
「マジか。予想よりも早いのか?」
利休はタンと床を踏むと、天井から逃げてゆく。新田は追いかけるように命じようとして、ガクンと脚が傾ぐので、なんだと見ると木の根が絡みついていた。
「これはいったい?」
高いステータスを持つ新田は、絡みつく木の根を引きちぎる。だが木の根はどんどんと床から伸びてくる。
「助けてくれ!」
木の根に巻かれた兵士の一人が叫びながら、手にしていた水晶を床に落とす。と、木の根は兵士に興味をなくしたのか、絡みついていた兵士から離れて、水晶へと向かう。
「こいつら水晶が目的だぞ! 捨てるんだ!」
それを見た他の兵士たちも、手に持つ水晶を投げ捨てる。木の根は全て水晶にまとわりつき、どんどん取り込んでしまう。
「待て! なにか嫌な予感がする! 捨てるんじゃない!」
新田はその行動を制止しようと叫ぶが、木の根に襲われている兵士たちは命令を無視して水晶を放り投げる。
嫌な予感がするどころではない。なにか災厄が発生しようとしていると新田は顔をしかめて
背筋に怖気を感じて、慌てて振り向く。
「春精霊?」
そこには春精霊と同じ姿をしたモノがいた。だが、その発する空気は春精霊と大きく違い、より禍々しい感じがする。
直感する。魔物だと。
周りにもゆらりと空気が揺らめき、魔物が現れ始めていた。
「まさか……ダンジョン発生!」
しかもこの魔物を見る限り、恐ろしく強力そうだと、新田は顔を蒼白にして
『木樹槍』
床から勢いよく飛び出した木の槍に貫かれた。
「な、こ、れは……」
下半身から頭まで槍により貫かれて、新田はその命をあっさりと絶たれて、外からは悲鳴が響き渡るのであった。




