18話 失敗
大木君の話を聞いて、防人はすぐに走り出した。雨が本格的に降りしきる中で、水たまりをパシャパシャ音を立てながら踏んでいく。
「すまねえ、兄貴。俺を拾ってくれたボスに良い所を見せたくて……」
泣きながら防人の後ろをついてくるが、話はわかった。理解した。
ようはこいつはやってはいけないことをしたのだ。
すなわち、過去に防人がやらかしたこと。ダンジョン周りの森林を燃やそうとしたのだ。ゴブリンを大量に焼き殺せば、Fランクのコアが大量に手に入ると考えたのだ。スライムが燃えるとどうなるか知らずに。
そして今は昔と違い魔物は各地に溢れかえっている。大木君のやったことにより、魔物らは集まりスタンピードとなったわけだ。
ストアを作った俺のせいではない。この事態は考慮していないが、ストアが現れたことによる不幸も発生はしているだろうが、気にしないことにしている。ぶっちゃけいえば世界の救世のためであり、個人の幸不幸をいちいち考えても仕方ない。俺の身内以外はな。
これは大木君の自業自得である。が、なんとか逃げ切れたらしい。不幸中の幸いだ。なぜならば、危険を信玄に伝えることができたからである。
集まった魔物たちはその凶暴性を発揮して、周囲へと集団で移動しているはず。ゴブリンたちならば、頭が良い。これ幸いと近場のコミュニティを餌場にするべく、集団を誘導している奴がきっといるはず。恐らくはCかDランク。
Cなら最悪だ。信玄のコミュニティでは耐えきれまい。過去にそうやって廃墟街のコミュニティが潰れてきたのを何回も見ているから確信できるのだ。
ストアを設置して、これから廃墟街は変わる予定なのに、どちらかといえば人の良い信玄の支配するコミュニティが潰れるのは困るのだ。俺のためにも潰れたら困る。取引先の市場が無くなると困るのだ。
正義のヒーローのように、無私で人を助けられたら良いが、ひたすらに自分のためであると防人は苦笑する。危険が許容を超えたら逃げようと考えているので。現実のヒーローはリスクマネジメントができないといけない。格好悪いとは思うが、おっさんはそう考えている。大を救い小を見捨てるという単純な話でもない。信頼が落ちるか、自分の命が危険にならないか、助ける必要があるか、様々な計算をして戦わなければならない。世知辛いぜ。
「大木君。先に行くから」
軽い口調で隣を走る大木君へと告げると足を速める。筋力のステータスは20。たぶん筋力7か8程度の大木君と比較して大きく数値は離れているだろう。影法師を使い黒ずくめとなり、どんどんその差を広げていき、こちらの顔が見えなくなったと確信すると、ぽつりと呟く。
『チェンジ』
その呟きに僅かに背丈が変わり、影法師が補正をかけて、姿形を誤魔化す。
「まずは信玄のコミュニティに向かいます」
入れ替わった雫は前傾姿勢となると、グンと加速する。水たまりがシャシャッと波を立て、雨粒を蹴散らし、人間を超えた速さで雫は走り始めた。
まさしく疾走と呼んでいい速さだ。息を切らせてなんとか追いつこうとしていた大木君は、あっという間に小さくなっていく姿を見て呆然とした。
「なんて速さだよ……人間が出せる速度じゃあねぇ。さすがは兄貴だ……」
そんな呟きが雨の中に消える中で、獣のように駆けて、たたっと地面に僅かに水の波紋を残していく。最短ルートを通るために、廃墟街の家屋の窓に飛び込むと一回転して家の中を走り抜け、裏口から出ると、廃墟ビルの壁を蹴り、通りを塞ぐ壁を越えて、放置された車の上を勢いを止めずに踏みつけて、翔ぶが如くに目的地へと向かうのであった。
そうして雫は原付きバイクでもアクセルを全開にしないと負けるだろう速さを見せて信玄のコミュニティに到着する。
チェンジして、おっさんの姿に戻ると壁を見上げるがいつもはいるはずの見張りがいないことに舌打ちする。雨足が強くなり、目の前の視界が取れにくくなる中で、近くで銃声が響いてきた。
連続してターンターンと猟銃の音が聞こえてくる。
「かなりまずい状態のようだな」
猟銃を使うとは、切り札を使わないと危険だということだ。扉は閉まっており開ける人間はいない。が、問題はない。瞬間的に雫と入れ替わり、トントンと軽やかにでこぼこだらけのバラックの壁の窪みを蹴って、壁を登り通り抜ける。ふわりと猫のように地面に降り立つとおっさんへと戻り走り出す。
コミュニティ内は雨足が強いこともあり、ガランとしている。今の状況が理解できているのだろう。建ち並ぶビル内で懸命に椅子やタンスをバリケードとして運んでいる人々の姿が目に入ってきた。
「ここの壁が破れれば無駄な行動となるんだがな……っとと。いたな」
皆で立ち向かおうと、アニメやらの主人公なら演説をぶちまけて、大勢の人が「戦うぜ!」……と武器を持って参加するだろう。だが、現実ならどうだ? きっと戦いに参加しても死の恐怖で足を引っ張るに決まっている。臆病者は流れ弾に当たり、覚悟のない兵士は覚悟のある兵士に助けられて足を引っ張る。戦闘訓練をしていなくとも、戦う覚悟がないやつはバリケードを築くと良い。それも一つの選択だ。人間は全員が強くはないと防人は知っている。
なので、軽蔑することはない。そんな選択肢しか取れない者たちもいるのだからと、駆けてゆくと反対側のバリケードが見えてきた。バリケードの上には30人ばかりの人々が立っており、弓を引き、ボウガンを放ち、猟銃を撃っている。
猟銃持ちは3名。ひたすら雨の中で撃っている。やはり銃を隠し持っていたか。しかし予想より少ない。たった3丁か。
見ると、少し離れた廃ビル内に20人を超える人間が横たわっており、包帯を巻かれて治療を受けていた。早くも怪我人が出ている様子。壁ではアーチャーからの矢を受けており、また1人肩にあたり倒れるのが目に入る。
防人はバリケードの壁に繋がる階段を駆け上ると瞬時に魔法を使う。
『影障壁』
己の許す限りの範囲を影で覆い、矢よけとする。自分たちの数倍の矢の攻撃を受けていた男たちは空中で止まった敵の矢に驚き、何が起こったのか、見渡して俺に気づく。
「よう、防人。来てくれるとは思わなかったぜ」
武者姿の爺が俺に気づきニヤリと笑う。
「あぁ、ここを抜かれると俺の会社も危ないんでな」
「そうか。聞いたぜ、会社を設立したってな。それなら、無報酬で良いか?」
「ぬかせ」
軽口を叩き合い、信玄と笑い合うと外へと顔を向けて眉を顰める。バリケードの向こうには、道路を埋め尽くさんばかりに大勢のゴブリンや大鼠がいた。バリケードを壊そうとガンガンと壁を叩き、大鼠は齧って穴を空けようとしている。ざっと見るに、ゴブリン1500、大鼠たくさん、だ。ちょっと数え切れない。
「Fランクコアは半分。それ以上はすべて俺の物でどうだ?」
「へっ。それだとお前がとりすぎじゃねえか?」
「俺がEランク以上は倒すんだから当たり前だろ。それと猟銃を貸せ。銃弾も50発は欲しい」
敵の様子を見て、報酬の交渉を始める俺に信玄はブフッと吹き出しニヤリと笑う。
「勝つ気でいるのが恐ろしいな。わかった、勝頼! 客将に猟銃を。弾丸もありったけだ!」
「わかった、親父殿」
隣でアーチェリー用の弓を引いていた20代の男へと怒鳴ると、そいつは疑問を口にするでもなく、すぐそばで猟銃を撃っている男から受け取り、箱に入った弾丸と共に渡してくる。
「なんだ、信玄は息子がいたのか」
「あぁ、俺が死ぬ前に天王山の戦いになっちまったがな。少しは隣人に興味を持て!」
全然知らなかったと俺は勝頼を見る。知らなかったというか、知る気がなかったのだが。明日には死ぬかもしれない廃墟街で、いちいち名前を覚えるのは億劫であったので。
受け取った猟銃を肩にかけて、弾丸の箱を手に取る。
「良いのか?」
「……あぁ。あんたの力は知っている。きっと俺たちよりも上手く活用できると信じている」
寡黙そうな男は強面を緩めて答えてくるので、肩をすくめて返す。
「期待に応えなきゃな。『影法師』」
弾丸を巻き込んで再度影法師を使うと、影で作られた弾丸ベルトに、弾丸はすべて納まる。ひょいと肩に掛ければ準備完了だ。
「器用なもんだ。で、俺はなにをすれば良い? わりいが俺の『騎馬隊』のスキルはもう使い切っちまった。マナがねぇ」
信玄は脂汗をかいて、苦々しく言う。信玄はスキルレベル1の『騎馬隊』を持つ。その能力は軍馬を創造することだ。残念ながら創造した馬は1日しか存在できないが、今のところ5頭創造できて、信玄はコストのかからないそのスキルを大いに活用していた。
「無駄に突撃させたな?」
「籠城戦では騎馬隊は役に立たないからな。お前が来てくれるとは思わなかったんだ」
気まずそうに答えてくる信玄に、まぁ、仕方ないかと敵を眼下に見る。急がないとバリケードが破られる。
矢の中に紛れて、火球も飛んできた。慌てて味方が伏せる中で、冷静に人差し指を向けて魔法を放つ。
『水矢』
火球は防人の放った水矢の迎撃を受けて、火の粉となってかき消えた。それを見た周りの人々は安堵しながら、再び戦い始める。
「ゴブリンシャーマンもいるのか」
「あぁ、見つけ次第、撃ち殺しているんだが、奴め、ゴブリンを盾にして射線になかなか入らねぇ」
魔法を使うゴブリンシャーマンは強敵だ。ゴブリンナイトも後ろにいる。そしてその後ろにはゴブリンを統率していると思わしきデカブツも。
『銃があって本当に良かったぜ……。でなきゃ逃げてたところだ。敵は一個師団を超えているよな』
『そうですね。ですが、私たちならばやれるでしょう』
爛々と目を輝かせて、雫がその目に凶暴なる光を宿らせている。その姿からは、いつものアホな様子は欠片もない。
素早く高速で思念をやり取りして、二人で作戦を決めてニヤリと笑う。
「信玄。お前らは残敵を掃討してくれ」
俺の言葉に、信玄は聞き間違えたかと戸惑いの表情を浮かべるので、もう一度伝える。
「信玄。お前らは残敵を掃討してくれ」
「はぁ? 残敵って、まだ戦いの最中だぞ? 俺らは勝利できるかもわからないんだぞ?」
戸惑いながら驚き叫ぶ信玄へと、僅かに目を細めて伝えてやる。
「雨で良かった、ということだ」
「雨で良かった?」
雨足が強くなり、皆はビショビショで、顔を拭わないと前も見えなくなる中で、防人はコートを翻す。
「そうだ。あぁ、大鼠は邪魔だから、バリケード外のビルの中にスライムに漬けた木の棒を燃やして投げ入れろ。火事にならないようにコンクリート剥き出しの所を選ぶんだな。奴らはそこに集まる」
「それは了解した。だが、ゴブリンたちは?」
「すぐにわかる。雨の中の水の魔法使いってのはな」
人差し指をツイッとタクトのように振りながら魔力を集中させていく。
「とっても厄介なんだぜ」
そう言って、防人はゴブリンの軍団へと凶暴なる笑みを向けるのであった。