178話 裏通り
俺は機嫌よく前を歩く巽の後ろに続く。まだまだ作られて10年ほどの街なので汚れている場所はないと思いきや、所々で壊れたビルや瓦礫が山となっている空き地がある。
「密集して建物を建てすぎじゃないか? この惨状は酷いな」
「ん〜? そうだよなぁ。この都市のトップが無能なんだよ、こういうの見るとわかるよなぁ、兄ちゃん。俺にとってはなんでも良いけど。日々の暮らしで精一杯だかんな」
後ろ手にしながら、のほほんと他人事のように言う巽。ダンジョンが発生した際に壊れたのだとはわかるが、たしかに酷いもんだ。細道のアスファルトが捲れているので、たぶんあそこからダンジョンが発生。周囲を破壊したってところだろう。ダンジョンは基本建物がない空き地や道路にできるが、その時に魔物を排出するからな。
まぁ、どの街でも同じようなことは言えるから、後のフォローが必要なんだよな。俺の街もこれからはダンジョン発生に気をつけないといけない。
「ここだぜ兄ちゃん」
雑居ビルの一つに立ち止まり、地下への階段を巽は降りてゆく。どうやら地下にあるらしい。
『表立ってはやはり騒がしい酒場はできないんでしょうね』
『ねーちゃんがいる酒場を、騒がしいという控え目な表現にしてくれる雫さんは優しいな』
『私は理解のある妻なんです。そういう酒場に旦那様が行っても怒りませんよ』
褒められて嬉しい雫は、機嫌よく宙をくるくると舞うが、君、さっき怒っていなかった? ま、良いか。
『それより尾けられていますよ』
『3人……お疲れ様と言ってやりたいところだぜ』
むふふと楽しそうに笑う雫に、防人は肩をすくめて返す。予想通りと言える展開だ。
コンクリートの階段を降りてゆくと、薄暗い地下に鉄の扉がある。巽がコンコンと扉を叩くと、覗き窓が開く。
「いつもニコニコ現金払い」
巽が合言葉らしき言葉を口にすると、覗き窓から見える目がいなくなり、ガチャリと鍵が開く音がして扉が開く。
「へへっ。凄いだろ。ここは良い店なんだ」
鼻をこすりながら得意げに言う巽は中へと入る。扉には見張り役だろうスキンヘッドの筋骨隆々の男がこちらを睨みつけるように見送っていた。俺が入る代わりに反対に出ていく男とすれ違う。
通路奥に進みドアを開けると、煙草の煙がもうもうと立ち込めており、ジャズの音楽が騒音のように聞こえてきた。初夏だからだろう、店員のウェイトレスは水着にエプロンだった。
「いらっしゃーい。あら初めてのお客さんね」
一際スタイルの良いウェイトレスがしなを作りながら近寄ってくる。色っぽいことこの上ない。素晴らしいぜ。だから、雫さんは俺の目の前で反復横飛びをしないでくれるかな? 良妻じゃなかったの?
「あぁ、兄ちゃんを連れてきたんだ。サービスしてくれよな」
「あぁ、初めての客なんでよろしくな」
可笑しさを隠すために口元を歪めて答える。ウェイトレスは笑顔で席へと案内してくれるので、適当に食べ物と酒を頼む。
早速女性が隣にきて、水割りを作ってくれる。ウェイトレスがマドラーで水割りをかき混ぜるのを見ながら、置かれたデカ盛りナポリタンを頬張る巽を見る。
「で、この街はいつもあんななのか?」
「あぁ、いっつもあんなんだぜ」
もぐもぐとスパゲッティを食べながら巽は答える。
「あんなのってぇ〜、なぁにぃ?」
ウェイトレスが胸を押し付けて聞いてくるので、ちょうど良い。現地の生の声を聞きたいところだ。
「いやな、街で政策批判をしている集団がいたんだ。なんだあれ?」
「あぁ、あれね。『鉄牙』の人たちの騒ぎね。この腐った街を糺そうとする集団」
「『鉄牙』? あの集団の名前か?」
ウェイトレスの胸に万札を挟むと、嬉しそうに話を続けてくる。
「そうよ。最近は活発ね。食べ物に困らなくなった頃かしら? 街の各所で暴れているわよ」
小首を傾げてウェイトレスは教えてくれるが、最近なのか。食べ物に困らないのはコアストアの力だよな。それに活発化しているのか。
「ほ〜。暴れているのか」
「暴れているっつても、さっきみたいな活動だよ」
フォークを振りながら、口をモゴモゴとさせて答えてくる巽。ふむふむと俺は水割りを飲みながら考える。暴れているね……。火炎瓶は脅威だよな、うん。
「正義のためだ。この街の歪んだ政策を正すために俺たちは戦っている」
ノシノシと歩いてくる男たちが、俺たちの前で立ち止まりギロリと睨んでくる。
どいつもこいつもガタイが良い。その顔も揃って強面の男たちだ。
「むさ苦しいおっさんたちだな。俺は今酒を楽しんでいるんだが?」
ハードボイルドな俺はウェイトレスの肩を抱き寄せて、またその胸に万札を挟む。キャァキャァと弾むように笑うウェイトレスを見ながら足を組む。少しこういうセリフに憧れていたので嬉しい。
そんな俺を見て、ふんと鼻を鳴らしてテーブルに、男はガツンと拳を叩きつける。巽は驚いてナポリタンの乗った皿を持って席から離れる。
「お前、さっきヘリで来た軍人だろ? こんなところにのこのこと来るのは俺たちと接触するためだろ? 内街は俺たちを支援するためにお前を寄越した」
威圧的な態度で聞いてくる男。周りのウェイトレスが怯えるので、俺にくっついているウェイトレスにもう一枚万札を渡すと離れるように身体を押す。荒事が始まる予感がしたのだろう、ウェイトレスは小さく手を振りウィンクをして離れる。
「お前の名前は聞かなくて良いや。お前らのボスは誰だ?」
片目を細めて、ニヤリと笑う。俺の動じない態度に鼻白み、男たちは僅かに警戒を示す。
「俺たちは『鉄牙』。ボスには俺が案内をする。ついてこい。確かめたいこともあるしな」
顎をしゃくり、ついてこいと男たちは背を向けて歩き始める。が、すぐに立ち止まって怪訝な表情になる。
「なんでついてこない? 案内すると言ったはずだが?」
「巽は飯を食べているし、水割りはまだ残っている。動く気はない」
「へ? お、俺? 兄ちゃん、俺は勝手に食べていくから、置いていって良いよ」
俺と男たちを代わる代わる見ながら巽は口元を引きつらせて答えてくる。厄介事に巻き込まれたという嫌そうな表情だ。
「酒なら用意する。ついてこい」
イラッとした表情で男が言う。そこまで言うなら仕方ないよな。
「あっそ。それじゃ、案内してくれ。適当にお前らは先に進んでくれて良いぜ。俺は後から追いかけるから」
立ち上がると、店の奥に歩き出す。そうして、壁に手をつけて口端を持ち上げる。
「お前、何しているんだ? ついてこないのか?」
不思議そうにする男たちに、肩をすくめて告げる。
「適当に先行っていてくれ。追いかけることはできるからな」
ザラリとしたコンクリートの感触を手のひらに感じながらマナを籠めていく。
『地穴』
俺の土魔法発動により、コンクリートがググッと偏っていき2メートルほどの穴ができる。その縁に足をかけて飄々と俺は言う。
「悪いが外が騒がしいみたいだからな。それじゃまた後で」
トンネル内に入っていく。予想通りなら外まで繋がっているはずだ。
「おっと、待ってよ兄ちゃん! ガイドが終わっていないぜ。危険手当付きで付き合うよ。兄ちゃん金持ちっぽいからな」
巽が慌ててナポリタンを口の中に放り込み、俺を追いかけてくる。
「それじゃ2万、追加料金だ。ほら」
「ヘヘッ。毎度あり」
2万円を手渡して巽が追いかけてくるのを見ながら奥へと進む。入口付近の穴は既に塞がりはじめていく中で呆然と口を開けている男たちの姿が目に入ってくるので、可笑しく思いついつい笑ってしまう。
穴が塞がり切るところで、酒場の扉付近が騒然とし始めるのが聞こえてきた。
「お前たちを逮捕する! 罪状は国家反逆罪だ。大人しくしろ!」
「な、くそっ、なんとか逃げるんだ!」
「待てよ、こんにゃろー」
テーブルがひっくり返り、グラスが床に落ちてガシャンと音を立てて、ウェイトレスたちがキャァと悲鳴をあげて逃げ惑う。
「さすがは酒場。騒がしいよな、プ、ププ」
隠しきれない笑いをみせながら地上に向かう。
「兄ちゃん……凄い魔法使いなんだな……」
「あぁ、俺は土魔法のスペシャリストなんだ。なかなかの魔法だろ?」
明るさに目を細めて、巽に伝えながら外に出る。周りを見渡すと想定どおりに道一本離れた場所へと出れたようだ。巽も外に出るのを見てから魔法を解く。トンネルは完全に塞がり、見た目は何も痕跡は残っていなかった。
『地穴』は不思議な魔法だ。開けた穴が魔法を解くと元通りへと戻るからな。これ、土魔法というより空間魔法の方が相応しいと思います。
表通りへと戻ると、道に数台の装甲車が駐車しており、兵士たちが周囲に立っていた。野次馬が、なにが起こったのかと集まって騒いでいる。
俺も野次馬に混じり込み、兵士たちを観察する。銃声が微かに響いてきて、野次馬たちはビクリと身体を震わす。
「なにがあった?」
「テロリストらしいよ」
「奴らの拠点を見つけたらしい」
ザワザワと騒ぐ野次馬たち。木を隠すなら森の中と、俺が混じっても不自然ではない。
「ガイド頼むぜ、巽。次は俺の言う場所に行ってくれ」
「へ? そ、それは良いけど、もう一軒酒場に行くのか?」
兵士たちが走り回るのを見ながら、巽が戸惑うように聞いてくるが、ハシゴしようぜ。
「きっと次の店も面白いアトラクションを用意してくれるはずだ」
ニヤニヤ笑いをする俺に巽は不思議そうに首を傾げている。
『本来はあそこで巻き込まれて逃げるところでしたよね? 慌てて逃げて、壁を乗り越えたり、車に乗ってカーチェイスしたりと。青のテープが貼ってあるマガジンを入れたサブマシンガンを撃ったりして』
『テープの意味はわからないが、まぁ、そうなる予定だったのかもな。でも相手の都合に合わせたくはない。出演料は貰っていないし』
『ヒロイン役は私で良いと思いますが、脚本がいまいちといったところですか。わかります、私たちは一流の俳優ですから』
うんうんと腕を組んで頷く一流女優さん。たしかにいまいちな脚本だった。
俺をウヤムヤのうちに巻き込もうとしていたようだからな。俺があの鉄の牙と一緒にいる所を見られたら、内街はテロリストを支援していると、確実にイチャモンをつけられるはず。戦争一直線なのは間違いない。
尾行してきても俺には頼りになる闇猫がいるから無駄なんだよ。
ククッと笑って、いち早く逃げ出して店を飛び出した男へと視界を向ける。既に影蛇が侵入済み。
俺に声をかけてきた男たちは、酒場に押し入ってきた兵士たちを罵りながら戦っているが、すぐに制圧されるだろう。本来は出入口は一つだから俺も捕まる予定だったんだろうな。
本命は最初に逃げ出した店員。兵士たちが来る前に俺たちと入れ替わるように脱出していた。入れ替わるように出ていくなんて怪しいので使い魔をすれ違う際に潜ませておいたのだ。
入れ替わるように脱出したせいだろう。男は歩きながらニヤニヤと笑みを浮かべている。
『作戦は成功したという顔ですね』
『だな。あいつは現状を知らない。袋小路の酒場内で俺が捕まったと、もしくは死んだと考えているはず』
尾行など考えてもいないようで、まっすぐに歩く男。
「よし、巽、今から言う場所に案内してくれ」
「あ、あぁ、そりゃ良いけど」
巽が頷くのを見ながら歩き出す。案内してくれるのは、やはり素直な奴が一番だ。