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171話 酒盛

 防人は尊氏の爺さんと酒を飲みつつ、気になっていることを尋ねることにした。


「足利のヘリがレーダーに引っ掛からないのは、爺さんが根回ししたからだと理解できる。だが、なぜ他の3機を管制官は無視した?」


 セリカに聞いたが、内街のレーダーは優秀だ。観測機を設置して低空も監視できるようにしてあるらしい。ならば、見落とすことはないと思うのだ。


 あの3機は内街のものじゃなかったはずだ。それならば、何故見逃していたのか、普通に疑問に思うんだが。


 足利の爺さんは、空になったグラスにウイスキーを注ぎつつ、酩酊したフリをしながら俺を見てくる。ここだけの酔っぱらいの戯言ということにするつもりだ。


「今の空軍のトップは誰だ? わかっているだろ。コウモリが、いや狐がうろちょろしているんだ」


「あぁ、習志野と組んでいるのか。驚きだな、だいたい裏切り者の末路は決まっているのに」


 あっさりと返してくるセリフは、まぁ、予想通りであった。だが、過去を顧みても内部から裏切りを働く者は小物の扱いを受けて、悲惨な終わり方をする。


 織田じゃなくて、明智を名乗るのをお勧めしたいところだ。だが、爺さんは鼻で笑いながら、グラスを振って氷をカランカランと鳴らす。


「裏切りじゃねぇんだ。一つの国として見れば、あいつらの動きはおかしくない。日本にとっての害悪を取り除き、正しい政治の道を取り戻す。そのために軍と共同して事を起こす。過去に起こった歴史の道をなぞってるだろ?」


「笑えるな。本能寺はどこに建てておけば良いんだ?」


「本能寺の変は、謎だよな、あれは。正直、明智光秀は死んでいて、密かに入れ替わった奴が事を起こしたんじゃと儂は考えている」


 一番簡単な説明だろと笑う尊氏の爺さんの言葉の裏を考える。この爺さんは今まで会った人物の中でダントツで狡猾だ。単純な会話に罠を仕掛けてきそうで油断ができない。


「織田家は権力の入れ替わりを目指している。他の奴らとまったく変わらない。………だが、騙し討ちをしてくるのが得意なのか。自分たちでは動かずに、誰かを動かすか、罪を押しつけるつもりなんだな」


「足利の手勢と織田家の手勢、そして儂の孫が死に、内街の最重要魔道具が習志野の兵に奪われた。織田家の剣聖の小娘だけが生き残った。生き残った小娘曰く、習志野の部隊に殺られたそうだ。謎の部隊と言われているが、練度から間違いないと」


 爺さんが目を細めて見てくる。そうだったのか。


「都合が良すぎると?」


 尋ねる形をとるが、たしかに怪しいことこの上ない。そして、今や習志野シティとの関係は最悪……ふむ……。


 習志野シティとの争いで、織田家は権力を一気に奪い取ろうとする? 軍隊のみのクーデターをするつもりなら、甘いと言わざるを得ない。平家も源家も足利家も大企業なんだぜ。


 即ち、それが目的ではないということだ。とすると……。


「痛みわけにするつもりか。織田家だけが、無傷で生き残る、いや、一番兵力を残しておくと」


 それならばわかる。簡単で確実な話だ。習志野シティの軍隊と戦わせる。うん、わかるわかる。


「わかんねーよ。戦国時代じゃねーんだ。千葉と東京って目の前すぎるだろ。ミサイルで撃ち合いしたら、あっという間にお互いの街は火の海だぞ」


 魔物線要塞があっても、実際は船での強襲から、飛行機での輸送。内街は圧倒的に有利に見える。兵力は上だろう。だが、実際はミサイルを撃ち合ったらお互いにタダではすまない。なにしろ、2つのシティは近すぎる。迎撃できるか不明じゃんね。


「そうだ。ミサイルを完全に防ぐことはできねぇ。織田家もタダではすまねぇな」


「あぁ………ミサイルを防げる魔法具があるのか」


 のんびりとからかうように答える爺さんの言葉に苦虫を噛んだかのように顔を歪めてしまう。その魔法具、俺にも一つくれないかな。


「いや、壁だよ壁。あの壁は空にも障壁を張ることができるんだ。だからこその内街なんだぜ。見た目よりも鉄壁じゃねぇと、こんな世界で安全とは言えないだろ」


「そういや、あれは魔法合金だったな……思ったより性能が良いのか」


『たぶん、障壁拡張の魔法具です。欠点は1日に1回しか使えないことですね。効果は1時間だったはずです』


 雫さんの説明に納得する。どうりで壁全てを魔法合金製にしているはずだ。今度、その障壁を見せてもらいたいもんだ。性能を知らなければ、いつでも障壁を張れると誤認させることができる。


 しかし、織田家とは本当なのだろうか? 


「わかった。習志野と織田家はわかりやすくは繋がっていない。裏で動いて表には出ていない。今日の管制官はどこの奴らだ?」


 指をパチリと鳴らして、なにがどうなっているか推測する。習志野シティのせいで足利は被害を受けたし、それを織田が告発するとなると、習志野シティは不愉快に思うどころではない。敵認定していてもおかしくない。


 なので、わかりやすくは習志野シティと繋がっていない。織田家のように密かに習志野シティのトップを取ろうとする奴と組んでいるはず。


「三好家だ。最近景気が悪いらしい家門だな。この間の雪花事変以来、ツイていないんだ、あそこは。和田家の話にも一枚噛んでいたしな」


 哀れなるスケープゴートは用意されていたらしい。可哀想に。


「三好家を潰して、習志野シティを糾弾……う〜ん……、これ表には出ないんだろ? あぁ……しくじったな? いや、わざとか」


 首を傾げて、おかしな話に戸惑うが気づいた。繫がっているのだ。足利家と習志野シティは繫がっていると三好家は誤情報を渡されていたんだ。


「足利家のヘリもいたか。習志野シティと組んでおり、天津ヶ原コーポレーションのしがない貧乏社長を殺そうとした。習志野シティに利する行為。噂でもある程度、信じられる説得力がある。落ち目の足利家だからな。最初から習志野シティのヘリが来ると爺さん知ってただろ?」


「まだまだ耄碌はしていないんでな」


 もうウイスキーを空にした爺さんはお替りをグラスに注ぎながらニヤリと笑ってくるので呆れてしまう。酒強すぎだろ、この爺さん。


「俺が取引にこなかったら、足利家は……。呆れるぜ、賭け金が大きすぎるだろ」


 俺との取引が成立しなかったら、このまま噂を流されて、足利家は凋落していく。このヘリの襲撃事件、止めていても、俺との取引のキッカケがなくなるので足利家は凋落していくと。


 凋落に歯止めをかけるために、起死回生の手段をとったか。危険な賭けではあるが……たしかに勝利した場合はメリットがでかい。


 この爺さん、おっそろしいなぁ……。織田家も足利家が襲撃することまでは情報を掴んで利用しようとしていたが、それをこの爺さんが利用しようとしたことまでは予想していなかったはずだ。


 怖い怖い。やはり頭の良い敵ってのが、一番厄介じゃんね。


「お前さん、俺のプレゼントの26式ヘリを受け取ってくれただろう? 装甲車やジープなども他の家門から受け取っているもんな」


「俺へのプレゼントに運んでいたヘリが襲撃された形にすると。パイロットは可哀想に」


「搭乗していたパイロットはちょくちょく口を滑らせる奴らだったんだ。あいつらの袖はいつも重かったからな」


 そこまで考えているのかよと、肩をすくめてウイスキーを飲む。


「織田家は燻り出せないんだな?」


「狐ってのは、頭がいいんだよ。三好家は打撃を受けるだろうが、あいつらの尻尾は掴めねぇな」


「そりゃ残念。それじゃ、習志野シティとの戦争は避けられない?」


「このままだと厳しい。だが、織田家は儂に利用されていたことに確実に気づく。戦争にはならないだろ」


 爺さんが口端を歪めて、頼もしさを見せるつもりか、胸を張ってくる。


 即ち嘘だ。もうこの爺さんと話すの疲れてきたぜ。


「そりゃ良かった。それじゃ、関東北西部の特区宣言、期待しているぜ」


 ソファから立ち上がり、手をひらひらと振って、帰りの挨拶をする。そろそろ帰って寝ることにしよう。


「む? まだまだ夜は長いぞ?」


 訝し気に見てくる爺さんだが、もう結構。狸と狐の化かし合い。その手のひらに乗って踊る駒にはなりたくないんでね。


「もう初夏だぜ。あんまり夜更しすると、朝になっちまう。初夏は明るくなるのが早いんだ。ウイスキー美味かった」


暗黒拠点転移ダークテレポート


 魔法を唱えて、俺は自宅へと帰る。


 闇の中に姿を消して自宅に帰る防人に、髭を擦って尊氏は面白そうに笑う。


「筆頭……。あいつならそうなる可能性はありやがるな。さて、明日から儂も忙しくなりやがる。まずは空軍の大将の座を取り戻すことからにするか」


 尊氏はウイスキーを注ごうとして、瓶が空になっていることに苦笑をして、そろそろ寝るかと寝床に移動するのであった。




 自宅のリビングルームにテレポートをして、俺は疲れてソファに倒れ込む。


「あぁ〜。疲れた」


 真面目に疲れたぜ。ヘリから逃げるよりも疲れた。俯けになりソファに顔を押し付けて目を瞑る。


 爺さんとの話し合い。外からはどう見るか考える。足利に与したと思われるか? 見られるだろう。しかし、足利に組み込まれたのか、それとも同じように取引をしただけの関係かコンタクトを源家も平家もしてくるはず。


 そしてすぐに取引だけの関係だと気づくだろう。勝頼に金を渡すときに、秘密だが足利家から賠償金をせしめたと伝えておけば良い。お茶係に大木君がいれば確実だ。幹部や社員にも夏のボーナスを渡せば問題ないだろうよ。


 自由に動ける空軍も手に入れた。そして、土地も未確定だが手に入れた。生存者として認められれば交渉などもしやすくなる。今回の取引はでかい。


 考えるのをやめて、息を吐きぐったりとする。精神をガリガリと削られた話し合いだったぜ、まったく。


「お疲れ様です。防人さん。あら、お酒臭いですね。わかりました、お粥を作ってあげますね。料理も作れますので」


「お粥は僕に任せておきなよ。料理は得意とするところだからね。良妻として愛を込め最高に美味しいお粥を作るよ。クラフトスキルの力も込めて」


「それじゃあ、私はセリカちゃんのお粥を作ってあげますね。親友として、愛を込めて作ってあげます。ハゲでバーコードが後頭部に書いてある料理人の真似をして料理を作ってあげますね」


 台所から、あらあらと雫とセリカが出てくる。ふたりともエプロンに『良妻』と書いてある。仲の良いコンビだなぁ。フフフとふたりとも笑顔で顔を見合わせて、和気あいあいと笑顔でお喋りをしている。


「いや……雫の料理は少し危険な香りがするのじゃ」


 対面のソファにリビングルームに入ってきた雪花が座り、ジト目で疲れたようにため息を吐くが、深くは聞かない。疲れているんでね。


「ヘリは回収できました。26式は傷一つつかなかったですよ。褒めてください、防人さん」


 セリカのお粥は作らないことに決めたらしく、雫は俺に近寄ってきて頭を突き出す。よしよしと柔らかな雫の髪を撫でながら、よくやったと褒めてあげる。さすがは雫だ。まぁ戦闘は見ていたからな。その後にはなにもないと想定はしていた。


「22式はキャノピーが粉々になったがの」


 それも見ていたから知っているぜ。雪花のツッコミに、むぅと頬を膨らませる雫さんの頭を撫でながらリビングルームを見渡す。


「花梨なら客室で寝ているよ。疲れたみたいだね」


 セリカが小鍋を持ってきてテーブルに置きながら教えてくれる。ありがとうと答えて鍋の蓋をとって、お粥をレンゲで食べながら、化け狸との会談の結果を伝える。熱々で、このお粥美味い。


「織田家が暗躍かぁ〜。たしかにそれだと尻尾を掴むのは一苦労かも。あそこは地味に軍でも政治でもそこそこ良いポジションを持っているね」


 なぜかもう一つレンゲを手に持ってソワソワと身体をセリカは揺らしながら、俺の話に納得していた。レンゲは謎だ。雫さんがもう一つレンゲを手にしているが、俺は疲れています。コント禁止。


「あんまり防人さんを困らせても、嫌われるので止めておきますが、習志野との戦闘で被害を受けるのは、廃墟街ですよ。壁は破壊されて、田畑は焼かれるはずです」


 俺が本当に疲れていることにいち早く気づき、レンゲを置いて、真面目な表情になる雫。たしかにそのとおりなんだよな。


「足利はその展開を理解しているよ。確実に防人を盾として、タダ働きをさせるつもりさ。僕の旦那様にぼったくりをしようなんて、あの狸め! 許せないな!」


 拳を握りしめて悔しがるセリカだが、誰か鏡を見せてやってくれ。


 とはいえ、そんなボケは受け流して、薄く嗤う。


「今の状況は、様々な思惑が重なってわからない。なので現状がわかるように確認しに行くつもりだ」


「正義の味方というやつかの?」


 雪花の問いかけにかぶりを振って否定する。その場合は報酬がないとな。単純に会社を守るためだ。


「んにゃ。戦争は一番経済に悪いんだぜ。景気が悪くならないように、習志野へと行くとしよう」


 なにが起こっているのか、わからない。内街の一方的な情報だけだと、判断を間違える可能性が高い。


「旅行の準備をして行くことにしようぜ」


「折角の夏ですしね」


 むふふと雫が期待に目を輝かせる。


「水着を新調しないとだよねぇ」


 セリカは気合を入れて、ふんすと息を荒らげる。


「さて、どうなっているか、楽しみじゃの」


 雪花も楽しそうに頷く。


 3人が笑う中で、防人も薄く笑いながら、今年の夏も暑そうだと思うのであった。準備に1週間といったところか。花梨が情報を集めるのを期待するぜ。

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― 新着の感想 ―
[一言] この世界、意外とジジイの生存率高いよね。年代別登場キャラだと唯一ジジイ世代死人いないよね。若者世代や親世代は多いけど
[一言] >怖い怖い。やはり頭の良い敵ってのが、一番厄介じゃんね。 そんな頭の良い敵でも味方に無能な働き者がいると凋落するんだから 一番厄介なのは……
[一言] 会社は大きくなっても社長業は大変そうですね、防人さん。 内街のえらいさんたちと協力体制を取れるようになれば防人さんも少しは楽が出来るのかな?
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