17話 寄合所帯
おっさんこと防人は自宅であぐらをかいて目を閉じていた。座禅とかでは、正当な座り方があるらしいが、座禅体験とかしたことがないのでよくわからない。まぁ、適当で良いだろう。宗教はカルト化しているところが多いから苦手なんだよな。
おっさんはリビングルームであぐらをかいていたが、寛いでいるわけではない。額に汗を流して、体内の魔力を身体中に巡らせていた。マナは消耗することでは増えないが、その操作は向上する。日課となっているトレーニングだ。
水の流れよりも速く、鉱物のように固く、瞬間的に魔法を発動させるように毎日鍛えていた。
一時間程度トレーニングをして、ゆっくりと目を開けるとシャドーをする雫の姿があった。幽体であるがトレーニングは欠かさず、真面目な美少女である。拳を繰り出し、しなやかに蹴りを放つ姿は美しかった。いつもは可愛らしいが、そのような姿は芸術を見ているようで、無駄のないキレのある動きだ。
雫もトレーニングを終えたようで、ふぃーと息を吐き残心をとく。歳に似合わぬ落ち着きと凄みがそこにはあった。いつもはアホな姿しか見せないので尚更である。
『ジロジロと見られると照れるんですが? 床に寝てスピンも見せましょうか?』
ニヒヒと笑みを浮かべて悪戯そうに言うので、俺も思わず笑ってしまう。
「また、地獄ゴマとかよくわからん叫びと共に回転するんだろ? いいよ、それよりも、だ。感覚的にそろそろだと思うんだ」
トレーニングをして、最近感じたことがある。雫もそうなのかと尋ねると、同意と頷く。
『そうですね。身体にマナが満ちてきているのを感じます。そろそろスキルレベルが上がる頃だと思います』
「やっぱりそう思うか。この体が火照っているような、ムズムズするような感じはそうだよな。と、なるとレベル3かぁ。どれぐらいパワーアップするのかね?」
雫は俺の疑問にふぅむと顎に手を当てて、あっさりと教えてくれる。
『1から2へもだいぶ変化があったはずです。ですが、3は一人前の証拠。たしか、特有の魔法が使えたかと。たんに影を操ったり炎を生みだすだけではなくなるはずです』
「その情報をどうやって知ったか、教えてくれない?」
手に入れたこともないスキルの内容について、詳しく教えてくれるパートナーに、苦笑をしてみせると、そっと人差し指を口に押し当ててクスリと笑ってきた。
『それは禁則事項です』
「ふーん」
『雫クロスサンダーチョップ!』
なんだか、雫が怒ってチョップを繰り出してきたが、何なんだろうなぁ。時折よくわからん娘だ。
さて、外街にはあれから数回行って順調に稼ぎながら、早々と2週間が経過した。空は曇り模様で少し早めの梅雨入りになりそうだ。そして別の問題が発生していた。
ペントハウスを出て、バリケードが張られている階下に苦労して降りると、以前は人気がなくガランとしていた一階には人の気配が大勢ある。
ひょいと顔を覗かす。ここ1週間で増えてきた困りごとだ。いや、困ってはいないんだが……いやいや困った状況かなぁ。
防人にしては珍しく即断即決とはならずに困り顔で覗くと、玄関フロアには大勢の人々がいた。
子供たちが多いが、老若男女様々な人間がいる。若い男でもひ弱そうな男。未亡人だろうか、赤ん坊をあやしている女性。欠損がある老人たちなど、ぶっちゃけて言えば社会の弱者たちだ。
前回訪れたときに買ったコンロ。その上に寸胴が置かれてコトコトと何かが煮込まれている。何かというか、すいとんか肉の少ない豚汁だろう。
「さきもりしゃん!」
いち早く俺の存在に気づいた部下の幼女が笑みをうかべて飛びついてくるので、高い高いとあやしてやる。キャッキャッと幼女は喜びはしゃぐ。
ずいぶん懐かれたもんだとおろしてやると、皆が気づいて挨拶をしてくる。
「ボスおはようございます」
「防人さん、こんにちは」
「今日は豚汁ですよ」
笑顔で挨拶をしてくるのを鷹揚に手を振りながら首を傾げてしまう。ざっと見るに50人はいるよな? なんでこんなに集まってるの?
『子供たちを保護して、お金を稼いでいることが噂になったからですよ、防人さん』
雫がフヨフヨ浮きながら、呆れた声音で言ってくる。うん、わかってたよ。
『現実逃避をしたかったが、そうだろうな。だが、俺のような輩に保護を求める人間がいるとはなぁ』
言ってはなんだけど、黒ずくめのおっさんだよ? 俺は怪しいことこの上ないおっさんなんだけど。
『強い。ただその一点のみの男が勢力を拡大し始めました。意外なことにか弱い子供たちを手厚く保護しています。カイより始めよということですね。記者志望の男の子を木馬で手厚く迎えると、新人類が来ちゃうということです』
『カイさんは記者志望じゃねぇよ。春秋時代の人間だな』
『そろそろ伝道しないといけないと私は思います』
いまいち話は合わないが、内容はわかる。つまりは子供たちを優しく保護していると思われたわけだ。
「あ、これ、昨日の儲けです!」
リーダーの男の子が麻袋を持ってやってくる。ほいっと受け取り中身を見て唸ってしまう。麻袋の中には500個近いモンスターコアが入っていたのだ。たぶん全部Fランクだ。
「これだけの大鼠がいたのか?」
「はい。ミケちゃんたちが倒してくれたので楽々でした。5箇所で狩りをしたんですが、どこも最後の方はほとんど集まらなかったです」
「何回目だ?」
「えっと昼からやってたので、六回目くらいですかね? 100個を超えたぐらいから、数匹しか集まらずに、魔物香は無駄になっちゃいました」
しょんぼりとして報告をしてくるが、防人は素早く考える。木の棒は魔物香と名付けたらしいが、一回で20匹は倒せる。100は普通にいたわけだ。大鼠のダンジョンは無数にあるからよくわからんが早くも枯れてきたのだろうか?
と、すると継続的に狩りをする場所は独占しないといけないな。こんなに早く枯れるとは思わなかったぞ。
作り直した影猫は全部で6体。マナを150全て費やして作った優れものだ。大型犬並みの体格と、ヒョウ並みの攻撃力を持ち、大鼠ぐらいならもはや楽勝である。ゴブリンにも勝てそうだ。
「レアは出なかったか?」
「はい。レアはいなかったです」
わかってはいたが、一応確認しておく。が、やはり首を横に振って否定してきた。
ううむ、出現条件がわからん。何百匹も倒せば出てくるかと、数回同じことをしたが現れなかった。やはりレアは本当にレアなんだなぁ。出現条件がわかれば倒しまくるんだが。
「充分だ、よくやった。数も数えられるようになったんだな」
気を取り直して、リーダーの男の子の頭を撫でて褒めてやる。エヘヘと鼻をこすって得意げだ。この歳は物覚えが良い。
外街にはコッペパン200個ごとに売りに行っている。すぐに完売御礼だ。元手が必要ないから、儲かる。門兵も闇市場を仕切っているチンピラもこちらが良い金蔓だと、大変親切にしてくれる。なにしろ並ぶことがない。
チンピラは、俺たちを襲った奴らの末路を知っているのだろう。揉み手をして異様なほどに腰が低い。
今のところ、同業他社は近場にはいない。目端の利くものならやってもおかしくないのに信玄が始めようとする素振りもない。なぜかはわからないが。俺に気を使っているのかと思えば違うと思う。外街に住む住人は膨大な数だ。信玄が参入してきても売上は変わらないはず。
不思議ではあるが、なので、順調に儲けは増えていき、右から左へと流れていく。俺の手元にはほとんど残らない。なぜならば、食べ物を買いまくり、簡単な調理器具や、タオルケットなどを買い込んでいるためだ。初期費用はいつだって必要なのだ。たとえ零細企業でも。
その過程でなぜか人が増えた。解せぬ。
「はい、防人様。出来立てですよ」
赤ん坊を背負った女性がニコニコと笑顔で豚汁を手渡してくるので、どーもどーもと受け取る。
味噌の味は薄いが、一応食える。豚肉が気を利かせたのか多目に入っているようだけど。
「いただきまーす!」
誰が始めたかはわからないが、昔の学校給食時みたいなかけ声と共に、どこからか持ってきた組み立て式の長机に豚汁をのせて、パイプ椅子に座って、皆は仲良く食べ始める。
俺はその様子を漫然と見ながら考える。これどうすっかなぁと。
「あの、防人様、ありがとうございます」
「ん?」
考えつつ、豚汁をすすっていると、赤ん坊を抱えた女性が頭を下げてくる。
「魔物により夫が死んでしまい、これからどうしようかと考えていたんです。赤ん坊共々死ぬしか道がないかと思いましたが、命を繋げることができました」
だぁだぁと、赤ん坊が手を伸ばしてくるので軽く握ってあげると、嬉しそうにキャッキャッと笑う。はぁ〜。これ、見捨てづらいよ。
『と言いながら、コレを利用してどう稼げるか考えていますね? 切羽詰まった弱者は上手く使えば真面目に仕事をしてくれますし』
『心を読まないでくれます、雫さんや?』
ようは物事使いようってわけだ。この人たちが役に立たないと切り捨てるのは簡単だ。だが、切り捨てないことから、俺の願った世界はあるのだ。
理想郷を目指しているわけじゃないけどな。
「それじゃあ、ここにいる人には仕事を考えますよ。大鼠を狩る部隊、スライムを倒す部隊、このビルを掃除する部隊、炊事洗濯や魔物香を作る部隊とね」
この人数なら楽勝で養える。今はまだ。ストアのラインナップを増やすべきだろうか? 外街でなにを求められているかを調べないとな。金になるものが良い。
でも、今は大鼠狩り隊で金を稼ぐかねと、皆を集めて説明を始める。とりあえず、ここを拠点にするから、住めるように整えるところから始めよう。
「あめ、ふってきたー」
俺のそばにぴっとりとくっついている幼女が外を指差す。気づけば、曇天の空からぽつりぽつりと雨粒が落ちてきている。
梅雨入りかぁと、嫌な顔になってしまう。湿気やすいから、色々と困るんだよなと思いながら外を見ると、誰かがこちらにやってくるのが見えた。
ヨロヨロと雨に濡れながら歩いてくるのは大柄な体格の男。たしか名前は大木君だった。
俺に気づいたのか、血相を変えて走ってきて土下座を披露してきた。
「兄貴っ! 信玄の旦那を助けてくだせぇ! 俺のせいで……俺のせいでコミュニティが消えちまう!」
泣きながらお願いをしてくる大木君に周りの面々は顔を見合わせて戸惑い、俺はというと、土下座ってある意味相手に対する脅迫だよなぁとジト目になっていた。
が、信玄のコミュニティが崩壊するのはとても困る。あそこは廃墟街でもマシなコミュニティなのだから。
仕方ねぇなぁと大木君の話を聞く防人であった。