168話 迎撃
真っ暗闇の廃墟街は不気味だ。北回りの廃墟街には明かりが全く見えない。以前からあった細々と生存者が暮らしていた拠点は天津ヶ原コーポレーションに制圧されて、住んでいた人々は平原や天津ヶ原市場に移動したからである。
そのために、暗闇の中をリムジンは走る。半ばから折れるように半壊した廃墟ビルや、屋根に大穴が空き、玄関の扉もない朽ちた廃屋。昔はレストランなどが存在しただろうが、ガラス張りであった壁は単なる穴となり、そこから植物が繁茂して、もはや緑に覆われて、どのような店舗だったかもわからない不気味な元店舗。
アスファルト舗装は砕けて草木が生えて、放置自動車は錆だらけのシャーシのみとなり道を塞いでいる。
その中で新車である卸したてのリムジンがライトを照らして走るのはシュールであり、不気味でもあった。
危険な暗闇の中を疾走するリムジン。ライトが前方を照らす中で、防人は魔法を使用する。
『暗視』
防人はもちろん、花梨やセリカにも夜の闇でも昼のように周囲が見える魔法をかけておく。
魔法により、辺りは昼間のように見えて、暗闇は無くなり視界が通常へと変わった。
「ありがとうにゃ。防人はこういう魔法も使えるんにゃね」
「まぁ、暗黒魔法は基本暗闇の中で活動する魔法だからな。暗視ができないと、その効果は半減だし。とはいえ、俺も初めて使う魔法だが」
花梨が感心して俺に礼を言ってくるが、たしかに補助魔法ってあんまり使わんかも。一瞬のステータス増幅は闘技があるし。それに支援魔法はあまり覚えていないし。
「昔の暗視ゴーグルのように、フラッシュを焚かれたり、突然明かりがついたり、光が少しは無いと見れなかったりとかはないよね、『暗視』魔法は。良い魔法だよ」
「あぁ、そういう弱点あったな。映画とかでその弱点を利用して、敵を倒す話とかあったわ」
セリカが話をしてくるので、その内容を聞いて、そんな弱点もあったと思い出す。だが『暗視』魔法は問題ないらしい。さすがは上級魔法と言えるだろう。
セリカは胸元から何かを取り出す。チラチラと俺に見えるようにしてくるので、顔を近づけて見てやろうとすると、真っ赤な顔になって、後退りして椅子に寄りかかる。
「そこは照れてくれないかな? なんでもっと見ようとしてくるのかな?」
「わざわざ座席の引き出しに隠していた物を胸に入れてから取り出そうとするからだろ」
こっちはおっさんなんだ。何度言ったらわかるんだろうな、純情無垢な青年じゃないんだぜ。
「セリカ……懲りないにゃんね……」
哀れそうに呟く花梨。たしかにこういったことは学習能力ないよな、セリカのやつ。雫さんが自分の胸元をペタペタと触っているが、悲しそうな表情なので見ないふりをしておきます。
「うぅ〜、まったく酷い旦那様だな。納得いかないけど、ジャジャーン。色付きめがねぇ〜」
サングラスを得意げに取り出して、間延びした言い方をするセリカ。なにか意味があるのかと思うが、とりあえずサングラスの持つマナに気づく。
「それなんだよ?」
「これはただのサングラスじゃないんだ。機械的にも魔法的にも隠れている敵の姿を解析して、実体を予測してサングラスに表してくれる」
「ん? 想像してモンタージュを作るようなもんか?」
「うん、敵の正確な姿や隠し持つ武器などを見逃す可能性はあるけど、それでも役に立つと思うよ。お代は1億円」
金取るのかよと思いながら、手に持ちひらひらとサングラスを振るセリカから奪い取る。
「レンタルでよろしく」
「仕方ないなぁ、それじゃ貸し一つで」
「1億円払うことにする」
そちらの方が高くつきそうなので諦めておく。後で、なんとかなかったことにしよう。
サングラスをかけて、フロントガラス越しに空を見ると、マナの塊でぼんやりとしていたヘリの姿がはっきりと見えるようになった。
「戦闘ヘリだな。1機が目の前に。2機がその上空にいる。後ろのは1機だけだ。挟まれたか」
機銃にミサイルランチャー搭載のスリムな戦闘ヘリが空を飛行している。後ろも同様かと舌打ちするが
「おかしいな。後方のは26式戦闘ヘリだよ。最新型だ。なのに、前方のは22式。旧型だよ。こんなことってある?」
後方をセリカが覗きこみ、怪訝な様子で報告してくる。マジかよ。
「もしかしてダブルブッキングか? 俺、そんなに約束していた覚えはねぇぞ」
「僕も同じ考えだよ。どうやら僕たちは出待ちファンがたくさんいるみたいだね」
フフっと可笑しそうに笑うセリカ。ハードボイルドなやり取りをして満足げに俺は肩をすくめる。
『セリカちゃんとばかりずるいです。私も気の利いたセリフを言いたいです。考えているので少し待ってくださいね』
対抗心を見せるパートナーに、了解と答えつつ、目を細めて真剣になる。雫さんは対抗心剥き出しすぎる。そこも可愛らしいんだけど。
「前方のはどこの家門のやつだと思う?」
「旧型だとするとわからにゃい。どこの家門も使用できるからにゃあ」
セリカにサングラスを手渡されて、花梨もヘリの姿を視認できるが、口元を歪めて困った表情を浮かべていた。
「最新型は足利で決まりか」
「そうだね。26式は配備されたばかりだから」
「わかった。それじゃ前方のパイロットには少し質問をしてみるか」
ニヤリと嗤い、俺は作戦を考える。ヘリ欲しいんだけど。セリカは運転できるのかな?
どうしようかと迷う中で
「くるよ!」
鋭い声でセリカが注意を促す。
その声とほぼ同時に後方から機銃の音がドドドと響き渡る。
「にゃんとお〜!」
花梨がバックミラーをチラ見しながら、ハンドルを左右に激しく傾けて、リムジンは蛇行し始めた。
ガコンと瓦礫に乗り上げながら走行するリムジンの周囲に機銃の弾着が目に入る。さすがは機銃、拳ほどの大きさの穴を道路に次々と空けていた。
「うにゃっ!」
大きくハンドルを回して花梨は道路を曲がる。キキィとタイヤと道路の摩擦音が聞こえてくる。
すぐにアクセルをベタ踏みして、花梨はリムジンを加速させていく。
「当たるかにゃー!」
まるで撹拌機のように車が激しく動く中で、俺はため息を吐いてシートベルトを外す。
「全部命中している軌道だぞ、花梨。無駄な動きだからやめろ」
車体に取り付けた闇蛇がさっきから銃弾の軌道をずらしているじゃんね。
「………やっぱりそうにゃん? 映画とかだとこれで機銃を回避できたんだけどにゃぁ」
「実際、時速80km程度だと機銃掃射を躱すことはできないよね。あれは映画の中だけの話」
がっくりと肩を落として、落胆する猫娘に止めをアルビノの美少女が刺す。そりゃそうだ、セリカの言うとおりだ。機銃掃射を蛇行程度で車が躱すことは不可能だ。現実は世知辛いよな。
まっすぐに走行をすることに決めた花梨。車内が安定する中で、俺は空を見上げる。
隠し身は解けたのか、26式戦闘ヘリは姿を現して追尾してくる。もう遠慮はしないようだ。
だが、他の戦闘ヘリ3機は攻撃に加わらない。
「漁夫の利を得ようってわけか。まさか他に隠れているヘリがいるとは思っていないんだろうな」
「防人のスケジュール漏れすぎじゃない? 心当たりある?」
「そうだな……隠してはいなかったから、酒場で札束を翳し女にモテている男が包み隠さずに話しているかもな」
きっと調子に乗って話しているだろうなと、可笑しく思いながらマナを集中させる。
リムジンの窓を開けて、身を乗り出すと、ちょうど敵のヘリはミサイルを発射してきた。
『反応氷結壁』
シュシュッと空気を抜くような音を立てて、ミサイルが飛来してくるが、俺の作った氷の障壁がその軌道に現れる。ミサイルは壁に激突して爆発し、砕けた氷の破片ががキラキラと空を舞う。
『影糸』
爆煙が巻き起こり視界が塞がり、それを嫌がったヘリが急上昇する中で、俺は影の糸をヘリまで放つ。
『暗黒転移』
そうして、転移魔法を使うと、そのまま車内に戻る。自分の魔法と繫がっている場所なら、5km程度なら自由に転移できる新魔法だ。
「あれ、撃墜すると思っていたのに」
「そんなことするか、もったいない。ヘリには新たなるパイロットを送り込んだのさ」
セリカの意外そうな言葉に手をゆらゆらと振って、くくっと含み笑いをする。新型のヘリを撃墜なんかするわけ無いだろう。
26式戦闘ヘリに乗るパイロットは苛つきを隠せなかった。複座式の戦闘ヘリのメインパイロットは先程から機銃による攻撃は躱されて、ミサイルも防がれたことに驚いてもいた。
「ちっ、スキル持ちだか、なんだか知らないがヘリに敵うわけないのに手こずらせやがる。さっさと死んじまえってんだ」
レバーを傾けてリムジンの真上へと再び移動して、ポジションを確保する。
「おい、今度は当てろよ? ミサイルは全弾放つ勢いで撃てよ。そうしないと防がれるようだからな」
火力担当の後部に座るパートナーへと声を荒げて告げる。あまり時間もかけていられない。軍にレーダーを見てみぬふりをしてもらうのも限界がある。今は足利の勢いも衰えているので尚更だ。
「説明書が必要じゃの。火器管制はこれかの?」
だが、予想していた男の声ではなくて、少女の可愛らしい声が聞こえてきて、ギクリと身体を強張らせる。
なぜ少女の声がと驚いて振り返ると、信じられないことに変わった形の和服の美少女と、可愛らしさのない26式戦闘服を着込んだ少女が後部座席にへばりつくように張り付いていた。
「あ、運転は前部でしたか」
軽い口調でのほほんと言ってくる戦闘服の少女に、現実かと目の前の光景を疑っていたパイロットは後部座席に座る仲間の首がぐるりと180度回転していることに気づいた。
「ど、どうやって?」
なんにせよ敵だと慌てながら、銃を取り出そうとして
「やぁ」
ヒュッと疾風が走り、蹴りを顔に受けると、ぐるりとパイロットの首は回転して息の根を止められた。
「ナイスです。セリカちゃんの説明は既に思念で受け取りました。操作は問題ないですね」
「戦闘の知識スキルはそこらへんが羨ましいの。知識を手に入れたらすぐに活用できるのは。それじゃ、雪花ちゃんが火器管制じゃな」
邪魔だと、キャノピーを開いて、ふたりはゴミをポイ捨てすると椅子に座る。
「ヘリでの戦闘は久しぶりです。いけますか?」
「補正をよろしくなのじゃ。それ以外は天才たる雪花ちゃんに任せておけ」
雫はベルトを締めて、レバーを手にして雪花に尋ねるが頼もしい答えが返ってくるので、クスリと笑う。大丈夫そうだと計器を確認しながら、残るヘリへと視線を移す。
「サングラスを持っていませんが、叩けば姿を現しますよね」
「じゃな。しかし3対1じゃぞ? 勝てるかのぅ」
「それに加えて、このヘリは無傷で欲しいです。航空戦力を防人さんは欲しがってましたし、良き妻である私はその願いを叶えたいと思います」
そう答えて、口元を歪めて嗤いに変える。獰猛なる獣のような光を目の奥に光らせて呟く。
「空中戦は久しぶりです。上手く踊れると良いのですが。テンポは早く、喝采は敵の断末魔の悲鳴にしましょう」
レバーを上げて高度を上げると、ヘリを旋回させて隠れているつもりの敵へと向ける。
さて、敵の強さはどれぐらいでしょうかと楽しみに雫は思うのだった。