16話 食事
闇市場を抜けて、防人は外街の比較的マトモな通りに移動した。あそこの食い物は出処が怪しいからできるだけ食べたくない。
通りに軒を並べている店舗の中で、ガラス張りの外街にしては珍しく高級そうな店で買い物をすると、すぐに子供たちと目的地に移動した。
バラック作りの店であり、店の奥に豚肉を吊るしており、手前では炭火で串焼きの豚を焼いている。コンロの上には寸胴鍋がコトコトと煮えており、良い匂いをしている。
周囲にはガタがきているテーブルや椅子が並び、雑多な人々が飯を食っているのが見える。作業着を着込み、ワハハと騒がしく笑い声をあげるおっさんたちがビールを飲んでいる。
「ここなら良いだろう。好きなだけ食べろ」
ガタのきている椅子に座り、手をひらひらと振る。子供たちは、歓声を上げて料理を買いに行くと予想していたが、全員顔を見合わせながらもじもじとしている。
迂闊だったと舌打ちすると立ち上がる。
「好きなものを指差せ。今日の給金だ」
今度こそ、わーいと歓声を上げて子供たちは店先に駆けてゆく。
『子供たちはお金も持ったことがないですし、文字も読めないですものね』
『まぁ、しばらくは教育するか。大人の誰かに頼めば良いだろう』
雫の言葉に肩をすくめる。子供たちが教育を受けたことがないと、ついつい忘れてしまう。自分の子供の頃は義務教育が当たり前だったからだ。すなわち、おっさんレベルの大人たちは普通に文字も計算もできる。子供たちが同じではないと、忘れたのだ。子供たちは傷つくような軟な心ではないだろうが、それでも……。
「俺、これ!」
「私この肉串!」
「んと。ん〜と。あたしこれ!」
「へいへい。お腹いっぱいになるまで頼めよ?」
のらりと歩き、店主へと料理の注文をしていく。安い定食屋だが良いよね? おっさんは搾取しないよ? 立場に相応しい報酬は受け取るけどな。
テーブルには皿が大量に置かれた。スープから串肉や焼き野菜などなど。ところ狭しと並べられている。
子供たちは競いあうように、皿を手に取り夢中になって食べていた。
「これなぁに?」
「すいとんだな」
子供の一人がスープを指差すので、教えてあげる。菜っ葉に小麦粉の練り固まった物が浮いている。塩味だがかなりの薄味だ。
「美味しい! すいとんうめー」
「お肉も美味しいよ!」
「おかわり良いですか?」
一人、1500円程度。まぁ、その程度だ。むしゃむしゃと懸命に食べる子供たちを優しく見つめてから、防人は欠伸をするふりをして周りを見渡す。
『何人か様子が変ですよ』
『だなぁ。少し注意をしておくか』
目立つとはそのような輩も集めるものだ。火へと飛び込む蛾のように。
ハードボイルドな思考を俺はしているよねと思いながら、クククと内心で笑い、雫は暇そうに欠伸をしていた。
道路の端で俺たちを闇市場から尾行してきている男たちがいる。なにやら会話をしているようだ。友人になりたいというわけではなさそうだ。
「あの、俺たちを部下にしてくれてありがとうございます! 俺たち、こんなにしてもらって……なにも返せないのに」
「ありがとうございます」
「ありあと〜」
「おかわり良いですか?」
リーダーの男の子が食べる手を止めて、真剣な表情でペコリと頭を下げてくる。他の子供たちも頭を下げてくる。一人だけ空のお椀を寂しそうに見ているので、おかわりを頼んでこいと代金ぴったりの小銭を手渡す。
「ありがとうございます!」
すててと店主の下へと走っていき、お椀にすいとんをよそってくれるのを輝くような目で見ている。他の子供たちもソワソワするので、もう一度買いに行くとするか。
「お前らは労働力で返しているからな。気にするな。正当な対価だ。金を渡せれば良いが、すぐにスられるか強盗にあうだろうからな。しばらくは現物支給で我慢してくれ」
金は俺が管理します。悪いが子供たちが身を守れるようになるか、治安がよくなるか、だ。
とりあえずは、嫌な視線を向けてくる奴らのお相手をしますかね。
萎びたキャベツに、細いごぼうのような人参。大根もタクワンのようだが、一応野菜類である。あとは塩を袋で買っておしまいだ。売上は全て消えました。散財しました。まぁ、仕方ない。
「結構たくさん買えたな」
品質は最低だけどと門を通って、防人たちは帰宅の途についた。子供たちは嬉しそうにキャッキャッとお喋りをしながら歩いている。なぜか俺の裾を掴む幼女もいた。エヘヘと小さく笑ってくるので、よしよしと頭を撫でてやると、ますます笑顔になるので癒やされる。
『雫リベンジャー』
空を浮く雫がプンスコと頬を膨らませて、頭突きをしてくるのがウザい。
『復讐って、使う英語間違ってるぞ?』
『うにゅにゅ。私の3大奥義の一つなんです! 雫リベンジャー! もぉ〜元ネタをわかってくれないから面白くないです!』
幽体での頭突きなので痛くはないが、歩くのに邪魔だよ、もぉ〜。
フヨフヨと浮きながら、この技はアステカの方でしょうかと、小首を傾げてじゃれてくる雫に苦笑しながら廃墟を歩いていく。
外街に近いので、魔物はあまり現れない。俺の家までは結構あるので、歩くのも大変だ。
静寂の中で時折犬の遠吠えが聞こえて、人気がない道を歩く。
「あ〜、子供たち。ちょっと俺の所に集まれ」
そして、フゥとため息を吐くと、立ち止まり子供たちに声をかける。なんだろうと野菜を背負った子供たちが周囲に集まる。
魔物はいないが、他の輩が現れるんだよな。
空中にビシッと音をたてて、矢が刺さるように止まるのを半眼で見て思う。
「わわ、なになに?」
「矢だ!」
「強盗だ!」
「ここを動くなよ? おっさんとの約束だ」
ビシビシと飛んできた矢が空中で止まり、力なく落ちてゆく。
「『影障壁』だ。悪いが矢代がもったいないだけだな」
防人の影は不自然に周囲を覆うように伸びていた。矢の影がその影に触れると、矢自体が止まり落ちてゆく。『影障壁』、『影縛り』の改良版だ。影が触れると敵を止める。そこまで束縛力はないが、矢は一瞬でも停止すれば力を失い落ちてゆく。銃弾を止めることは不可能だが、矢程度なら問題ない。
「くそったれ、スキル持ちかよ!」
バタバタと廃ビルの中から薄汚れた格好の男たちが罵りながら出てきた。その数10名。それぞれ錆びたナイフや鉄パイプ、釘バットを手にしている。それにボウガン持ちが数人。錆びたナイフは危険だから磨いておいたほうがいいぜ。
「ずっと俺たちをつけてきたな。お疲れさん」
首をすくめて、ジト目で告げて、包囲してくる男たちを見やる。子供たちは恐怖で震えているが、大丈夫だから。
「景気が良さそうだな? 廃墟街の連中なのに。どこでそんな良いもんを手に入れた?」
一際体格の良い男が前に出て、聞いてくる。なるほど、俺が手つかずのブティックでも見つけたと考えたのか。ん〜、まだストアの存在は広まっていないのね。
それに俺の影魔法を見て、恐れる様子はない、と。
『アステカ雫リベンジャー』
『あの、雫さんや、邪魔だからそろそろやめてくれない?』
しつこく雫が頭突きをしてくるので、こっちの方が相手にするのに大変だ。敵と話ができないでしょ?
気を取り直して、相手を冷え冷えとした視線で睨む。
「いきなり攻撃してくる奴らに教えるとでも?」
「へっ、生き残った子供たちに聞けば良いだろ。おい、お前ら、やっちまえ!」
ヘイッと強盗たちはこちらへと向かってくるが、こいつら俺の魔法が目に入らなかったの?
『恐らくは矢を防ぐ程度のスキルだと思われているんですよ』
ようやく頭突きをやめた雫が教えてくれるので、納得する。魔法の中で矢を防ぐのってあんまりないもんな。
「それじゃあ、矢を防ぐ程度の魔法を見せてやりますか」
スイッと人差し指を向かってくる強盗へと向けると横に振る。
『火波』
数センチ程度の厚さの炎が人差し指から、紐状に放たれて、敵を薙ぎ払うように向かっていく。
無論、敵を灰にする熱さではない。だが、ほんの数センチ程度の炎でも、魔法の炎は厄介なのだ。
「アヂイッ」
「消してくれっ」
「グァァ」
強盗たちはまともに受けて、その皮膚や服が燃えていく。汚れて脂ぎっているのか、すぐに炎は広がり、地面に転げまわる。
後ろから迫る強盗にも同じように炎を食らわせて燃やしておく。ダメージはあまりないだろう。敵の足止めが目的だ。生物は少しでも炎が身体についたら恐怖する。その本能を抑えることはチンケな強盗如きじゃ無理だ。次の攻撃で殺されるとわかっているはずでも。
「だらしねえ奴らだ!」
ボスの男は大柄な身体を怒りで震わせて、こちらへと駆けてくる。炎を見ても怯まない、ね。
『火矢』
炎の矢を生み出して撃ち込む。燃え盛る炎が火の粉を散らし、ボスへと迫るが、凶暴な笑みで拳を突き出してきた。
『鉄化』
ボクサー崩れなのか、踏み込みは早く、繰り出された右拳からのストレートは綺麗なパンチであった。火矢はそのストレートに弾かれて、霧散してしまう。
「ほう?」
ボスの右腕を見ると、その拳は鈍い鉄色の光沢を見せている。普通の肌ではない。スキルによるものだと、防人は僅かに目を細める。
「見たか! 俺様の『鉄化』は鉄の硬度を肌に持たせる! てめえのチンケな炎の矢なんて効かねえんだよ!」
「なるほどな。外街で多少は縄張りを持っているんじゃないか? その力なら」
俺の言葉に恐れを感じたと男は思ったのだろう。口元を醜く曲げて見下すような視線を向けてきた。
「そのとおりだ! 廃墟街なんて来たくなかったんだけどな。まぁ、金儲けができるなら仕方ねぇ」
「そうか、それは残念だ」
本当に残念だ。この男はスキルを頑張って上げたのだろう。明らかにレベルが1に達している。
「はっ。今更命乞いをしても無駄だぜ?」
せせら笑う男へと勘違いを正してあげよう。
「残念だと言うのは、お前に努力が見えたからだ。外街でおとなしくチンピラをしていれば良かったのにな」
強く人差し指に魔力を集中させて、哀れみの目で相手を見る。
「なにを言ってやがる?」
「なに、廃墟街は外街とは違うんだ。大怪我をしたら死ぬことは決定しているのさ」
『凝集火矢』
火矢が人差し指の先に生まれる。先程と違いマナをたっぷりと消費した火矢だ。魔力のステータスが3倍になったことで、可能となった魔法。
炎の奥にマグマのように輝く光が覗いており、熱気で周囲の空気が揺らめいている。自身の魔法では傷つくことはないからわからないが、かなりの高熱なのだろう。
クイッと人差し指を曲げると、凝集火矢は先程とは比べ物にならない速度でボスへと向かっていく。
「な? 『アイアンストレート』」
武技を使用して、自らのストレートに魔力による攻撃補正をのせてボスは火矢へと拳を繰り出す。拳と火矢がぶつかり合い、バシンと音が響いた。そして……。
「ぎゃぁー! 俺の腕が!」
ボスの右腕は吹き飛んでいた。肘から溶けるように吹き飛んでおり、炎がその身体に燃え移って、苦悶の声をあげて地面をのたうち回る。
「お前のスキルはレベル1程度。薄い鉄板程度は貫けることが検証できたな」
「ま、まっでぐれ! 降参、こうざんだっ」
歩みを進める俺へと泣き叫び命乞いをしてくるが
「残念だと言ったろう? ここは廃墟街なんだぜ?」
この戦いの後に残るのは死だけだ。人を殺そうとするなら、殺される覚悟もしておくべきだったな。
外街ならば助かったかもなと冷酷な視線を向けて、防人は後片付けをするのであった。




