155話 新田
信玄たちが草原での防衛線構築に努め、防人が大久保と壁を建設していき1週間が経過した。
防人は捕まえた捕虜を厳しい表情で見て対応すると答えてきた。魔法具は出元を探すと持っていった。捕虜は優しく解放するようにと云われたので、荒川に優しく解放してやった。サハギンが大量にいる場所だったので、帰るついでに釣りも楽しめただろうと信玄たちは満足した。大元は防人がカタを付けてくれるだろう。
そうして、今日は田畑の中心に作った大天幕に集まっている。
信玄、勝頼、政宗、馬場に、純と華と、大木だ。幹部の面子はあまり変わらない。それは人材がいないということでもあるのだが。最近になって子供たちは服飾業になると言って宗たちと、幹部は合わないと雛が抜けたので、二人だけだ。
本社ではなく、ここで会議をする意味があるのだろうと思いながら大木が配るコーヒーを飲んでいると、防人が天幕に入ってきた。ドワーフ娘の大久保竜子と、猫娘の花梨、そして雪花を連れてきている。相変わらずの黒ずくめの格好をしていやがる。
ナイフのように鋭い目つきで俺たちを見て、パイプ椅子に座る。
「遅くなった。すまん」
「随分華やかな面子を連れてのご登場か?」
「からかうなよ。というか、たしかにそう見えるか」
「いや、女衒にしか見えねぇな」
ゲラゲラ笑って冷やかすと、防人は苦笑して相好を崩す。たしかになぁと、誘拐犯でもおかしくないなと皆で笑って空気を軽くしてから、防人は真面目な目つきとなった。
「ここに集めたのは他でもない。聞かれたくない内容があったからだ」
「無理に田畑を広げたことと関係が? 少なからず死傷者が出ています社長」
勝頼が眉根を寄せて疑問を呈する。いつもの防人らしくないと思っているのだ。その言葉に防人は頷く。
「皆は花梨が本社で騒いでいたのを知ってるだろ? 野菜もガソリンも高騰していることを」
「あぁ、知ってるな」
「噂になりましたからね」
「たしかに」
「あの……俺は知らないんですけど」
最後の発言者は放置して、皆は頷く。大木はもう少し情報を気にするように言っておくか……。
「花梨がこれみよがしに本社で騒いだのはセリカからのメッセージだ」
真剣な表情で防人は意外なことを言ってくる。どういう意味だ?
「ファクトリーは壊れて、オイルタンカーは沈没したから補給はできないって話だろ? 再建されて次のオイルタンカーが来るまでは余裕がないと」
そう聞いている。ガソリンや軽油が無いと困るんだが。だが、防人はかぶりを振ってきた。
「たぶん、嘘だ。ファクトリーはともかくとして、オイルタンカーは来ても微々たる物だと思う。内街の分を賄うことができるかどうかって量のはずだ」
「むぅ……なぜそう思うんだよ? オイルタンカーには軍艦が護衛に付いているだろ? それだけ海は危険なのか?」
意外な言葉に、皆はざわめき動揺する。なにか海にあったのか?
「いや、海に出る魔物は大したことがないから、貿易は問題ないだろ。だが石油をそこまで大量に輸入していたんではないと思うんだ。実は内街自身が石油を用意していたのではと疑っている」
海に出る魔物はあまり強くない。近海ならともかく、海洋ではほとんど現れないと昔から言われていた。ダンジョンは人が住む場所か人工物がある場所を狙ったように現れるからな。それはともかくとして、内街に油田?
「内街に油田があるとか言うんじゃねぇだろうな? そんなの聞いたことないぜ?」
「いや……魔法具か。要塞に無限に水を生み出す魔法具があるが、内街も同じような、石油を生み出す魔法具を持っていた? かつ、それを破壊されたのか! ファクトリーと一緒に!」
信玄は防人の言葉に疑いを持ったが、政宗は思い当たることがあったのだろう。そんな魔法具があるとは思わなかったが……実在していたのか?
「セリカはこの情報を自身で伝えるのは危険だと考えたんだろう。たぶん最高機密レベル。だから花梨に騒がせて、内街で流されている偽情報を俺に伝えたんだ。違和感を俺が持つように」
「ええっ! そうだったにゃん? あちしは騒いで防人の所に行くようにとしかお願いされていないにゃんこ!」
防人の言葉に花梨が飛び上がって驚く。う〜む……頭の良い奴らの考えはわからねぇ。儂なら気づかない自信があるぞ。何も情報がないのによくわかるな。わざと騒ぐと真実ではないと気づくのか?
「石油が取れなければ、発電所も動かない可能性があるし、ファクトリーも稼働できない可能性が高い。とすると、食糧も俺たちに売るほどには用意できないかもしれない」
片眉をあげて、腕組みをする防人を信玄たちは注視して、なぜここまで急に田畑を作ることに決めたのか理解した。皆を食わせるためなのだ。そして、話が本当だとすると、多くの食糧を確保できれば、内街との立場に変化があるかもしれねぇ。
………面白いことになりそうだと、信玄はニヤリと笑い、他の面々も納得した。
「急ピッチで作成したから、土を盛って固めてからコンクリートで覆った壁だが、高さ10メートル、厚さ5メートルの壁ができた。一応田畑を守れるようになったはずだ。堀もあるから外からはもっと高さがある」
「えと……はい、社長と連携して作りました。強力な魔物には意味がないかもしれませんが、たぶん大丈夫です」
大久保が多少不安なセリフを言ってくるが、それでも短期間で立派な壁を作り上げたらしい。
「というわけでだ。新田をこのまま作ることにする。竜子は側溝にコンクリートを流し込んで用水路を完成させてくれ。伝えることは以上だ。新田に行くぞ」
慌ただしく告げたいことだけを告げて、防人は席を立つので、信玄たちも追いかける。やれやれ頼りになる社長だ。忙しく働いて社長らしくもないが。
信玄はおかしそうに笑って追いかけるのであった。
大天幕を出て、平原に進むと大勢の人々が立っていた。荒川から繋がっている急ごしらえの用水路がバシャバシャと水を流し続けており、その周りに不安そうに立っていた。
防人が相変わらずの黒ずくめの格好で草原へと進んでいくと、お互いに顔を見合わせて、ヒソヒソと話し始める。天津ヶ原コーポレーションの新たなる住人たち。北方面を制圧して連れてきた人々だ。
「あれは何者だ?」
「なんとなく不吉な感じがする」
「あいつがこの集団のトップなのか?」
「武田さんがトップじゃねぇのか?」
初めて見る人がほとんどだ。怪し気な姿格好の防人に好意的な発言はない。恐れ半分、興味半分といった様子であるが、あの黒ずくめの格好を見たら当たり前だ。黒ずくめは止めろといっているのに、儂の言うことを聞きやしねえ。
雪花や花梨に大久保が数歩離れて忠実な部下……というか愛人といった感じでついていってるので、尚更怪しい。これだけの人々のトップに立つのだから、無駄に黒ずくめで悪いイメージを与えないでほしいが……それも今から行うパフォーマンスでイメージは反転するに違いない。
途中で切れている未完成の用水路から無駄に流れている水により、水溜りができている側へと立つと、防人はしゃがんで手を地面に当てる。
「水田と畑を半分ずつ作る。お前ら少し離れてろ」
何をするのだろうと、皆が注目する中で防人はナイフのように鋭い目つきをして、鋭く呼気を吐く。
「天野防人の手品の見せ所だな。今日は無料にしておいてやるぜ」
『底なし沼』
膝まで生える雑草が広がる草原。そこに防人の手からさざなみのように周囲へとマナが波紋のように広がっていく。マナなど見えないはずの儂らでも視認できる程度に濃度が高い。
キラキラと黄金に輝く粒子が地面を僅かに揺らし、土がサラサラと柔らかい砂のように変わっていき、雑草は沈んでいく。
草原地帯がサラサラと細かい砂と化した地面により、草が呑まれていき、あっという間にただの荒れ地と変わっていった。
かなり遠くまで草原が地中に飲みこまれていく様子に、注目していた人々は驚きどよめく。あらかじめ聞いていた儂たちも言葉を失うほどの、凄まじい力の籠もった魔法であった。
「だいたい60センチ程度の深さに沈める魔法だな。新魔法だが、上手くいったようでなにより」
「しょぼい威力だな、おい? 子供だって沈まないじゃねぇか」
意外としょぼい効果に、ガクリと肩を落とし呆れてしまう。が、防人は不敵に笑って魔法を維持していた。
「『底なし沼』ってのは、本来は敵を深い地の底まで沈める魔法だ。範囲はだいたい10メートル。だが、そんな使い方は勿体ないだろ?」
波のように土が盛り上がると、水のように蠢く。そうして長方形の土地を区分けするように畦道が出来上がり、ベルトコンベアーに運ばれてくるように雑草や小石が土の中から畦道に吐き出された。
「深さを犠牲にして浅くして、その分のエネルギーを範囲に回して、広範囲を覆う。そのまま土を操作して雑草などを沼から吐き出す。そうすると新田のいっちょ上がり。コアストアから手に入れた肥料を撒いて、肥沃な土地へと変えて作物を植えて完成だな」
連続で魔法を使っているのだろう。マナにより防人の周辺は完全な畑へと変わった。
信じられない光景を見せておきながら、ちょっとした手品程度のように言いながら防人は人差し指を立てる。
『溝となれ』
その一言で用水路に繋がる溝がぼこりと土がへこんで作られていく。
『城壁』
大久保が慌てて、溝へと手を翳す。と、光のブロックが薄く溝を覆うように現れて、そのブロックの中を埋めるようにコンクリートが現れてきた。
「えへへ。えっと、『城壁』がレベル4になったんです。社長さんからスキルレベルアップポーションをたくさん貰いまして。そうしたら、少し離れた場所のコンクリートミキサー車から、ブロックにコンクリートを移動させることができるようになったんです。たくさん移動させると結構時間はかかりますが、このように薄く覆うと時間もかかりませんし、水溶液を入れて次の日には出来上がり」
小柄な身体をくねらせて、照れるドワーフ娘の大久保竜子。いつの間にかスキルレベルアップポーションを貰っていたらしい。
「これを繰り返していけば、梅雨前に5000人が田畑を持てるだろ。とはいえ、子供たちもいるから、5000人ってのは無理がある。田畑が余るとは思うが」
一旦用水路を止めている土の壁を見る。明日になれば用水路は完成してしまうに違いない。
なるほど、このコンビならあっという間に壁を築くことができるはずだと納得しちまう。
「な、なんだありゃ?」
「魔法ってやつだ!」
「あの人が俺たちのトップかぁ」
先程と違い、畏れは含まれているものの、皆は見せられた光景に感動して息を呑んでいた。廃墟街ってのは弱肉強食だ。強い奴はそれだけで尊敬される。
この光景は2週間は続くらしい。きっと防人のことは噂になり、皆は頼りになるトップだと敬うことだろう。
「これで作物の問題は解決か?」
「基本的にそうだろうなぁ……。しかしやりすぎのような感じもするが大丈夫かね?」
感心する信玄の言葉に、政宗が顎を擦りながら多少懸念を含む返しをしてくる。
あと2週間ちょっと。梅雨の前に広大な農地が出来上がる。たしかに政宗の懸念もわかる。が、いまさらじゃねぇか。
「もう妨害は受けたからな。それに防人のことだ、きっとあくどい方法で内街の奴らが手を出せないようにするつもりじゃねぇか?」
「たしかに。それじゃ、せいぜい俺らは武器の整備と訓練に精を出しますか」
「そうだな。もっと練度を高めないといけねぇな」
肩をすくめて信玄と政宗は苦笑を浮かべつつ、この先の防衛計画をたてることにするのであった。