153話 異変
春祭りは大盛況であった。皆は軒を連ねる屋台で売っているたこ焼き屋やお好み焼きに焼きそばやクレープなどを食べて、春祭りセールと称して服やアクセサリー、お皿やらコップなどの雑貨品などを買って、大道芸を見て、祭りをおおいに楽しんだようだ。俺としても春祭りができて嬉しい限りだった。
そんな春祭りも終わり、ゴールデンウィークも過ぎ去り、人々がいつもの仕事に戻って数日後。
自宅のリビングルームでソファに座りながら、俺は等価交換ストアに表示されたスキルに戸惑いを隠せなかった。雪花は部下の修行と言って、ここにはいないので、雫と久しぶりに二人きりである。とはいえ、幽体モードの雫だが。宙にふよふよと浮いて俺を見ているので、悩みながら話しかける。
「これは使えるスキルだとは思うんだが……どう思う?」
『う〜ん………見たことがないスキルですね。私が知らないということは、防人さんの、いえ、等価交換ストアはオリジナルのスキルを作り出した、ということになります』
顎に手を当てて、雫も難しい表情で等価交換ストアのラインナップを見て答えてくる。
………等価交換ストアオリジナルかぁ。なるほどねぇ。等価交換ストアはオリジナルの力を手に入れ始めたのか?
前回、セリトンを倒して手に入れたレアエレメントコアB。なにと交換できるかと、ラインナップを見ることに決めたら、それはもう様々な物が表示された。素材からスキル、固有スキルまで。どれもこれも強力そうだが、その中で雫が知らないスキルがあったのだ。
『限定1:地形通常変更:レアエレメントコアB1、マナを消費して、小さな土地に通常環境の地形を作り出すことができる。魔法地形環境への変更は不可』
地形環境を変更できるとは素晴らしい。もしかして、もしかしなくても、地形を変更できるスキルだろう。魔法地形環境ってのが、よく意味がわからないけど。
『魔法地形環境というのは、自然には非ざる環境です。例えば100度の熱砂漠、その砂漠のオアシスは雪山であったり、炎を噴き出す植物が繁茂していたり、凍える零下100度の世界に冷えないマグマの川が流れていたりと。温度変化や毒など本来はあり得ない環境ですね』
「火炎花だったか? あんなのが繁茂する通常ではあり得ない環境ってことか。なるほどな。それじゃ、通常ってのは、普通の環境ってことか」
『そうだと思います。エレメントの力と交換できるとなると、こんなスキルも取得することができるとは……等価交換ストアの力を低く見積もっていました』
珍しく雫は感心してコクコクと頷いている。たしかに地形を変更できるのは凄く強いスキルだ。敵を一瞬の内に溶岩流の流れる地形に落とすことも可能。……無敵のスキルじゃないか、素晴らしい。
きっと俺のレベルが上がって、強力なスキルが手に入るように………。
「って、そんなことはないよな。弱点はついていると思う」
『たしかにあると思います。困りましたね……解析できないと、危なくて取得できません』
はっ、と鼻で笑ってソファに凭れかかる。そんな俺を見ながら、雫も難しい表情で思い悩む。
そんなに優しい仕様じゃないからなぁ。俺が取得して、デメリットが大きいスキルだと困る。販売品の詳細がわかるスキル、もしくは機能はないもんかね。性能を変更できるスキルを使えるからある程度はわかるが……怖いぜ。冒険するときでは無いと思う。
「悩んでも仕方ない。プロトエレルトンから手に入れた最後に残ったエレメントを使ってみるか」
レアエレメントは残念ながら、検証できる方法か、詳細情報がわかる方法がわかるまでは置いておくか。それよりももうひとつのエレメントコアを使用してみよう。
『精霊石C:エレメントコアC』
精霊石へと交換してみる。使用方法がわからないけど、これはどんな力を持っているんだろうな。
ガシャンと音がして、缶ジュースでも出てくるように、目の前に小さな六角形の水晶が出現した。手のひらの上で転がすと、半透明の綺麗な白色の水晶はキラリと輝く。
「今ならセリカに見せても構わないのか……。セリカの作ったダンジョンで見つけたといえば良いよな?」
『そうですね……ん??』
同意をしようと雫が答えようとする時だった。
ピコン
と、ステータスボードが目の前に開いた。そのことに多少驚くが、表示された内容にますます驚く。
『地形環境変更可能』
『眷属創造可能』
『身体能力強化可能』
『眷属強化可能』
『植物生長可能』
「これは……凄いな」
今さっき悩んでいた地形環境変更可能まであるぞ。それに眷属? コウやミケのことか。
『エレメントはエネルギーの塊ですからね。素材にしても、様々な使い道があるのかもしれませんよ』
「………もしもこれを、セリトンが作られる前にセリカに渡していたら、まずかったな」
『たぶんステータスが上がっているセリトンが現れていたかもしれません』
「それはゾッとするな。良かったぜ、見せなくて」
胸を撫で下ろして安堵する。やばかった。幸運だったな。さて、何に使うか………。
「ま、後ででも良いか。優先順位は眷属だけど」
『空飛ぶ眷属が欲しいですよね。バベルの塔を守る二世になりましょう』
「なにその古代人っぽい二世」
いつもの意味不明な話をして、ふんふんと鼻息荒く雫さんは張り切るが後でな、後で。
よく考えてから、使おうと思っていたのだが、
「大変にゃぁ〜、大変にゃぁ〜!」
花梨が慌ただしく、大変だと大声で喚きながら本社のビルを駆け上ってくるのを闇猫が感知した。本社詰めの部下は何事だと、花梨に注目しているが、気にせずに殊更大声で大変だと叫びながら駆け上ってくる。
わざとらしいこと、この上ない。わざと周りに聞こえるようにやっているな、花梨の奴め。
しょうがない。お茶でも用意しておくかね。
お湯を沸かしてお茶を入れていると、ちょうど良いタイミングで猫娘は飛び込んできた。
「大変にゃぁ、防人! あ、この間はセリカを助けてくれてありがとうにゃ。改めてお礼を言うにゃよ。尻尾触るにゃ?」
叫びつつも、お礼を言って頭を下げる器用な花梨に手をひらひらと振ってみせる。花梨にはセリカは幻影の研究をしていて失敗して修理していたと説明してある。ダンジョンよりも説得力があったようで、花梨はその説明に納得した。
お礼代わりに尻尾をフリフリと俺に見せてくるので、もふもふを触ってみたいが、我慢しておく。ハードボイルドなおっさんには似合わないからな。
「落ち着けよ、花梨。いったい何があったんだ?」
茶呑みを手渡して花梨を見ると、待ってましたとコクコクと激しく頭を縦に振ってみせる。薄っすらと汗をかいているので、本当に急いで来たのだろう。食堂に寄らなかったし。
「大変にゃぁ。内街の野菜やガソリンが値上がりしているにゃよ。ガソリンはやばいレベルにゃんね」
花梨の伝えてきた内容に、お茶を飲もうとしていた手をピタリと止める。値上がりしている?
「ファクトリーが破壊されて、かなり被害が出たらしいにゃん。ガソリンもオイルタンカーが相次いで沈没しちゃったらしいのにゃ。悪いことは続くもんにゃね」
「ガソリンが値上がり?」
「そうにゃ。今はリッター1500円だったのが、5000円にゃよ」
口を尖らせて、あちしの車をガソリン満タンにするのためらうにゃんと愚痴る花梨。
リッター1500円……そんなに高かったのか。内街はインフレーションしすぎだよな。外街と比べても物価が高すぎる。
それ以上にわざとらしく注目されて登ってきたにゃんこの意図に気づく。
「もしかして、ガソリンや軽油を持ってこれないとか言うんじゃないだろうな? 値上げするんじゃなくて?」
ナイフのように鋭い視線を花梨は受けて、ビクリと身体を震わす。目が泳いで尻尾がゆらゆら激しく揺れていた。感情を隠せない猫娘だ。
「にゃフフ〜。実はそうにゃん。防人は多少ガソリンとか無くても大丈夫にゃよね? あ、猫耳触るにゃ?」
「よし、お前の尻尾を蝶々結びにしてやるから、尻尾を出せよ」
ゆらゆらと揺れる尻尾を掴もうと身を乗り出すと、慌てて花梨は俺から距離をとろうとするので、ため息を吐く。ガソリンが高くなったのか……。
「天津ヶ原コーポレーションの窓口のセリカは嫌がらせも合わさって、ガソリンの供給を断られたか」
「戦車や装甲車もガソリンが無ければ動かないしにゃ」
嫌味かよと苦笑をしつつ、花梨の言葉に同意する。俺を叩こうとする動きも含まれているのは間違いない。内街の誰かが黒幕だというブラフがバレてきたのかもな。
しかしガソリンや軽油がなかったら困る。電力が止まったら、廃墟街の人たちはかなり動揺するはず。夜の暗闇を退けたと思ったら、電気が使えなくなるんだもんな。電気と水は人の暮らしに密接に関わっているから、人々が実感しやすいんだ。
「困ったな。いつ次のオイルタンカーは来るんだ?」
「たぶん数カ月後にゃよ。中東からえっちらおっちら来るはずだからにゃ」
数カ月後かよと、苦い顔をしてこれからのガソリンの割当を考えて……ふと、これはおかしいと気づく。
「花梨、今まで内街はそんなにぎりぎりの備蓄しかなかったのか? 普通はそんなにぎりぎりの備蓄なら、もっとガソリンは高価になってないか?」
タンカーが一回来ないだけで、オイルタンクの備蓄量が厳しくなるとは思えない。国ってのは余裕をもって備蓄をしているはず。
「もしかして、これからも備蓄が厳しくなると上では理解して、値上げしているんじゃないか?」
「? ………たしかに防人の言うとおりかもにゃ……。セリカはとうもろこしからバイオエタノールをクラフトスキルでどれぐらい作れるか実験してたしにゃ。とうもろこしを量産すればバイオエタノールって作れるはずニャん。セリカに頼む?」
「どれくらい作れるんだ?」
「とうもろこし100kgでバイオエタノール500ミリリットルぐらい」
「リッターいくらになるんだよ!」
花梨の顔をキャットハッグしながら怒鳴る。このにゃんこ、いや、セリカは俺の推測を先に予想していたから、花梨にバイオエタノールがとうもろこしからどれぐらいの量作れるか伝えておいたに決まってる。あいつは俺の保護をつけたんじゃなかったっけか。
「たぶん工場などで作らないと、ロスが多いんだろうなぁ……」
これはなんとかしないとまずい。人力発電機でも作るかぁ? 焼け石に水だろう。
「仕方ない。やらないよりはやった方が良い。新田を作っているから、少しとうもろこし畑にするか」
ファクトリーはまだ再建されないのも厳しい。せっかく春祭りをして物資の豊かさを見せたのに、その後に野菜などを値上げしたら逆効果になるじゃんね。アンラッキーだったな、春祭りを開いたタイミングが悪かったか。
錬金術スキルとかで、たくさんガソリン作れないもんかね。セリカが駄目なら無理か。
『錬金術師のアトリエで作れれば良いんですけどね。無限のエネルギーを生み出すエンジンとか』
『昔のアニメであったなぁ。無限のエネルギーを生み出すソーラーパネルを地球の周りに作るってやつ。世界は豊かになるんだけど、なぜか戦争が絶えないから、武力介入するソレスタルアルケミストとかいう組織が錬金太陽炉で動くロボットでテロを起こすんだ。太腿がムチムチの錬金術師の少女が主人公だったな。ダブルアールライ……主人公の名前の機体だったが忘れたな』
『それは私の知っているアニメと違います。後でそのアニメ見せてくださいね』
『最後は宇宙からやってきたタール異星生命体と、真の錬金術師に目覚めた主人公が和解して終わり』
『絶対に見せてくださいね。約束ですからね?』
ふんふんと興奮気味に俺にお願いしてくる雫さんを横目に考える。ガソリンがなくなる前に、なんとか燃料を調達しなければなるまい。
とりあえずは新田を作るか。土魔法の出番だぜ。
セリカの遠回しのメッセージは受け取った。どうやらヤバい状況らしいからな。
ちなみに思念でのやり取りができるとはセリカに教えていない。忙しくって、忘れているのだ。もう少し信用できるまではな。