表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
151/327

151話 セリカ

 市場はきっと今頃はおおいに賑わっているだろう。屋台が並び廃墟街の人々は喜びの笑みで春祭りを楽しんでいると防人はソファに座りながら思う。天津ヶ原市場は去年と違い食べ物の数も多く、電気もあるので夜でも明るい。人々の財布には祭りを楽しめる程度のお小遣いも貯まっているはず。中年にとっては懐かしの、若い奴らにはマトモな祭りは初めてだろう。


 俺も十数年ぶりの祭りに行きたかったなぁと、思いを馳せながら周りを見渡す。天津ヶ原コーポレーション最上階にあるペントハウスのリビングルーム。ソファに凭れかかりながらため息を吐く。仕方ないんだけどな。


 皆は祭りに行っておりガランとしている。幹部たちはいない。


 いや、ガランとはしていない。俺の対面のソファにはセリカが座り、少し離れた絨毯に寝っ転がった雪花。俺の膝の上には猫のように丸まって、すよすよと寝息をたてて幼女が寝ている。

 

 なぜかセリカは指を絡めて、もじもじしながら白いドレスを着込んで顔を赤らめている。やけにひらひらとしたドレスだ。雪花は眠そうに欠伸をしてコロンと寝っ転がっていた。


 チラチラと俺を見ながら何かを期待しているセリカ。1週間ぶりの再会だ。あれから、セリカは体調を崩して寝込んでいたので会えなかったのだ。きっと体調を崩して寝込んでいたので、セリカは花梨のやった後始末に追われていたなんてことはないだろう。もちろん、俺は愛しいセリカに気を使って見舞いには行かなかった。


 便りのないのが、元気の証ともいうからな。


「お茶を持ってきました」


 台所から、今日は大切な話し合いをするので、全機召喚中の雫がお盆に湯呑みを乗せて、笑顔を浮かべて持ってきた。


 コトリコトリと俺と雪花と幼女の前に湯呑みを置いてくれる。


「セリカちゃん、その白装束似合ってますよ。介錯は私がしてあげますね」


 美しい慈愛の笑みを浮かべて、セリカへとグラグラ煮えたぎったお茶が入っている鉄製のコップを雫は置いてあげていた。熱々で美味しそうなお茶だこと。どこからそのコップを手に入れたわけ?


「ごめんね、えーと、雫さん? これはね、ウェディングドレスっていうのさ。クラフトスキルのない君ではわからなかったかもしれないけど」


「えぇっ! そうだったんですか? ひらひらの白装束にしか見えませんよ、もしかしてドレスを選ぶセンスがないんですか?」


 アハハとセリカが笑って口元を引きつらせる。わざとらしく驚くふりをして雫は両手を掲げた。何という茶番。


「楽しそうで良いが、遊ぶのはそこまでだ。で、セリカは白紙の小切手帳を用意してくれたのか?」


 そういう遊びは二人の時にしてくれ。俺は観劇の趣味はないんだ。


「むぅ……ここはハーレムものが開始された感じにしたくないですか?」


「そうそう、僕たちが防人を奪い合うイベントって基本だよね?」


 ふたりは口を尖らせて、意味不明な抗議をしてくる。


「では、主様と結ばれるのは雪花ちゃんかの」


 ふわァと大きく欠伸をして眠そうにする雪花に、雫とセリカがガーンとショックを受けてお互いに顔を見合わせた。


「最終的に当て馬と思われた義妹と結ばれたり、目立たない女の子と主役はカップルになったりするんですね!」


「雪花の言うとおりだよ! もう主人公を巡って争うメインヒロインたちというのは古い! 僕たちは漁夫の利を得る傍観者系ヒロインを目指すべきだった!」


 これは大変だよと、息のあったコントを始める雫とセリカを見て、雪花に助けを求めると肩をすくめてきた。


「このふたりは混ぜたら危険なのじゃ。有名な不治の病コンビでの、昔はそれを止めるブレーキ役がいて3人で組んでいた奴らだったのじゃが……今はブレーキ役がいないからアクセルを踏むだけじゃな」


「わかった。よし、雫、セリカ、ふざけるのをやめろ、話をすすめるぞ」


 目を細めて楽しそうに話を続けるふたりに注意する。久しぶりの再会で嬉しいのはわかるけどさ。それは俺との取引が終わってからだ。ハードボイルドに俺は威圧をするぜ。


 俺の怒りを敏感に感じ取ったのか、こほんと咳払いをして雫は俺の隣に座り、セリカは真面目な顔になる。


「白紙の小切手はこれになるかな」


 スッと婚姻届の用紙を出してきて、雫がツッコミどころだと手を出そうとしてくるので、ピシリと叩く。怒るぞ。


「これで財産は共同。お互いの仲も深まって、僕の資産も半分自由にできるよ?」


 ニコリとアルビノの美少女は可憐な微笑みでふざけたことを述べてくる。


「俺に戸籍が無い以上、白紙の契約だ。お前、それをわかってやっているだろ?」


 引っ掛かるか、こんな罠に。前に言われたことは覚えているんだ。神代防人の戸籍だと権利関係は取得することができないってな。


「防人……僕は君の物になったんだよ? ここは良い子になった僕を信じてほしいんだけど?」


 セリカは両手を胸の前で合わせて、潤んだ目で上目遣いを見せてくる。演技うまいなぁ、この娘は本当に。普通の人なら騙せるかもな。


「良い子になったセリカはいらないから。俺は信用できないセリカが取引相手には欲しいんだ」


 へっ、と口元を歪めてみせる。良い子になったセリカ? そいつはセリカなのか? 廃墟街でやっていく、いや、国を相手にするには仲間に良い子はいらないんだぜ。知らなかったのか?


「はぁ〜……。やれやれ全然変わらないなぁ、少しは信用してくれても良いんだけど」


 俺の言葉に口元をニヨニヨさせて、どことなく嬉しそうに頬を薄っすらと赤く染めるセリカ。


「信用しているから、春祭りをすることに決めて人払いをしたんだろ」


 絶対に秘密裏に話をしておきたかったんだ。だから春祭りをすることに決めたんだぜ。


 クックと含み笑いをして、おどけるようにセリカは身体を揺らし真面目な目つきに変わる。


「わかった。騙し討ちはとりあえずなしにしておこう。しかしさっきの話は驚愕の内容だったけど理解したよ、防人が僕たちを保護していたってことをね」


 セリカには前もって雫や雪花を保護して、管理者権限を変更したことを伝えてある。正式に仲間になったからな。


「残機スキル……そんな物があるなんてね。驚きだよ。そして、防人がその力を使って理想のスキル構成の戦士を作り出してダンジョンを攻略しようということも」


 残機スキル。妖精機を自由にキャラメイクして、一定のマナを消費して望みのスキル構成にして育てるスキルだ。凄いスキルだよな? 俺ともリンクが張られていて、ステータスアップやスキルレベルアップも共有できるんだぜ。俺自身もこのスキルで欲しいスキルを取得できるんだ。本当だぜ?


「あぁ、もうセリカの管理者権限は俺の物だからな。洗いざらい話したんだぞ? もう隠し事は無しだ」


 うむと、真剣な表情で重々しく頷くと、セリカは熱っぽい視線を俺に向けてくる。隠し事はもう無しだ。これからは力を合わせていこう。


 等価交換ストアスキル? そんなスキルあったっけ? たいしたスキルじゃないから、伝えるのを忘れても仕方ないよな。セリカも俺に伝えるのを忘れる内容があるはずだし。信頼関係は最高レベルだ。だから、半眼にならないように雪花。


「わかった。それじゃ、僕のスキルを言おう。固有スキルは『生産の才能』。あらゆるクラフト知識を持っている。雫に聞いているだろうからわかってはいたんだろうけど、その知識を使って『鑑定』スキルがあるかのように見せかけていたんだ」


「あぁ、そうだろうなと思ってた。で?」


 こいつが詐欺師なのは知っていたから驚きはない。想定どおりだ。


「スキルは『生産術』レベル5。あらゆるクラフトを可能にするスキル。それと『人形術』レベル5。これはクラフトしたゴーレムなどを操作できるスキル」


 あらゆる物をクラフトとは凄まじいスキルだな。クラフト系統スキルはかなり多い。それらを全て包括するスキルか……。雫の戦闘術スキルと同じか。戦闘術は全ての戦闘系統スキルを使いこなせるからな。魔法は残念ながら戦闘系統スキルには入らないが、それでも強力だ。


「『生産術の才能』はいかなる戦闘系統、魔法系統スキルも取得することができなくなるスキルですね。ただしクラフトした道具を使いこなすことができるので、魔法具や機動兵器を装備して支援及び遠距離攻撃をできます。前衛はできません。超高速での近接戦闘にはついていけないので」


「僕はこのスキルを駆使して、雫やもう一人と組んで無敵のパーティーを築いていたんだ。魔法使いと同じ立ち位置だよ」


「当時の私たちは触ったら火傷をしちゃう最強パーティーと皆から敬われていたんです」


「たしかに言われていたのじゃ。最強と呼ばれていたのはたしかじゃよ」


 ふたりで、えっへんと得意げに胸を張る。本当かよと疑問に思うがジト目になってため息を雪花が吐くので、最強であるのは本当だったんだろう。二つ名に触れることは止めておく。


「なるほど、よくわかった。セリカのスキルは俺が望んでいたスキルだ。で、報酬は?」


「誤魔化されないかぁ。僕のクラフトスキルでの支援だけじゃ駄目?」


「駄目だ。お前を助けるのに、いくら使ったと思ってんだよ。身代わりの指輪と、大金をはたいて手に入れたミスリルの小剣も壊れたんだ」


 大金が失われたのだ。それに使い魔のストックがほぼ空になったからな。補充が大変だ。大金が失われたのだ。大金が。たしかミスリルの小剣は買ったと記憶しています。


「わかったよ。白紙の小切手は渡せないけど、20億でどうだい?」


 億の金額を気軽に口に出せるセリカに、ハードボイルドにニヒルな笑みを見せてやる。


「50億だ。ビタ一文負けられないぜ」


 強気でいこう。セリカの命の値段にしたら安いものだけど。


 俺の出した金額に、難しそうな表情でセリカは俯くので、じっと待つ。


「ごめん、冗談だ、とかは?」


「肩を震わせても、泣きそうな声音で聞いてきても負けるつもりはない」


 先手を打っておく。お前の演技は通用しない。なぜならばセリカの信用度は常にマックスだからだ。マックスの数値がいくつかは黙秘します。


「うぅ〜ん。僕の勢力固めにも現金は必要だから一括は無理。どうだろう、1年の分割で。利息は僕の身体で払うからさ」


 顔をあげると、流し目をして身体をくねくねと揺らしながら俺を見てくるセリカ。可愛いというより、可哀相なレベルで驚くほどに色気はない。


 ふむ……たしかにセリカの勢力が大きくなればなるほど、俺にも有利だ。ここはその取引で妥協するか。


 現在の俺の財布は6千万円程度しかない。これは大金に見えるが実際は金欠だ。内街からの食糧の買い取り、モンスターコアの買い取り、建築や農業関係にも金を使う。もちろん会社は会社で金はプールしてあるけど自転車操業だ。


「手付として10億。残りは分割払いを認める」


「了解、助かるよ。花梨の頑張りを無意味にしたくなかったから」


 パンと柏手を打って、小首を傾げて花のように可憐な笑みを浮かべるセリカにうんうんと頷く。どうやら取引は成立したらしい。


「それじゃ、あとはセリカの身体だっけか? とりあえず一緒にお風呂に入るか」


「お風呂を沸かしておきますね。泡だらけになる石鹸も用意しておきますセリカちゃん」


 ニヤリと悪戯そうに俺が笑うと、以心伝心で雫も合いの手を返す。


「えぇっ! それも有効なの? というか、雫は邪魔をしないのかい?」


「新たなるキャラ。他のヒロインと主人公をくっつけようとグイグイいって、最後にやっぱりお前しかいないんだエンドになるヒロインを目指したいと思います。さ、ドレスを脱ぐのを手伝います。あ、ここで脱がしてあげますね」


 やはり悪戯は雫が一番だと、セリカに飛びかかってドレスを脱がそうとする姿を見て確信しちまう。


「キャー! ごめん、うそ! 心の準備をさせてくれないかな? 滝に打たれて悟りの境地を目指すから!」


「相変わらずヘタレですね。では、上半身だけ脱ぎます?」


 雫がセリカのドレスを脱がそうとグイグイと引っ張って、熟れたトマトのように真っ赤な顔になってセリカは抵抗している。


「たーすーけーてー」


 ふたりがワチャワチャと戯れるのを見て、楽しそうだなと笑いながらお茶を飲む。一旦休憩してから、セリカが何をしようとしていたのか、事情聴取するかね。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 雪花さんはすっかり常識人に……。
[一言] 生産と戦闘の才能かぁ、なら召喚されたおっさんは魔術の才能持ってそう
[一言] > 国を相手にするには仲間に良い子はいらないんだぜ *未成年は除く > もう隠し事は無しだ *等価交換ストアスキルは除く
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ