150話 春祭
純。名字はまだない。歳はよくわからないが12、13歳ぐらいだろうかと推測している。生まれてから、今日まで年齢なんか気にしたことはない。生きることに精一杯であったので。
天津ヶ原コーポレーションでも最初期に雇われた幹部でもある。『金属加工』スキルを取得しており、その力で多くの金属を加工している。最近、整備士として南部のおじいちゃんに弟子入りした。
天津ヶ原コーポレーションに入る前は、拠点を子供たちの集団で徘徊して生き延びてきた。雨露を飲んで乾きを癒やし、なんとか食べ物を探して腹を満たしてきた。
今は激変しすぎた生活に、夢ではないかと思うことがたびたびある。
今日みたいな日は特に。
天津ヶ原コーポレーション本社の自室、簡素な部屋で二段ベッドに少しガタついた机に椅子。椅子に座って、ぼんやりと手の中にある金属片を弄りながらそんなことを思っていた。
三角、四角と小さな金属片をスキルにより飴細工のように変えながら、外の様子を見て思う。窓ガラスって、いつ取り付けたんだっけと。
「純ちゃん、早く行こう〜、お祭り始まっているよ〜」
違った、そうじゃなかった。今の暮らしを思ってたんだ。華が部屋にひょっこりと顔を突き出して笑顔で言ってきた。
「あぁ、今行くよ」
ため息を吐くと金属片を机に放り投げる。チャリンと音がして金属片が転がりくるくると回転するのを横目に、純は財布をポケットに入れて立ち上がるのであった。
「春祭りって、ワクワクしちゃうよね」
「そうだよねぇ〜」
華と雛が輝くような瞳をキラキラさせながら前を歩く。春祭りの市場までは少し離れているので、徒歩で移動している。
一年前から、目の前に広がる光景は変わらない。半ばから折れて瓦礫だらけの崩れたビルに、ドアもなく窓枠は外れていて朽ちた家屋。元はガラス張りの壁だったが、欠片が真っ黒に汚れて隅に残っているだけで店内も埃塗れで棚もないコンビーフというお店。コンビーフはそこらじゅうにあるチェーン店とかいうお店だったらしい。よく知らないけど。
道路はひび割れた石畳……たしかアスファルトとかいうのから覗くように雑草が生えており、荒れ果てている。
変わらない光景だけど、変わったこともある。それはこの道の真ん中を堂々と歩けるということだ。崩れた壁際に息を潜めて隠れながら歩いていたのに、今は安心して歩ける。
なぜならば、そこかしこに天津ヶ原コーポレーションの警備兵が槍を持って巡回しているからだ。彼らが大ネズミやゴブリンを退治してくれて、盗賊も殺してくれる。もう、ここら辺には盗賊は見ないけど。
廃墟街を安心して歩ける日が来るなんてと、変われば変わるもんだなぁと、後ろ手にのんびりと歩く。
「あ、大ネズミだ〜、ていっ」
華が廃ビルの陰にチョロチョロと走る大ネズミに気づいて、そこらに転がっている石を投擲した。ヒュンと風斬り音がして、チュウッと断末魔の悲鳴が聞こえると、大ネズミは頭を砕かれて息絶える。
「ラッキーだったね! コアを回収しよう〜」
「そうだねぇ。お肉も持ち帰れるし」
喜びながら大ネズミに駆け寄ると、腰につけたナイフで華がサクサクと解体して、血で汚れたら雛が『浄化』で綺麗にした。
一番変わったのは、身体能力だよなぁと、ふたりの少女を半眼になりながらため息混じりに見つめる。このふたりは僕よりも全然強くなっちゃった。特に華は子供たちの中で最強だと噂されているし、人気者だ。まぁ『金属加工』を使える僕はお金を子供たちの中では一番稼いでいるから、別の意味で人気者なんだけど……男としてはな〜。
皆を守るリーダーとしては、複雑な気分だ。南部のおじいちゃんに相談したら、ワハハと笑われて男は甲斐性だからお前は立派だと言われたんだけど。やっぱり男としては強い姿を見せたい。
ポケットに入れてある金属片を触りながら、再びため息を吐く。
「自分でやれることをやればいいって、難しいよ、ほんと」
「なんか言った〜?」
「いや、なんにも〜。あいつらは頑張っているのかなって」
肩をすくめながら、華の問いかけに答えると、あいつらが誰を示すのかすぐにわかって、ペカリと笑みを浮かべてくる。
「宗ちゃんも洋ちゃんも、この春祭りに沢山服を売るんだって張り切ってたよ。これでお店をリフォームするんだって」
「あいつら、頑張ってるよな〜。お金を稼ぐって大変なのに」
最近会っていない友だちを思い出す。最近と言っても1週間程度だけど、いつも一緒だったので変な感じ。宗は『裁縫』のスキルを持つ男友だち、洋は『糸加工』スキルを持つ女友だちだ。とはいえ、ふたりともスキルレベルはゼロ。僅かな補正しかかからない。
なので、単純に腕を磨いてふたりで服を縫製して売っている。今回は春祭りにお客の財布が緩むことを期待して、この1週間追い込みとして市場の自分のお店に籠もって頑張っていた。
ふたりの裁縫道具や布地代、それにお店の家賃は当初は防人さんが貸してくれて、今は返し終わってもいるので、ふたりの頑張りようがわかる。
最近は皆それぞれバラバラになって仕事をしているので寂しく思う。幼女だけは本社を闇虎ちゃんに乗って楽しそうに駆け回っているけど。
最近の話をふたりと話しながらしばらく歩くと、ようやく市場に到着した。元駅ビルとか言うらしい。駅ってなんだろう?
「わぁ、凄いね〜!」
「本当〜。こんなにたくさんの人を初めて見たよぉ〜」
「本当だよな。人もそうだけど、凄い綺麗だ」
廃墟街でこんなに大勢の人々がいたんだと、改めて驚くほどに人々が集まっていた。ワイワイと騒ぎながら楽しそうに歩いている。ビルの合間には色とりどりの旗が並べて掲げられており、道路脇には多くの屋台が軒を並べて、食べ物を売っている。
こんなに賑わっているのを、皆が楽しそうにしているのを純たちは初めて見てびっくりしてしまう。
「おとーさん、あの食べ物を食べたーい」
「あぁ、良いよ。あれはクレープかな?」
「ここに移り住んで良かったわね、貴方」
「いらっしゃーい。クレープ、こだわりのクレープですよ。美味しさと安さを両立させた一品です。どれでも一つ150円。もしかして、もしかしなくてもホッペが落ちそうになることは確実です」
「一つくださーい」
小さな男の子が両親に手を繋がれて、笑顔で屋台の店主からクレープとやらを買っている。薄焼きのパンに黄色いクリームを乗せて器用に畳んで作って手渡されていた。男の子は手渡されたクレープという物にかぶりついて、美味しいと笑みを浮かべて夢中になって食べていた。
その様子に知らず僕たちはゴクリと喉を鳴らして、くぅとお腹が鳴る。3人で顔を見合わせて、コクリと力強く頷く。
「僕たちもあれを買おう!」
「うん!」
「そうだねぇ〜」
財布を握り締めて、クレープを売っている屋台に駆け寄る。カスタードクレープという物を買って、かぶりつくと卵の味がほんのりとする甘い柔らかな味が口の中に広がっていく。
「美味しいね!」
「あぁ、とっても美味しい」
「柔らかいしあまーい! もう一つください!」
クレープをあっという間に食べ終わると、もうひとつ買って歩き出す。周囲は楽しげな空気が広がっており、その空気の中で純たちは屋台巡りをする。
たこ焼きという中にお肉が入っている丸く小麦粉を焼いた物。たい焼きというあんこの詰まった小麦粉を焼いた物。お好み焼きという小麦粉を焼いた……小麦粉を焼いた物ばかりだから、ガレットも。これはそば粉を焼いた物だから……。
「ま、いっか!」
美味しければ何でも良いと、純はふたりとお腹いっぱいになるまで色々食べる。買った食べ物よりも、味を気にする余裕ができたことに嬉しくなって足どりが弾む。
周りの人々も楽しそうに笑顔でお祭りを楽しんでいる。食べてばっかりだけど、なんか催し物もあったりしたらしい。今年の収穫を祈願するとか、なんとか。屋台の食べ物に夢中になっているうちに終わっちゃった。
そうして屋台を巡りながら、宗たちの様子を見に行こうとビルの中に入る。ビル内は服やら金物やらが売っていて、純の知り合いも声をかけてくるので挨拶を交わしながら歩いていたら
「なんでガキが店なんかやってるんだよ、おい!」
「やめてくれよっ!」
と、罵る男の野太い声が聞こえてきて、ガッシャンと何かを壊す音がした。それに抗議する男の子の声も。3人でその音に顔を見合わせる。今の声は宗のものだ。
「行くぞ!」
「うん!」
「りょーかい」
人々の間をかき分けて、音のもとへと駆け出す。と、コンクリート打ちっぱなしの部屋に簡単な木の板の棚が置いてあり、その上に服が並べられていた。その一部の棚が壊れており、服が散らばっている。
大柄な男たち3人が酒臭い赤らんだ顔で、床に散らばる服をグリグリと踏んでおり、その足に男の子がしがみつき怒りの目で睨んでいた。後ろで気弱そうな女の子が涙目になっている。宗と洋だ。
「俺たちが、ヒック、落ちぶれちまったのに、なんでてめえらみたいな薄汚えガキが服を売っているんだ?」
「そうだ、このガキ見たことあるぜ。配給に並んでいたガキたちだ」
「解体業の俺たちの会社が潰れちまったのに、生意気だ!」
「そんなの俺たちは関係ないだろ! あんたらのせいじゃん!」
酔っているのは明らかだ。男たちは支離滅裂な八つ当たりをしており、宗の言葉をまったく聞いていない。
「あいつら見たことあるよぉ〜、外街で解体工事をしていた人たちだ〜」
「うん、配給券で廃墟街の人たちを雇っていたよねぇ」
たしかにそうだ。外街でも有名な解体業者。廃墟街の人を配給券1枚で1日雇い、自分たちは働かないで酒を飲んでた奴らだ。解体も雑で何人も廃墟街の人は瓦礫に潰されて死んでいたのに、特に気にもしなかった奴ら。
「どうやら、報酬の配給券で働く人がいなくなって、金を稼ぐことができなくなったみたいだね」
そのために廃墟街に落ちてきたのだろう。いつも酒を飲んでばかりいたし、金遣いも荒かったのだと思う。こんな所で騒ぎを起こしたら、すぐに警備兵が飛んでくるはずなのに、酒によって正常な判断ができないに違いない。
「お前らのせいでっ!」
足にしがみつく宗を殴ろうと腕を振り上げる男。他の男たちも蹴り飛ばそうと足を振り上げる。
「あっ!」
鋭い目つきになった華が腰につけたナイフを抜き放とうとするので、純は慌ててポケットから複数の金属片を取り出す。華は最近好戦的すぎる。
『金属加工』
スキルを使い金属片を丸めた玉へと変化させて、手首のスナップを利かせて力いっぱい投擲する。
丸めた金属球は散弾のように男の顔に向かい、ビシリと肌を叩く音がした。
「グハッ!」
「あいてっ」
宗にも何発か当たったけど、ごめん。そこまで正確じゃないんだ。南部さんに習った投擲だけど、散弾だから命中率悪いんだ。
散弾を食らった男は怯み、痛さで顔を押さえるので、拳を握り締めて駆け出す。
「華! 制圧するんだ! 素手でね!」
「うん!」
曲がりなりにも解体工事をして来た男たちは体格が良い。だが、純は鍛えてきたのだ。負けるつもりは
「ていっ、たぁっ!」
純が数歩踏み出した時点で、華は疾風のような速さで相手の懐に入り込み、拳を入れる。男はくの字に身体を折ってうずくまり崩れ落ちる。そのまま床を蹴り、驚く男たちの腹に突きを入れていき、同じようにくの字に身体を折らせると、あっさりと倒してしまうのだった。
「あ〜………」
その様子を見て立ち止まる。華はちょっと強くなりすぎではなかろうかと嘆息してしまう。
「ありがとうな、純、華! 鉄球痛かったけど」
宗たちが喜びながら俺たちに駆け寄ってくる。鉄球当ててごめん。
「さすがはリーダーだねぇ!」
いや、華の動きには負けるんだけど。
「うん、鉄球かっこよかったよ! それと華ちゃんを止めたことも」
意外なところでフォローが入った。なるほど。
「あ〜、うん……。まぁ、それがリーダーの役目だと僕も聞いていたし……でもなぁ」
う〜んと首を傾げてしまう。リーダーかぁ。
少し思い悩む純へとこっそりと雛が耳元に口を寄せてくる。
「華ちゃんを止めなかったら、きっと大変なことになってたよぉ」
どうやら華の殺気に気づいていたらしい。お祭りをめちゃくちゃにするところだったと冷や汗をかく。
リーダー、リーダーかぁ……。そういう仕事もリーダーの役目なんだろうなぁ。
「それじゃ棚を直して、すぐに販売を再開しようぜ!」
「だね!」
「うん!」
「あ、後で屋台から食べ物をたくさん買ってくるよ! 皆で食べよう!」
「色々美味しい物が売ってたんだよ!」
「あたちもたべりゅ!」
警備兵に酔っ払いたちを渡したあとに、和気あいあいと片付けを始める。いつの間にか幼女も混じっていたけど。
まだまだお祭りは始まったばかりだ。楽しまなくちゃ。
久しぶりに合流して皆で楽しく片付けを続けながら、純は笑みを零すのであった。
あと、雪花さんに華のことについて相談しておこう。少し好戦的すぎるからなぁ。
その後は片付けも終わり、皆で服を売るために人々にアピールしたりして、夕方となった。
屋台で色々な物を買ってきて、テーブルに所狭しと並べる。ちょっと冷めているけど、美味しそうだ。
「食べよう!」
うん、と純の言葉に頷いて、皆は並べられた料理を頬張る。
「こう見ると、ソースを使った物が多いね」
「おいひいおいひい」
お昼にお腹いっぱいに食べたはずなのに、いくらでも食べれそうだ。
「これで店内をリフォームするんだ!」
「凄いじゃん!」
「ここって反対側に服屋があるんだ! ほら、外街の古着屋さん。あそこに負けないようにしないと!」
宗が得意げに鼻をこすりながら教えてくれる。どうやら切磋琢磨しているらしい。
去年から1年。だいぶ皆はここの生活に慣れてきて、やり甲斐も見つけたようだ。自分も含めて。
「僕も頑張って、店舗を持つぞ!」
気合を入れて宣言すると、皆はパチパチと拍手してくれるので照れくさい。
来年の春祭りには、もっと立派になっていようと心に誓い、たこ焼きを頬張る。
うん、中の兎肉が美味しい。でもなんでたこ焼きって言うんだろうか?