15話 闇市場
外街は賑やかであった。大勢の人々が忙しそうに歩き、店舗は少ないながらも物を売っている。昼間なのに酒場からは笑い声が聞こえて、食べ物に一見困ってはいなさそうだ。
廃墟街と壁を1枚隔てているだけなのに、この格差である。人混みの中を防人は慣れているので、スルスルと歩くが、子供たちがオロオロとするのを見て苦笑しながら歩く速度を緩めた。
「ほら、クーラーボックスを落とすなよ。大事な売り物だからな」
「はい!」
小さなクーラーボックスを子供たちは背負っている。俺は手ぶらです。酷いおっさんに見えるかもしれないが、戦闘を考えると余計な荷物は持ちたくない。
少し先の公園にはトラックが数台駐車しており、並んでいる人々に配給をしている。
「ボス。配給やってるよ」
「ん? ああ、今日は駄目だ。今度にしろ」
配給とは、外街の人々に配られる配給品のことだ。外街は表向き配給制度だ。昔の制度の名残りでもある。国民全員を救おうと足掻き、配給制度を行なったのだが、10年も経たずに崩壊した。ダンジョンの魔物に圧され、資源が枯渇して、貧乏人を見捨てたからである。
だが、外街では、気休め程度にまだ続いている。酒場もあるし、レストランもある中で配給とは歪な制度だが、混ぜ物で酷い味のパンと燻製肉が配給品だ。外街の人間で食べる者はほとんどいない。もっと酷いときはあわやひえの時もある。廃墟街の人々へと、きつい仕事と共に外街の連中が使えるチケットのようになっていた。
それでも廃墟街の人々は喜んで配給を貰うのだが。
家を建てるのか、更地にするべく家屋を壊している。その中で薄汚れた人々が汗だくになりながら、瓦礫を撤去しており、その少し後ろで作業着を着た男たちが笑いながらお喋りをしている。
瓦礫を運んでいるのは、廃墟街の人々だ。きつい仕事を配給券1枚の報酬で働いているのだろう。住民票が無いから、怪我をしても外街の医者にはかかれないにもかかわらず、薄手の服で働いている。
外街が廃墟街の人々を労働力という名の搾取をする。同じような光景は様々な所で見られる。
「いつまで今の状態が続くか、見物だな」
ニヤリと嗤い、防人は歩く。
『悪そうな顔をしていますよ、防人さん。元から悪そうでしたが、今は犯罪者に間違われます』
『むぅ。気をつけるとしよう』
呆れた表情で雫が頬をつつくふりをするので、咳払いをして誤魔化す。だが、ストアの存在が全てを変えると思うと、口元が緩んでしまうおっさんだった。
闇市場。無許可の人々が露店を開き、物を売る所だ。雑然とした巨大な市場で、無許可にもかかわらず、露店がたくさん軒を並べている。
「さて、まともな場所に露店を開かないとな」
周りを見渡して、目当ての人間を探す。雑多な人々がゴザを敷いて、物を売っている。俺の嫌いな燻製肉や闇米を売っている所から、古着、雑貨品、ゴミとしか思えない物まで多彩な種類だ。
子供たちは闇市場には来たことがないのだろう。キョロキョロと物珍しそうに辺りを口を開けて見ている。
「あの、どこでもお店を開いて良いんですか?」
リーダーの男の子の隣にいる少女。名前なんだっけか。少女が俺の裾をクイクイと引っ張るので首を振って否定する。
「無許可だが、闇市場には闇市場のルールがあるんだ。あいつだな」
赤に白の縦縞という柄の悪いシャツとスラックスを着て、ポケットに手を突っ込んでいる男たちを見つけて近寄る。
「どーもどーも。露店を開きたいんだけどね? 良い場所は空いているかな?」
友好的に片手を挙げて近づくと、男たち、まぁ、チンピラたちは俺たちの格好を珍しそうに眺めてから、多少戸惑いながら頷く。
「あ、あぁ。一番良い場所は千円だ。それと売上の2割を上納しな」
「了解だ。これで良いか?」
千円を渡すと、チンピラたちは頷いて顎で十字路の空き地を示す。雑多に並ぶ露店の中で、なぜか不自然に店を開くのに良い場所が空いていた。
「それじゃあ、また後で」
ひらひらと手を振って、防人は子供たちを連れて、その場所にゴザを敷く。
「えと、なんでこんな良い場所が空いていたんですか? あんな隅っこに露店を開いている人もいるのに」
少女が不思議そうに首を傾げて、他の子供たちもウンウンと頷く。説明が必要か。少女が指差す先はビルの裏びれた細道で影になって日当たりの悪い所で、露店を開いている草臥れた顔の男がいた。
「ここはあいつらの縄張りなのさ。露店の場所にも金額が設定されている。面倒くさいし、金がかかるが、言うことを聞かないと、露店を開けない。無理矢理開くと、有形無形の嫌がらせをされるからな。覚えておくと良い」
「え〜っ! だって、ここ無許可じゃないの?」
リーダーの男の子が不満そうに言うが、若いなぁ。廃墟街では、露店自体なかったから、わからないか。
「どこにでもルールはあるってことだ。そのルールを変えるには金と力が必要なのさ。ほら、仕事を始めるぞ」
パンパンと手を打って、子供たちを促す。んしょと子供の一人が持ってきた組み立て式の小さなテーブルに白いテーブルクロスを敷くと、クーラーボックスを開ける。
そこにはずらりとストアで手に入れたコッペパンが入っていた。ここ数日で稼いだ物だ。150個ある。
おっさんは頑張ったのだ。ミケたちを6匹作りだし、延々と大鼠を狩り続けた。子供たちがせっせと木の棒を燃やして、影猫が倒した鼠からコアを抜きとった。1時間に50匹。あわせてこの数日で800匹近く倒したのだ。というか、大鼠多すぎである。ダンジョンのポップ率はどうなっているのだろうか。
何百万匹と既に増えていたら嫌だなあと思ったが、魔物に喰われているから大丈夫ぽい。何匹狩れば枯れるかは、とりあえず近場の大鼠をポップ前に殲滅しなくては正確な数字はでてこない。……うん、無理だな。
「えっと。一つ300円で、銀の硬貨を3つ貰えばいいんだよね? お札の時はどうするんだっけ?」
「お札の時は、銀の硬貨を7つ渡すんだよ」
「お前、すごいな! 数が数えられるの?」
「えへへ、10までならできるよ」
子供たちはワイワイとはしゃぎながら、売る際の注意を話し合っている。
教育を受けたことのない子供たちだ。数も数えられないので、一応教えたが、大丈夫だろうか?
「それじゃあ、売るぞ。ほら、お客に声をかけるんだ。俺はパンの美味しさをアピールするから」
客は簡単にはパンを買おうとは思わないだろう。何しろ闇市場のパンだ。なにが入っているかわからない。
だがすぐに理解するはずだ。外街でも滅多に食えないパンだと。10個ほど取り出すと手を翳して魔力を練る。ステータスが上がったことにより、以前よりも細かい操作ができるようになっている。
『熱』
単純に熱をパンに纏わせる。炎を生み出すよりもお手軽で、魔力消費も断然低い。温度60度くらいで、多少熱いぐらいだ。
他の火魔法使いでは不可能な繊細にして精緻なる魔力操作をして、おっさんはパンを温める。
冷たかったパンが温まり、ふわりと焼きたてのような匂いを周辺に撒き散らす。隣の露店は外街の商人なのだろう、様々な古着を売っており、その匂いにピクリと反応して見てきた。
「お隣さんにお裾分けだ」
子供が温まったパンを持って、てててと店主のそばに行き手渡す。
「良いのかい?」
「あぁ。だが、美味そうに食ってくれよ?」
僅かに首肯して冗談ぽく伝える。こういうのはケチったら駄目なのである。太っ腹なところを見せると、大物なのかと勘違いをしてくれる輩が多いのだ。
「な、なんだ、これ! 白パンじゃねぇか! 混ざり物なし! うめえ〜。甘い、甘いパンだ!」
美味しく食べる演技は必要なかったみたいだなと、夢中になって食べる店主を見て肩をすくめる。
周辺の人たちはしっかりとその様子を見ていた。パンの小麦からなる良い匂いと、店主が食う際に見れた白い断面。混ざり物があるパンとは違う。
「えっと、コッペパン一つ300円です! 買っていってくださーい」
「美味しいですよ〜」
「熱々ですよ〜」
闇市場に似合わない小綺麗な格好をした子供たちが懸命に声を張り上げる。姿格好を見て、警戒を緩めたお客たちはその金額も聞いて、驚いて集まってきた。
「1個300円なのかい? 半分で300円とかではないよね?」
闇市場の常連のようなおばさんが、訝しな様子で尋ねてくるので、コクリと子供たちは頷いてニコリと可愛らしく笑う。
「そうです。1個で300円です!」
「それじゃあ、3個頂戴!」
千円札を出してくるおばさんに子供たちは戸惑ってしまう。まだ複数の計算はできないのだ。
「はい、お釣り100円ね」
防人は千円札を受け取り、お釣りを返す。子供の方が警戒心を持たれないのだが、おっさんスマイルで返しておく。
子供の笑顔は癒やされて、警戒心を緩める。しかも、こんな闇市場で小綺麗な格好をして、臭くない子供たちは珍しい、というかいない。金を持っていそうな相手なら騙さないだろうという謎の根拠を持ってしまうためだ。だからこそ風呂に入れて、服を洗濯したのである。
「家に持って帰る前に、1個食べちゃいましょ」
おばさんは熱々のパンを2つに割って、中をよく観察する。本当に混ぜ物がないか確認しているのだ。ベテラン主婦は怖いね。
中身は白く甘い匂いが微かにするので、ゴクリと喉を鳴らして、おばさんはパンにかぶりついた。
「美味しいわ、これ!」
ムグムグと咀嚼して驚いた表情になり、先程の店主と同じように、夢中になって食べる。それを見ていた周りの人々はゴクリとつばを飲み込む。
「私にも5個頂戴!」
「俺には3個だ」
「10個くれ!」
我慢の限界を超えたのだろう。皆は争うように、パンを買っていく。あれよあれよという間に、テーブルには小銭が山となり、子供たちは笑顔でお礼を言うマシーンと化していた。
結局1時間も経たずに、コッペパンは完売した。このレベルのコッペパンは食べようとしても、パン屋では売っていない。まともに売った場合、一つ千円にはなるからだ。
300円は少し高いが、ちょっとした贅沢としては良かったのだろう。
「あっという間に完売しましたね! みんな、美味しく食べてくれるかなぁ?」
「当たり前だよ! こんなに美味しいんだもん!」
「俺たちは頑張ったよな!」
和気藹々と笑顔でハイタッチをして喜ぶ子供たち。俺にもハイタッチをしようと、手をあげるので軽くハイタッチをしてあげる。
『純粋ですね、子供たち。廃墟街で生きてきたのに』
『こういう駆け引きは必要ない生活だったからだな。食うや食わずの生活は悪どさを見ないですむから、ある意味純粋さを失わなかったのさ』
雫は完売した意味がわかっている。価格が安すぎたのだ。20個買った奴は転売目的だろう。だが、この価格を変えるつもりはない。信頼は金では買えないからな。
とりあえずは金を稼げた。ストアを使っての金稼ぎ。4万5000円を売り上げて、ショバ代に1万円、門番に1万円渡したから2万5000円の利益なり。苦労せずに金を奪い取る奴らには不満を覚えるが、今はそれで良い。今はな。
さて、この金で子供たちに飯でも食わせてやるか。全部使っても良い。忠誠は優しさと金で買うものだ。
片付けを始めるように指示を出して、これからの行動を描く狡猾なる防人であった。




