149話 召喚
東京都多摩区にある大規模農場ファクトリー群。一般人もその存在を知っているポピュラーな施設は、長方形の蒲鉾形工場の形をしていた。白塗りの壁とアーチ部分の天井が全てキラキラと太陽の光を跳ね返す強化ガラス張りとなっている。
どのような物を育生しているのかも人々は知っている。何層にも重ねられたミルフィーユのようなそのファクトリーは様々な野菜や小麦、米を大量に育てていた。内街の人間を食べさせるだけの作物を育てていた。
無数に存在するファクトリーは、食糧自給率200%を達成しており、内街の人間は食糧に困ることはなかった。
過去形となっている。なぜならば、ファクトリーはそのほとんどが破壊されて、めちゃくちゃになっているからだ。まるでブルドーザーが列をなしてファクトリーを通り過ぎていったかのように、そして途上で爆発したかのようにクレーターができていた。
だが、ファクトリーはダンジョンの恩恵を受けることを前提として建設された施設だ。管理されたダンジョンの近場に建設されて、ダンジョンはその周辺を肥沃なる土地にするという効果を受けて、ファクトリーは作物を育てるという設計である。
即ち、簡単にファクトリーは再建できるはずなのだが、なぜか未だ再建に取りかかることはなく、戦車や装甲車が走り回り、戦闘ヘリがバタバタとローターを鳴らして飛行していた。多くの歩兵が自動小銃を担ぎ瓦礫を片付けて何かを探している。
中央には大型のクレーターがあり、その側に天幕がいくつも張られていた。歩兵輸送用トラックが何台も駐車しており、焦った表情で忙しなく人々が走り回っている。
「まだ見つからんのか!」
建てられた天幕の一つ。最も大きな天幕内で、剣道でもするような和服に袴姿の老齢の男が荒々しい声で怒鳴り散らし、作戦机を強く叩く。
男の前に立つ兵士が慄くように敬礼をして、緊張しながら発言する。
「はっ! 未だに豊穣の柱も、大地の宝珠も見つかりません!」
「クッ……なぜここまで探しているのに、見つからない? このままでは、内街の資源に問題が発生してしまうぞ」
苛立ちながらパイプ椅子にどっかと老人は座り、腰に差している黒塗りの鞘を弄ぶ。
老人は中肉中背で鋭い目つきの顔つきだ。歴戦の戦士の空気を漂わせていて、一般人が見ても一歩引いてしまうような威圧感を見せていた。
名を塚原卜伝。剣聖の名前を持つ東京四天王の一人であり、階級は大佐。四天王の中でも、そしてスキル持ちの中でも最強ではないかと噂されている男だ。
今回のダンジョン発生。それにおける新種の魔物のスタンピードの対応を命じられて、連隊を率いてこの地で作戦行動をしていた。
作戦内容はというと………。
「豊穣の柱が失われてもまだなんとかなる。多くの田畑を作れば良いだけだ。だが、大地の宝珠が喪われた場合の被害はとんでもないことになるぞ……。魔物め!」
「あの黒いスケルトン………新種のスケルトンでしたが、想定以上に強かったですからな」
横に立つ参謀の言葉に、塚原も苦虫を噛んだような表情で頷く。魔物の強さはかなりのもので、通常の兵士ではまったく歯が立たず、高レベルスキル持ちも何人も殺害されたのだ。しかし、そこは問題ではない。
「新種なのはどうでも良い。問題は人型のためにミサイルなどでは倒しにくい上に、人を狙わずに魔法具を食べる特性が問題だ。ファクトリーの魔法具を狙うとはっ!」
ダンとまた机に拳を叩きつけて、歯噛みしてしまう。その様子に周りの兵士たちは恐れて後退るが、塚原大佐は気にする余裕はない。
豊穣の柱は、土地を肥沃にして、作物の生長速度を3倍にする魔法具だ。過去にドラゴンのダンジョンを潰した際に、宝箱から見つけた魔法具であり、国民に秘匿している情報だ。
大地の宝珠は、その土地の環境を変化させる。それこそ肥沃なる土地から、荒涼たる砂漠の土地まで、様々な環境へと自在に変えることができる内街でも一つしかない特別な魔法具である。
豊穣の柱はまだストックがあるから良い。問題は大地の宝珠であった。是が非でも黒スケルトンから取り返さなければなるまいと探索しているのだった。
「塚原大佐。食べるといっても、その体内に仕舞うだけです。取り返すことは可能でしょう」
「そうであることを祈る。大地の宝珠はかなりの硬度らしいからな。……しかし、今回の魔物の行動は不可解なところが多い……」
人を襲うことを優先せずに、魔法具を回収することを第一にして行動する。大地の宝珠を操作していた魔法使いが目の前にいるのに、それを無視して大地の宝珠を喰らい逃げていったということなのだから。
なにか目的があると塚原大佐は嫌な予感を感じて、顎を擦る。……と天幕に走り込んできた兵士がいた。春の陽気の中でも汗だくで焦っており、息を切らしている。
「どうしたっ?」
「はっ! 目標を発見との通信あり。第38小隊より第8ファクトリーの地下倉庫にて発見との報告です」
「見つけたかっ! お前ら後に続け」
喜色を浮かべて塚原大佐は立ち上がると駆け出す。黒スケルトンが相手ならば、生半可な兵士では被害が大きくなるだけなのだから。
第8ファクトリーに向かうべく、ジープに飛び乗り発進させる。揺れるジープの中で、報告をしてきた部下に問いただす。
「黒スケルトンがいたのか?」
「複数の黒スケルトンを見つけたようです。第8ファクトリーは地下に倉庫施設がありましたので、見つけにくかったのかと」
そんな所があったのかと舌打ちしつつ、早く到着しないかと前を向く。30分も走っただろうか。第8ファクトリーの姿が見えてきて、既に何台もの車両が駐車しており兵士が包囲をしていた。
「状況はっ?」
完全にジープが停車する前に、塚原は飛び降りて駆け出すと兵士の一人に目を細めて威圧感を見せて話し掛ける。
「つ、塚原大佐? は、はいっ! 黒スケルトンは6体。その全てが胸が光り豊穣の柱を仕舞っていると思われます! マナ感知にて強力なマナ反応あり。大地の宝珠も存在するかと」
「良し! 全員突入準備! な、なにっ?」
塚原大佐は大地の宝珠の存在を聞いて喜び勇んで突入しようとするが、第8ファクトリーからマナの暴風が吹き荒れて、その濃度と密度に顔をしかめてしまう。ひ弱なステータスの兵士は顔を青褪めさせて、そのマナの威力を受けて体調不良となり倒れこんでいた。
「い、いったいなにが?」
すぐにマナの暴風は収まり、塚原大佐は思い悩む。このまま危険を覚悟で突入するか、ドローンを向かわせて、まずは中の様子を確認するか。
思い悩むがすぐに決意する。カッと目を見開き指示を出す。
「突入する。ついてこれる者はついてこいっ!」
部下を統率する指揮官としては、選んではいけない選択肢だが嫌な予感がするのだ。これまでの戦場で培った危険に対する勘が働いていた。それが囁くのだ。嫌な予感がすると。急がねばならないと。
「なんとかレベル3の者たちならばついていけます!」
10人程の部下が勇ましく敬礼をしてくる。戦闘服は統一されているが、それぞれ槍や剣、ハンマーなどを持っており、近代兵士の武装には似つかわしくない。が、彼らはレベル3。最近急速に戦死者が増えており、数を減らしてはいるが。それでも彼らは精強であり頼りになる。
塚原は刀を抜き、警戒しながら中に入る。他の者たちは自動小銃だ。専用武器は小銃が効きにくい相手のみに対抗するべく使用する予定である。
高ステータスのメンバーは通常の人間とは比較にならない速さで、第8ファクトリーに侵入した。複層からなるファクトリーは天井は3メートル程度。コンクリート打ちっぱなしの床に棚が並べられており、土が敷き詰められて水が時折降り注ぐようになっている。本来は水耕農業となるはずだが、豊穣の柱は常に土を肥沃にする。その効果を使うことで、あり得ない農耕方法となっていた。
それらの施設を横目に中を飛ぶように突き進む。ガシャガシャと金属音を響かせて隠れることも考慮せずに、地下への階段を降りてゆく。
なんの障害もないことに、多少拍子抜けしながら奥に進む。と、金属製の両扉が開かれて奥のコンテナ倉庫が目に入るが
「むっ?」
手をあげて、足を止める。コンテナが並ぶ地下倉庫のはずであったが、コンテナは嵐にでもあったのか、マッチ棒のように吹き飛んで壁際に折り重なっていた。
そして、倉庫の中心には複数の黒スケルトンが円を描くようにいた。
バラバラに砕けて。
その円の中心には人が立っていた。
「貴様っ! 手をあげろっ! 何があった?」
塚原大佐は目を険しくして、脅すように問いただす。その人物は男であった。中肉中背の引き締まった身体の白髪が多少髪の毛に混じる中年から老年に入りそうな、そして平凡そうで気弱そうな記憶に残りにくそうな男であった。しかもなぜか全裸だ。
「あぁ〜、おっさんのことだよね? 俺のことだよね〜」
やけにのんびりとした声に塚原大佐は眉根を寄せる。ハンドサインで男を囲むように指示を出す。部下はその指示どおりに男を包囲して自動小銃を向けて構える。
「あぁ〜。おっさんは善良な市民です。ちょっと盗賊に襲われまして。いや、記憶がないと言う方がここはシチュエーションに合ってますかね?」
兵士に囲まれているにもかかわらず、恐れを見せずに飄々と言う男に、警戒心よりも不気味さを感じて刀を中段に構える。
「ふざけた物言いだな! 手をあげて膝をつけ! 逮捕後に取り調べることにする」
「あぁ〜、駄目ですか〜。そうですか。まぁ、そうですよね。それじゃ、セリフを変えますか」
男はため息を吐くと塚原大佐たちをぐるりと見渡すと、手のひらを向けてきてひらひらと揺らす。
「服を寄越せ」
手のひらを翳してニヤリと嗤う男に危険を感じて、塚原はマナを闘気へと変換しながら怒鳴る。
「撃て!」
「酷いなぁ」
『光刃光線』
キンと空気が鳴ると同時に光の軌道が空間に奔る。
そして引き金に手をかけていた兵士たちは全員身体に無数の輝線が奔り、ズルリとズレるとドチャという肉が落ちる嫌な音をたてて、バラバラになった。
「あれ? レーザー対策をしていないと思っていたら、闘気で無理矢理無効化する者がいたかぁ。やはりレーザーは駄目だよ、おっさんはいつも思ってたんだ、マナの消耗に合っていない低い威力だって」
意外だとばかりに苦笑をする男に、塚原大佐は呻きながら睨む。
「ぬぐっ、いったい今の魔法は……」
微かに皮膚が切り裂かれて血が流れるが皮1枚。たいしたダメージではなかった塚原大佐は、部下が一瞬で殺されたことに驚愕を隠せない。どうやら一定以上の闘気を身体に流しておけば防げたようだが、恐るべき威力だ。
「まさか黒スケルトンは貴様の差し金か? 大地の宝珠などを奪いに来たのか!」
「おいおい、全裸のおっさんが奪いに来るなんて変だろ? 恥ずかしくて仕方ないよ。もうおっさんは歳なんだ。全裸で歩いて良いのは、若い女か殺人アンドロイドだけさ」
「ふざけおって!」
こめかみをポリポリとかきながら答えるふざけた男に対して、刀を構えて腰を落とす。その様子に男はオロオロと目を泳がせて答えてくる。
「大地の宝珠って、このガラクタかい? やけに石油臭いけど、土地の環境を整える超希少アイテムを油田に変えることに使っていたでしょ? 駄目だなぁ、これは本来なら魔法資源を採掘する鉱山を作るための一部さ。まったくもったいない。もう、俺を召喚するのにマナを使い切って、ただのガラクタになったけどね」
地面に転がっていた丸い石を持ち上げて答える男に目を見張る。大地の宝珠のマナが尽きた? 膨大なマナが籠められていて自動回復もする強力な魔法具であるのに。
そして聞き逃せないことをこの男は言った。召喚? この男を召喚するのに使われた? 豊穣の柱も同様に使用された? どこからこの男は召喚された?
この男は極めて危険だと背筋が泡立ち、決意する。この男は今殺さなければ大変なことになると。
『一の太刀』
空間を歪めて、闘気により刀を巨大化させて、暴風を巻き起こし男に振り下ろす。疾風のような高速の一撃は男を切り裂こうとして両断する。その威力は強大で男の後ろも天井も全てを切り裂き、地面に大きな裂け目を作った。
倒したかと分断した男の様子を見て、ゆらりとその身体が消えていくことに舌打ちする。摺り足で後ろに下がり辺りを見渡そうとして
『光刃剣一閃』
いつの間にか横に立っていた男が指を揃えて手刀の形として手を下ろしていた。
いや、下ろしていたのではないと、塚原大佐はぐらりと揺らぐ身体を感じて理解した。
既に攻撃は終わっていると。
刀が切り落とされて落ちてゆく、その後ろにあった塚原大佐の首も合わせて。
鮮血を切り落とされた首から噴き出して、塚原の身体は倒れ伏すのであった。
「あぁ〜、良かったよ。綺麗な服が手に入って。レーザーで他はバラバラにしちゃったから。おっさんは迂闊だよなぁ。気をつけようとおもっているんだけどね」
塚原大佐の服を剥ぎ取り、着込む男は苦笑しながら呟く。
「どうやらナジャは命令通りに動いてくれたみたいだねぇ。だが、ナジャとのリンクは切れている……。ピクシーもシルキーも駄目かぁ。シルキーは残ると思っていたんだけど、残念だ」
完全に服を着込むと顎をさすって困った表情となる。
「おっさんだけで世界の救世をしないといけないのかぁ。所詮は旧型だし、機械では元から駄目だったか。人が救世主となれということなんだろうねぇ。仕方ない。地形が同じなら、送った施設も生きていることを祈るしかないね」
指を振るい光の魔法陣を空中に描く。
「頑張って世界の救世主を目指しますか。この世界には悪いけど、引き続き遠慮なく実験をさせてもらうよ。なにしろおっさんは世界の救世主にならないといけないからねぇ」
のんびりと男は呟き、光の魔法陣の光に覆われてかき消える。
そうして、辺りには兵士の死体と静寂だけが残った。