141話 台頭
筑波線要塞はかなりの大きさの新市場である。北方面にある拠点も多く支配下において、新市場となった。
天津ヶ原コーポレーション本社最上階。ペントハウスのリビングルームにて、ソファに座りテーブルに置いてある資料を目を険しくしながら、天野防人は眺めていた。
「なぁ……雪花さんや? 俺は信玄たちは修行に向かったと思っていたんだが。なんで外街周りの廃墟街の拠点を支配下に置いていっているわけ? ぐるりと周囲を回って支配下におけと誰が言ったのかな?」
信玄からは北方へと行き、そのまま西にぐるりと回って拠点を次々に支配下においていくとの手紙を貰っている。おかしいな、俺は修行に行けと言っておいたよな?
首を傾げて、資料にため息を吐き、ジト目で対面へと視線を向ける。なんで、こんなことになってんの?
「あの政宗という男は、かなりのやりてじゃの。制圧した拠点はそのままに進軍を信玄に進言しての。信玄に進言。ふふふ、雪花ちゃんはジョークも天才的じゃな。それにもう一人悪巧みのできる爺が加わって、向かうところ敵なしじゃ」
対面に座る改造和服の美少女が髪をかきあげて、クフフと微笑む。その姿は足を組み艷然として色っぽい。ヘイヘイと俺の眼前で反復横跳びをして、色気のある雪花の姿を見せまいとする雫さんがアホ可愛い。
「拠点に兵力を駐屯させないで、次々と他の拠点を制圧とはやるなぁ。有能な軍人の力ってのを見誤っていたぜ。………予算を気にしない点も軍人らしいよな」
要請された食糧品の量にどん引きである。新たに手に入れた拠点では最近ポツポツと現れたレベル2のスキル持ちを中心にして、そこそこモンスターコアを集めて暮らしていた。コアストアによる食糧品の交換で暮らしが辛うじて成り立ち始めたのだろう。
スキルレベル2が出始めたのは簡単だ。魔物を積極的に倒し始めたので、スキルレベルが上がる寸前だった生存者が上がったのだ。
そして、拠点は辛うじて成り立ってきたという所がミソだ。
こちらの装備と食糧の豊富さを見て、辛うじて生き残っていた、生き残ることができてしまっていた人々は希望を持ってしまった。なので、抵抗はほとんどなく制圧が進んだのである。車があると移動も速い。
数日で1つの拠点を制圧していっている。横暴な拠点のボスは手を下すまでもなく、信玄の食糧バラマキ戦法により、内部から反乱を受けて殺されていた。
食糧バラマキ戦法。敵の拠点に食糧をバラマキ、内部から崩壊させる酷い手である。
敵にとっても味方にとっても。
「なんだよ、この米と小麦粉の大量の要請は! 米と小麦は家で作っているわけじゃねーんだぞ。それに、砂糖に塩も大量に……」
頭を抱えたい気分だ。軍の予算を決めねばならないことを強く思う。打出の小槌じゃねーんだぞ。財布は常に軽くて風が吹いたら飛んじまうぜ。
『米と小麦粉。コアストアに入れるべきでは?』
「雫の言うことはわかるが……。内街から目をつけられたくないよなぁ」
わかる。雫の言うことはわかる。だがなぁ……。
「制圧した拠点から人々を平原に移動。大規模な拠点を作る。そうして米を作れば良いのじゃ」
『そうですね。多くの人々が集まれば大規模農園が作成できるのでは? 人口の多さは力です』
「あのな、俺の話を聞いてた? 内街に対して目立ちたくないと俺は言ったんだが? 大規模農園なんか作ったら、目立つだろ」
内街には軍隊がいるんだぞ。うちを占領に来たらとっても困るんだが。
俺はふたりがどう答えるか予想していたが、それでもとりあえず聞いてみる。
ふたりとも顔を見合わすと、クスクスと可愛らしく笑い合う。
『それはいまさらですよ。もう既に目をつけられているじゃないですか』
「そうじゃ。要塞を天津ヶ原コーポレーションが手に入れたことはもはや内街にも伝わっているはず。もはや目立ちたくないと戯言を言っている場合ではないはずなのじゃが?」
「そうだなぁ。やっぱり要塞を手に入れたのは目立ったかな? ちょっとした箱庭みたいなもんじゃね?」
ほら、もう廃棄された要塞なんだしさ。子供の秘密基地っぽく。
「第二次世界大戦前に、マジノ線要塞を手に入れたとフランス軍に言ってみるが良いのじゃ」
「薄々気づいていたけど、やっぱり駄目か。……未だに戦闘機や戦闘ヘリもない。国の軍による制圧を受けたら、あっさりと敗北する状況だが、動くしかないか」
『要塞の兵士を取り込んだのはわかっているはずです。制圧されないように、創意工夫を凝らしていくしかないですよ』
それが信玄、いや、信玄はわかっていないだろうから、たぶん政宗だ。あいつは理解しているからこそ、急速に拠点を支配下に増やしている。
「田畑を作り街を形成するしかないか……特区的なものとして国に認めさせる……? 天津ヶ原コーポレーションの社屋として関東北東部地域は認めさせることができっかなぁ」
『関東北東部とは大きく出ましたね』
「目立ちたくないのでは? というか、戦闘機に戦闘ヘリとは、欲張りすぎじゃ、主様」
面白そうに雫がパチパチと拍手をして、雪花が半眼になる。だが、これは当然の帰結なんだよ。要塞を手に入れた時には薄々勘付いていたんだけどな。
「目立つなら兵力をかき集めて一気に領土を広くして、敵には攻めるに難く、利益が少ないと思わせる必要がある。仕方ないな、米を解放する」
隙間産業を終える時だ。
『等価交換ストア』
スキルを発動させると、久しぶりの等価交換ストアを呼び出す。
目の前に等価交換ストアのボードが現れる。人差し指でポンと叩くとラインナップ一覧が表示された。
『米の種籾1袋:Dコア1』
売値はいつもどおり、Dコア3にしておく。遂に米を設置してしまった。ちょっと怖い。
だが、始めちまったのは仕方ない。ちょっと駆け足になるだけだ。
「続いて、いつか取ろうと思って取らなかったスキルを手に入れる」
『土魔法:レアGコア1』
ピコンと叩くと等価交換ストアから禍々しい闇の粒子が噴き出して俺の体内に吸収される。相変わらず、身体に悪い粒子だよな。
頭に土魔法の使い方の知識が流れ込んでくる。すぐにマナを体内に巡らせてスキルレベルを上げておく。ちなみにレアGコアは少数だが貯まっている。間違えて入れる人が多い模様。スライムのレアは見かけはほとんど変わらないからな。
『土魔法。ファンタジーにお決まりの魔法ですね。用水路を作ったり、家を作ったりするんです。ちょっと家を作りますねと、土魔法で家を作るんですよね』
ムフンと鼻を鳴らして楽しそうに言う雫さん。たしかにそんなイメージはあるよな、土魔法って。
「実際にそれってできんのか? 土魔法だと固くすると反対に叩いたら壊れやすそうだが」
「止めておいたほうが良かろうて。陶器の家に住むと考えれば、住みたくはなくなるじゃろ?」
雪花も腕を組み否定気味だ。同意見だ。だから、俺も土魔法は取らなかったんだよな。用水路を作り上げるためだけに、土魔法を取るのは嫌だったんだが。
「続いて、クリスタルゴーレムのレアBコアを使用」
『何を取りましょうか?』
「これ、上級魔法スキルなのか?」
一覧には新たなる魔法スキルの一覧が表記されているが、少し変だ。
『炎魔法スキル』
『氷魔法スキル』
『石魔法スキル』
『暗黒魔法スキル』
『空間魔法スキル』
スキル名はいかにもって感じ。固有スキルじゃないから致命的な弱点はないよな? 石スキルはいらない。コンクリートを用水路に流し込むのは竜子に任せる。
炎、氷はどれぐらい温度が変わるかわからないが、とりあえずはいらない。というわけで『暗黒魔法スキル』は?
『暗黒魔法は影魔法の上級スキルです。弱点は神聖魔法などに弱いですね。空間魔法は空間に影響を与えます。テレポートから空間障壁まで。ただし、マナを馬鹿みたいに消耗して、空間把握スキルが無ければテレポートもできません。影転移みたいに目的地がないので、自分で設定しないといけないのです』
『空間魔法』はないな。マナを馬鹿みたいに消耗すると雫が言うということは、本当に消耗するのだ。たぶん1回魔法を使うだけでもマナが尽きそう。
「暗黒魔法1択だな。弱点は弱点にならないように、創意工夫して気をつけることにするぜ」
ポチリとボードを叩くと……。禍々しい闇が身体を覆い尽くすほどの量で吹き出してくる。身体に吸収されると、少しばかりクラッと頭が目眩にでもあったかのように揺れてしまう。
『暗黒魔法を取得しました』
『異常を検知。暗黒魔法を修正します』
『修正完了。暗黒魔法を取得しました』
そして、頭の中に暗黒魔法の知識が入ってくる。使い方は影魔法と変わらない。スキルレベルも4のままだ。特徴は闇を生み出すことができるということか。
「カフッ……気持ちわりい……これ、身体に悪くないよな?」
すっごい吐き気がして、胸がムカムカして気持ち悪いんだけど?
『大丈夫です。暗黒騎士は最強の騎士ですよ。聖騎士よりもお勧めです』
「そうじゃな。暗黒魔法は強力じゃよ。神聖魔法での攻撃には弱いがの。物理、魔法耐性を持つ使い魔も作れるのじゃ」
ふたりとも可愛らしく笑顔でパチパチと拍手をしてくれるので、ありがとうと手を振って返す。うん、お前ら、身体に悪くないとは答えないのな。まぁ、ウィルスが入っていても、除去したっぽいけど。
いつか魔物になったらどうするんだよ、まったく。
とりあえずは暗黒魔法を使う。どのような力があるか、試してみよう。
『闇猫』
指をパチリと鳴らすと、立体的な魔法陣が書き出される。美しい漆黒の魔法陣が何重にも宙に描かれて球体となる。そうして、球体の中心にポツリと漆黒の闇が生まれると段々と大きくなっていき、漆黒の猫が創り出された。
「にゃん」
小さく鳴いて、コロンと転がってお腹を見せる闇猫。見かけはほとんど変わらないが、毛先が水晶のように透明になっている。その体内を今までよりも遥かに強力なマナが流れているので、強くなったようだ。
「成功だな。それじゃ、全ての使い魔を入れ替える。それに……使い魔の枠が拡大したようだぜ」
『どれぐらいですか? 過去の暗黒魔法使いは使い魔をほとんど作らなかったんですよね』
「うむ。いつも盾代わりに3体ほど連れてはいたが、あまり役には立たなかったようじゃ」
『防人さんの使い魔は遥かに強いですからね』
どうも俺の魔法は他の人が使うよりも強力らしいからな。使い魔は同ランクの魔物を倒すことができる。
「今は900体だな。上級魔法って凄いのな」
一気に枠が10倍とは凄いよな、本当に感心するぜ。
「じゅ、10倍なのか。主様の変態ぶりがわかるの……」
どん引きの雪花。そんなに変じゃない。ほら、上級スキルってそんなもんだろ? 知らんけど、たぶんそんな感じ。
『ふふん。防人さんは変態なんです』
「魔法の使い手だって言ってくれ」
変態だと別の意味で危険人物になっちゃうだろと、胸を反らす雫に抗議を行うが、まぁ良いや。
「使い魔の総入れ替えと、周囲への再配置をやるのは決定。それと、セリカを呼ぼう。花梨も顔を出さないし、いったいどうなっているんだ?」
忙しいのはわかるが、花梨も姿を最近全然見ないんだよな。いったいどうなっているんだ?