140話 北拠点
平原から北に移動すると、再びの廃墟街だ。崩れたビルや、燃え尽きた家屋。店舗はシャッターが破壊されて、店内は棚すら存在せずに何もない。虚しさを感じさせる光景である。
だが、見慣れた廃墟だと思うと違う。北一帯の魔物分布は天津ヶ原コーポレーションの辺りとは違うらしく、遭ったこともない敵だ。
よくよく見るとアスファルト舗装が砕けて、青々とした葉をつけた木々が聳え立っている。ビルには蔦が這い、苔のように緑で家屋が覆われていた。見た目が天津ヶ原コーポレーションの周囲とは違う。緑が明らかに多い。
北方面軍を指揮する老齢の男、武田信玄は周囲の様子を見て、疲れたようにため息を吐く。
「少しばかり離れるとこれかよ。まったく魔物の種類が違うのだなぁ」
多少嗄れた声で、呟く周りには装甲車と騎馬に乗った部下の兵士たちがいる。その数は30人程度。精悍な顔つきで背に弓を背負い、手には槍を持っている。
「そうですな、信玄様。昔は少し都心から離れた住宅地だったのですが、変われば変わるものです」
前に立つ馬場が困ったように顎を擦るが、変わったという括りには入れられないと信玄は思う。
「昔は歩く大木などいなかったと記憶しているがな」
「ええっ! 俺は歩けますよ、信玄さん!」
「井定、最近は大木じゃないって言わないんだな、まったく」
井定、最近は大木君と呼ばれる男がウケを狙っているのは明らかだ。なにしろ、遠目に見える木々は変だ。ダンジョン周辺に育つ木々よりも、遥かに大きく育っている。幹は横幅で30メートルはあり、その高さは50メートル。太り過ぎの大木という感じだ。木の枝もやけに太くそれでいて、横に枝葉をあまり伸ばしていない。不自然な大木である。
それ以上に変なのは根っこがうぞうぞと動いて歩いている。アスファルト舗装を砕き、土を露出させて。
その枝には1メートルはある芋虫や、バッタが張り付いており、葉を食べているのが見える。高い場所にはやはり1メートル程度の体格の、毒々しい色の羽を持つ蝶が隠れていた。
「トレントじゃな。Cランクの魔物じゃが、動きは鈍く耐久力が高いだけ。だが、特徴として低ランクの魔物を集めて行動する。大飛蝗とクロウラー、そしてポイズンバタフライ。どれもFやE。だが、家屋の陰にはDランクの剣のような鎌を持つソードマンティス、ビルにもDランクで蜘蛛の巣を張って獲物を麻痺毒を持つ牙で捕まえるコンクリートスパイダーが隠れ潜んでおる」
最近、防人に保護されたと称する改造和服の美少女、天野雪花が胸を張って話をしてくる。保護されたというのは怪しい限りだが。
この女はかなりの強さを持つ。防人とは別のベクトルだが、それでもかなりの強さだ。見たこともないレベルの。
防人が教えてくれないので、推測でしかないが、恐らくはどこかの地区の密かに育てられた戦士。内街ではないだろう。内街なら誰かが手を出してくる。防人が内街の秘密の工作員で、雪花はその一員との噂も聞いているが、信玄はそれが出鱈目だと知っている。これでも長い付き合いだ、あいつが地道に強くなっていったのをこの目で見ている。秘密の工作員なわけがない。
まぁ、今は防人は強くなり、儂らのボスだ。そのボスが説明してこないのだから、黙って従うのみ。知らなくても良いことは知らない方が良い。
今回の部隊には教官兼目付役でついてきている。アドバイザーというわけだ。
「ここの地区は虫系統の魔物。ゴブリンたちよりか倒しやすそうですな」
「そうですよね。飛蝗とかバットで叩ければ、簡単に倒せますし」
「トレントは近づかなければ、危険はない。その周りに屯する魔物を倒せばかなりの数を狩ることができるが、ここは毒持ちが多すぎる。それにそれを利用する奴らがいるとは思わなかった」
少し離れた場所に、コミュニティが存在する。壁が作られて、粗末だが見張り台が置かれて、薄汚れた服を着込む猟銃を手にした男が配置されている。
元学校だ。内街に壁が作られる寸前に建てられた新築の学校だった。対魔物の防衛を考えられた分厚い壁を持つ刑務所のような学校である。既に内街に閉じこもることはわかっていたのだが、それでも工事は止まらなかった。内街に閉じこもることがバレるのを恐れたか、稼げる金はぎりぎりまで稼ぐつもりだったのかはわからないが。時折、あのような頑丈な施設が存在する。
多くの人々が住んでいるようで、信玄たちの修行がてらの遠征に絡んできた。こちらがダンジョンを攻略中に何者かと尋ねてきたので、答えたら自分たちの縄張りに入るなと言い争いになった。
そして争いになったのだ。稼げるダンジョンがあるということはコアストアを利用できることも多くなる。そのために、争いになってしまった。事故である。
とはいえ、争いになった以上はあっさりと制圧して支配下におこうと考えたのだが、そうはいかなかった。
「またあいつらがちょっかい出してきました!」
部下の言葉に信玄は目を険しくさせて、手を振り大声で叫ぶ。
「人形など相手にはせんでよい! 集まってくる魔物を相手にせよ!」
朽ちている家屋が建ち並ぶ廃墟の角から、ゆっくりと木の人形が数体現れてきた。その手には燃える木の棒を持っている。煙がたなびき、その後ろから飛蝗やら芋虫がのそのそとついてきていた。
木の人形には、戦旗が取り付けられている。家紋がマジックで描かれている。苛立たしいことに丸が6個。六文銭だ。
ここのコミュニティを支配するボスの家紋。六文銭は有名な家紋でもある。
即ち、真田家の家紋である。目の前の人形をけしかけた相手だ。魔物香を使って魔物を呼び寄せているのである。
ブーンと羽音をたてて、飛蝗が飛んでくるので、馬場率いる部下が弓を構えた。
「弓隊、各自の判断にて狙い撃てっ!」
馬場が指示を出して、矢を部下が放つ。精鋭でもある部下たちは軽々と弓を引き、低ランクの飛蝗たちは相手ではない。うちの近くにいる大鼠たちと同じ程度の能力。
続いて芋虫が鈍重そうな見掛けとは違い、大人の全力疾走程度の速さで這ってくる。
だが、芋虫も弓矢隊の相手ではない。連続で矢を放ち、撃ち倒していくが、そこに廃ビルの陰から、ガラス瓶が飛んでくる。カシャンと音がして、ガラス瓶からもうもうと煙が吹き出てきた。
「ガハッ」
「ゴホッゴホッ」
「ゲフンゲフン」
部下が咳き込む中で、こちらへと矢が飛んでくる。ヒュンヒュンと音がして、迫ってくる。
だが、その矢は影蛇の力により阻まれて落ちていく。
「あぁ、野郎。こちらへの攻撃はきかないとわかっているだろうが!」
「毒は厄介ですぜ、信玄様」
煙の中にはポイズンバタフライの鱗粉が混ぜ込まれており、皆は苦しみ激しく咳き込んでいる。そこまで長く続く毒ではないが、精鋭でも激痛が走り動きが鈍っていた。
「わーはっはっ! 兵は鬼の道なり。この真田昌幸、おとなしく負ける将ではないぞ! 装甲車を持っていても、勝てるとは思わないことだ!」
廃墟ビルの陰から得意げに叫ぶのは、真田昌幸と名乗る爺だ。狡猾そうな小柄の老人である。
「てめえら、天津ヶ原コーポレーションの支配下に入れば良い暮らしができると言っているじゃねえか!」
「その話、我が軍を打ち破ってからにしてもらうと言っているではないか! なるほど装備も揃えて、装甲車も持つ。腕の良い兵士たちも引き連れて、そなたらは大きなコミュニティなのだろう! だが、我が軍も精強よ! かんらかんら」
「かんらかんらなんて、口で言うんじゃねえよ!」
あのクソ爺は狡猾に罠を仕掛けてこちらの攻撃を押しのけている。毒の混じる煙玉や木の人形を使っての魔物の誘引、隙を狙う弓矢での攻撃。それだけではなく、隠れている廃墟ビルまで追いかけると、落とし穴や落石などなど、罠も仕掛けてくる。
兵士は少なからず怪我を負い、ちっとも制圧に向かえない。影虎を使えば簡単なのだが、それは禁じられているし、雪花の小娘は高みの見物と欠伸をしていた。手伝う気はないらしい。
「ふざけた爺だ!」
「お互い様だろうが! カッカッカ!」
爺二人は睨み合うが、咳き込みながらも部下は魔物を殲滅して、木の人形を破壊すると、昌幸たちは去っていった。
敵が立ち去り、信玄たちも後方の拠点としている廃墟ビルへと戻った。テントが作られており、後方を守っていた30人程の兵士たちと合流して、疲れたように床にどっかと座り込む。
「手加減しすぎか。どう思う?」
「ううむ……。殺すのは簡単ですが、支配下に置くには、かの御仁が言うように、多少の被害で抑えるべきかと」
馬場が困ったように言う。制圧するのに、悔しいがあのクソ爺を殺すわけにはいかない。なかなか頭が良いボスらしいからだ。
人材不足の天津ヶ原コーポレーションは、廃墟街の有能な人材を集めている。殺すばかりで制圧していく時代はもう過ぎたのだ。
「厄介なことに、真田昌幸と名乗るだけはある。あいつ、俺が手加減をしていることを知ってやがる!」
コンクリートの床に手を打ちつけて、顔をしかめる。装甲車を持っているのだ。壁に突撃して、ひと暴れすれば制圧できるとわかっているはず。最初に余裕ぶって矢を防いだことも失敗だった。相手は遠慮なく弓矢で攻撃をしてくる。
だが、それを理解しているにもかかわらず、抵抗をやめない。こちらの力を推し量っており、自分たちの力を見せつけようとしているのだ。
「高く売りつけようと言うんだろうが……厄介すぎるぞ!」
「もう突撃して終わりにしましょう。人を求めて被害を出すのは愚策ですぞ」
うぅむと、信玄は馬場の言葉に迷ってしまう。この間、筑波線要塞とやらを手に入れたこともあり、人材不足は深刻な状態だ。
だが、たしかにこのままでいるのは良くない。被害が大きくなる前に決断する必要がある。どうしようかと迷う中で、バタバタと足音をたてて部下の一人が駆け寄ってきた。
「ん? なんだ?」
「はっ! 信玄様、救援に軍人ぽい奴がやってきました」
救援? と皆で首を傾げる中で廃墟ビルにのそりと入ってきたのは、戦闘服を着込んだ中年の男だった。
信玄ににこやかに笑いながら、近づいてくるのは見覚えがない男だ。
「どうも。俺の名は伊達政宗です。こちらの支援に向かえと防人に言われてきました。あぁ、これを渡せと」
政宗は封筒を渡してくるので受け取り、開いてみる。
「ん? これをあいつがか。中身を知っているか?」
中身を読んで、訝しげな顔になってしまう。なんだこれは? 政宗へと顔を向けて尋ねるとかぶりを振って否定してくる。
「いいや、なんと書いてありました?」
「うむ……まぁ、あいつのことだから間違いないだろうよ。わかった、お前さんに解決策を出してもらうことにしよう。それと敬語は必要ないぞ」
ひらりと風に煽られるように手紙が翻る。
『その男は頭が良い』
手紙にはそれだけ書いてあった。防人が太鼓判を押すとは、頭が良いのだろう。しかも防人が言うのだ。狡猾な方面で頭が良いのだろう。
信じてみるかと、話をしてみると、政宗は面白そうにニヤリと顔を笑いに変える。
「わかった。それじゃ、一計を案じよう。なに、簡単だ。狡猾な敵は計算ずくなので、意外と単純な策で対抗できる」
自信ありげに笑う軍人に、なるほどと納得する。
こいつは防人と同種だと、その空気からわかる。また、頼もしそうな仲間を入れたもんだな。
そうして、簡単なことだと政宗が用意したのは……。
段ボール箱であった。
装甲車にて、敵の拠点の扉前に行くと、5箱ほどの段ボール箱を置いて去る。
もちろん、敵は罠ではないかと疑いながらも回収する。回収したのを確認したら、また持っていく。
それを数回繰り返したところ……。
拠点に白旗があがった。あれほど抵抗していたにもかかわらず。
真田昌幸は苦笑混じりに、拠点の扉を開けて待っていた。
「なんて卑怯な奴らだ! このような戦闘は戦闘と認めぬが……仕方あるまいて。兵法は鬼の道なり。だが、飯の道でもあるか。人が兵士である以上はさもありなん」
あっさりと拠点に入ると、敵拠点の人々はこちらに期待を持っており、兵士たちは諦め顔だ。
「肉を箱詰めにするなんて卑怯じゃないか?」
政宗が置いていった物は、燻製肉の詰め合わせであった。平凡な食べ物であるが………。
「昌幸を手土産に裏切れって、書いた紙と一緒に置いていくってのは卑怯じゃねぇかい? えぇっ、おい?」
睨んでくるが、信玄のやったことではない。やったのは隣の男である。
「虫ばかりの拠点では、肉も食べられないだろ?」
肩をすくめて、飄々と政宗が言う。
「そうだよ、畜生め! こんなことを繰り返されたら、空気が悪くなっちまうだろうが!」
肉。コアストアにない食べ物だ。そして、これらが供給されれば、肉を食べられない者たちの中では、心が揺れる者もいるかもしれない。自身の守るコミュニティがそんな空気になるのは耐えられなかったのだろう。元より、負け戦であったのだ、これ以上は抵抗は無駄であると早々と見切りをつけて降伏してきたのだ。
「簡単なことだ。最初から戦いの結果は決まってたんだから」
「そうかい。……それじゃ、このまま北方面は丸ごと支配下に置いちまおう」
どうやら頼りになる参謀が仲間に入ったらしい。信玄は苦笑混じりに、新たなる提案をする。このまま新市場を増やしていくか。