14話 外街
あれからさらに二日後。大鼠のコアも順調に集まる中で、防人は自宅に戻ってストアを召喚していた。
「Fランクのレアコアはこうなるのか」
む〜んとストアの一覧を見ながら唸る。スキルやらアイテムやらがずらっと映し出されているが、その中でも気になるのは一つだ。
『ステータス100アップポーションF(総合ステータス300制限):レアFコア1個』
「これはどういう意味だと思う、雫?」
『そうですね。簡単な話です。ステータスの総合数値が300を超えたら、このポーションを使ってもステータスが上げられないということでしょう』
ふよふよと美少女は浮きながら考えることもなく教えてくれる。俺の推測もそんな感じだ。
「だよなぁ。このポーションで延々とステータスアップはできないということか。ま、仕方ないか」
裏技みたいに初期レアコアで、ステータスは延々と上げられない様子だと苦笑してしまう。本当によく考えられているよ。
紅く光るコアをストアに入れて、交換する。ガシャンと音がして、長細い缶が現れた。エナジードリンクみたいな缶だ。
プルタブを開けて、一気にごくごくと飲む。オレンジジュース味だった。冷えているし、ほのかに甘くて結構美味しい。
『あっさりと決めるんですね? 他にも面白いスキルとかあったと思うのですが?』
コテンと可愛らしく首を傾げる雫に頷く。
「ステータスはすべての基本だ。特にマナが俺には必要だからな」
ステータスボードが勝手に開き、ポイントを割り振ってくださいと表示された。ふむぅ?
こうしてみた。
マナ100→150
体力10→20
筋力10→20
器用10→20
魔力10→30
『なんだ、マナ特化にするわけではないのですね?』
疑問の表情で尋ねてくる少女。恐らくはマナに全振りだと考えていたのだろう。だが、この先のことも考えると、ステータスを平均的に上げる必要があると、俺は考えている。この先、マナ量だけでは危険な敵も出てくると思うのだ。そして、俺は弱いままで終えるつもりはない。
「あぁ。強くなるには全体のステータスも上げないとなっと、と?」
ふわりと闇の粒子が防人の身体を覆う。身体の感覚が少しだけ鋭くなったような感じがする。特に魔力が上昇したことにより、消費マナや、威力が上がった感覚が自然にわかる。
『私はこうです』
マナ50
体力30→60
筋力30→60
器用20→60
魔力10
雫がステータスを見せてくれる。魔力放置の物理特化。
「次は魔力も上げないと魔法抵抗ができなくなるぞ?」
ゲームなら序盤は良いが、後半に状態異常で苦しむパターンだ。
『わかっています。私たちの低いステータスなら、まだまだ魔力を必要としていないと私は考えたんです』
「一度やったことのあるゲームのようなことを言うのな。なるほどねぇ」
一回やったゲームなら、ステータス割り振りに失敗しない。そんな秘密が多い雫さんの言葉である。
だが、わかったことがある。
「人類は弱すぎるな。ステータス300カンストでFランクかよ。参ったね、こりゃ」
ステータス300がカンスト。つまりFランク最強はそのステータスですよと言われているのと同様だ。人類の総合ステータスは鍛えている俺でも総合140。厳しいにも程がある。Fランクって、ゴブリンや大鼠レベルだぞ、泣けてくるね。
「まぁ、良いや。倍のステータスになったが、筋力が2倍になった感じはしないし。地味にレベルアップしていくと決めているし」
アクセルを踏める時が来ると良いんだけどなぁ。
さて、子供たちに会いに行くか。
ステータスも上げ終えたことだしと、おっさんは重い腰をあげて、出かけることに決めるのであった。
外街。税金を支払うことができる者が住まう真っ当な区画のことだ。外街は足立区都心寄りから多摩を囲み、神奈川県までを覆っている。ダムを確保、港もあり、ダンジョンにより一気に環境が改善された東京湾での漁業も盛んだ。
出入りも楽だ。内街とは違って。ただし、夜に住宅証明書を憲兵に見せられない場合、即座に廃墟街へ捨てられる。ボコボコに殴られて。酷い時は死体となって。なので、廃墟街の住人が住むことは無理なのである。
バラックを繋ぎ合わせた10メートルほどの壁がビルを伝い、延々と続いている。ビルの中には見張り小屋があり、アサルトライフルを持っている兵士が退屈そうに欠伸を交えながら歩哨をしており、門の側には機銃が置かれ、サーチライトが昼間なので電源を落とされて設置してある。
外街に入る扉は細く開いている。そこには大勢のみすぼらしいという言葉よりもみすぼらしい廃墟街の人々が疲れた表情で並んでいた。
廃墟街の住人が持ってくる物はゴミから宝石類まで。様々な物があるために、通過を許されているのだ。無論、宝石類などは捌く方法が無い廃墟街の連中だ。数日分の食料品と交換されて、二束三文で買い叩かれるので、廃墟街の連中は持ってこない。持ってくるのは本やら小綺麗な雑貨などだ。
そんな中に混じって、防人は子供たちと共に訪れていた。扉の前で形だけ検問をしている兵士たち。門を通るために並ぶ廃墟街の連中。外街の奴らもいるだろう。
少しばかり時間がかかりそうだと、欠伸を噛み殺す。
「ボス。俺たち、なんか見られていないか?」
ソワソワと子供たちのリーダーの男の子が聞いてくるので、つまらなそうに鼻を鳴らす。そりゃそうだ。注目されないわけがない。
「自分の格好を見てみろよ」
「え? えっと……」
おかしいところがあるのかなと、男の子は自分の姿を戸惑い見るがわからない模様。
「純ちゃん。服だよ、服。周りの人たちと私たち、違うよぉ。……それに皆臭いかも……」
クイクイと、リーダーの男の子の袖をおとなしそうな少女が引っ張り、教えてあげる。
「え? 華、本当かよ? ……たしかに臭いブッ」
ゴチンとリーダーの男の子の頭にゲンコツを落とす。感じたことを全部口にすると命を縮めるぞ。体面を守るために、争おうとする奴もいるんだ。そんな奴らを片付けるために、無駄に俺は戦うつもりはない。
「風呂に入って小綺麗になったから、鼻がマトモになったんだ。少し黙れ」
多少力を入れて睨んでおく。
「そのとおりだ。俺たちはこの集団の中で浮いている。よく見てみろ」
垢と泥で真っ黒な服を着て、髪はボサボサ、顔も薄汚れている人々。ガラクタを背負い暗い目つきをしている。周囲の人々は誰も彼も似たような格好をしており、汗と垢とアンモニア臭などで体臭もきつい。風呂になど入ることもできないのだから、当然だ。
対して、こちらはこざっぱりとしており、髪はツヤツヤで肌もそこそこ綺麗だ。服も古く色褪せているとはいえ、洗濯されており、新品に見える漆黒のストールを着ている。そして、ストールには「天津ヶ原コーポレーション」と刺繍も入っているのだ。
「内街の連中が社会科見学にでも来たと思われているのかもな」
肩を竦めて、周りの連中を冷たい視線で見据える。俺たちを物珍しい者を見たと、注目していた奴らは慌てて顔を背けて素知らぬフリへと態度を変える。
「そんなに目立って良いんですか?」
心配げな表情で聞いてくる。今まで目立たずに暮らして生き抜いてきた子供たちだから不安なのだろう。グシャリと頭を撫でてやりながら目を細める。
「目立つのが目的だ。俺たちの名前を売らないとな。早速この格好が役にたったようだぞ?」
ニヤリと笑いながら、門前を見ると兵士が2名、こちらへと駆け寄ってくる。どうやら俺たちが気になったらしい。
「ちょうど良い、並ぶのは嫌いなんだ」
『優先券を買うんですね』
スカートをはためかせて、宙に浮く雫がフフッと悪戯そうに合いの手を出すのでコクリと頷く。天津ヶ原コーポレーションは将来性があるから特別待遇にしてくれるだろう。今からな。
兵士たちは俺たちの目の前まで来ると、ジロジロと姿格好を見てくる。訝しげな表情だ。その表情はどう対応して良いか、かける言葉を迷っているようにも見える。
その様子でピンときた。
内街の連中ではないかと考えているな、と。
廃墟街から外街に入るのは普通は外街の住人か、廃墟街の住人。こんな形で内街の連中が中に入ろうなどとは考えないはず。
普通ならば。
『なるほど。なにかあるんだな。廃墟街へと内街の連中がこんな格好で出るようなことが』
『聞いたことはありません。外出しても、普通ならば装甲車に乗って、銃を持っているはずです』
雫と思念を交わしながら、内心で笑う。そのとおりだ。普通ならばそうだ。だからこそ、理由があるのだ。恐らくは一般人に知られたくない理由。
『ダンジョンだな』
『ダンジョンですね』
二人の意見は一致する。内街の連中は密かにダンジョンを攻略しているのだろう。道楽……ではあるまい。それならば内街のダンジョンに入れば良い話だし。それができない理由……。
『低レベルのダンジョンを攻略していると思われます』
『もはや魔物が多すぎて、低レベルのダンジョンにすら入るどころか、近づくのも難しいのに、か……なるほど』
目的はいくつか考えられるが……とりあえずおいておこう。
「どーも、どーも。私たちは天津ヶ原コーポレーションの者でね。パンの納入に来たんですよ」
今日は無精髭を剃ってきたおっさん。黒ずくめでもなく、普通のラフなシャツにジーパンの格好だ。肩にストールをかけているだけである。
友好的に笑うと、聞いたことがあるかと、兵士たちは顔を見合わせるので、その耳元にこっそりと口を近づけて呟く。
「試供品を食べてもらいたいのですが、どうでしょうか?」
試供品という言葉に兵士はピクリと反応する。その反応を見逃さずに、防人は子供に視線を送る。
「これは試供品です。どうぞ!」
背負っている汚れもない綺麗なクーラーボックスから、コッペパンを2つ取り出して、子供は兵士に手渡す。
そのパンは見かけからして、ふっくらとしていて、美味しそうだ。膨らみが足りない混ぜ物が入っている外街のパンとは違う。安月給で働いている外街の兵士だ。知らずにゴクリと喉を鳴らす。
「あぁ〜、天津ヶ原コーポレーションね。あそこか。なんだ新製品を出したのかい?」
多少棒読み口調でパンを受けとると兵士たちはニヤリと笑い合う。なので、防人は兵士の手をぎゅっと握り、ニコニコと笑みを見せる。おっさんの笑みはあまり効果がないが、手のひらの感触は効果があったようだ。
手を離すと、ちらりと兵士は自分の手の中を見て、ぎょっと驚く。そこには予想と違い一万円札があったからだ。精々千円だと考えていた兵士と、隣でその金額を見た兵士は警戒を解いて満面の笑みとなった。
「すまないな! 言ってくれれば、天津ヶ原コーポレーションの従業員は列になんか並ばせなかったのに。うむ、通ってよし!」
「どうもどうも。それじゃあ、俺たちは行きますね、今後もちょくちょく来るのでよろしくお願いします」
「あぁ、了解した! 仲間にも伝えておくよ」
防人も笑顔で返し、兵士たちに手を振ると並んでいる人々を無視して扉を子供たちと潜る。
列に長い間並んでいる人々の恨めしい視線を受けて、子供たちがもじもじと居心地悪そうにするが、それがこの世界のルールだ。
「……あの、あんなにお金を渡して良かったんですか?」
リーダーの隣にいる少女は目敏く防人がいくら渡したか、兵士の反応で予測したのだろう。微かに首を傾げて尋ねてくる。
「良いのさ。兵士たちは俺たちを良い金蔓だと思うだろう。思っている間は、何かと便宜を図ってくれるからな。力のない者の知恵というやつだ」
「ボスは力あるじゃん!」
リーダーの男の子が不満そうに頬を膨らませて、子供たちもそうだそうだと意見を同じにしてはやしたてるが、防人は苦笑しながら肩をすくめた。
「俺は弱いさ。だが、これから力を持つ」
フッと笑って、防人は闇市場へと子供たちと向かうのであった。
ハードボイルドだよねと、内心でニヤニヤしていたのは秘密だ。




