139話 新市場
筑波線要塞は水と電力に困らない要塞だ。それだけで大きなメリットがある。
いや、あった、だ。今は電力がない。いや、あるにはあるが、重要な司令センターなどにしか通していない。
軽油を用意するにも限界があるのだから、仕方ない。そして、人々は国の支援が絶対にないことを理解したので、電力が使えないことに文句を言うことはない。政宗の目論見はうまくいったのである。
バラックの住居の外で、難民だった人々は元気よく働いている。電力は使えないし、国から見捨てられたことを理解しているのだが、気落ちした様子はない。
忙しなく働く人々とは別に、多くの人々が集まり、天津ヶ原コーポレーションの社員から説明を受けている。
「国の支援が受けられない私たちは自活しなくてはいけません。自活とは魔物から身を守ることから、食べ物を手に入れること。何も全てを自給自足してくださいというわけではありません。商売をしましょう」
なにかの詐欺セミナーの様に俺の社員が説明している。それを人々は聞き入っていた。
乾いた地面にコンクリートの壁、多少ガタのきたバラックの住居。あまり希望を持ちにくい環境で陰鬱な空気がこの間は漂っていたのだが、今は少し違う。
「というわけで、田畑を耕しましょう。種はいくらでもありますので。耕運機は用意されておりますし、放棄された田畑は大量にありますので。まずはじゃが芋から」
「こちらは平原に拠点を作成するための募集となります」
「こちらは軍人向けです。魔物討伐となります」
複数の仕事の斡旋をしている。
そう、今は仕事があるのだ。ただ難民として暮らしていた時とは違う。
軌道に乗れば、新しい市場となってくれるだろう。
「まぁ、国も最後に良い仕事をしてくれたよな」
「銃を突きつけられて、近寄るなと言われればな。この話は筑波線要塞全体に広がった。それでも街に行ってみたいと言う奴は悪いがそちらの本社に寝泊まりさせて、現実を見せてやってくれ」
防人が人々の様子を満足そうに見ていると、隣に立っている政宗たちが苦笑混じりに答える。もう本当に死んだことになったので、戸籍はなくなったはずだが、気にした様子はない。
「諦めきれずに、先日ヘリが飛んできた。要塞の様子も知りたかったのだろうよ」
相馬の爺さんの言葉に多少なりとも驚いてしまう。あからさますぎる対応だったからな。気になるのも当たり前だがヘリを飛ばしたのか。
「ヘリ? ヘリが来たのか? それは初耳だ」
それだと再配備した機銃や隠しておいた車両が丸見えだったのでは? 取り返しに来るかもと俺は思ったが違った。
「3騎のワイバーンライダーに撃墜された。敵の制空圏に入ったみたいだな。儂も久しぶりに見たが」
「ワイバーンライダー? なんだそれ。ワイバーンじゃないのか?」
槍を持った騎士が乗っていたわけ? 空飛ぶ飛竜だけではなく?
『ワイバーンライダーはBランクのワイバーンと、Cランクのリザードライダーのコンビです。リザードライダーは、魔法使いです。遠距離攻撃を得意とする部隊ですね』
敵の解説者係の雫さんが教えてくれるが、かなり強そうなランクじゃんね。でもライダーが魔法使いなのか?
『遠距離攻撃? 長大な騎士槍を片手に、敵を攻撃してくるのじゃないのか?』
昔、ゲームではドラゴンライダーとかはよく聞いたが、ワイバーンライダーも同じような感じじゃないのか?
『それはファンタジーの中のファンタジーですよ、防人さん。言いたいことはわかりますが、現実的に考えてみてください。魔物が乗れるレベルの大きさのワイバーン。長い槍を装備していても敵には当たりません。ワイバーンが地面に降りて寝そべったらワイバーンライダーの槍が敵に届くかもしれませんが』
むふふと得意げに人差し指を振りながら、あんまりない胸を張る雫さん。なるほど、たしかにそのとおりだ。ワイバーンの邪魔しかライダーはしていないわな。そうなると魔法使いがライダーになるのか。
『攻撃、補助、治癒まで使うのが、リザードライダーです。ワイバーンに乗っていないときは、リザードマジシャンと呼ばれます。ワイバーンの鱗は重機関銃の弾丸も跳ね返しますし、空中戦では変幻自在の動きができますから、戦闘ヘリでも負ける時があります』
『普通の戦闘ヘリは勝てなさそうだな。そんな奴らにおそわれた戦闘ヘリのパイロットに同情するぜ』
『そのヘリの製造会社は、きっとプコンだったんでしょう』
『聞いたことのない製造メーカーだが、話は分かった』
ワイバーンライダーが強いというのはわかった。だが、それならそれで問題は残る。
「奴ら、なんで要塞に攻撃しに来ないんだ? ワイバーンライダーとやらがいるなら楽勝で陥落できるじゃないか?」
「嫌なことを言うな。こちらも重機関銃があるから早々簡単には陥落せん」
「制空権を取られて勝てるわけねーだろ。それは自分たちが一番よくわかっているだろ?」
見張り台には、たしかに重機関銃が備え付けられている。だが、あんなのはハリボテだ。
時速数百kmで飛行してくるんだろ? そんなんに、ここの貧弱な対空砲で対抗できるわけがない。高射砲か、対空ミサイルが必要だと思うぜ。
俺のジト目に、政宗たちは苦笑する。そのとおりだと自分たちでも理解しているのだろう。
「言いたいことはわかる。だがなぁ、たぶんライダーの出るダンジョンはもうないんではないかと思うんだ。なので、敵の虎の子ではないかとも予想している」
困ったように顔をしかめながら、政宗が腕組みをして答える内容の根拠にピンときた。
「たしかにワイバーンライダーがスタンピードできるほどに出現していれば、既にこの要塞は跡形もないだろうし、習志野の軍がそんな危険なダンジョンを放置するわけもない、か」
だとすれば、やはり習志野シティは独立した特区でも目指しているのだろうか。ついでに魔物の要塞を破壊すれば良いのにしていないからな。千葉県に向かう道を魔物で封鎖しているのだ。
「制空権を取れるほどの戦力はないが、それでも対抗しなくちゃならないから、ワイバーンライダーを出したと」
「昔の中東での戦争と同じだな。負けるとわかっている戦力でも、戦闘機を出さないとジリ貧になるから、敵の戦闘機を確認したら出撃させる」
「内街も魔物要塞には手を出していない。習志野の牽制があるのか……わかった。綱渡りだが、ここは無事だしな」
地下に【奈落】。南には魔物要塞。ここはしっかりとした要塞だが、保持するのは難しそうだ。なるほど、放棄される理由もわかるぜ。
指をパチリと鳴らして、俺は口元を歪める。
「理解したぞ。恐らくは魔物要塞には高ランクのダンジョンはない。既に破壊されていると考えるのが妥当だ。たぶん魔物要塞は習志野の軍が倒せるレベルなんだろうぜ。言うなれば、魔物の残党が立て籠もっている」
「……お前の言うとおりだな。だが、オークやコボルドのダンジョンはあるんだろう。雑魚の兵士で数を揃えている高ランクダンジョンの魔物の生き残りってわけか」
ふむふむと、政宗たちも俺の意見に同意してくれる。多分この推測は当たっている。
『防人さんの言うとおりかもしれません。コントロールできる数を残しているつもりではないでしょうか? だいたいそういうのは、予想外の事柄で崩壊してしまうんですが』
『嫌なことを言うね。だが、それで納得するしかないだろ? 航空戦力かぁ……俺も欲しいが、それならあまり魔物要塞に注意する必要もないか。オークやコボルドの群れだけに注意だな』
それならしばらくは大丈夫だろう。推測と楽観的な予想で成り立っているが仕方ない。危険は許容範囲内とするしかないだろ。
「それじゃ、空を見上げるのは止めにして、地に足をつけて考えるか」
司令センターへと政宗たちと移動しながら、話し合う。
「田畑の確保は問題ないのか? 要塞内のは」
「あぁ、問題はない。だがなんだ、あの作物は? あり得ない速度で育つんだが」
建物に入り、いつもの部屋でソファに座ると、政宗が疑問の表情で聞いてくる。そうだろうなぁ。俺も食べても良いか心配になる時があるしな。
「魔物狩りがなぁ。やはり銃を基本に戦闘をしているから槍を使ってってのがな……厳しい」
「レベル1や2がいるんだろ? ステータスもそれなりに高い」
兵士たちのステータスは自己申告ではあるが教えてもらった。そこそこ高い。魔法使いとかもいるんだよな。
「お前の部下の戦闘を見たぞ。たしかに同じように俺たちも動ける。しばらくは訓練が必要だがな」
「偶然捨てられていた大型バスは修理済み。筑波まで走らせて人々への説明と再配置をしている最中だ」
意外と要塞内は広大なこともあり、剥き出しの土地が多い。そこに用水路を作れば、小さい田畑が数多く要塞内にできる。ストア製の種籾なら、一応1万人の腹を満たす食料品がとれるのだ。じゃが芋ととうもろこしメインだけど。
今は多くの人々が農業に精をだしている。慣れたら、西の平原に大きな農場を作って人を移住させたい。
「金ならいくらでもある、と言いたいけど、この人数だとあっという間になくなるからなぁ。内街だけではなくて、他の土地でも売りたいぜ」
じゃが芋やとうもろこし、キャベツに大豆と。この人数だと供給過多になってもおかしくない。俺の懐の財布はいつも軽いまんまなんだが、どうなっているんだろうな。
「ふむ……他の都市に手を出すのか? 船はどうする? 港もないぞ」
「習志野シティも大規模な街だ。あそこも商売相手にしたい」
少し怖い場所だけどな。それと、何を考えているかも知りたい。とりあえずは食糧が問題ないところまでいけたらだけど。
内街が足りない食料品って、絶対にあると思うんだ。偶然、コアストアのラインナップにその種籾が入るかもしれないからな。
「夢は大きく大企業ってわけか。良いだろうよ、俺たちも社員として加わろうじゃないか」
政宗がニヤリと笑って、握手を求めてくるので握り返す。よしよし、これで、高レベルの人材ゲットだ。政宗は頭も良い。役に立つだろう。
「それじゃ、早速依頼だ。平原の北に向かった部隊が少しばかり、生存者の拠点と問題になっている。悪いが、その制圧を頼む。それか話し合いだな」
馬場たち、あんだけ問題を起こすなって言っておいたのに、トラブルを発生させているらしい。困った奴らだ。
「話し合いの方向で進めておく。市場は増えれば増えるほど良いだろう?」
「そうだな。現在、廃墟街で金を財布に入れるようになったのは、天津ヶ原コーポレーションとその周りの住人だけなんだ。金があれば経済は回る。店を開く者や、服を縫う者などなど。その金を当て込んで新しい商売が生まれる。それら、金の輪を広げないとな」
「平和の輪ってわけじゃないのが、お前らしい」
「現実は世知辛いからな。金の輪を広げないと生きてはいけないんだ」
4人でゲラゲラと笑い合ってしまう。平和の輪なんてものは、衣食住が足りないと駄目なんだ。礼節だって、その3つが必要だと言っているだろ?
「現地は武田信玄の爺さんが指揮をとっている。その補佐を頼む」
「それはまぁ、……俺も名前負けしていないところを見せておく」
武田信玄という戦国武将でも有名な名前に、政宗は驚くがすぐに気を取り直す。あの爺さんは脳筋だから、気をつけてくれ。
そうしてどんどん市場を増やしていこうじゃないか。
問題は大きくなりすぎている感じもするところだが。そこは上手くやり繰りするのが社長の役目だろう。